武蔵転生記   作:masasoukoku

1 / 93
カルネ村
第一話 【武蔵 大地に立つ】


範馬刃牙との戦い

 

斬られ、散り、肉を失い――

 

霊媒によって肉体から切り離された魂

 

それでもなお、宮本武蔵の魂は消えなかった。

 

「ほう……死とは、こういうものか」

 

暗闇の中を漂っていた意識が、不意に光へと引き寄せられる。

 

そして――。

 

気が付けば、武蔵は長い通路に立っていた。

 

床も壁も天井も、どこか白く霞んでいる。

 

前後を見ても果てがない。

 

「……妙な場所だ」

 

武蔵は周囲を見回した。

 

刀はない。

 

肉体もない。

 

それでも不思議と、自分が自分であるという感覚だけは、はっきりと残っていた。

 

「死んだ……ということか」

 

その言葉を口にした瞬間だった。

 

「――ああ、そういうことになるね」

 

前方から声がした。

 

武蔵が顔を向ける。

 

そこには一人の男がいた。

 

机に座り、山のように積まれた書類を猛烈な勢いで処理している。

 

紙をめくり、判を押し、別の書類を確認し、また判を押す。

 

まるでこの世のあらゆる死者を一人で処理しているかのような忙しさだった。

 

「……」

 

男はしばらく書類に目を落としていたが、ふと顔を上げる。

 

そして武蔵をじろりと見る。

 

「名前」

 

唐突だった。

 

武蔵は眉をひそめる。

 

「……宮本武蔵」

 

「宮本武蔵」

 

男は書類を一枚めくる。

 

「生年月日……不明。死亡原因……特殊。肉体……消失。魂……残存」

 

「ほう」

 

「しかも魂の状態が妙に頑丈だな」

 

男は初めて興味深そうに武蔵を見る。

 

「普通なら、とっくに自我が崩れてるはずなんだけど」

 

「俺を誰だと思っている」

 

武蔵が不敵に笑う。

 

「宮本武蔵だぞ」

【挿絵表示】

 

 

「……そういうところだよ」

 

男は小さくため息をついた。

 

「まあいい。次」

 

「次?」

 

「君の処理だよ」

 

「処理……?」

 

「死亡した魂は、普通なら然るべき場所へ送る。輪廻に戻すか、記憶を整理するか、場合によっては別の世界へ――」

 

そこで男の手が止まった。

 

「……ん?」

 

書類をもう一度確認する。

 

そして眉をひそめた。

 

「おかしいな」

 

「何がだ」

 

「君の魂、行き先が決まってない」

 

「決まっていない?」

 

「うん」

 

男は書類を裏返したり、別の書類と照合したりする。

 

「地球側の記録では死亡扱い。でも魂の管理記録には異常。しかも君の魂には、普通の人間にはない妙な『残留』がある」

 

「つまり?」

 

「死んだのに、死にきれてない」

 

武蔵はニヤリと笑った。

 

「それは結構」

 

「いや、褒めてない」

 

男は呆れたように言う。

 

しかし次の瞬間――。

 

机の上に置かれていた書類の一枚が、突然淡い光を放った。

 

男の表情が変わる。

 

「……なるほど」

 

「何だ」

 

「君に行き先ができた」

 

男は立ち上がり、武蔵の前まで歩いてくる。

 

「宮本武蔵」

 

「うむ」

 

「これから君には――別の世界へ行ってもらう」

 

「別の世界?」

 

「ああ」

 

男はどこか楽しそうに笑った。

 

「剣の通じる世界だよ」

 

武蔵の目が細くなる。

 

「……ほう」

 

「魔法もある。怪物もいる。人間以外の種族もいる」

 

「面白そうではないか」

 

「ただし――」

 

男は一枚の書類を武蔵へ差し出した。

 

そこには、この世界とはまったく異なる文字が並んでいた。

 

「君がそこで何をするかは、僕にも分からない」

 

「構わん」

 

武蔵は即答した。

 

「強者がいるのなら、それで十分だ」

 

男は肩をすくめる。

 

「やっぱり君はそう言うと思ったよ」

 

そして書類に判を押す。

 

――ドン。

 

その瞬間。

 

武蔵の足元に巨大な光の円が広がった。

 

「では、宮本武蔵」

 

男が告げる。

 

「次の生を楽しんでおいで」

 

武蔵は光に包まれながら、不敵に笑った。

 

「次の生、か……」

 

そして最後に一言。

 

「今度は、どんな化け物と斬り結べるのか――楽しみだ」

 

光が弾ける。

 

宮本武蔵の魂は、新たな世界へと投げ出された。

 

次に目を開けた時、彼は見知らぬ草原に立っていた。

 

空気が違う。

 

風が違う。

 

地面を踏む感触すら、元いた世界とは別物だった。

 

「……異界か」

 

武蔵は口元を歪める。

 

その時だった。

 

遠くから悲鳴が聞こえる。視線を向けると、小さな村。

 

その周囲では甲冑姿の騎士たちが村人を追い立て、火を放ち、笑っていた。

 

――カルネ村。

 

武蔵には知る由もない。

 

だが、わかることが一つあった。

 

「強き者を斬る顔ではないな。……つまらん」

 

騎士の一人が老婆を蹴り飛ばした。

 

その瞬間、武蔵の頬が吊り上がる。

 

ニヤリ。

 

「ならば、試そう」

 

腰に刀はない。だが、武蔵にとって刀とは武器ではない。

 

“斬る”という観念そのもの。

 

騎士の前に立つ。

 

「何者だ貴様!」

 

騎士が全裸の男を見て剣を抜く。

 

武蔵は答えない。

 

ただ一歩。

 

踏み込んだ。

 

次の瞬間――

 

騎士の首が、音もなく宙を舞った。

 

剣を持っていない。

 

触れてすらいない。だが確かに、“斬られていた”。

 

周囲の騎士たちが凍りつく。

 

「ば……化け物……!」

 

武蔵は笑う。

 

「よい。よいぞ」

 

血煙の中、彼の瞳は獣のように光る。

 

「この世界にも、斬り甲斐のある者がいそうだ」

 

その背後、森の陰から全てを見ていた黒衣の魔法詠唱者――

 

アインズ・ウール・ゴウンは静かに呟いた。

 

「……面白い存在が現れたな」

 

ナザリックにとって最大の“未知”が、今ここに生まれた。

 

宮本武蔵は歩く。

 

ただ歩くだけ。

 

その進路上にいた騎士たちは、次々と崩れ落ちていく。

 

胴が裂け、首が飛び、腕が宙を舞う。

 

誰一人として、武蔵の動きを見切れない。

 

「ば、化け物だ!」

 

逃げ出そうとした騎士の背を、武蔵は指先だけで断ち割った。

 

血飛沫が舞う。

 

だが武蔵の顔は、見る見るうちに退屈してきた。

 

「……おもしろくない」

 

倒れ伏す死体を見下ろし、鼻を鳴らす。

 

「弱すぎる」

 

剣筋は鈍い。

 

間合いは浅い。

 

覚悟もない。斬るたびに、期待がしぼんでいく。

 

「この世界は、こんなものか――」

 

そう呟いた、その時。

 

ぴたり、と武蔵の足が止まった。

 

風の流れが変わった。

 

木々のざわめきの奥。

 

血の匂いの向こう。

 

“視線”がある。

 

しかもただの視線ではない。

 

深い。重い。底が知れない。武蔵の口元がわずかに上がる。

 

「ほう……」

 

ゆっくりと首を巡らせる。

 

森の影。

 

そこには誰も見えない。

 

だがいる。

 

確かにいる。

 

「何者?」

 

武蔵は問いかける。

 

返事はない。

 

だが、その沈黙が逆に確信を深める。

 

――強い。

 

今まで斬った連中とは、まるで違う。生き物としての“格”が違う。

 

武蔵の背筋に、久しく忘れていた熱が走る。

 

「だが強い」

 

その言葉には歓喜が混じっていた。

 

まるで飢えた獣が、ようやく獲物の匂いを嗅ぎつけたように。

 

影の中。

 

アインズ・ウール・ゴウンもまた、武蔵を観察していた。

 

(剣も持たずにあの斬撃……魔術か? いや、違う)

 

アインズの赤い光が揺れる。

 

(面白い。ユグドラシルにもあんな存在はいなかった)

 

互いに姿を見せぬまま、二つの怪物は笑っていた。先に動くのはどちらか。

 

その瞬間――

 

森の奥から、さらなる異形の気配が近づいていた。

 

ナザリックの守護者、アルベドが到着しようとしていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。