シーズン2の後半から原作改変が入ります。矛盾点などがあれば指摘してくれると幸いです。
「じゃ、ちょっと下行ってくるわ」
「貴方のことだから大丈夫だと思うけれど、気を付けてね」
様式美といった風なヴェリナの声に軽く頷きながら眼下に広がる雲を伏し目に手荷物を確認する。着替えは現地で買うとして携帯に身分証明と財布。一週間ほどの出張というのにほぼ手ぶらでいいのはこの身体の数少ない利点だ。
ここまで身軽なのはいつものような定期的に下る仕事ではなく、市長直々のお達しかつ喫緊の案件だからだ。
なんでも衛非地区で例の″始まりの主″とやらがヤバそうらしい。もう少し情報ない?なんもわからないんだけど。
「土産は何がいい?」
「そうね、いつもの紅茶と……澄耀坪に最近できたお店が甘いお菓子を売っているらしいわ。それをお願いしようかしら」
携帯で調べるとそれっぽい露店がヒットする。金平糖か。悪くない。
「あと、お土産とは話が変わってくるけれど……」
意図的に言葉を止めた彼女の方を見れば、広げた扇子を口元に当てて薄く瞳を細めている。
「浮気はだめよ?」
「そこまで甲斐性ある奴に見えるか?」
存在を隠しながら二人相手にできるほど器用な性格じゃないのは知ってるだろうに。というかそもそもヴェリナと同等かそれ以上の女なんていないと思うのだが。
「ふふ、そうね。柊さんは隠そうとしても罪悪感で耐えきれなくタイプだものね」
ぱちりと閉じられた扇子から木漏れ日のような微笑みが見えて、見透かされた心情を誤魔化すために目を逸らした。
「分かってるならほどほどにしてくれ。心臓に悪い」
「ええ、貴方で遊ぶならもっと健全なもののほうがいいもの」
今俺で遊ぶっていった?
「そろそろ時間かしら?それじゃあ最後に……」
戦慄している俺の目の前に軽やかに踏み出してきたヴェリナはそのまま耳に可愛らしい唇を寄せる。甘い香りと耳に触れる温もりのある吐息に心臓がギアを上げた。
「浮気はだめだけれど、お妾さんは全然構わないわよ?」
ちゅ、と口に当たる柔らかく濡れた感触。いつの間にか顔前にはひどく楽しそうに微笑むヴェリナがいて、混乱を余所に軽く胸を押された。
空に放り出された身体が加速しながら落ちていき、彼女の顔があっという間に見えなくなる。しかし、脳裏に焼きついた彼女の表情がずっと離れなくて、鼓膜に打ち付ける暴風よりも鼓動の方が遥かにうるさい。
……どうやってお前以外を好きになるんだよ。
揶揄われた気恥ずかしさの中に確かな充足を覚えながら、足場のない空中で身を捻って空間を踏みしめると地上へ加速するのだった。
″始まりの主″について俺が知ることはほとんどない。讃頌会とかいうカルト集団が信仰している存在で、奴らの犯罪やテロ行為等はこいつをこの世に顕現させるため、ぐらいの知識がせいぜいである。
理由は二つある。一つは俺がなんでもできすぎるから。
どんなに隠し事が上手かろうが、どんなに他人を誑かすのが上手かろうが、誰が何をしたいかなんてのは見れば大体分かってしまうのだ。
別に未来予知だとか特殊な才能が有るとかではない。眼に映った人間の視線やら鼓動やら仕草やら細かな材料を組み立てて把握する、所謂コールドリーディングと呼ばれる話術の一つ。それを俺は未来予知と同程度のレベルで運用できるのである。自慢じゃないしむしろ残念なのだが、生まれてこのかた外れたことは一度もない。大規模な犯罪を防ぎたいのなら、末端でもいいから俺の目の前に連れてくるのが一番手っ取り早いのだ。
因みにコールドリーディングという技術だと知ったのは既に使えていた後のことである。
話を戻すが調査も実働もすべてにおいて俺一人がいれば事足りてしまう。しかしそれを実現してしまうと今いる職員の仕事を奪うことになるし、死んだあとの社会が崩れかねない。
できる限り社会の規範の中で処理を行い、例外的に不可能だと判断した時だけ俺が出向く。というのが市長とTOPSの間で交わされた柊要の運用マニュアルである。
そして二つ目の理由は、単純に興味ないからだ。
俺は性善説よりも性悪説を信じてるし、英雄願望があるわけでもないし、世界を救うヒーローになりたいわけでもない。
ゴミが落ちていたら拾ってゴミ箱に捨てるくらいの良心はあるが、画面に映る悲劇に心を痛めるほどお人好しなんかじゃない。そういうのはやりたい奴がやればいい。
可能なら俺を使いたくない市長と面倒事を嫌う俺の私情が合わさった結果、最低限の情報だけ共有しつつGOサインがでるまで待機というのが普段の形態となっている。
一応、雲の上からでも下になんかいるなーくらいの感覚はあったため出勤要請に驚きはないが、感じ取れる存在感的に俺が必要なのかは疑問なところだ。現代の虚狩りに、青溟剣の使い手までいるのだ。過剰戦力もいいところである。
まぁ、それを考えるのは俺の仕事じゃないか。やることやってさっさと帰ろう。
密度が高く面として機能する空間を踏み雲を抜けると、視界が一転して暗く染まった。
空から目を凝らすと中華の特色が強い衛悲地区には以前見た時の人気と活発さがなく、地面に入り交じる赤黒い不純物が少しずつ建物を侵食しているのがみてとれる。
「思ったよりごった返してるな」
ラマニアンホロウの活性化におけるエーテル物質の侵食症状。ホロウそのものに呑み込まれている訳でもないのに侵食症状が現れているということは、中の方は相当に活気づいていることが分かる。まだ時間が立って間もないのかすぐに人が死ぬような濃度ではものの、至るところにエーテリアスがはこびっていて適当観の人数では心許なさそうだ。ついでに掃除に手を貸してやろう。
視界に入る異形の数と配置を確認して、立てた二本の指を軽く振るう。
放たれた風の刃は空気を裂きながら分裂し標的へと殺到。真剣よりも鋭く音よりも速い不可視の刃は瞬く間にエーテリアスのみを微塵切りよりも細かく裁断し、その命を粒子へと変貌させて抹消した。
ふむ、建物の影になっている所は撃ち漏らしているが、このくらいなら適当観の連中でどうにかなるだろう。流石に建物ごと切るほど馬鹿な真似はしない。
エーテリアスを間引きつつラマニアンホロウ内部に突っ込む。ノイズの走る球体の内部は観測データや専門家のナビがないと脱出すら困難の魔境だが、俺からすれば庭と変わらない。
匂い、足跡、人が通ったであろう違和感、感じる人のものではない気配。五感が拾う痕跡を辿っていけば、建造物のそこそこ広い空間に辿り着き、その中央にそいつはいた。
成人女性がフルアーマーを装着したような見た目に、背中から伸びる翼を思わせる骨格。頭には牛に似た捻れた角が生えており、周りに西洋風の剣を従えている。
あれが始まりの主とやらで間違いないだろう。人の見た目をしてるのは依り代に沿った形か。
広場にいたのは始まりの主だけではなく、棺を漂わせる茶髪の少女と灰色の髪をした男。それにピンク色の毛波をした兎の女性シリオンもいた。
少女の方は恐らく青溟剣の使い手。兎のシリオンの方は市長から聞いたことがある黒枝のメンバー。だが男の方は誰だ?この人選の中にいるってことは一般人じゃないんだろうが、シンプルに弱い。何故いるのか分からないほど弱い。身のほど知らずにも限度があるレベルに弱い。
「っておいおい……」
ほとんど一般人と変わらない人間がいることに疑問を抱いていると、少女が髪を白髪に変貌させながら青溟剣の力を解放した。しかし、刀剣に内包された力の奔流は本来の性能を発揮せず、それどころか敵である始まりの主に集約していってる。
重要なのは、青溟剣の使い手は向こうの狙いが分かった上で誘いに乗ったことだ。ならば対策があるのかと思ったのだが、全くその様子は見られない。
……なんだ、新手の自殺か?仲間の前で死ぬのが性癖なのだろうか。おじさんに片足突っ込んでる俺にはちょっとレベル高いよ。
いや、真面目に考えても意味がわからん。始まりの主の強さは見た感じ少女と兎のコンビで辛勝できるくらいしかないように見える。どうして勝てるかどうかも分からない敵を強くするんだ?しかもあの男を守りながら戦うんだろう?普通にぶちのめした方が絶対に良いだろ。
「いい加減止めるか。死人が出るのは洒落にならん」
誰が死のうと興味ないがTOPSを付けあがらせる材料になる。それが青溟剣の代償だろうが、個人の判断ミスだろうが結果として死ねば同じだ。
市長がこれまで通り企業に袖を振れるように、そして俺の生活に融通をきかせてもらうためにも、仕事の完遂はマストなのだ。
常人なら歩くことすらもできない、空間に吹きさぶ青溟剣の奔流の中を一歩で踏発し、少女の無防備な背後から手刀を振り下ろした。
「馬鹿たれ」
「きゃん!?」
どす、と頭頂部に軽い衝撃を響かせれば少女が怯むのと同時に白髪が茶色へと色づく。服をはためかせて鬱陶しかった青溟剣も彼女の怯みで中断されたのか普通の刀剣のように静まった。
「は、え、な、なにいきなり!?というか貴方だれ!?」
おぉ、想像よりもいいリアクションだ。彼女の驚愕の声にようやく俺を認識した二人がぎょ、と似たような表情を作る。
「君、だれ?援軍にしては照ちゃん見たことないなぁ」
「い、いつの間に?しかも一人なのかい?」
「一応援軍だ。詳しいことは市長に聞いてくれ」
「どう考えても聞ける状況じゃないよねぇ」
「今から証明してやるよ」
警戒の目を向けてくる二人に必要なことだけを伝えて始まりの主へと顔を向ける。青溟剣の力を吸収した奴さんは高笑いしながら無数の刃を生み出した。
殺意の塊が千を超えて浮かぶ光景は絶望を体現している。普通ならば。
『ふははは!これが青溟剣の力!今こそ再創の──』
「うるせえ」
ぶん、と片手を薙ぐ。
轟く轟音。腹に響く圧倒的な衝撃。強大な爆弾が爆発したかのような破壊力が始まりの主の声を踏み潰し、後ろの壁を巻き込みながら暴虐の限りを尽くす。大質量の塊は幾重に重なった外壁を貫通し、直径数メートルに及ぶ不出来な穴から覗く虚飾の背景を激しく揺らした。
殆ど密閉されていた空間に巨大な通気口が突如として生まれたことで、圧縮された空気が強い風を伴って排出され、暗い祭壇に巻き上がる砂埃が連れ去られていく。
やがて砂埃が落ち着き不恰好な窓から虚飾に作られた自然な光源が差し込む。暴力の足跡は瓦礫の山を積み上げ、人ではない何かを完全にこの世から消し去った。
うーん、これが人類の脅威とか言われてもピンと来ねえな。せめて地球をかち割るくらいの気概を見せてほしい。まぁいいか、これで仕事終わりだし。
「ほら、これでいいだろ?」
後ろを振り向いて確認を求めると、そこにはポカーンとしたアホ面が三つ綺麗に並んでいた。どうやら脳のキャパシティーを超えてしまったようだ。当然といえば当然である。
再起動するまで待つのも面倒なので彼女らを無視して瓦礫に足を向ける。僅かに呼吸と鼓動が聞こえる箇所で止まり、残骸を足で適当に退ければ依り代となっていた女が姿を現した。
……何故か裸で。
「なんで?」
今度は俺がぎょっとする番だった。意味が分からないよ。確かに肉体から剥がすように調整したけど何故に裸?これヴェリナの浮気ラインに引っかからないよね?大丈夫だよね?
とりあえず上着を被せて包み込むように巻き付かせてやり、米俵を担ぐように肩に乗せた。俺の腕はヴェリナ専用なんだ。悪く思わないでくれ。
「ま、まってくれ!」
焦燥に駆られる声に止められて仕方なしに振り返った。
「その女性は僕たちに取って大事な情報を持ってるかもしれないんだ。どうすればまた彼女に会うことができる?」
今にも飛び出しそうな表情の男に内心で首を傾げる。
「さっきも言ったが俺は市長の駒だ。どっかの企業とか軍とかと違って取って食ったりしねえよ」
普通に起きて諸々の処理が確立したらまぁ、行けるんじゃないか?知らんけど。そもそもこの女自身起きるかどうかも分からんからあまり期待はできなさそうだが。
「それよりもお前は自分の身体どうにかした方がいいんじゃないのか?だいぶキモいことになってるぞ」
「は?」
あー、自覚ないパターン?だいぶデッドラインに入ってるように見えるけど。
目を凝らさずとも見える、肉体の中でお互いにぶつかり合うエネルギー。取り込むだけで出力先のないそれは火の着いた導火線だ。その内爆発するだろう。
青溟剣の使い手と関わりがあるならあの二人とも知り合ってそうだが、あいつらは俺と違って万能じゃないし把握できてないのか。
最悪こっちに話がくるかもしれんな。
「自覚症状がないならそれも含めて市長に聞いてくれ。俺は専門家でもなんでもないしな」
見えているものを口にしたはいいが、上手く説明するのも面倒になってきたので市長に丸投げすることにした。説明されなくても社会的地位のある人間から言われれば諦めるだろう。
「じゃ、俺はこの辺で。
返事がくる前に地面を蹴って空に踊り出る。見えてる範囲で死人は無し。ホロウ内以外で壊した物もないし、テロの実行犯も捕まえた。俺の仕事はここまでだな。
早く帰りたいが一週間は地上にいなきゃならんのがつらいところだ。
頼まれた物とは別の土産でも探そうかな。ついでに墓参りも済ませておこう。仕事じゃないとこっちには来ないし。頭の中でこれからのスケジュールを調整しながら俺は上司の元へと足を進めるのだった。
柊要
本作の主人公。基本的に介入することはないが流石に自殺は止める。今回も手を出さずに済むなら傍観するだけに徹していた。
実はヴェリナ→主人公よりも主人公→ヴェリナの方が向ける感情がデカイ。要するにヴェリナのことが滅茶苦茶好き。砂漠のような大きくカラッとした好意なため万が一振られることがあっても立ち直れる。がそれはそれでへこむ。
妾のことは当分ないと思っている(フラグ)
ヴェリナ・エガード
付き合い初めてから思ったよりも主人公が自分のことを好きすぎて驚いている。満更でもない。妾の話は結構ガチだが、主人公が良くも悪くも普通の人間なのを理解しているのでどうなるかはヴェリナ本人にも分からない。
出張中も朝と寝る前に必ず電話をするくらいには寂しさを覚えている。無意識に視線で探しているのがバレバレでノルムーから「そんなに探しても要はいねーのだ?」とか言われてる。
始まりの主
出オチの雑魚。これから先大体こんな感じ。