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今回はその記念として以前ナーベになった武蔵が武技をプレアデスに教える
エピソードです
ナザリック地下大墳墓、第九階層。
プレアデスたちは訓練場に集められていた。
ただし、そこに立っているのはいつものナーベラル・ガンマではない。
外見は確かにナーベラル。
黒髪、整った顔立ち、いつものメイド服。
しかし、その立ち方も、目つきも、何より漂わせる雰囲気がまるで違う。
魂が入れ替わってしまった、宮本武蔵である。
「それでは――」
ナーベの姿をした武蔵が、プレアデスたちを見回す。
「指南を始める前の準備じゃ」
「……」
全員が黙って武蔵を見る。
ユリ・アルファは姿勢を正している。
ルプスレギナは少し嫌そうな顔。
シズはいつもの無表情。
ソリュシャンは興味深そうに武蔵を眺め、エントマは小首を傾げている。
そして――。
「なんというか……」
ルプスレギナがぼそりと言った。
「ナーちゃんの姿で言われると、ものすごく変な感じっすね」
「同感です」
ユリも複雑そうに頷く。
武蔵はそんな二人を気にすることなく、淡々と続けた。
「まずは身体を作る。」
「身体……ですか?」
ユリが聞き返す。
「そうじゃ。」
武蔵は指を一本立てた。
「ナザリック外周を――」
一同が耳を傾ける。
「千周。」
「……」
沈黙。
「そのあと、素振り千回。」
「…………」
「殴り千回。」
「…………」
「蹴り千回。」
「………………」
ルプスレギナの顔から、みるみる笑顔が消えていく。
「……ナーちゃん。」
「なんじゃ。」
「それ、準備っすよね?」
「うむ。」
「武技の修行じゃなくて?」
「武技を修めるための準備じゃ。」
「つまり……」
ルプスレギナが遠い目をする。
「本番は、このあと?」
「当然じゃ。」
「ひえぇ……」
シズは無言のまま武蔵を見上げている。
エントマも触手を微かに動かした。
ソリュシャンは興味深そうに、
「非常に原始的な訓練ですね」
と呟く。
「原始的で結構。」
武蔵は即答した。
「強くなりたいなら、まず身体を動かせ。」
「技だけ覚えても、技を支える身体がなければ意味がない。」
その言葉に、ユリの表情が変わった。
「……なるほど。」
ユリは真剣な顔で武蔵を見る。
「アインズ様から、武技を習得せよとのご命令をいただいています。」
「うむ。」
「ならば、この程度の訓練で音を上げるわけにはいきません。」
ユリはきっぱりと言った。
「全員、始めましょう。」
「ユリ姉ぇ……」
ルプスが情けない声を上げる。
「何よ、ルプス。」
「千周っすよ?」
「命令なのです。」
「でも千周……」
「行きます。」
ユリが走り出した。
「ええい、もうどうにでもなれっす!」
ルプスも後を追う。
シズ、ソリュシャン、エントマも続いていく。
武蔵はその背中を眺めながら、満足そうに頷いた。
「うむ。」
「まずはこれでよい。」
しかし――。
走りながらルプスレギナが叫ぶ。
「ナーちゃん!」
「なんじゃ!」
「これ、本当に千周するんすか――!」
「千周じゃ!」
「鬼ぃぃぃぃ!」
訓練場にルプスの悲鳴が響き渡る。
その横でユリは黙々と走っていた。
アインズから与えられた命令。
それを果たすためなら、どれほど厳しい修行であろうと耐えてみせる。
そして武蔵は、そんなプレアデスたちを見ながら思っていた。
(さて……)
(こやつらの中から、誰が最初に武技を掴むか。)
(楽しみじゃの。)
ナーベラルの姿をした宮本武蔵による、プレアデス武技修行。
その長い一日が始まった。
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「ヒイ……ヒイ……」
ナザリック外周。
延々と続く訓練の中で、最初に音を上げたのは――意外にもルプスレギナだった。
「もう……勘弁してほしいっす……」
肩で息をしながら、ルプスは足を止める。
「千周って、いったい何を考えてるんすか、ナーちゃん……」
少し離れたところでは、ユリが黙々と走っている。
ソリュシャンも涼しい顔を保ちながら走り続け、エントマやシズまで一切手を抜いていない。
「……みんな真面目っすねえ」
ルプスはその光景を眺めながら、ふと思い出した。
カルネ村でのこと。
武技について尋ねたとき、冒険者のブリタが言っていた。
――武技は戦士系の職業がなければ会得できない。
「そういえば……」
ルプスは頭の中で整理する。
「私、クレリックっすよね」
つまり、戦士系の職業を持たない自分には、そもそも武技を会得する条件がない。
「……だったら。」
ルプスはその場にへたり込みそうになる。
「私がこんなに走る意味、ないんじゃないっすか?」
一気に気が抜ける。
「武技を覚えられないのに、千周……」
「……」
ルプスは遠くを見る。
「……なんか、馬鹿らしくなってきたっす。」
そのまま地面に座り込もうとした。
だが――。
「ルプス。」
前方からユリの声が飛んできた。
「何しているのです?」
「いやぁ……ちょっと休憩っす。」
「武蔵さんは千周と言いました。」
「でも私、戦士職じゃないっすから。武技、覚えられないんすよ?」
ユリは少し考えた。
「……それでも、命令された訓練です。」
「うっ……」
正論だった。
ルプスは渋い顔をする。
その横を、シズが黙々と通り過ぎていく。
「シズまで……」
さらにエントマも何事もなかったかのように走っている。
「エントマちゃんまで本気っすか……」
そして前方には、決して速度を落とさないソリュシャン。
最後には、ユリが真っ直ぐ前を向いて走っている。
「……みんなやる気満々じゃないっすか。」
ルプスは頭を掻いた。
「仕方ないっすねえ……」
「どうせなら、最後まで付き合うっす。」
重い腰を上げる。
「ヒイ……ヒイ……」
そしてまた走り出した。
「……千周なんて、誰が考えたんすかねえ。」
その遥か後方。
ナーベの姿をした武蔵は、腕を組んでその様子を眺めていた。
「ほう。」
「ルプスも戻ったか。」
武蔵は小さく笑う。
「武技を覚えられるかどうかなど、今はどうでもよい。」
「まず己の身体と心を鍛える。」
「それが修行というものじゃ。」
そして武蔵は、再び訓練場へ目を向ける。
「さて――」
「誰が最後まで残るかの。」
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「ぜえ……ぜえ……」
ルプスレギナは両手を膝につき、肩で荒々しく息をしていた。
「お、終わったっす……」
ナザリック外周千周。
素振り千回。
殴り千回。
蹴り千回。
武蔵が「準備」と言っただけの訓練を、どうにかこうにか最後までやり遂げたのだ。
「もう……二度とやりたくないっす……」
その場にへたり込みながら、ルプスは周囲を見渡した。
ユリ・アルファ。
ソリュシャン。
シズ・デルタ。
三人は――。
「……」
「……」
「……」
何事もなかったかのように立っている。
息一つ乱れていない。
「……なんでっすか」
ルプスの顔が引きつる。
「よく考えたら……」
ユリを見る。
「ユー姉はアンデッド。」
ソリュシャンを見る。
「ソーちゃんはスライム。」
そしてシズ。
「シズちゃんはロボ。」
三人を順番に指差す。
「そりゃ、ばてないっすよ!」
「……」
ユリは何とも言えない顔をした。
「そう言われましても……」
「こっちは生身の身体っすよ!」
ルプスは叫んだ。
その少し向こうでは、エントマも地面に座り込んでいた。
「エントマちゃんも疲れてるっすね……」
「……少し。」
エントマが答える。
「ですよねえ!」
ルプスは仲間を見つけたような顔をした。
ところが――。
武蔵はそんな彼女たちを眺めると、平然と次の課題を告げた。
「よし。」
「次に精神修業じゃ。」
「…………」
ルプスの笑顔が消えた。
「精神……修業?」
「うむ。」
武蔵は地面を指差した。
「座禅を組め。」
プレアデスたちは顔を見合わせる。
「座禅……ですか?」
ユリが確認する。
「そうじゃ。」
武蔵はその場に腰を下ろし、足を組む。
背筋を伸ばし、目を閉じる。
「身体を鍛えただけでは武技は使えん。」
「技を繰り出すのは身体。」
「その身体を動かすのは精神じゃ。」
「心が乱れておれば、技も乱れる。」
「なるほど……」
ナーベが技を出そうとしては失敗する様子を思い出して
ユリは素直に座禅を組んだ。
ソリュシャン、シズ、エントマも続く。
ルプスも渋々その場に座った。
「ま、まあ……」
足を組む。
「走るよりは、まだマシっすね。」
「では――」
武蔵が静かに言う。
「集中せよ。」
「雑念を捨てるのじゃ。」
「…………」
静寂が訪れる。
ルプスは目を閉じた。
(雑念を捨てる……)
(……武技……)
(……でも私、戦士職じゃないし……)
(……そもそも、なんでこんな修行してるんすかね……)
(……お腹すいたっす……)
「…………」
武蔵は目を開けずに言った。
「ルプス。」
「はいっす!」
「雑念が多いぞ。」
「なんで分かるんすか!」
「顔に出ておる。」
「目ぇ閉じてるじゃないっすか!」
武蔵は答えなかった。
ただ静かに座禅を続ける。
ルプスは頬を膨らませながら、もう一度目を閉じた。
(……無心。)
(無心、無心……)
(……何も考えない。)
(……武技。)
(……武蔵。)
(……あ。)
ルプスの口元が少し緩む。
(そういえばナーちゃんの姿で武蔵が座禅してるの、やっぱり変っすね……)
「……」
「ルプス。」
「はいっす!」
「また雑念じゃ。」
「だからなんで分かるんすかぁ!」
訓練場にルプスの悲鳴が響いた。
その横でユリは微動だにせず、ひたすら精神を集中させていた。
アインズから与えられた命令。
――武技を覚えよ。
そのためなら、どれほど奇妙な修行であろうとも。
ユリ・アルファは真剣だった。
そして武蔵もまた、そんな彼女たちを静かに見守っていた。
「さて……」
「身体は作った。」
「次は心じゃ。」
ナーベラルの姿をした宮本武蔵による、奇妙極まりない武技修行は、まだ始まったばかりだった。
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「……あの~、武蔵さん」
座禅を組んだまま、ルプスレギナが恐る恐る声をかけた。
「なんじゃ」
「これ……いつまでやるっす?」
「わしが良しと言うまでじゃ」
「そ、そうっすか……」
ルプスは引きつった笑顔を浮かべた。
「…………」
(はあ~~~~)
(お腹空いたっす……)
腹の中が、ぐう、と鳴った。
「…………」
武蔵は何も言わない。
ルプスはそっと薄目を開けた。
まず目に入ったのはユリ・アルファ。
背筋をぴんと伸ばし、微動だにせず座禅を続けている。
(ユリ姉は真面目っすねえ……)
その隣。
「……?」
ルプスは首を傾げた。
ソリュシャンの姿が見えない。
「……あれ?」
よく見る。
「…………」
床一面に、薄く広がった透明な液体。
「……ソーちゃん?」
「…………」
返事はない。
「ま、まさか……」
ルプスが目を凝らす。
「と、溶けてる……!」
ソリュシャンはいつの間にか人型をやめ、本来のスライムの姿へ戻っていた。
床にぺたーっと広がっている。
「ず、ずるいっす!」
ルプスが思わず叫ぶ。
すると即座に武蔵の声が飛んできた。
「ルプス。」
「ひっ!」
「雑念が多いぞ。」
「は、はいっす……」
慌てて目を閉じる。
(……ソーちゃんずるいっす……)
(……でもあれなら足も痺れないし……)
「ルプス。」
「はいっ!」
「また考えておるな。」
「なんで分かるんすかぁ……」
ルプスは涙目になった。
その一方で、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータにも変化が起きていた。
「…………」
エントマは座禅を組んでいる。
しかし、その視線だけが――ちらちらと宙を追っている。
「……」
一匹の小さな虫が、彼女の前を飛んだ。
「…………」
エントマの目が追う。
右へ。
左へ。
上へ。
「…………」
口元から、わずかによだれが垂れた。
(……おいしそう。)
虫がまた目の前を横切る。
「…………」
エントマの身体が、ほんの少しだけ前へ傾く。
「…………」
さらに傾く。
「…………」
ついに口を開け――
「エントマ。」
「!」
武蔵の声。
エントマがぴたりと止まった。
「精神修業じゃ。」
「……はい。」
しょんぼりと口を閉じる。
虫は何事もなかったように飛び去っていった。
(……あとで食べよう。)
エントマはそんなことを考えながら、再び目を閉じた。
そして――
「……?」
ルプスが最後にシズ・デルタを見る。
「シズちゃんは……」
じっと見る。
「…………」
動かない。
「……シズちゃん?」
返事がない。
「シズちゃん?」
やはり動かない。
「…………」
ルプスが恐る恐る近づく。
「き、機能を停止してる……」
シズは座禅の姿勢のまま、完全に沈黙していた。
「え、ちょっと!」
ルプスが慌てる。
「武蔵さん! シズちゃん止まってるっす!」
「そうか。」
「そうかじゃないっす!」
武蔵はシズをじっと見る。
そして一言。
「集中しておるのじゃろう。」
「いやいやいや!」
ルプスがシズの前で手を振る。
「シズちゃん!」
「…………」
反応なし。
「本当に停止してるっす!」
武蔵は少し考えたあと、
「ならば、再起動するまで待てばよい。」
「それ修行なんすか!?」
その横ではユリだけが、相変わらず完璧な座禅を続けている。
ルプスは三人を見比べた。
溶けているソリュシャン。
停止しているシズ。
虫を狙っているエントマ。
そして――
「…………」
真面目に座禅するユリ。
「……なんで私だけ普通に苦しんでるんすか?」
武蔵は静かに目を閉じた。
「それも修行じゃ。」
「理不尽っす~~~!」
ナザリックの一角に、ルプスの悲鳴が響き渡った。
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「よし!」
武蔵の声が訓練場に響いた。
「座禅、終了じゃ。」
「ひい~~~~!」
その瞬間、ルプスレギナは糸が切れたように身体を崩した。
「つ、疲れた~~!」
足を投げ出し、ぐったりと床に転がる。
「もう……戦闘より疲れたっす……」
普段なら敵を相手に何時間戦おうと、ここまで疲労を感じることはない。
それなのに、ただ座っていただけなのだ。
「ルプス。」
ユリ・アルファが平然とした顔で振り返る。
「そんなことで音を上げてはいけません。」
「ユリ姉……よく平気っすね……」
「精神を集中していれば、それほど苦痛ではありませんよ。」
「いや、ユリ姉はアンデッドじゃないっすか……」
「そういう問題ではありません。」
「いや、絶対それもあるっす!」
ルプスが恨めしそうに睨む。
その横では、ソリュシャンがいつの間にかいつもの人型へ戻っていた。
「まあ、私もいつもよりは疲れましたね。」
「…………」
ルプスは無言でソリュシャンを見る。
(スライムになって溶けてたくせに、何言ってるっすか。)
だが口には出さなかった。
出したら、また何か言われそうだった。
一方、エントマはというと――。
「……」
キョロキョロ。
キョロキョロ。
「早く……」
「虫、食べたい……」
「エントマ、修行中に我慢していたのですね。」
ユリが微笑む。
「はい。」
エントマはこくりと頷いた。
「いっぱい我慢しました。」
「では、終わったのだから好きにするとよい。」
武蔵が言うと、エントマの目が輝いた。
「はい!」
そのまま、飛び回る虫を探し始める。
「さて……」
ルプスがようやく起き上がる。
「これで終わりっすよね?」
武蔵は答えなかった。
「……武蔵さん?」
「次の修行がある。」
「…………」
ルプスの顔が固まった。
「次……?」
「うむ。」
「まだあるんすか?」
「当然じゃ。」
「…………」
ルプスは天を仰いだ。
「神様……。」
その隣で――
「再起動開始。」
ずっと停止していたシズが突然、目を開いた。
「うわっ!」
ルプスが飛び上がる。
「シズちゃん、今まで寝てたんじゃないっすか!?」
「違う。」
シズは淡々と答えた。
「省電力モード。」
「それを寝てたって言うんすよ!」
シズは少し考えた。
「……そう。」
「認めるんすか!」
プレアデスたちの騒ぎをよそに、武蔵は腕を組んで満足そうに頷いた。
「うむ。」
「皆、それぞれ少しは心が静まったようじゃな。」
「では――」
武蔵が次の修行へ向けて口を開く。
「いよいよ武技の稽古に入るとしよう。」
「!」
ユリの表情が引き締まる。
「ついに……!」
ルプスも顔を上げた。
「や、やっと本番っすか……!」
武蔵は静かに頷いた。
「ここからが本当の修行じゃ。」
「…………」
ルプスの顔が、再び引きつった。
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「さて――」
座禅を終えたプレアデスたちを前に、ナーベラルの姿をした武蔵が腕を組む。
「ここからが本当の指南じゃ。」
全員が姿勢を正した。
「わしがお主たちを見て、それぞれに向いている武技を教えよう。」
「一人一人、得手不得手がある。」
武蔵はプレアデスたちを順番に見ていく。
「ユリ、ルプス、ソリュシャン。」
「お主ら三人は攻撃系じゃな。」
「エントマ、シズ。」
「お主ら二人は防御系が向いておる。」
「なるほど……」
ユリが頷く。
武蔵はまずユリを見る。
「ユリは――剛拳。」
「剛拳、ですか。」
「うむ。」
「お主の身体能力ならば、単純に一撃の威力を高める武技が合っておる。」
ユリは拳を握った。
「承知しました。」
次に武蔵はルプスを見る。
「ルプスは――能力向上。」
「……能力向上?」
ルプスの耳がぴくりと動く。
「身体能力そのものを一時的に引き上げる武技じゃ。」
「!」
ルプスの目が輝いた。
(能力向上……)
(ステータスアップっすね!)
「それ、めちゃくちゃいいじゃないっすか!」
「うむ。」
「攻撃力とか速度とか、まとめて上がるんすよね?」
「修練次第ではな。」
「やるっす!」
先ほどまで疲れ切っていたとは思えない勢いで、ルプスが立ち上がる。
「私、これ覚えるっす!」
武蔵は苦笑した。
「現金な奴じゃ。」
そしてソリュシャンを見る。
「ソリュシャンは――武器破壊。」
「武器破壊……ですか?」
ソリュシャンが首を傾げる。
「お主の身体の性質を考えれば、相手の武器を狙う戦い方も有効じゃ。」
「なるほど。」
ソリュシャンは興味深そうに自分の手を見る。
「相手の武器を破壊できれば、戦闘そのものを有利にできますね。」
「そういうことじゃ。」
最後に武蔵はエントマとシズを見る。
「そしてエントマとシズは――」
「外皮強化。」
「防御力を高める武技じゃ。」
エントマが首を傾げる。
「攻撃ではなく、防御ですか?」
「うむ。」
「お主は接近して戦うことも多い。ならば一撃を受けても怯まぬ身体を作ることが重要じゃ。」
「……なるほど。」
エントマは納得したように頷いた。
シズも小さく頷く。
「了解。」
武蔵は全員を見渡した。
「武技はただ強力なものを覚えればよいというものではない。」
「己の身体、戦い方、性質に合ったものを選ぶ。」
「それが重要じゃ。」
ユリが真剣な表情で尋ねる。
「では、さっそく始めましょう。」
「うむ。」
武蔵は頷いた。
「まずは――」
「ユリ。」
「はい。」
「お主からじゃ。」
ルプスが期待に満ちた顔で身を乗り出す。
「ユリ姉の剛拳……どんな威力になるんすかねえ。」
ソリュシャンも興味深そうに見つめる。
エントマとシズもユリへ視線を向ける。
そして武蔵は、静かに拳を握った。
「では――」
「剛拳の極意から教えるとしよう。」
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「では――」
武蔵は訓練場の中央へ歩いていく。
「ユリ。」
「はい。」
ユリ・アルファが一歩前へ出た。
武蔵は近くに置かれていた訓練用の人形を指差した。
「まず、あれを殴ってみい。」
「普通に、ですか?」
「うむ。今のお主の力を見たい。」
「承知しました。」
ユリは人形の前に立つ。
拳を握り――
「はっ!」
ドンッ!
拳が人形の腹部にめり込む。
訓練用とはいえ頑丈に作られた人形が、数メートル後ろへ吹き飛んだ。
「…………」
武蔵は腕を組んだまま、人形を見る。
「なるほど。」
「どうでしょう?」
「十分強い。」
「ありがとうございます。」
「だが――」
武蔵が人差し指を立てる。
「今の一撃では、力を身体全体から拳に集め切れておらん。」
「力を……集める?」
「そうじゃ。」
武蔵はユリの前に立つ。
「剛拳とは、単純に力を込めて殴ればよい技ではない。」
「足。」
武蔵が自分の足元を見る。
「腰。」
次に腰へ手を当てる。
「肩。」
そして拳。
「身体全体を一本につなげ、その力を最後に拳へ集中させる。」
「なるほど……」
ユリは真剣に聞いている。
「そして重要なのは――」
武蔵がユリの拳を見る。
「余計な力を抜くことじゃ。」
「力を抜く?」
「うむ。」
「殴る瞬間までは身体を固めすぎん。」
「力を溜め込もうとすれば、かえって動きが鈍る。」
「最後の一瞬だけ――」
武蔵が拳を握る。
「全てを叩き込む。」
「…………」
ユリは何度も頷いた。
「やってみます。」
「よし。」
ユリは再び人形の前に立つ。
一度、目を閉じた。
呼吸を整える。
「…………」
武蔵が静かに声をかける。
「己の拳だけを見るな。」
「相手の向こう側まで打ち抜くつもりでいけ。」
ユリの目が開く。
「はい。」
一歩。
足が踏み込まれる。
腰が回る。
肩が連動する。
そして――
「剛拳!」
ドゴォン!!
凄まじい衝撃音。
訓練用の人形が、先ほどとは比較にならない勢いで吹き飛んだ。
そのまま壁へ激突する。
バキバキッ!
壁に大きな亀裂が走った。
「…………」
ルプスが口を開けたまま固まる。
「え……」
ソリュシャンも目を見開く。
「これは……」
エントマが呟く。
「すごい。」
シズも一言。
「威力上昇を確認。」
ユリ自身も、自分の拳を見つめている。
「これが……剛拳……。」
武蔵は満足そうに頷いた。
「うむ。」
「今のが武技じゃ。」
「ですが……」
ユリが拳を見る。
「まだ完全ではないのですね?」
「その通り。」
武蔵は即答した。
「今のは初めて出したにしては上出来じゃ。」
「修練を重ねれば、もっと強くなる。」
ユリの表情が引き締まる。
「わかりました。」
「もっと鍛えます。」
その横で、ルプスが興奮した様子で武蔵へ駆け寄った。
「武蔵さん!」
「なんじゃ。」
「次、私っす!」
「能力向上を教えてほしいっす!」
武蔵はルプスを見て、ふっと笑った。
「うむ。」
「では次は――」
「お主の番じゃ。」
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「さて、次はお主じゃ。」
武蔵がルプスレギナへ視線を向ける。
「はいっす!」
ユリの剛拳を見て、すっかりやる気になっていたルプスは、期待に満ちた顔で武蔵の前に立った。
「私の能力向上、どんな感じで教えてくれるんすか?」
「……」
武蔵はしばらくルプスをじっと見つめる。
「お主は――」
「はい。」
「いろいろ散漫じゃな。」
「……え?」
ルプスの笑顔が固まった。
「集中力も足りぬ。」
「うっ……」
「精神もまだ練りが足りん。」
「…………」
武蔵は訓練場の外を指差した。
「だから、ひたすら走れ。」
「え?」
「走った先に、自分の限界を見る。」
「その限界を超える。」
「そしてまた、その先にある限界を超える。」
「それを繰り返していけば、やがて階段を一段ずつ上がるように、自分の力も上がっていく。」
「…………」
ルプスは呆然と武蔵を見る。
「え?」
「なにそれ。」
「修行じゃ。」
「いやいやいや!」
ルプスが両手を振る。
「それ、武技の修行なんすか!?」
「そうじゃ。」
「もっとこう……」
ルプスはユリを見る。
「剛拳!」
ユリが拳を握る。
「とか!」
次に武蔵を見る。
「能力向上!」
そして自分を見る。
「走れ!」
「なんで私だけ地味なんすか!」
武蔵は平然としている。
「お主にはそれが必要じゃ。」
「…………」
「わしが見たところ、お主はまだ子供じゃ。」
「こ、子供……」
「身体ではない。」
武蔵は自分の胸を指す。
「精神が、まだ子供なのじゃ。」
「だからこそ、まず己の限界を知れ。」
「そして、それを自分の力で超えるのじゃ。」
ルプスはしばらく黙っていた。
やがて――
「……本当に、走るだけ?」
「まずはな。」
「……どれくらい?」
武蔵は少し考える。
「己がもう無理だと思うところまで。」
「…………」
ルプスの顔から血の気が引いた。
「では――」
武蔵が手を上げる。
「始め!」
「うわーん!」
ルプスはべそをかきながら走り出した。
「こんなのってないっす~~~!」
「走れ、ルプス。」
武蔵は腕を組んで、その背中を見送る。
「己の限界は、己でしか超えられん。」
「うえ~~~ん!」
遠ざかっていくルプスの泣き声。
その様子を見ていたユリが、少しだけ心配そうに尋ねる。
「武蔵さん。」
「なんじゃ。」
「ルプスは……本当に大丈夫でしょうか?」
「大丈夫じゃ。」
武蔵は即答した。
「お主らの中で、あやつは最も伸びしろが大きい。」
「……!」
ユリが目を見開く。
武蔵は遠くを走るルプスを見つめた。
「ただし――」
「本人が、自分で限界を超えようと思わぬ限りは伸びん。」
その頃。
「ぜえ……ぜえ……!」
ルプスはすでに息を切らしていた。
「もう……無理っす……!」
足が止まりかける。
「……ここが限界っす……!」
だが、その瞬間。
武蔵の言葉が頭に浮かんだ。
――己の限界を知れ。
「…………」
ルプスは歯を食いしばった。
「……あと、ちょっと……」
震える足を動かす。
「あと……ちょっとだけ……!」
そして、再び走り始めた。
それを見た武蔵は、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「うむ。」
「まずは一段、上がったようじゃな。」
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「次、ソリュシャン。」
武蔵は、遠くでべそをかきながら走っているルプスをちらりと見た。
「ひぃ~~~! もう無理っす~~~!」
「…………」
そして改めてソリュシャンを見る。
「お主の武器破壊は簡単じゃ。」
「私に向いている、ということですね?」
「うむ。」
ソリュシャンの表情が少し明るくなる。
「それは興味深いですわね。」
「では、やってみよう。」
武蔵はユリを見る。
「ユリ。」
「はい。」
「その石を持て。」
ユリは訓練場の端に転がっていた拳ほどの石を拾った。
「ソリュシャン。」
「はい。」
「ユリが投げる石を、武技で破壊してみい。」
「石を、ですか?」
ソリュシャンは石を見る。
「簡単ですわね。」
自信満々の表情だった。
「では――」
ユリが石を構える。
「いきます。」
「ええ。」
ユリが投げた。
ヒュッ!
石がソリュシャンへ向かって飛んでくる。
「ふっ!」
ソリュシャンは素早く手を伸ばした。
そして――
パクッ。
「…………」
「…………」
「…………」
ソリュシャンの手が石を掴む。
――と思った次の瞬間。
ズルッ。
石がそのままソリュシャンの身体へ沈み込んだ。
「…………」
「…………」
「…………」
完全に体内へ取り込まれていく。
「…………あ。」
ソリュシャン自身が気づいた。
「…………」
ユリも呆然。
武蔵だけが腕を組んで頷いた。
「やはりな。」
「やはりな、じゃありません!」
ソリュシャンが慌てる。
「申し訳ありません!」
「お主の本能がそうさせたのじゃ。」
「本能……」
「スライムである以上、目の前に飛んできたものを取り込む。」
「そういう性質が染みついておる。」
ソリュシャンは自分の身体を見る。
「ですが……」
「武器破壊を覚えるためには、破壊しなければならない。」
「なのに、私の場合は――」
「食べてしまう。」
「はい……。」
ソリュシャンが珍しく困った顔をした。
「どうすれば……」
武蔵は少し考える。
「簡単じゃ。」
「え?」
「石を食べる前に、石だと思わなければよい。」
「……はい?」
「これは食べ物ではない。」
「壊すものじゃ。」
武蔵は石を一つ拾う。
「武技とは精神の力でもある。」
「身体が勝手に動くなら、精神で身体を上書きすればよい。」
ソリュシャンは真剣な表情になる。
「……つまり。」
「石を食べたいという本能より、石を壊すという意思を強くする。」
「そういうことですか。」
「うむ。」
ソリュシャンは頷いた。
「わかりました。」
ユリが再び石を構える。
「では、もう一度。」
「お願いします。」
ユリが石を投げる。
ヒュッ!
ソリュシャンは目を見開いた。
(食べてはいけない。)
(これは食べ物ではない。)
(これは――)
「壊すもの!」
ソリュシャンが手を振る。
パァン!
石が空中で真っ二つに割れた。
「…………!」
ユリが目を見開く。
「できましたね。」
ソリュシャンは自分の手を見る。
「……できました。」
武蔵は満足そうに頷いた。
「うむ。」
「では次は――」
「もっと硬いものじゃ。」
「…………」
ソリュシャンの顔が引きつる。
「え?」
武蔵は訓練場の奥にある巨大な岩を指差した。
「次は、あれを壊してみい。」
「…………」
ソリュシャンは巨大な岩を見る。
そして小さく呟いた。
「……食べてはいけない。」
武蔵は頷いた。
「そうじゃ。」
「食べるな。」
「壊せ。」
「……はい!」
ソリュシャンは拳を握った。
武技習得への修行は、まだまだ続くのだった。
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「つぎは――」
武蔵が振り返る。
「エントマとシズじゃ。」
「はい。」
「了解。」
二人が前へ出る。
その後ろでは――
「むぐ……!」
ドスン!
巨大な石がソリュシャンの身体に直撃していた。
「…………」
「…………」
「…………」
ソリュシャンは石の下敷きになったまま、じたばたしている。
「こ、これは……」
「食べ物では……ありません……!」
「だから言ったじゃろう。」
武蔵は平然としている。
「食べるな、壊せと。」
「わかってますわ!」
ソリュシャンがスルッと石の下から這い出す。
「……少々、大きすぎません?」
「修行じゃからな。」
「…………」
ソリュシャンは何も言わず、巨大な石を睨んだ。
武蔵は改めてエントマとシズを見る。
「お主ら二人に教えるのは――外皮強化。」
「外皮強化?」
エントマが首を傾げる。
「防御力を高める武技じゃ。」
「ふむふむ。」
エントマは興味深そうに聞いている。
シズは頭の中で計算を始めた。
「……計算中。」
「何を計算しておる。」
「武技による防御力上昇率を予測。」
「まずは覚えることが先じゃ。」
「了解。」
武蔵は二人の前に立った。
「外皮強化は、最初から全身を強化しようとするな。」
「まずは自分の弱点を一か所だけ守る。」
「弱点……ですか?」
エントマが考える。
「うむ。」
「そこに集中する。」
「身体の一点に精神を集め、そこだけは絶対に傷つけぬという意思を持つ。」
「なるほど。」
エントマが頷く。
「そして、慣れてきたら――」
武蔵は全身を指差す。
「その範囲を少しずつ広げていく。」
「一点から全身へ。」
「それが外皮強化じゃ。」
「わかりました。」
エントマが気合を入れる。
シズも頷いた。
「了解。」
武蔵は二人から少し離れる。
「では、まず守る場所を決めろ。」
エントマはしばらく考えた。
「……ここ。」
自分の腹部に手を当てる。
「ここを守ります。」
「よし。」
シズは自分の胸部を指した。
「私はここ。」
「うむ。」
二人が目を閉じる。
「集中せよ。」
「他のことを考えるな。」
「守る。」
エントマの表情が真剣になる。
「絶対に、傷つかない。」
身体の一部に意識を集中する。
「…………」
シズも同じように集中する。
「防御対象――胸部。」
「強化処理を開始。」
「…………」
そのとき。
エントマの身体の一部が、わずかに光った。
「!」
ユリが目を見開く。
「武蔵さん、今――」
「うむ。」
武蔵は頷いた。
「エントマは掴みかけておる。」
そしてシズ。
「…………」
こちらも胸部の周囲に、薄い光が浮かび上がる。
「強化完了。」
シズが目を開いた。
「できた。」
「よし。」
武蔵が頷く。
「二人とも、一歩目は成功じゃ。」
エントマが嬉しそうに。
「もっと強くできますか?」
「当然じゃ。」
武蔵は答えた。
「一か所を守れるようになったら、次は二か所。」
「そして最後には全身じゃ。」
「はい!」
エントマの声が弾む。
シズも静かに頷いた。
「全身強化を目標に設定。」
その横では、ソリュシャンが巨大な石を抱えていた。
「…………」
ルプスが遠くから叫ぶ。
「ソーちゃん! それ食べ物じゃないっすよ!」
「分かっています!」
「ならなんで抱えてるんすか!」
「……重いので。」
「知らないっすよ!」
訓練場にプレアデスたちの声が響く。
武蔵はそんな彼女たちを見渡し、満足そうに頷いた。
「うむ。」
「少しずつじゃが、皆それぞれの武技を掴み始めておる。」
「これなら、アインズ殿に見せても恥ずかしくないものになるじゃろう。」
その言葉を聞いたユリは、改めて拳を握った。
「はい。」
プレアデスたちの武技修行は、まだ始まったばかりだった。
修業編その2はまた後日