武蔵は歩みを進めていた。
街道には朝の風が吹き、木々の葉が静かに揺れている。
ふと一本の大樹の下を見ると、見覚えのある黒髪の女性が腕を組んで立っていた。
「お主。」
「また待っておったのか。」
ナーベはそっぽを向いたまま鼻を鳴らす。
「うるさいわね、変態武蔵。」
「また変態か。」
武蔵は苦笑する。
「それで、今日は何じゃ。」
ナーベは小さな紙袋を差し出した。
「これ、あげるわ。」
武蔵は受け取り、中をのぞく。
「おお。」
「いつもの毒入りか。」
「この前のは、たいしたことなかったぞ。」
ナーベはふっと口元をゆるめる。
「今回は強烈よ。」
「一口食べたらコロリ。」
「野垂れ死に。」
どこか得意げな笑みだった。
武蔵は豪快に笑う。
「それはありがたい。」
「いただこう。」
そのまま歩き出そうとした武蔵を、ナーベが呼び止める。
「……ちょっと待って。」
「なんじゃ。」
「それだけ?」
武蔵は首をかしげる。
「それだけ……とは?」
ナーベはしばらく黙り込む。
やがて、小さく息を吐いた。
「……私の本当の姿を見ても。」
「同じことができる?」
武蔵は黙って見つめる。
次の瞬間。
ナーベの身体がゆらりと揺れた。
黒髪が溶けるように変化し、人ならざる本来の姿が現れる。
ドッペルゲンガー。
その異形の姿には、人間とは異なる肌や輪郭が残っていた。
ナーベは自嘲気味に笑う。
「これが私。」
「本当の姿。」
「ドッペルゲンガーとしての能力が低いから、普段はナーベラルの姿しか維持できない。」
「でも……。」
「これが本当の私よ。」
少し目を伏せる。
「……これでも。」
「できる?」
「口づけ。」
武蔵は一瞬もためらわなかった。
「ん?」
と短く返しただけで、一歩近づく。
そして、相手がどんな姿であろうと気にする様子もなく、そっと口づけを交わした。
離れると武蔵は不思議そうに首をかしげる。
「何を気にしておった。」
「姿など皮にすぎん。」
「人も鬼も妖も、会って話し、剣を交えれば同じじゃ。」
「わしがお主をナーベと呼ぶのは、その姿だからではない。」
「お主がお主だからじゃ。」
その一言に、ナーベは目を見開いた。
しばらく何も言えない。
やがて顔を真っ赤にし、視線を逸らす。
「……。」
「……ほんと。」
「変態。」
だが、その声にはいつもの棘はほとんどなかった。
武蔵は豪快に笑う。
「はっはっは!」
「そう言われるのも慣れたわ。」
「それでは行くぞ。」
紙袋を肩に掛け、再び街道を歩き出す。
ナーベはその背中を見送り、小さく微笑んだ
「……気づいてないのね。」
「そういうところが、本当にずるいんだから。」
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夕暮れの街道。
武蔵はふと空を見上げ、小さく苦笑した。
「……本当の姿、か。」
風が草を揺らし、鳥の鳴き声だけが響く。
武蔵が浮かべた表情 どこか遠くを見ているような表情だった。
武蔵には、誰にも話していない秘密があった。
この世界で名乗る「宮本武蔵」。
それは偽りではない。
しかし、それだけが自分のすべてでもなかった。
自分がどこから来て、何を経てこの世界へ至ったのか――。
その真実を知る者は、この世界には誰一人いない。
(……誰にも話しておらぬ。)
(アインズ殿にも。)
(カルネ村の者にも。)
(誰一人。)
武蔵は静かに目を閉じる。
だが先ほど、ナーベは迷いながらも自らの正体を打ち明けた。
自分がドッペルゲンガーであることを。
受け入れられる保証などないまま、それでも隠さずに。
武蔵は小さく笑った。
(……ならば。)
(次に会うときには。)
(お主には話してもよいかもしれんな。)
もちろん、その場で口にすることはない。
今はまだ、その時ではないと感じていた。
ナーベがいたらこう言うだろう
「何を一人で笑ってるのよ。変態」
武蔵はナーベのふくれっ面を想像し つい笑ってしまいながら街道を歩き出した。
武蔵の影は、夕日に長く伸びていた。
そしていつものようにシャドウデーモンが影に入ってその身を震わせていた
ナーベのドッペルゲンガー姿 原作でも出てきませんがパンドラズ・アクターに似た姿だと思ってます