斬られ、散り、肉を失い――
それでもなお、宮本武蔵の魂は消えなかった。
「ほう……死とは、こういうものか」
暗闇の中を漂っていた意識が、不意に光へと引き寄せられる。
次に目を開けた時、彼は見知らぬ草原に立っていた。
空気が違う。
風が違う。
地面を踏む感触すら、元いた世界とは別物だった。
「……異界か」
武蔵は口元を歪める。
その時だった。
遠くから悲鳴が聞こえる。視線を向けると、小さな村。
その周囲では甲冑姿の騎士たちが村人を追い立て、火を放ち、笑っていた。
――カルネ村。
武蔵には知る由もない。
だが、わかることが一つあった。
「弱き者を斬る顔ではないな。……つまらん」
騎士の一人が老婆を蹴り飛ばした。
その瞬間、武蔵の頬が吊り上がる。
ニヤリ。
「ならば、試そう」
腰に刀はない。だが、武蔵にとって刀とは鉄ではない。
“斬る”という観念そのもの。
騎士の前に立つ。
「何者だ貴様!」
騎士が剣を抜く。
武蔵は答えない。
ただ一歩。
踏み込んだ。
次の瞬間――
騎士の首が、音もなく宙を舞った。
剣を持っていない。
触れてすらいない。だが確かに、“斬られていた”。
周囲の騎士たちが凍りつく。
「ば……化け物……!」
武蔵は笑う。
「よい。よいぞ」
血煙の中、彼の瞳は獣のように光る。
「この世界にも、斬り甲斐のある者がいそうだ」
その背後、森の陰から全てを見ていた黒衣の魔法詠唱者――
アインズ・ウール・ゴウンは静かに呟いた。
「……面白い存在が現れたな」
ナザリックにとって最大の“未知”が、今ここに生まれた。
宮本武蔵は歩く。
ただ歩くだけ。
その進路上にいた騎士たちは、次々と崩れ落ちていく。
胴が裂け、首が飛び、腕が宙を舞う。
誰一人として、武蔵の動きを見切れない。
「ば、化け物だ!」
逃げ出そうとした騎士の背を、武蔵は指先だけで断ち割った。
血飛沫が舞う。
だが武蔵の顔には、退屈の色しかない。
「……おもしろくない」
倒れ伏す死体を見下ろし、鼻を鳴らす。
「弱すぎる」
剣筋は鈍い。
間合いは浅い。
覚悟もない。斬るたびに、期待がしぼんでいく。
「この世界も、こんなものか――」
そう呟いた、その時。
ぴたり、と武蔵の足が止まった。
風の流れが変わった。
木々のざわめきの奥。
血の匂いの向こう。
“視線”がある。
しかもただの視線ではない。
深い。重い。底が知れない。武蔵の口元がわずかに上がる。
「ほう……」
ゆっくりと首を巡らせる。
森の影。
そこには誰も見えない。
だがいる。
確かにいる。
「何者?」
武蔵は問いかける。
返事はない。
だが、その沈黙が逆に確信を深める。
――強い。
今まで斬った連中とは、まるで違う。生き物としての“格”が違う。
武蔵の背筋に、久しく忘れていた熱が走る。
「だが強いな」
その言葉には歓喜が混じっていた。
まるで飢えた獣が、ようやく獲物の匂いを嗅ぎつけたように。
影の中。
アインズ・ウール・ゴウンもまた、武蔵を観察していた。
(剣も持たずにあの斬撃……武技か? いや、違う)
アインズの赤い光が揺れる。
(面白い。ユグドラシルにもあんな存在はいなかった)
互いに姿を見せぬまま、二つの怪物は笑っていた。先に動くのはどちらか。
その瞬間――
森の奥から、さらなる異形の気配が近づいていた。
ナザリックの守護者、アルベドが到着しようとしていた。