そんな奴が何故か白昼堂々目の前にいた。しかもなにやら不穏な様子だ。物騒というよりかは、高揚に近いか。勘弁してくれ。
「一応聞くけど、初対面だよな?」
「そうだな。だが太刀筋を一目見れば使い手を想像するのは難しくない。あれほどの技量ならなおのことだ」
つまり、先日エーテリアスを片した場面に目の前の女もいたということか。自業自得じゃねえか。適当にやった弊害が時間をかけて返ってきたってことかよ。いや、一度太刀筋を見ただけで特定してくるのを想定しろというのが無理だろ。怖いわ。
「それに今気づいたが、私は毎日お前と似たような顔を見ている。あのHIAで。仮想戦闘の最高難易度に出てくるのはお前のコピーといったところか。それが無ければそのまま歩いていただろう」
なんならヒントを与えた側だった。自分で自分の首を締めるのってこんな感覚なのかもしれない。したくもない経験をしてしまった。
「して、返答の可否を聞かせてもらおう。私からの一方的な誘いだ。相応の礼はする」
声の抑揚はそのままに、熱の入った紅い瞳が射ぬいてくる。言葉にすれば熱いアプローチを受けているように聞こえるが、中身を知っているとあら不思議。ただの死刑宣告である。俺じゃなかったらとんでもない目にあってるぞ。
そして、情報だけとはいえ彼女の性格を把握している俺の答えは決まっている。
「嫌だ、無理、断る」
抵抗、拒否、拒絶の三段活用。頼むからこれでどっか行ってくれないかな、なんて幻想は少しばかりむっとしただけの彼女を前に霧散した。
「ふむ、断られるのは想定内だったが思いの外強い返事だな」
「あんたと関わりたくない理由なんていくらでも思いつくだろ」
一向に視線を外さない様子に思わず溜め息が漏れる。彼女がどんなに強く要求してきても無理なものは無理なのだ。しかし、ただ拒否しただけでは納得しないだろう。諦めるだけの理由を提示する必要がある。果てしなく面倒だが。
重い腰を上げて朝露の店内に足を向けた。
「取り敢えず中に入るぞ、外じゃ目立ちすぎる」
眼を向けずに店の中に入れば足音だけで返事を返された。オーナーが奥で作業しているのを把握しつつなるべく気配を消し、邪魔にならなさそうなスペースを見つけて足を止める。
陰鬱になりながら振り返れば依然と存在する虚狩りの剣豪。長々と説明していればオーナーが戻ってくるため、手早く終わらせたいところだがな。
「で、俺に何のようだ」
一先ず目的の確認。大体察してるし態々する必要性は薄いが、一応念のため。
「手合わせを願いたい。それだけだ」
でしょうね。
「さっき言った通り無理だ。だけど納得しなさそうだからな、無理な理由を説明してやる」
頭一個分以上低い位置にある紅い瞳を見据えて、ざっと思いつく理由を挙げる。
「一つ。俺はこれでも一般人で通ってる。そんな俺がいきなり英雄様とドンパチやったら間違いなく目立つわけだが、あんたと普通に戦える人間が本当に一般人だと思うのか?」
「違うのか?」
マジかこいつ。
「……他言無用で頼むが市長のビジネスパートナーだ。詳細は自分の父親にでも聞いてくれ。概要くらいは把握してるはずだ。頼むから誰にも言うなよ、あんたの部下にもな」
「父上が知っていて私に話さないということは政事か。私には縁遠い話だが、理解はできる」
納得はしてないみたいな言い方やめろ。
「あんたの見た通り俺は強い訳だがそれを公にできない理由がちゃんとあるし、市長も理解した上で俺を雇ってる。だから、必然的に目立つことはしないし出来ない」
勿論、俺個人の感情も多分に含んでいる。英雄視されてわーきゃーなんて絶対にごめんだ。毎日同じ味を舌に乗せるような平穏が俺の理想なのだから。
「二つ。そもそも俺とあんたが戦っていい場所がこの地上のどこにあるって話だ。山岳どころか砂漠すら貴重な資源の現代だぞ?これ以上荒らしていい土地なんてないだろ」
「HIAの仮想戦闘はどうだ。あれなら周辺の被害を気にしなくていい」
「精密機器をオーバーヒートさせてショートさせたのはどこの誰だよ。儀玄とやりあっただけであれなんだ、最悪故障じゃすまなくなるぞ」
プロトタイプ版の時に一度大破寸前まで追い込んだ身だからこそ分かる、絶望的な損害金額。いくら俺のせいではないとはいえ、そう何度も見たい数字じゃない。あの時ばかりは市長と契約しといてよかったと心底思ったものだ。
それは彼女も同じだったようで僅かに瞳が揺らぎ、どこかバツの悪そうな雰囲気が滲む。あの件に関してちゃんと怒られていたようだ。残当である。
「……ホロウの中は駄目か」
「余波で子悪党どもが死ぬんじゃないか?」
一般人くらい守れないこともないが、エーテリアスによる被害までは手を伸ばせない。そこはホロウに踏み込んできた以上覚悟してもらわないとだし。
「隠匿性も微妙だ。市長がGOサインを出すとは思えないな」
前提として誰にも見られないことが重要である。得物の斬撃が周辺に飛ぶのだから望み薄だろう。
表面上は理屈の通った説明だからか彼女の方も落ち着きを取り戻しはじめたのが分かる。案外丸め込めそうでは?
「三つ。仮想戦闘のあれは確かに俺の動きを真似してる訳だが、少し説明不足なところがある。実際は今ある技術で可能な限り再現してるってのが正しい」
そこで初めて明確な動揺の色が見えた。当然だ、不完全な俺の模造品とはいえそれでも実力は世界の次点に届く。HIAが本格的に稼働してから未だに倒されたという報告がこないのがその証拠だ。
「つまり、あれはお前を100%再現している訳ではないと。あの強さで」
「そういうことだな。再現率は確か……一割くらいだったか?」
機械の調子が良ければもう少し伸びたはずだが、それでも二割には届かないくらいのスペックで再現されている。
そして彼女は毎日見ていると口にしていた。虚狩りの彼女が毎日通って、まだ勝ててない。ならば俺と戦ったところでその過程に意味があるのか。
ぶっちゃけ彼女を完封することは簡単なのだ、スタートの合図と共に意識を刈ればいいだけなのだから。俺にはそれができる。重要なのはそこで彼女が何を得られるかという話である。
気づいたら寝てしまっている戦闘を戦いと呼ぶかは本人次第でもあるが、少なくとも俺は時間を割きたいとは思わない。
思いつく理由はこのくらいだろうか。もう少し細かく話してもいいが、政治色が強くなるため彼女を納得させる材料には心細い。最後の三つ目に関しては多少挑発染みた言い方になってしまったのが怖いところだ。こういう説得の場面では経験の低さを思いしらされる。じゃあ証明してみろとか言わないよね?
「私にはお前と戦うだけの資格がなく、戦ったところで得るものがないということか」
「少し大袈裟だが、まぁ概ねその通りだ」
強くなりたい、類い稀な強者と戦いたい。それが通じるのは自分より弱い人間か、拮抗できる実力を持った人間限定だ。彼女はその力を持ってないし、挑戦を受ける側の俺には拒絶するだけの実力がある。彼女の我が儘を通せないほどの隔絶した差が、俺と彼女の間には存在する。
正直一つ目二つ目は彼女にとってそこまで重要じゃないし、性格を考えれば最後の方だけでも納得してもらえそうではある。けれど順番は大事だ。環境とリソースの問題で落ち着かせて、冷静になったところに一番納得できそうな理由をぶつければ引き下がるだろうという算段だ。
果たして俺の目論見は上手くいったようで、最初に見せていた感情の昂りはすっかりと凪いでおり、紅い瞳で燃えていた熱も沈静化していた。
ふう、取り敢えずいきなりドンパチが始まるような事態は避けれたな。
「お前の言い分は理解した、私との間にある壁の高さも。今日のところは引くとしよう」
「できれば永遠に諦めてくれ。俺は一般人として生きていたいんだ」
「約束は出来ない。お前の頭を縦に振らせることが目標だからな」
「いつからだよ」
「たった今決めた」
えー、絶対に嫌なんだけど。こいつが満足する戦闘って山が一つ消滅するんじゃないだろうか。もしかして環境破壊くらい気にしない奴だと思われてる?心外だ。
一先ず話は終わった。彼女も言うことを聞かせられないとわかった以上、俺に用はないはずだが何故か帰る様子を見せないではないか。
「まだなんかあるのか?」
「いや、うむ……」
水を向けても口を開こうとして言葉を選ぶように手を添えるのみ。
名前も知らない初対面の人間に手合わせを強ばった奴とは思えない殊勝な反応を返されて、頭に疑問符が浮かぶ。
しばらく待っていると、紅い眼が不安そうに口を開いた。
「窮屈ではないか」
「……」
あまりに予想外すぎる台詞に、口がポカーンと開いて機能を消失した。
「冷静になって分かった。お前は強い。恐ろしい、想像がつかないなど、言葉にするのも烏滸がましいほどに。それでいて私たちは脆すぎる。脚を踏み出し、軽く腕を振るうのでさえ、途方もない労力を強いているはずだ」
″それが気になってな″と気まずそうに眼を逸らしながら彼女は告げる。真っ直ぐ俺を見れないのは、さっきまでの傍若無人っぷりな態度を反省しているからかもしれない。その上で今更だが気を遣っている、のか。
「……あんた、善い奴なんだな」
「先ほどの身の程知らずな姿を見てそういえるお前の方がよほどできた人間だろう。お前でなければ首を飛ばされてもおかしくはない痴態だ」
「普通は自分の首を飛ばしてくるかもしれない奴のことなんて気にしねえって」
本当に悪いと思っているのかしゅんとした様子に思わず笑ってしまう。
身の振り方を反省し、吐いた唾が飲み込めないことが分かっていてなお、気を遣う言葉が出るのはきっとこいつ本人の気質なのだろう。そこら辺の人間なら俺の不自由さなんて気にしないし、そもそも考えすらしないのだから。
昔なら兎も角、今はそこそこ納得してる日常を謳歌できているから気を回さなくてもいいんだがな。
「確かに窮屈だけど、その窮屈さは俺が選んだ生き方だからな。あんたが思ってるほどじゃない。これでも結構幸せに生きてる」
最初から幸福だったわけじゃないし、人並みに悩んだ時期もある。それこそ、脇目もふらず走り回ることに憧れたことだって一回や二回じゃ足りない。けど、自分の才能を呪ったこともない。
「俺は今の日常に満足してるよ。だからそんなに気遣わなくて大丈夫だ。一般人で通れてるのだってあんたらが前張ってくれてるおかげだしな。感謝はあっても、文句なんて一つもねえよ」
「……そうか」
「あぁ」
脆いのはなにも人間だけじゃないし。俺がこの世界の規格に合ってなさずきるだけなのだ。不自由であることを諦めたわけでもなければ、窮屈であることに妥協したわけでもない。俺が選んだ生き方が、そういう生き方になったというだけである。
「ま、それでも気になるっていうならホロウの一つや二つ消し飛ばしてくれ。そうすれば空いた土地で暴れたりできるかもしれん」
「言うは易し、か。だがそれは言質と取っていいんだな?」
「好きに捉えてくれ」
「ではそうする」
ホロウに呑み込まれいる土地が解放されたとして、急に人が住めるようになるわけじゃない。エーテルに侵食された機械や建物を取り除く作業が必要になるから、開墾作業を称して戦闘しても許されるだろ。
と思ったのだが、意味を汲み取った英雄の眼が想定よりもやる気を滾らせているを見て、少し口が滑り過ぎたかと嘆息した。当初の目的は達成しているので良しとしよう。
「今日は急に呼び止めて悪かったな。非礼を重ねるようで申し訳ないが、名前を聞いても差し支えないか」
「あー……柊要だ。念押ししておくけど父親以外に聞くなよ。周りに迷惑かけたくなかったらな」
「委細承知した。次に会う時はメロンを持ってこよう、今回の詫びだ」
「甘くてデカいのがいい」
「見合うものを探しておく」
最後に軽く頭を下げられて、英雄殿との初邂逅はお開きになった。店から出た彼女の背中が真っ直ぐHIAへと向かっているのがガラス越しに見えて、自然と笑みがこぼれる。
ホロウ云々は全くといっていいくらい期待していないが、案外裏切ってくれるかもしれないなんて頭の片隅で考えている自分がいた。
『もっと羽を伸ばしても、世界は壊れないわよ』
世界の広さを知った切欠を思い出す。きっと、俺が相手じゃなくても同じこという人間を英雄と称えるのだろう。ならばこそ、やはり俺よりも星見雅という人間のほうが相応しいのだと再認識して、揺らめく緑の方へと意識を向けるのだった。
柊要
主人公。人の形をしたゴジラ。内閣総辞職ビームは撃てないが、地球をスイカに見立てたスイカ割りができる。何も気にせず走るだけで街を破壊し、海を割り、山に谷を作れる。なので生きるだけでもかなりの労力を割いているが、特別不満を覚えたりしてない。
普通に人間なので周囲との違いや同じでないことに悩んでいた時もあるが、今は全然気にしてないし人生を謳歌している。ヴェリナのおかげで超ハッピー。
ヴェリナ・エガード
理性のあるゴジラを人間にした人類のMVP。主人公に世界の広さを教えた。ヴェリナ本人はそのことに気がついてない。
実は市長や母親に交際のことをどう伝えようか迷っている。どうしても政治の話になるので、感情的な面で気乗りしない。
星見雅
星見家当主が溺愛する愛娘。主人公を見つけたのは偶然。ようやく見つけた強者とバトりたかったが、冷静になってみるととんでもない無茶を押し付けていることに気づいた。初見で主人公が滅茶苦茶気を遣って生きていることに気づいた数少ない人間の一人。主人公が想像してるよりも反省してる。
それはそれとして、言質は取ったので取り敢えずホロウを一つ消せないかなと柳に相談しにいく。勿論怒られる。
実は主人公の″お前のおかげで一般人として過ごせているから感謝してる″発言にひっそりと脳を焼かれている。自分よりも強く、自分よりも窮屈に生きている人間から直接言われたので仕方ない。
HIAの仮想戦闘訓練模擬実践、超高難易度ver
未だにクリアした人間がいない模擬実践の最高難易度。HAND、防衛軍、その他ありとあらゆる腕利きが挑み、敗れた、一年以上クリアした者がゼロの戦闘訓練。実装当初は″スタートが聞こえた時には視界が暗転してた″や″何もしてないのにgameoverが表示された″など苦情が相次いだが、HIAは仕様ですの一言以外発信することはなく現在に至る。今はほぼ雅専用モード。
中身は主人公を科学で再現しようとして出来なかった失敗作。プログラム上では完璧に再現しているのに、出力される結果だけが異なる事実に研究者は匙を投げた。
本人より弱いだけで世界の二番目の強者。一割程度の真似人形だが雅、白瞬光、儀玄の三人相手に無傷で勝てる。
因みに、主人公と同時に仮想空間に存在しようとすると容量不足で機械の回路が飛ぶ。プロトタイプ版を主人公と初めて運用した時、大破寸前にまで陥った。