「わたし、エンリ。あなたは?」
幼い少女が、屈託のない笑顔で尋ねてきた。
「ぼ、ぼくは……」
ンフィアーレは恥ずかしそうに顔を伏せる。
そして、そっと祖母の背後へ隠れた。
「まあまあ」
祖母のバレアレが、そんな孫を見て微笑む。
「この子はンフィアーレ。仲良くしてやっておくれ」
「ンフィアーレ君ね!」
エンリは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、一緒に森に行こう!」
「えっ?」
エンリはためらうことなく、ンフィアーレの手を取った。
「え、ちょっと……」
「ほら、行こう!」
「だ、だめだよ!」
「なんで?」
「森は危ないから……!」
「大丈夫だよ!」
エンリはグイグイと手を引っ張る。
「ほら!」
「だ、だめだって――」
「一緒に行こうよ!」
「うわああああ!」
――そこで、ンフィアーレは目を覚ました。
「……!」
荒い息をしながら、天井を見つめる。
そこは、いつもの小屋だった。
「…………夢かぁ」
ゆっくり身体を起こす。
窓から朝の光が差し込んでいる。
「昔の……夢」
ンフィアーレはぼんやり呟いた。
まだ幼かった頃。
祖母に連れられてカルネ村を訪れた少年。
そこで会った元気で、怖いもの知らずで、自分とは正反対だった少女。
「エンリ……」
名前を口にすると、自然と笑みが浮かんだ。
「久しぶりに見たな……昔の夢」
しばらく窓の外を眺める。
あの頃から、ずいぶん遠くまで来た。
そしてエンリもまた――。
「……今は、村長なんだよな」
昔、自分の手を引っ張って森へ連れていこうとした少女が、今では多くの人々を率いている。
ンフィアーレは小さく笑った。
「ほんと……人生って、分からないな」
そう呟くと、彼はゆっくりベッドから立ち上がった。
今日もまた、新しい一日が始まる。
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「おはよう、ンフィアーレ」
「……あ、おはよう」
朝のカルネ村。
ンフィアーレは、村の仕事へ向かうエンリと顔を合わせた。
「今日も忙しそうだね」
「うん。村のことでちょっと確認しないといけないことがあって」
エンリはそう言って、村人たちへ声をかけながら歩いていく。
その姿を、ンフィアーレは少し離れたところから見つめていた。
――昔とは違う。
以前のエンリには、もっと子供っぽいところがあった。
よく笑って、勢いで行動して、時には無茶までして。
けれど今は違う。
村長になったエンリには、村を守るという強い使命感があった。
村人たちから相談を受ければ真剣に耳を傾け、問題が起これば自分で考えて決断する。
その横顔は、昔知っていた少女とは少し違って見えた。
「……大人になったんだな」
ンフィアーレは小さく呟く。
そして――。
「はあ……」
ため息が漏れた。
「だめだな、俺って」
いつかは。
いつか、ちゃんとエンリに自分の気持ちを伝えたい。
プロポーズだってしたい。
そう思っている。
なのに――。
村の中心で忙しく働くエンリを見ると、なぜか足が止まってしまう。
自分が声をかけていいのか。
今の彼女に、自分の気持ちを伝えていいのか。
そんな迷いが頭をよぎる。
「このままじゃいけないのは……分かってるんだけどな」
ンフィアーレは空を見上げた。
「どうすればいいんだろう……」
答えは、まだ見つからない。
ただ一つだけ確かなことがある。
昔、エンリに手を引かれて歩いたあの日から――。
自分はずっと、彼女のことを大切に思っている。
だからこそ。
今度は自分から、一歩踏み出さなければならない。
そう思いながらも、ンフィアーレはなかなかその一歩を踏み出せずにいた
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「この変態!」
「おっと」
ドンッ!
ナーベの蹴りを、武蔵は身体を横へずらして軽々とかわした。
「武蔵! あんた、クレマンに触ったでしょ!」
「触ったとは語弊じゃ」
武蔵は腕を組み、さも当然のように答える。
「単に武技を教えるため、支えただけじゃ」
「なんで私にはそうしないのよ!」
「お主、教えるときにいちいち怒るではないか」
「誰のせいよ!」
「わしのせいなのか?」
「そうよ!」
いつもの光景だった。
ナーベが怒鳴り、武蔵が平然としている。
そして、その二人を少し離れたところから見ているンフィアーレ。
「…………」
また始まった。
そう思いながら、ンフィアーレは苦笑する。
しかし、ふと真面目な顔になった。
――やっぱり、誰かに相談したほうがいいな。
エンリのこと。
自分がこれからどうすればいいのか。
一人で考えていても、どうにも答えが出てこない。
「でも、誰に相談すれば……」
ンフィアーレは周囲を見回した。
武蔵は……論外だ。
恋愛相談をしたら、どんな答えが返ってくるか分からない。
ナーベは……。
「…………」
今まさに武蔵と口喧嘩をしている。
「こっちも駄目だな……」
ンフィアーレは小さくため息をついた。
そのときだった。
「どうしたんですか?」
背後から声がする。
振り返ると、そこには穏やかな笑顔の少女が立っていた。
「え?」
「何か悩み事でも?」
ンフィアーレは一瞬、言葉を失う。
――この人なら。
もしかしたら相談に乗ってくれるかもしれない
「……あの」
「はい?」
ンフィアーレは少しだけ顔を赤くした。
「実は……相談したいことがあるんです」
その頃、背後では――。
「変態!」
「だから変態ではないと言っておる!」
また武蔵とナーベの声が響いていた。
ンフィアーレは苦笑しながら、相談相手へ向き直った。
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「へえ……悩んでるっすね」
「そうなんです」
たまたま通りかかったルプスレギナが、ンフィアーレに声をかけた。
「なんか、さっきから難しい顔してるっすから」
「……」
ンフィアーレは少し迷った。
しかし、話を聞いてくれる相手が欲しかったのも事実だった。
「実は……」
「実は?」
ルプスはニヤッと笑う。
(これは面白いことになりそうっすね)
何となく声をかけただけだった。
悩みを抱えている少年を見つけたから、ちょっとからかってみよう。
その程度のつもりだった。
「俺……好きな人がいるんです」
「へえ」
ルプスの笑顔が止まった。
「……好きな人?」
「はい」
「誰っすか?」
「エンリです」
「…………」
今度こそルプスは固まった。
「エンリって……村長の?」
「はい」
「……」
ルプスは数秒間、ンフィアーレの顔を見つめた。
そして――。
「なるほど」
腕を組んで、妙に真剣な顔になる。
(まさか恋の相談とは思わなかったっす)
これは思った以上に面白い。
「それで?」
「いつか、ちゃんとプロポーズしたいと思っているんです。でも……」
ンフィアーレはエンリのほうを見る。
「今のエンリは村長として、みんなのために頑張っているでしょう?」
「そうっすね」
「そんな彼女を見ていると……俺なんかが邪魔しちゃいけないんじゃないかって」
ルプスは、今度は笑わなかった。
「ンフィアーレさん」
「はい」
「それ、本当にエンリがそう言ったんすか?」
「……え?」
「『あなたは邪魔だから』って、エンリ本人が言ったんすか?」
「い、いえ……」
「じゃあ、それはンフィアーレさんが勝手に考えてることっすよね」
「…………」
ンフィアーレは黙り込んだ。
「だったら、まず本人に聞いてみることっす」
ルプスはニヤリと笑った。
「恋愛って、勝手に一人で答えを決めちゃうと損するっすよ?」
「……そう、ですね」
ンフィアーレは少しだけ顔を上げた。
「ありがとうございます、ルプスさん」
「いやいや」
ルプスは笑う。
(これは……しばらく観察してみる価値がありそうっすね)
「頑張るっすよ、ンフィアーレさん」
「はい!」
その二人の少し離れたところでは――。
「だから、なぜわしが変態なのじゃ!」
「あなたが変態だからよ!」
武蔵とナーベが、相変わらず騒いでいた。
ルプスはそちらをちらりと見る。
「……あっちもあっちで大変そうっすね」
ンフィアーレも苦笑した。
カルネ村の一日は、今日も賑やかに過ぎていく。
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「や、やあ……エンリ」
畑仕事をしているエンリのもとへ、ンフィアーレがおそるおそる近づいていく。
「ん? あ、ンフィアーレ」
エンリは鍬を振り下ろしながら振り向いた。
「どうしたの?」
「あ、あのさ……」
ンフィアーレは一度息を吸う。
「よかったら今度……」
「よいしょっと!」
エンリが鍬を振り下ろす。
「……え?」
「え、なに? ンフィアーレ」
「あ……いや……」
ンフィアーレは視線を泳がせた。
「ご、ごめん。またあとで」
「? うん」
ンフィアーレは、すごすごとその場を離れていく。
エンリはその背中を見送りながら、微妙な表情を浮かべた。
「……なんだったんだろ?」
その後も――。
「……エンリ」
今度は木を切っているエンリのところへ近づく。
「危ないわよ!」
「え?」
「そこに立ってたら木が倒れたとき危ないから!」
「ご、ごめん!」
ンフィアーレは慌てて離れる。
「…………」
またしても何も言えなかった。
さらに別の場所では――。
「そこの外塀は、もう少し補強したほうがいいと思う」
「了解です!」
エンリはゴブリンたちと真剣に話し合っている。
「それから、今年の作物の出来は――」
今度は村人たちに囲まれている。
「去年より良さそうです」
「そう。じゃあ収穫の時期を少し早めましょう」
エンリは次々と村の仕事を片付けていく。
その様子を、少し離れた場所からンフィアーレが見つめていた。
「…………」
話しかける隙がない。
本当にない。
「エンリ……忙しいんだな」
村長になった彼女は、昔とは比べものにならないほど多くの仕事を抱えている。
村人から頼られれば応え、問題があれば自分から動く。
そんなエンリを見ていると、誇らしい気持ちになる。
――けれど。
「二人きりになるだけなのに……」
ンフィアーレは頭を抱えた。
「なんでこんなに難しいんだ……」
そのとき、遠くからエンリの声が聞こえた。
「ンフィアーレ!」
「!」
思わず顔を上げる。
エンリがこちらを見ている。
「あとで時間ができたら話そう!」
「……!」
ンフィアーレの顔がぱっと明るくなった。
「う、うん!」
エンリは笑って、また村人たちのところへ戻っていく。
ンフィアーレはその背中を見ながら、小さく拳を握った。
「……よし」
今度こそ。
今度こそ、ちゃんと話す。
そう決意したのだった。
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ンフィアーレは、自分の小屋で薬の調合をしていた。
「ええと……これを少し……」
薬草をすり潰し、慎重に瓶へ入れていく。
「これ、ンフィアーレ」
背後から祖母のバレアレの声がした。
「この薬は入れてはいけないよ」
「あ!」
ンフィアーレは慌てて手を止めた。
「ご、ごめん!」
「最近、どうも上の空だねえ」
「そ、そんなことないよ」
そう言いながらも、ンフィアーレの頭の中は別のことでいっぱいだった。
――早く、二人で話したい。
エンリと。
村長としてではなく、一人の女の子として。
そんなことを考えていると、どうしても落ち着かない。
「……」
そわそわしながら薬を調合していると――。
コンコン。
扉を叩く音がした。
「?」
「いいかな?」
その声を聞いた瞬間、ンフィアーレの心臓が跳ね上がった。
「エ、エンリ!?」
慌てて立ち上がる。
「どうぞ!」
扉が開く。
そこにはエンリが立っていた。
「やあ、ンフィアーレ」
「や、やあ……」
ンフィアーレは妙に緊張しながら、エンリを中へ案内する。
「どうしたの?」
「あの……」
エンリが少し視線を逸らす。
「よかったら……今晩、私と食事しない?」
「……!」
ンフィアーレの動きが止まった。
エンリは慌てて付け加える。
「あ、いや……嫌だったらいいんだよ?」
「そ、そんなことないよ!」
思わず大きな声が出た。
「よ、喜んで!」
「……ほんと?」
エンリがほっとしたように笑う。
「うん。じゃあ、今晩ね」
「う、うん!」
エンリが出ていったあと――。
扉が閉まる。
「…………」
ンフィアーレはその場に立ち尽くした。
「…………」
そして、ゆっくり両手で顔を覆う。
「ど、どうしよう……」
心臓がものすごい勢いで鳴っている。
「二人で……食事……」
――今度こそ、ちゃんと話せるかもしれない。
そう思っただけで、胸がいっぱいになった。
その様子を見ていたバレアレが、呆れたように笑う。
「まったく……薬の調合より、そっちのほうが難しそうだねえ」
「お、おばあちゃん!」
ンフィアーレの顔は、すっかり赤くなっていた。
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夕方遅く。
「よ、よし……」
ンフィアーレは自分なりに精一杯身なりを整えていた。
服の襟を直し、髪を手で整える。
そして、エンリが住んでいる村長の家の前に立つと、大きく深呼吸した。
「…………」
コンコン。
「はーい」
エンリの声。
やがて扉が開いた。
「こ、こんばんは」
「い、いらっしゃい……」
エンリも少し恥ずかしそうにしている。
その瞬間――。
ふわっ。
甘く、さわやかな香りがンフィアーレの鼻をくすぐった。
「……?」
「この匂い……」
「え?」
ンフィアーレが思わず口にすると、エンリは少し照れながら答えた。
「ああ、これ? 今日ちょっと汗かいちゃって……水浴びするとき、お花を入れたの。その匂いかな」
「み、水浴び……」
ンフィアーレの頭に、エンリが水浴びをしている姿が浮かぶ。
「…………」
「ンフィアーレ?」
「い、いや! なんでもない!」
慌てて視線を逸らす。
「そ、そう。じゃあ入って」
「あ、ああ」
ンフィアーレは家の中へ入った。
村長の家とはいっても、決して豪華なものではない。
それでもきちんと掃除され、家具も整然と置かれている。
エンリと妹が二人で暮らしている家。
「どうぞ、座って」
「う、うん」
椅子に腰を下ろしたンフィアーレは、ふと周囲を見回した。
「……あれ?」
「どうしたの?」
「ネムちゃんは?」
いつもなら、すぐに姿を見せるはずだ。
エンリは少し申し訳なさそうに笑った。
「あ、あのね。ネムは今日、クレマン先生が見てくれてるの」
「……え?」
ンフィアーレの目が丸くなる。
「じゃあ……」
エンリもその意味に気づいたらしい。
「う、うん……」
二人の間に、妙な沈黙が落ちた。
――今夜は。
二人きり。
ンフィアーレはごくりと唾を飲み込む。
エンリも頬を赤くして、台所のほうへ視線を向けた。
「ご、ご飯……もうすぐできるから」
「う、うん」
「……」
「……」
二人とも、なぜか相手の顔をまともに見られない。
しかし、その沈黙は不思議と嫌なものではなかった。
むしろ――。
今までなかなか作れなかった、二人だけの時間が始まろうとしていた。
-------------------------------------------------------------
「ど、どうぞ……」
エンリが料理をテーブルへ並べていく。
「いつも作っているものだけど……」
料理は決して豪華ではない。
けれど、一つ一つ丁寧に作られているのが分かる。
「ありがとう。おいしそうだね」
「う、うん」
二人は向かい合って座った。
「いただきます」
「いただきます」
食事が始まる。
最初のうちは、二人とも黙々とフォークを動かしていた。
「…………」
「…………」
静かだ。
妙に静かだった。
ンフィアーレは何か話さなければと思う。
話したいことなら、いくらでもある。
幼い頃のこと。
初めて会ったときのこと。
カルネ村で過ごした日々。
最近の村のこと。
そして――これからのこと。
なのに。
「……あの」
エンリが口を開く。
「うん?」
「…………」
「…………」
「なんでもない」
「そ、そう?」
また沈黙。
しばらくして、今度はンフィアーレが意を決する。
「あのさ……」
「うん」
「…………」
「…………」
「いや、なんでもない」
(何やってるんだ、俺……)
ンフィアーレは心の中で頭を抱えた。
やがてエンリが、小さな声で尋ねる。
「ど、どう?」
「え?」
「料理……おいしい?」
「もちろん!」
ンフィアーレは反射的に答えた。
「すごくおいしいよ!」
そして心の中で続ける。
――君が作ってくれたものなら、なんだっておいしい。
しかし、その言葉は口から出てこなかった。
「…………」
また会話が途切れる。
(ど、どうしよう……)
ンフィアーレは俯いた。
本当なら、もっといろいろ話したかった。
昔の思い出を笑いながら話したり。
最近あった出来事を聞いたり。
エンリが村長としてどんなことを考えているのか尋ねたり。
自分が今まで何を考えていたのかも話したかった。
そして――。
自分がエンリをどう思っているのかも。
話したいことは、いくらでもあった。
それなのに。
「…………」
言葉が出てこない。
(俺って……だめだな)
ンフィアーレの肩が少し落ちる。
向かいに座るエンリも、そんな彼の様子を見ていた。
「…………」
エンリもまた、何か言いたそうにしている。
けれど、やっぱり言葉にならない。
二人の間に流れる静かな時間。
それは気まずい沈黙のようでもあり――。
互いに何かを伝えようとしている、そんな不思議な時間でもあった。
-------------------------------------------------------------
食事も終わりに近づいていた。
「…………」
結局、二人は最後までぎこちないままだった。
ンフィアーレはフォークを置きながら、心の中でため息をつく。
(このまま……終わっていいのか、俺)
せっかく二人きりになれたのに。
もっと話したかった。
そんなことを考えていると――。
「あ、そうだ!」
突然、エンリが声を上げた。
「え?」
「これ、武蔵さんからもらったの」
「武蔵さんから?」
「うん。カルネ村の名物にできないかって。ちょっと待ってて」
エンリは立ち上がると、台所へ向かっていった。
「…………」
ンフィアーレはその背中を見送る。
(武蔵さんから……か)
しばらくすると、エンリが戻ってきた。
「これ、どう?」
テーブルに置かれたのは、お茶と小さな菓子のようなもの。
「え……これ」
ンフィアーレは一目見て、それが何なのか理解した。
幼虫。
しかも、何らかの香りや味をつけて加工されている。
「ナザリックで開発したんですって」
エンリは嬉しそうに説明する。
「私も食べてみたけど、なかなかいけるわよ」
「そ、そう……」
(いや……これ……)
ンフィアーレの脳裏に、様々な考えが浮かぶ。
だが――。
「ほら、食べてみて」
エンリが期待に満ちた目で見つめている。
(……断れるわけないだろ)
「う、うん」
覚悟を決めて、一口。
「…………」
「どう?」
「!」
ンフィアーレの表情が変わった。
「……これ、なかなかおいしいね」
「ほんと?」
「うん。ちょっとクセはあるけど……」
「そうでしょ?」
エンリは嬉しそうに笑う。
「まだ改良する余地はあると思うけど、味はいけるわよね」
「うん」
思っていたよりずっと食べられる。
むしろ、香ばしさと独特の風味があって、不思議な味わいだった。
「これも飲んでみて」
エンリが今度はお茶を差し出す。
「じゃあ……」
ンフィアーレは一口飲んだ。
「ん……」
思わず目を細める。
「いいね。おいしいよ」
「よかった!」
エンリが満面の笑顔になる。
そして――。
「これ、虫のフンですって」
「…………」
ンフィアーレの動きが止まった。
「…………え?」
「虫のフン」
「…………」
今さら吐き出すわけにもいかない。
ンフィアーレは必死に平静を装って、そのまま飲み込んだ。
「そ、そう……なんだ……」
「うん!」
エンリは何の悪気もなく笑っている。
その笑顔を見ていると――。
「…………ふふ」
ンフィアーレも思わず笑ってしまった。
「どうしたの?」
「いや……」
さっきまでの緊張が、いつの間にか少しだけ消えていた。
「なんだか……面白い夜だなって」
「そう?」
「うん」
ンフィアーレは、もう一度お茶を見る。
そしてエンリを見る。
「……おいしいよ」
「ふふ、よかった」
エンリは嬉しそうに笑った。
それだけで、ンフィアーレの胸は温かくなった。
――今夜、二人きりになれたこと。
それだけでも、来てよかった。
そんな気持ちになっていた。
-------------------------------------------------------------
「それじゃあ……お休み」
「ええ。またね、ンフィアーレ」
玄関まで見送りに来たエンリに、ンフィアーレは頭を下げる。
「おやすみ」
そう言って帰ろうとした、そのとき。
「……あ」
ンフィアーレが立ち止まった。
「そ、そうだ。僕も忘れていた」
「?」
ンフィアーレは懐から小さな箱を取り出した。
「こ、これ……」
「私に?」
「う、うん。よかったら……使ってみてよ」
エンリは少し驚いた顔をしたあと、はにかむように笑った。
「ありがとう」
小さな箱を開ける。
中には一本の小さな瓶が入っていた。
「これ……?」
「こ、香水なんだ」
「香水?」
「僕が作ったんだ」
エンリは瓶を手に取り、興味深そうに眺める。
「へえ……。つけてもいいかな?」
「う、うん」
エンリが蓋を開ける。
そして、手首にほんの少しだけ香りをつけた。
「……いい匂い」
エンリは手首を鼻へ近づけ、ふわりと笑った。
「名前はなんていうの?」
「え……」
ンフィアーレの顔がみるみる赤くなる。
「う、うん……」
一度目を逸らし、それから意を決して答えた。
「『恋人へ』……っていうんだ」
「…………」
エンリの動きが止まった。
「……え?」
「…………」
今度はエンリの顔まで赤くなる。
「も、もう……」
「…………」
「冗談きついわよ、ンフィアーレ」
エンリは照れ隠しのように笑った。
「……冗談なんかじゃないよ!」
ンフィアーレの声が響いた。
エンリが目を見開く。
「僕は……君のことが好きなんだ」
「…………」
ンフィアーレは震える手を握りしめた。
もう逃げない。
「初めて会ったあの日から……ずっと君のことを見ていたんだ」
幼い頃。
祖母の後ろに隠れていた自分。
その手を取って森へ連れていってくれた少女。
それから長い年月が過ぎた。
エンリは村長になった。
自分も、自分なりに成長してきた。
それでも――。
「村長になった君を見て、ますます好きになった」
「ンフィアーレ……」
「だから……」
ンフィアーレはまっすぐエンリを見る。
「僕と……恋人になってください」
しばらく、エンリは何も言わなかった。
ただ、手の中の小さな香水瓶を見つめている。
やがて――。
「……ずるいよ」
「え?」
「こんなの……」
エンリは恥ずかしそうに笑った。
「そんな名前の香水をもらって、そんなこと言われたら……」
そして、ほんの少しだけ顔を上げる。
「断れるわけないじゃない」
「……!」
ンフィアーレの目が大きく開かれた。
エンリは真っ赤になりながら、小さく笑う。
「……よろしくね、ンフィアーレ」
「……うん!」
夜のカルネ村。
二人の間にあった長い距離が、ようやく一歩だけ縮まった。
-------------------------------------------------------------
「でね……恋人になったらすることって、知ってる?」
エンリがいたずらっぽく笑った。
「な、なにかな?」
「こうするの」
エンリがそっとンフィアーレに近づき、その身体を抱きしめる。
「えっ……」
驚くンフィアーレ。
そしてエンリは、恥ずかしそうに目を閉じると、そっと唇を重ねた。
「……!」
初めてのキス。
ンフィアーレは完全に固まった。
頭の中が真っ白になる。
「……!?」
何か言わなければと思う。
けれど、何を言えばいいのか分からない。
そんなンフィアーレを見て、エンリはくすっと笑った。
「ふふ。びっくりした?」
「……う、うん」
「顔、真っ赤だよ」
「エンリだって……」
「私?」
エンリも自分の頬に触れる。
「……ほんとだ」
二人は顔を見合わせ、照れくさそうに笑った。
「でね……もうひとつ」
「な、なにかな?」
エンリが少しだけ声を落とした。
「実は今夜、ネムは帰って来ないの」
「え……」
「うん」
エンリは少し恥ずかしそうに笑う。
「今夜は私一人きりなの」
「…………」
ンフィアーレはごくりと唾を飲み込んだ。
エンリはそんな彼の顔を見つめる。
「……わかるでしょ?」
潤んだ瞳。
ンフィアーレはしばらく言葉を失った。
そして――。
「……うん」
エンリは小さく笑った。
二人はもう一度、家の中へ戻っていく。
扉が静かに閉じられた。
その夜、二人は互いの気持ちを確かめながら、恋人になったばかりの二人だけの時間を過ごした
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「いやあ……あの二人、付き合うまで時間がかかって、ほんともどかしかったっすねえ」
ルプスレギナは楽しそうに笑いながら、ナーベに話しかけていた。
「けれど、いざ恋人になったら……すごかったっすよ」
「……で?」
ナーベは冷めた目でルプスを見る。
「なんでそれを私に話すの?」
「もう、分かってるくせに。ナーちゃんは」
「何がよ」
ルプスはニヤニヤしながら、ナーベの肩をぽんぽんと叩く。
その瞬間。
ルプスの笑顔が固まった。
ナーベがゆっくり立ち上がったのだ。
「…………」
「ナー……ちゃん?」
ナーベの周囲から、見るからに不穏なオーラが立ち上っている。
「わ、私は……」
「…………」
「なんで……」
ナーベが拳を握る。
「なんで私が、あの変態とそんなことしなきゃいけないのよ!」
「ひっ……」
「ばかぁ!!」
ナーベの怒声が控え室に響き渡った。
ルプスはその場で固まる。
そして、しばらくしてから――。
「……ギヒヒ」
「まだ笑うの!?」
「だってナーちゃん、顔真っ赤っすよ」
「~~~~っ!!」
ナーベの怒りが、さらに膨れ上がった。
武技の修行でルプスレギナ すこし成長は見せてます