武蔵転生記   作:masasoukoku

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エンリとンフィアーレのラブラブストーリーです


第百二回 【第百回到達記念その3 恋人たち】

「わたし、エンリ。あなたは?」

 

幼い少女が、屈託のない笑顔で尋ねてきた。

 

「ぼ、ぼくは……」

 

ンフィアーレは恥ずかしそうに顔を伏せる。

 

そして、そっと祖母の背後へ隠れた。

 

「まあまあ」

 

祖母のバレアレが、そんな孫を見て微笑む。

 

「この子はンフィアーレ。仲良くしてやっておくれ」

 

「ンフィアーレ君ね!」

 

エンリは嬉しそうに笑った。

 

「じゃあ、一緒に森に行こう!」

 

「えっ?」

 

エンリはためらうことなく、ンフィアーレの手を取った。

 

「え、ちょっと……」

 

「ほら、行こう!」

 

「だ、だめだよ!」

 

「なんで?」

 

「森は危ないから……!」

 

「大丈夫だよ!」

 

エンリはグイグイと手を引っ張る。

 

「ほら!」

 

「だ、だめだって――」

 

「一緒に行こうよ!」

 

「うわああああ!」

 

――そこで、ンフィアーレは目を覚ました。

 

「……!」

 

荒い息をしながら、天井を見つめる。

 

そこは、いつもの小屋だった。

 

「…………夢かぁ」

 

ゆっくり身体を起こす。

 

窓から朝の光が差し込んでいる。

 

「昔の……夢」

 

ンフィアーレはぼんやり呟いた。

 

まだ幼かった頃。

 

祖母に連れられてカルネ村を訪れた少年。

 

そこで会った元気で、怖いもの知らずで、自分とは正反対だった少女。

 

「エンリ……」

 

名前を口にすると、自然と笑みが浮かんだ。

 

「久しぶりに見たな……昔の夢」

 

しばらく窓の外を眺める。

 

あの頃から、ずいぶん遠くまで来た。

 

そしてエンリもまた――。

 

「……今は、村長なんだよな」

 

昔、自分の手を引っ張って森へ連れていこうとした少女が、今では多くの人々を率いている。

 

ンフィアーレは小さく笑った。

 

「ほんと……人生って、分からないな」

 

そう呟くと、彼はゆっくりベッドから立ち上がった。

 

今日もまた、新しい一日が始まる。

 

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「おはよう、ンフィアーレ」

 

「……あ、おはよう」

 

朝のカルネ村。

 

ンフィアーレは、村の仕事へ向かうエンリと顔を合わせた。

 

「今日も忙しそうだね」

 

「うん。村のことでちょっと確認しないといけないことがあって」

 

エンリはそう言って、村人たちへ声をかけながら歩いていく。

 

その姿を、ンフィアーレは少し離れたところから見つめていた。

 

――昔とは違う。

 

以前のエンリには、もっと子供っぽいところがあった。

 

よく笑って、勢いで行動して、時には無茶までして。

 

けれど今は違う。

 

村長になったエンリには、村を守るという強い使命感があった。

 

村人たちから相談を受ければ真剣に耳を傾け、問題が起これば自分で考えて決断する。

 

その横顔は、昔知っていた少女とは少し違って見えた。

 

「……大人になったんだな」

 

ンフィアーレは小さく呟く。

 

そして――。

 

「はあ……」

 

ため息が漏れた。

 

「だめだな、俺って」

 

いつかは。

 

いつか、ちゃんとエンリに自分の気持ちを伝えたい。

 

プロポーズだってしたい。

 

そう思っている。

 

なのに――。

 

村の中心で忙しく働くエンリを見ると、なぜか足が止まってしまう。

 

自分が声をかけていいのか。

 

今の彼女に、自分の気持ちを伝えていいのか。

 

そんな迷いが頭をよぎる。

 

「このままじゃいけないのは……分かってるんだけどな」

 

ンフィアーレは空を見上げた。

 

「どうすればいいんだろう……」

 

答えは、まだ見つからない。

 

ただ一つだけ確かなことがある。

 

昔、エンリに手を引かれて歩いたあの日から――。

 

自分はずっと、彼女のことを大切に思っている。

 

だからこそ。

 

今度は自分から、一歩踏み出さなければならない。

 

そう思いながらも、ンフィアーレはなかなかその一歩を踏み出せずにいた

 

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「この変態!」

 

「おっと」

 

ドンッ!

 

ナーベの蹴りを、武蔵は身体を横へずらして軽々とかわした。

 

「武蔵! あんた、クレマンに触ったでしょ!」

 

「触ったとは語弊じゃ」

 

武蔵は腕を組み、さも当然のように答える。

 

「単に武技を教えるため、支えただけじゃ」

 

「なんで私にはそうしないのよ!」

 

「お主、教えるときにいちいち怒るではないか」

 

「誰のせいよ!」

 

「わしのせいなのか?」

 

「そうよ!」

 

いつもの光景だった。

 

ナーベが怒鳴り、武蔵が平然としている。

 

そして、その二人を少し離れたところから見ているンフィアーレ。

 

「…………」

 

また始まった。

 

そう思いながら、ンフィアーレは苦笑する。

 

しかし、ふと真面目な顔になった。

 

――やっぱり、誰かに相談したほうがいいな。

 

エンリのこと。

 

自分がこれからどうすればいいのか。

 

一人で考えていても、どうにも答えが出てこない。

 

「でも、誰に相談すれば……」

 

ンフィアーレは周囲を見回した。

 

武蔵は……論外だ。

 

恋愛相談をしたら、どんな答えが返ってくるか分からない。

 

ナーベは……。

 

「…………」

 

今まさに武蔵と口喧嘩をしている。

 

「こっちも駄目だな……」

 

ンフィアーレは小さくため息をついた。

 

そのときだった。

 

「どうしたんですか?」

 

背後から声がする。

 

振り返ると、そこには穏やかな笑顔の少女が立っていた。

 

「え?」

 

「何か悩み事でも?」

 

ンフィアーレは一瞬、言葉を失う。

 

――この人なら。

 

もしかしたら相談に乗ってくれるかもしれない

 

「……あの」

 

「はい?」

 

ンフィアーレは少しだけ顔を赤くした。

 

「実は……相談したいことがあるんです」

 

その頃、背後では――。

 

「変態!」

 

「だから変態ではないと言っておる!」

 

また武蔵とナーベの声が響いていた。

 

ンフィアーレは苦笑しながら、相談相手へ向き直った。

 

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「へえ……悩んでるっすね」

 

「そうなんです」

 

たまたま通りかかったルプスレギナが、ンフィアーレに声をかけた。

 

「なんか、さっきから難しい顔してるっすから」

 

「……」

 

ンフィアーレは少し迷った。

 

しかし、話を聞いてくれる相手が欲しかったのも事実だった。

 

「実は……」

 

「実は?」

 

ルプスはニヤッと笑う。

 

(これは面白いことになりそうっすね)

 

何となく声をかけただけだった。

 

悩みを抱えている少年を見つけたから、ちょっとからかってみよう。

 

その程度のつもりだった。

 

「俺……好きな人がいるんです」

 

「へえ」

 

ルプスの笑顔が止まった。

 

「……好きな人?」

 

「はい」

 

「誰っすか?」

 

「エンリです」

 

「…………」

 

今度こそルプスは固まった。

 

「エンリって……村長の?」

 

「はい」

 

「……」

 

ルプスは数秒間、ンフィアーレの顔を見つめた。

 

そして――。

 

「なるほど」

 

腕を組んで、妙に真剣な顔になる。

 

(まさか恋の相談とは思わなかったっす)

 

これは思った以上に面白い。

 

「それで?」

 

「いつか、ちゃんとプロポーズしたいと思っているんです。でも……」

 

ンフィアーレはエンリのほうを見る。

 

「今のエンリは村長として、みんなのために頑張っているでしょう?」

 

「そうっすね」

 

「そんな彼女を見ていると……俺なんかが邪魔しちゃいけないんじゃないかって」

 

ルプスは、今度は笑わなかった。

 

「ンフィアーレさん」

 

「はい」

 

「それ、本当にエンリがそう言ったんすか?」

 

「……え?」

 

「『あなたは邪魔だから』って、エンリ本人が言ったんすか?」

 

「い、いえ……」

 

「じゃあ、それはンフィアーレさんが勝手に考えてることっすよね」

 

「…………」

 

ンフィアーレは黙り込んだ。

 

「だったら、まず本人に聞いてみることっす」

 

ルプスはニヤリと笑った。

 

「恋愛って、勝手に一人で答えを決めちゃうと損するっすよ?」

 

「……そう、ですね」

 

ンフィアーレは少しだけ顔を上げた。

 

「ありがとうございます、ルプスさん」

 

「いやいや」

 

ルプスは笑う。

 

(これは……しばらく観察してみる価値がありそうっすね)

 

「頑張るっすよ、ンフィアーレさん」

 

「はい!」

 

その二人の少し離れたところでは――。

 

「だから、なぜわしが変態なのじゃ!」

 

「あなたが変態だからよ!」

 

武蔵とナーベが、相変わらず騒いでいた。

 

ルプスはそちらをちらりと見る。

 

「……あっちもあっちで大変そうっすね」

 

ンフィアーレも苦笑した。

 

カルネ村の一日は、今日も賑やかに過ぎていく。

 

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「や、やあ……エンリ」

 

畑仕事をしているエンリのもとへ、ンフィアーレがおそるおそる近づいていく。

 

「ん? あ、ンフィアーレ」

 

エンリは鍬を振り下ろしながら振り向いた。

 

「どうしたの?」

 

「あ、あのさ……」

 

ンフィアーレは一度息を吸う。

 

「よかったら今度……」

 

「よいしょっと!」

 

エンリが鍬を振り下ろす。

 

「……え?」

 

「え、なに? ンフィアーレ」

 

「あ……いや……」

 

ンフィアーレは視線を泳がせた。

 

「ご、ごめん。またあとで」

 

「? うん」

 

ンフィアーレは、すごすごとその場を離れていく。

 

エンリはその背中を見送りながら、微妙な表情を浮かべた。

 

「……なんだったんだろ?」

 

その後も――。

 

「……エンリ」

 

今度は木を切っているエンリのところへ近づく。

 

「危ないわよ!」

 

「え?」

 

「そこに立ってたら木が倒れたとき危ないから!」

 

「ご、ごめん!」

 

ンフィアーレは慌てて離れる。

 

「…………」

 

またしても何も言えなかった。

 

さらに別の場所では――。

 

「そこの外塀は、もう少し補強したほうがいいと思う」

 

「了解です!」

 

エンリはゴブリンたちと真剣に話し合っている。

 

「それから、今年の作物の出来は――」

 

今度は村人たちに囲まれている。

 

「去年より良さそうです」

 

「そう。じゃあ収穫の時期を少し早めましょう」

 

エンリは次々と村の仕事を片付けていく。

 

その様子を、少し離れた場所からンフィアーレが見つめていた。

 

「…………」

 

話しかける隙がない。

 

本当にない。

 

「エンリ……忙しいんだな」

 

村長になった彼女は、昔とは比べものにならないほど多くの仕事を抱えている。

 

村人から頼られれば応え、問題があれば自分から動く。

 

そんなエンリを見ていると、誇らしい気持ちになる。

 

――けれど。

 

「二人きりになるだけなのに……」

 

ンフィアーレは頭を抱えた。

 

「なんでこんなに難しいんだ……」

 

そのとき、遠くからエンリの声が聞こえた。

 

「ンフィアーレ!」

 

「!」

 

思わず顔を上げる。

 

エンリがこちらを見ている。

 

「あとで時間ができたら話そう!」

 

「……!」

 

ンフィアーレの顔がぱっと明るくなった。

 

「う、うん!」

 

エンリは笑って、また村人たちのところへ戻っていく。

 

ンフィアーレはその背中を見ながら、小さく拳を握った。

 

「……よし」

 

今度こそ。

 

今度こそ、ちゃんと話す。

 

そう決意したのだった。

 

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ンフィアーレは、自分の小屋で薬の調合をしていた。

 

「ええと……これを少し……」

 

薬草をすり潰し、慎重に瓶へ入れていく。

 

「これ、ンフィアーレ」

 

背後から祖母のバレアレの声がした。

 

「この薬は入れてはいけないよ」

 

「あ!」

 

ンフィアーレは慌てて手を止めた。

 

「ご、ごめん!」

 

「最近、どうも上の空だねえ」

 

「そ、そんなことないよ」

 

そう言いながらも、ンフィアーレの頭の中は別のことでいっぱいだった。

 

――早く、二人で話したい。

 

エンリと。

 

村長としてではなく、一人の女の子として。

 

そんなことを考えていると、どうしても落ち着かない。

 

「……」

 

そわそわしながら薬を調合していると――。

 

コンコン。

 

扉を叩く音がした。

 

「?」

 

「いいかな?」

 

その声を聞いた瞬間、ンフィアーレの心臓が跳ね上がった。

 

「エ、エンリ!?」

 

慌てて立ち上がる。

 

「どうぞ!」

 

扉が開く。

 

そこにはエンリが立っていた。

 

「やあ、ンフィアーレ」

 

「や、やあ……」

 

ンフィアーレは妙に緊張しながら、エンリを中へ案内する。

 

「どうしたの?」

 

「あの……」

 

エンリが少し視線を逸らす。

 

「よかったら……今晩、私と食事しない?」

 

「……!」

 

ンフィアーレの動きが止まった。

 

エンリは慌てて付け加える。

 

「あ、いや……嫌だったらいいんだよ?」

 

「そ、そんなことないよ!」

 

思わず大きな声が出た。

 

「よ、喜んで!」

 

「……ほんと?」

 

エンリがほっとしたように笑う。

 

「うん。じゃあ、今晩ね」

 

「う、うん!」

 

エンリが出ていったあと――。

 

扉が閉まる。

 

「…………」

 

ンフィアーレはその場に立ち尽くした。

 

「…………」

 

そして、ゆっくり両手で顔を覆う。

 

「ど、どうしよう……」

 

心臓がものすごい勢いで鳴っている。

 

「二人で……食事……」

 

――今度こそ、ちゃんと話せるかもしれない。

 

そう思っただけで、胸がいっぱいになった。

 

その様子を見ていたバレアレが、呆れたように笑う。

 

「まったく……薬の調合より、そっちのほうが難しそうだねえ」

 

「お、おばあちゃん!」

 

ンフィアーレの顔は、すっかり赤くなっていた。

 

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夕方遅く。

 

「よ、よし……」

 

ンフィアーレは自分なりに精一杯身なりを整えていた。

 

服の襟を直し、髪を手で整える。

 

そして、エンリが住んでいる村長の家の前に立つと、大きく深呼吸した。

 

「…………」

 

コンコン。

 

「はーい」

 

エンリの声。

 

やがて扉が開いた。

 

「こ、こんばんは」

 

「い、いらっしゃい……」

 

エンリも少し恥ずかしそうにしている。

 

その瞬間――。

 

ふわっ。

 

甘く、さわやかな香りがンフィアーレの鼻をくすぐった。

 

「……?」

 

「この匂い……」

 

「え?」

 

ンフィアーレが思わず口にすると、エンリは少し照れながら答えた。

 

「ああ、これ? 今日ちょっと汗かいちゃって……水浴びするとき、お花を入れたの。その匂いかな」

 

「み、水浴び……」

 

ンフィアーレの頭に、エンリが水浴びをしている姿が浮かぶ。

 

「…………」

 

「ンフィアーレ?」

 

「い、いや! なんでもない!」

 

慌てて視線を逸らす。

 

「そ、そう。じゃあ入って」

 

「あ、ああ」

 

ンフィアーレは家の中へ入った。

 

村長の家とはいっても、決して豪華なものではない。

 

それでもきちんと掃除され、家具も整然と置かれている。

 

エンリと妹が二人で暮らしている家。

 

「どうぞ、座って」

 

「う、うん」

 

椅子に腰を下ろしたンフィアーレは、ふと周囲を見回した。

 

「……あれ?」

 

「どうしたの?」

 

「ネムちゃんは?」

 

いつもなら、すぐに姿を見せるはずだ。

 

エンリは少し申し訳なさそうに笑った。

 

「あ、あのね。ネムは今日、クレマン先生が見てくれてるの」

 

「……え?」

 

ンフィアーレの目が丸くなる。

 

「じゃあ……」

 

エンリもその意味に気づいたらしい。

 

「う、うん……」

 

二人の間に、妙な沈黙が落ちた。

 

――今夜は。

 

二人きり。

 

ンフィアーレはごくりと唾を飲み込む。

 

エンリも頬を赤くして、台所のほうへ視線を向けた。

 

「ご、ご飯……もうすぐできるから」

 

「う、うん」

 

「……」

 

「……」

 

二人とも、なぜか相手の顔をまともに見られない。

 

しかし、その沈黙は不思議と嫌なものではなかった。

 

むしろ――。

 

今までなかなか作れなかった、二人だけの時間が始まろうとしていた。

 

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「ど、どうぞ……」

 

エンリが料理をテーブルへ並べていく。

 

「いつも作っているものだけど……」

 

料理は決して豪華ではない。

 

けれど、一つ一つ丁寧に作られているのが分かる。

 

「ありがとう。おいしそうだね」

 

「う、うん」

 

二人は向かい合って座った。

 

「いただきます」

 

「いただきます」

 

食事が始まる。

 

最初のうちは、二人とも黙々とフォークを動かしていた。

 

「…………」

 

「…………」

 

静かだ。

 

妙に静かだった。

 

ンフィアーレは何か話さなければと思う。

 

話したいことなら、いくらでもある。

 

幼い頃のこと。

 

初めて会ったときのこと。

 

カルネ村で過ごした日々。

 

最近の村のこと。

 

そして――これからのこと。

 

なのに。

 

「……あの」

 

エンリが口を開く。

 

「うん?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「なんでもない」

 

「そ、そう?」

 

また沈黙。

 

しばらくして、今度はンフィアーレが意を決する。

 

「あのさ……」

 

「うん」

 

「…………」

 

「…………」

 

「いや、なんでもない」

 

(何やってるんだ、俺……)

 

ンフィアーレは心の中で頭を抱えた。

 

やがてエンリが、小さな声で尋ねる。

 

「ど、どう?」

 

「え?」

 

「料理……おいしい?」

 

「もちろん!」

 

ンフィアーレは反射的に答えた。

 

「すごくおいしいよ!」

 

そして心の中で続ける。

 

――君が作ってくれたものなら、なんだっておいしい。

 

しかし、その言葉は口から出てこなかった。

 

「…………」

 

また会話が途切れる。

 

(ど、どうしよう……)

 

ンフィアーレは俯いた。

 

本当なら、もっといろいろ話したかった。

 

昔の思い出を笑いながら話したり。

 

最近あった出来事を聞いたり。

 

エンリが村長としてどんなことを考えているのか尋ねたり。

 

自分が今まで何を考えていたのかも話したかった。

 

そして――。

 

自分がエンリをどう思っているのかも。

 

話したいことは、いくらでもあった。

 

それなのに。

 

「…………」

 

言葉が出てこない。

 

(俺って……だめだな)

 

ンフィアーレの肩が少し落ちる。

 

向かいに座るエンリも、そんな彼の様子を見ていた。

 

「…………」

 

エンリもまた、何か言いたそうにしている。

 

けれど、やっぱり言葉にならない。

 

二人の間に流れる静かな時間。

 

それは気まずい沈黙のようでもあり――。

 

互いに何かを伝えようとしている、そんな不思議な時間でもあった。

 

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食事も終わりに近づいていた。

 

「…………」

 

結局、二人は最後までぎこちないままだった。

 

ンフィアーレはフォークを置きながら、心の中でため息をつく。

 

(このまま……終わっていいのか、俺)

 

せっかく二人きりになれたのに。

 

もっと話したかった。

 

そんなことを考えていると――。

 

「あ、そうだ!」

 

突然、エンリが声を上げた。

 

「え?」

 

「これ、武蔵さんからもらったの」

 

「武蔵さんから?」

 

「うん。カルネ村の名物にできないかって。ちょっと待ってて」

 

エンリは立ち上がると、台所へ向かっていった。

 

「…………」

 

ンフィアーレはその背中を見送る。

 

(武蔵さんから……か)

 

しばらくすると、エンリが戻ってきた。

 

「これ、どう?」

 

テーブルに置かれたのは、お茶と小さな菓子のようなもの。

 

「え……これ」

 

ンフィアーレは一目見て、それが何なのか理解した。

 

幼虫。

 

しかも、何らかの香りや味をつけて加工されている。

 

「ナザリックで開発したんですって」

 

エンリは嬉しそうに説明する。

 

「私も食べてみたけど、なかなかいけるわよ」

 

「そ、そう……」

 

(いや……これ……)

 

ンフィアーレの脳裏に、様々な考えが浮かぶ。

 

だが――。

 

「ほら、食べてみて」

 

エンリが期待に満ちた目で見つめている。

 

(……断れるわけないだろ)

 

「う、うん」

 

覚悟を決めて、一口。

 

「…………」

 

「どう?」

 

「!」

 

ンフィアーレの表情が変わった。

 

「……これ、なかなかおいしいね」

 

「ほんと?」

 

「うん。ちょっとクセはあるけど……」

 

「そうでしょ?」

 

エンリは嬉しそうに笑う。

 

「まだ改良する余地はあると思うけど、味はいけるわよね」

 

「うん」

 

思っていたよりずっと食べられる。

 

むしろ、香ばしさと独特の風味があって、不思議な味わいだった。

 

「これも飲んでみて」

 

エンリが今度はお茶を差し出す。

 

「じゃあ……」

 

ンフィアーレは一口飲んだ。

 

「ん……」

 

思わず目を細める。

 

「いいね。おいしいよ」

 

「よかった!」

 

エンリが満面の笑顔になる。

 

そして――。

 

「これ、虫のフンですって」

 

「…………」

 

ンフィアーレの動きが止まった。

 

「…………え?」

 

「虫のフン」

 

「…………」

 

今さら吐き出すわけにもいかない。

 

ンフィアーレは必死に平静を装って、そのまま飲み込んだ。

 

「そ、そう……なんだ……」

 

「うん!」

 

エンリは何の悪気もなく笑っている。

 

その笑顔を見ていると――。

 

「…………ふふ」

 

ンフィアーレも思わず笑ってしまった。

 

「どうしたの?」

 

「いや……」

 

さっきまでの緊張が、いつの間にか少しだけ消えていた。

 

「なんだか……面白い夜だなって」

 

「そう?」

 

「うん」

 

ンフィアーレは、もう一度お茶を見る。

 

そしてエンリを見る。

 

「……おいしいよ」

 

「ふふ、よかった」

 

エンリは嬉しそうに笑った。

 

それだけで、ンフィアーレの胸は温かくなった。

 

――今夜、二人きりになれたこと。

 

それだけでも、来てよかった。

 

そんな気持ちになっていた。

 

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「それじゃあ……お休み」

 

「ええ。またね、ンフィアーレ」

 

玄関まで見送りに来たエンリに、ンフィアーレは頭を下げる。

 

「おやすみ」

 

そう言って帰ろうとした、そのとき。

 

「……あ」

 

ンフィアーレが立ち止まった。

 

「そ、そうだ。僕も忘れていた」

 

「?」

 

ンフィアーレは懐から小さな箱を取り出した。

 

「こ、これ……」

 

「私に?」

 

「う、うん。よかったら……使ってみてよ」

 

エンリは少し驚いた顔をしたあと、はにかむように笑った。

 

「ありがとう」

 

小さな箱を開ける。

 

中には一本の小さな瓶が入っていた。

 

「これ……?」

 

「こ、香水なんだ」

 

「香水?」

 

「僕が作ったんだ」

 

エンリは瓶を手に取り、興味深そうに眺める。

 

「へえ……。つけてもいいかな?」

 

「う、うん」

 

エンリが蓋を開ける。

 

そして、手首にほんの少しだけ香りをつけた。

 

「……いい匂い」

 

エンリは手首を鼻へ近づけ、ふわりと笑った。

 

「名前はなんていうの?」

 

「え……」

 

ンフィアーレの顔がみるみる赤くなる。

 

「う、うん……」

 

一度目を逸らし、それから意を決して答えた。

 

「『恋人へ』……っていうんだ」

 

「…………」

 

エンリの動きが止まった。

 

「……え?」

 

「…………」

 

今度はエンリの顔まで赤くなる。

 

「も、もう……」

 

「…………」

 

「冗談きついわよ、ンフィアーレ」

 

エンリは照れ隠しのように笑った。

 

「……冗談なんかじゃないよ!」

 

ンフィアーレの声が響いた。

 

エンリが目を見開く。

 

「僕は……君のことが好きなんだ」

 

「…………」

 

ンフィアーレは震える手を握りしめた。

 

もう逃げない。

 

「初めて会ったあの日から……ずっと君のことを見ていたんだ」

 

幼い頃。

 

祖母の後ろに隠れていた自分。

 

その手を取って森へ連れていってくれた少女。

 

それから長い年月が過ぎた。

 

エンリは村長になった。

 

自分も、自分なりに成長してきた。

 

それでも――。

 

「村長になった君を見て、ますます好きになった」

 

「ンフィアーレ……」

 

「だから……」

 

ンフィアーレはまっすぐエンリを見る。

 

「僕と……恋人になってください」

 

しばらく、エンリは何も言わなかった。

 

ただ、手の中の小さな香水瓶を見つめている。

 

やがて――。

 

「……ずるいよ」

 

「え?」

 

「こんなの……」

 

エンリは恥ずかしそうに笑った。

 

「そんな名前の香水をもらって、そんなこと言われたら……」

 

そして、ほんの少しだけ顔を上げる。

 

「断れるわけないじゃない」

 

「……!」

 

ンフィアーレの目が大きく開かれた。

 

エンリは真っ赤になりながら、小さく笑う。

 

「……よろしくね、ンフィアーレ」

 

「……うん!」

 

夜のカルネ村。

 

二人の間にあった長い距離が、ようやく一歩だけ縮まった。

 

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「でね……恋人になったらすることって、知ってる?」

 

エンリがいたずらっぽく笑った。

 

「な、なにかな?」

 

「こうするの」

 

エンリがそっとンフィアーレに近づき、その身体を抱きしめる。

 

「えっ……」

 

驚くンフィアーレ。

 

そしてエンリは、恥ずかしそうに目を閉じると、そっと唇を重ねた。

 

「……!」

 

初めてのキス。

 

ンフィアーレは完全に固まった。

 

頭の中が真っ白になる。

 

「……!?」

 

何か言わなければと思う。

 

けれど、何を言えばいいのか分からない。

 

そんなンフィアーレを見て、エンリはくすっと笑った。

 

「ふふ。びっくりした?」

 

「……う、うん」

 

「顔、真っ赤だよ」

 

「エンリだって……」

 

「私?」

 

エンリも自分の頬に触れる。

 

「……ほんとだ」

 

二人は顔を見合わせ、照れくさそうに笑った。

 

「でね……もうひとつ」

 

「な、なにかな?」

 

エンリが少しだけ声を落とした。

 

「実は今夜、ネムは帰って来ないの」

 

「え……」

 

「うん」

 

エンリは少し恥ずかしそうに笑う。

 

「今夜は私一人きりなの」

 

「…………」

 

ンフィアーレはごくりと唾を飲み込んだ。

 

エンリはそんな彼の顔を見つめる。

 

「……わかるでしょ?」

 

潤んだ瞳。

 

ンフィアーレはしばらく言葉を失った。

 

そして――。

 

「……うん」

 

エンリは小さく笑った。

 

二人はもう一度、家の中へ戻っていく。

 

扉が静かに閉じられた。

 

その夜、二人は互いの気持ちを確かめながら、恋人になったばかりの二人だけの時間を過ごした

 

-------------------------------------------------------------

「いやあ……あの二人、付き合うまで時間がかかって、ほんともどかしかったっすねえ」

 

ルプスレギナは楽しそうに笑いながら、ナーベに話しかけていた。

 

「けれど、いざ恋人になったら……すごかったっすよ」

 

「……で?」

 

ナーベは冷めた目でルプスを見る。

 

「なんでそれを私に話すの?」

 

「もう、分かってるくせに。ナーちゃんは」

 

「何がよ」

 

ルプスはニヤニヤしながら、ナーベの肩をぽんぽんと叩く。

 

その瞬間。

 

ルプスの笑顔が固まった。

 

ナーベがゆっくり立ち上がったのだ。

 

「…………」

 

「ナー……ちゃん?」

 

ナーベの周囲から、見るからに不穏なオーラが立ち上っている。

 

「わ、私は……」

 

「…………」

 

「なんで……」

 

ナーベが拳を握る。

 

「なんで私が、あの変態とそんなことしなきゃいけないのよ!」

 

「ひっ……」

 

「ばかぁ!!」

 

ナーベの怒声が控え室に響き渡った。

 

ルプスはその場で固まる。

 

そして、しばらくしてから――。

 

「……ギヒヒ」

 

「まだ笑うの!?」

 

「だってナーちゃん、顔真っ赤っすよ」

 

「~~~~っ!!」

 

ナーベの怒りが、さらに膨れ上がった。




武技の修行でルプスレギナ すこし成長は見せてます
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