「面を上げよ。」
玉座の間にアインズの低く落ち着いた声が響く。
「はっ。」
レエブン侯がゆっくりと顔を上げる。
武蔵も静かに頭を上げ、アインズを真っ直ぐ見つめた。
その視線に恐れはない。
ただ一人の主君として相対しているだけだった。
アインズは二人を見渡す。
「それで。」
「王国が我が国に何か用かな。」
レエブン侯はその言葉に一瞬目を丸くした。
「……国?」
「今、国とおっしゃいましたか?」
「そうだ。」
アインズはゆっくりと玉座にもたれかかる。
「その名も――」
「ナザリック魔道国。」
「先日、建国したばかりだがな。」
玉座の間が静まり返る。
レエブン侯は思わず息をのんだ。
(魔道国……。)
(すでに国家を名乗っている。)
(つまり一勢力ではなく、一国として交渉するということか。)
武蔵は「ほう」と一つ頷くだけだった。
驚きはない。
アインズならば、そのくらいはやるだろうという程度の反応である。
レエブン侯は姿勢を正した。
「それでは改めまして申し上げます。」
「我がリ・エスティーゼ王国は、ナザリック魔道国と友好を結びたく、本日参上いたしました。」
アインズは軽く頷く。
「ふむ。」
そこでデミウルゴスが一歩前へ出た。
眼鏡を押し上げ、穏やかな笑みを浮かべる。
「では。」
「王国側の条件を伺ってもよろしいでしょうか。」
レエブン侯は深呼吸して答える。
「我が国は。」
「エ・ランテルとカルネ村を結ぶ線を、新たな国境としたいと考えております。」
その瞬間、守護者たちの視線が集まる。
アルベドは無表情。
シャルティアは内心、
(ずいぶん思い切った条件でありんすね。)
と思い、
アウラは
(王国にしては現実的じゃん。)
と小さく感心していた。
アインズは腕を組み、
「うーむ……。」
と考え込む素振りを見せる。
もちろん内心では、
(どうしよう。)
(デミウルゴス、これどう思う?)
と必死だったが、その骸骨の顔からは何も読み取れない。
沈黙が数秒流れる。
やがてアインズは口を開いた。
「御使者たちには客室を用意しよう。」
「しばらく、そこで待っていてもらえるかな。」
「当方でも相談の上、返答をしよう。」
レエブン侯は深く一礼する。
「ありがとうございます。」
「良き返事を、お待ちしております。」
「シャルティア。」
アインズが呼ぶ。
「はい。」
「客人を客室まで案内して差し上げよ。」
「畏まりました。」
シャルティアは優雅に一礼し、レエブン侯と武蔵へ向き直る。
「こちらへ。」
二人は静かに立ち上がる。
そのとき武蔵はアインズへ向かって軽く会釈した。
「アインズ殿。」
「また茶でも飲もう。」
その気軽な一言に、場の空気が一瞬だけ和らぐ。
アインズも小さく頷いた。
「ああ。」
「その時を楽しみにしている。」
武蔵は満足そうに笑い、レエブン侯とともにシャルティアの後に続いて玉座の間を後にした。
巨大な扉が静かに閉まる。
ゴォン――
その音が響くと同時に、玉座の間にはナザリック首脳陣だけが残された。
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玉座の間。
重厚な扉が閉まると、静寂が戻った。
アインズは大きく息を吐きたい衝動を必死に抑えながら、ゆっくりと玉座に腰を深く預ける。
「さて。」
「どう思う。」
「デミウルゴス、アルベド。」
二人は一歩前へ進み出る。
先に口を開いたのはデミウルゴスだった。
眼鏡を指先で軽く押し上げる。
「そうですね。」
「王国側の提示した条件は、現実的と言えます。」
「少なくとも感情論ではなく、国家としての損益を考えた提案でしょう。」
アインズは静かに頷く。
「ふむ。」
今度はアルベドが口を開く。
「しかし。」
「一点、気になる部分がございます。」
「エ・ランテル、およびカルネ村の行政権について、一切言及されておりません。」
「土地の境界線だけを示しております。」
デミウルゴスも頷いた。
「ええ。」
「領有権だけなのか。」
「行政権まで完全に委譲する意思があるのか。」
「そこが不明瞭です。」
アインズは腕を組む。
「なるほど。」
アルベドは冷静に続けた。
「元々、我々の計画では。」
「まずエ・ランテルを正式に割譲させる。」
「それを不満に思った王国が帝国と戦争を開始。」
「我々は帝国側として参戦し。」
「戦勝国の権利として、エ・ランテルおよびカルネ村周辺を正式に譲渡させる。」
「その流れを想定しておりました。」
デミウルゴスが微笑む。
「ですが。」
「王国側が自ら譲歩して参りました。」
「先手を打たれた形になりますな。」
アルベドも同意する。
「ええ。」
「多少予定は変わりますが。」
「不要な戦争を避けられるのであれば、余計な人的・物的コストを消費せずに済みます。」
「我が国にとって利益は大きいでしょう。」
コキュートスが腕を組む。
「戦イ。」
「不要ナラ、ソレニ越シタコトハナイ。」
アウラも肩をすくめた。
「人間同士で勝手に争ってくれれば楽だけど、向こうから譲ってくるならそれでもいいんじゃない?」
マーレもおずおずと頷く。
「む、無理に戦わなくても済むなら……その方が、いいと思います……。」
アインズは皆の意見を聞きながら内心で安堵する。
(よかった。)
(みんな戦争一択じゃないんだ。)
(できれば外交で済ませたいし。)
するとデミウルゴスが再び口を開いた。
「ただし。」
「一つ確認すべきことがございます。」
「今回、このような譲歩案を持ってきた理由です。」
「真に国王自身の意思なのか。」
「あるいは武蔵殿の影響なのか。」
アルベドは静かに微笑む。
「おそらく、その両方でしょう。」
「推測ですがラナーの進言。」
「そして武蔵殿を使者として選んだこと。」
「この二点から考えれば、国王は本気で友好を望んでおります。」
デミウルゴスは満足そうに頷いた。
「ならば。」
「交渉の余地は十分ございます。」
「ナザリック魔道国、初の正式な外交としても、悪くない相手かと。」
アインズはゆっくりと頷く。
「そうか。」
「では、その方向で話を詰めよう。」
その言葉に、守護者たちは一斉に頭を垂れた。
「はっ!」
ナザリック魔道国初の正式な外交交渉は、こうして本格的に動き始めた