正保二年(1645年)五月。
岩戸山の麓。
一代の剣豪――宮本武蔵は、静かに最期の時を迎えようとしていた。
病には勝てなかった。
いかなる達人も、いかなる英雄も。
寿命というものだけは斬ることができない。
武蔵は寝床の上で静かに目を閉じる。
老いた身体は思うように動かない。
だが、その心だけは若き日のままだった。
(長い人生じゃった。)
関ヶ原の後の乱世。
吉岡一門との決闘。
佐々木小次郎との巌流島。
名も知れぬ剣士たちとの幾千の立ち合い。
血煙。
土煙。
歓声。
敗者の無念。
勝者の孤独。
すべてが昨日のことのようによみがえる。
(よう斬った。)
(よう生きた。)
(もう未練はない。)
武蔵は満足していた。
己の剣を極めた。
生涯六十余度の勝負に敗れず。
兵法を磨き、書を残し、弟子を育てた。
このまま静かに目を閉じても悔いはない。
そう思った、その時だった。
部屋の空気が変わる。
ふっ――。
灯火が揺れる。
誰もいないはずの部屋の隅に、一人の影が立っていた。
人の形をしている。
だが人ではない。
その姿は霞のように曖昧で、顔も年齢も判別できない。
ただ、その双眸だけが妖しく光っていた。
「……。」
武蔵は薄く目を開く。
「誰じゃ。」
影は笑う。
男とも女ともつかぬ声が部屋に響いた。
「宮本武蔵。」
「お前は満足して死ぬつもりか。」
武蔵は鼻で笑う。
「何を今さら。」
「わしは十分生きた。」
「そうか?」
妖は一歩近づいた。
「本当に、お前が一代の剣豪か?」
その言葉に武蔵の眉がわずかに動く。
「……何?」
妖はさらに囁く。
「柳生十兵衛がおるぞ。」
その名が耳に入った瞬間。
武蔵の瞳が鋭く光る。
「柳生……十兵衛。」
「そう。」
「お前は巌流島で小次郎に勝った。」
「吉岡にも勝った。」
「だが。」
「柳生十兵衛とは本気で刃を交えたことがない。」
武蔵は黙る。
妖は楽しげに続けた。
「もし。」
「もし柳生十兵衛と命を懸けて戦っていたら。」
「果たして勝てたかな?」
部屋に沈黙が落ちる。
武蔵は静かに目を閉じた。
(……。)
確かに。
会ったことはある。
名も聞いた。
腕も知っている。
だが。
真剣勝負だけは、一度もなかった。
妖はさらに追い打ちをかける。
「剣豪を名乗るには。」
「一人、斬り損ねた相手がおるのではないか?」
武蔵はゆっくりと息を吐く。
そして、小さく笑った。
「……上手いことを言う。」
その笑みには、先ほどまでの達観はなかった。
まだ剣を求める男の顔だった。
妖はその表情を見て、満足そうに笑う。
「やはり。」
「お前の剣は、まだ終わっておらぬ。」
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武蔵はかすかに笑った。
「死に向かうこの身……どうせよと言うのじゃ。」
妖は肩を震わせ、くつくつと含み笑いを漏らした。
「安心せえ。」
「そのための術よ。」
「――魔界転生。」
その言葉に、武蔵の瞳がわずかに開く。
「魔界……転生。」
「そうじゃ。」
妖は武蔵の枕元まで歩み寄る。
「お主が死ねば肉体は滅びる。」
「されど魂は残る。」
「その魂を新たな器へと転じる秘法。」
「再び宮本武蔵として、この世に立つことができる。」
武蔵は静かに問い返す。
「……もう一度。」
「立ち会えるのか。」
妖は口元をゆがめた。
「そうじゃ。」
「まだ見ぬ強者とも。」
「果たせなかった勝負とも。」
「安心して逝け。」
しばし沈黙が流れる。
武蔵は細くなった息で笑った。
「そうか……。」
「それも悪くない。」
ふと思い出したように妖を見る。
「ところで。」
「お主、名は。」
妖は少しだけ目を細めた。
「名か。」
「……森宗意軒、とでもしておこう。」
その名を聞いた武蔵の瞳がわずかに見開く。
(森宗意軒……。)
島原の乱。
天草四郎に仕えたと伝わる軍師。
討たれ、とうにこの世を去ったと聞いていた男
(生きておった……いや。)
(この者は本当に森宗意軒なのか。)
疑問は浮かんだ。
だが、もはや確かめる力は残っていない。
武蔵の呼吸は、次第に細くなっていく。
意識が遠のく。
最後に見えたのは、妖が静かに笑う姿だった。
「さらばじゃ。」
「剣豪。」
武蔵は静かに目を閉じた。
正保二年(1645年)五月十九日。
一代の剣豪・宮本武蔵。
享年六十一。
その生涯は、静かに幕を閉じた――
はずだった。
だが、その魂は闇の中へ消えることなく、妖しき術によって新たな世界へと導かれていく。
誰も知らぬ、新たな戦いの舞台へ。
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カルネ村への街道。
朝の風を受けながら、武蔵は静かに歩いていた。
ふと空を見上げ、小さくつぶやく。
「……そうじゃ。」
「あのとき、わしは確かに亡くなったはず。」
正保二年五月。
病に伏し、静かに息を引き取った。
それが宮本武蔵という男の人生の終わりだった。
――そのはずだった。
「だが。」
「気づけば、わしは新たな肉体を得ておった。」
若い肉体。
六十を越え衰えていた身体ではない。
巌流島で佐々木小次郎と刃を交えた頃にも負けぬほど、力の満ちた肉体。
拳を握れば骨が鳴る。
走れば風を切る。
刀を振れば、どこまでも振れる。
武蔵は思わず笑みを浮かべた。
「嬉しかった。」
「また立ち合える。」
「まだ見ぬ強者。」
「見たこともない剣。」
「この世ならざる化け物。」
「それらと再び命を懸けて戦える。」
それは武蔵にとって、この上ない喜びだった。
しかし――。
武蔵は額へ手を当てる。
そこには、硬く太い一本の角があった。
「……じゃが。」
「わしは化け物となっておった。」
人ではない。
鬼。
頭には角が生え、その姿は人のそれとは異なっていた。
初めて水面に映った己の姿を見た時の驚きは、今でも忘れられない。
「鬼として生まれ変わるとは。」
「森宗意軒め。」
「何とも面白いことをしてくれたものじゃ。」
恨みはない。
むしろ感謝している。
再び剣を振るえる身体を与えてくれたのだから。
だが時折思う。
(わしは今、人なのか。)
(それとも鬼なのか。)
その答えは、いまだ見つからない。
武蔵は歩みを止めることなく、小さく笑った。
「まあ、どちらでもよい。」
「剣を振れるなら。」
「わしは宮本武蔵じゃ。」
そう言うと、朝日に向かって再び歩き出した
武蔵は静かに笑った。
「そして……柳生十兵衛と立ち会った。」
風が草を揺らす。
「嬉しかった。」
「天下に名高い柳生十兵衛。」
「ようやく、思う存分あやつと剣を交えられた。」
その時の興奮は、今でも鮮明に思い出せる。
剣と剣。
技と技。
命と命。
一瞬たりとも気を抜けば斬られる極限の勝負。
「楽しかった。」
「まことに、楽しかった。」
武蔵は空を見上げる。
「そして……負けた。」
最初の立ち合いでは勝った。
だが、それで終わりではなかった。
「十兵衛め。」
「やつもまた転生しておった。」
「しかも救世主としての力を授かってな。」
武蔵は肩を揺らして笑う。
「ははは。」
「まったく、世は広い。」
「あれほどの男が、さらに強くなって現れるとは。」
最後の勝負。
己は敗れた。
魂さえ砕け散るかと思うほどの敗北だった。
「もう終わりじゃと思った。」
「わしの魂は、永遠に虚空をさまようのだとな。」
しかし。
終わりではなかった。
「またじゃ。」
「今度は強い風に吹かれた。」
抗うこともできぬほど強い風。
何者かに導かれるように。
魂は再び流されていった。
「そして目を開けると……。」
武蔵は苦笑した。
「あれには驚いた。」
「目の前に婆さんがおってな。」
「しかも、わしと口づけしとる。」
思い返しても妙な光景だった。
状況も分からぬまま、目覚めた途端に接吻されるなど、武蔵の長い人生でも初めてである。
「それから知った。」
「その肉体。」
「人が『くろぉん』とかいう技で造った身体らしい。」
生身でありながら、生まれたものではない。
造られた肉体。
そこへ己の魂が宿った。
「鬼となり。」
「敗れ。」
「再び転生し。」
「今度は造られた身体に宿る。」
武蔵は思わず笑い声を漏らした。
「ははは……。」
「なんとも面白い。」
「これほど奇妙な人生になるとは、昔のわしは夢にも思わなんだ。」
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武蔵は苦笑しながら街道を歩く。
「……あの世界。」
「気づけば、わしが死んでから四百年も経っておった。」
思い返しても、不思議な時代だった。
「しかも、わしを蘇らせたのが徳川とはな。」
鼻で笑う。
「まったく、ふざけた話じゃ。」
「死人を蘇らせ、その時代の武人どもと立ち会わせて楽しむ。」
「人を見世物にしおって。」
武蔵は肩をすくめた。
「まあ、腹は立った。」
「立ったが……。」
口元が自然と緩む。
「面白くもあった。」
目に映るものすべてが未知だった。
「絵の映る箱。」
「馬もおらんのに走る車。」
「空を飛ぶ鉄の鳥。」
「それに、刀を持つなと言われたときは笑った。」
「武芸者に刀を持つなとは。」
「なんとも窮屈な世じゃった。」
それでも。
「楽しかった。」
「見たこともない技術。」
「見たこともない武術。」
「そして、まだまだ強者がおる。」
武蔵にとっては退屈する暇などなかった。
しばらくして、さらに驚くことを知る。
「わしの描いた絵が、国の宝になっておるとな。」
初めて聞いたときは耳を疑った。
「死んで四百年も経って評価されるとは。」
「世とは分からぬものじゃ。」
さらに聞けば、現代には絵一枚が莫大な金で取引される世界があるという。
「その中でも、飴玉ばかり描いておる絵師がおってな。」
「その者の絵が、とんでもない値で売れるらしい。」
武蔵は首をひねる。
「しかも、その絵師も武芸者であったとか。」
しばらく黙ったあと、ぽつりとつぶやいた。
「そんなことなら……。」
「わしも剣士ではなく、絵師になればよかったかの。」
自分で言って、自分で笑う。
「いや。」
「やはり無理じゃな。」
「わしは剣を振っておる方が性に合っとる。」
そう言って空を見上げる。
「もっとも。」
「今では筆より刀を握る機会の方が多い。」
「結局、宮本武蔵は宮本武蔵ということじゃ。」
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武蔵は肩をすくめ、苦笑した。
「……あの時代でも、わしは邪魔者じゃった。」
一流の武芸者たちと剣を交え、時に勝ち、時に敗れた。
それでも最後に待っていたのは、別れだった。
「結局、強制的に追い出されたわ。」
思い出すように頭をかいた。
「まったく。」
「最後は、あの婆さんに放り出されてしもうた。」
口元がゆるむ。
「次に会うことがあれば――。」
「何も言わず、一発ぶん殴ってやろうかの。」
そう言って豪快に笑う。
「はっはっは!」
もちろん、本気ではない。
半分は恨み、半分は感謝。
そんな複雑な気持ちだった。
武蔵はゆっくりと空を見上げる。
「そして気づけば、この世界じゃ。」
魔法があり。
魔物がおり。
竜が空を舞い。
人ならざる強者たちが生きる世界。
「……悪くない。」
「いや。」
「わしの性には合っておる。」
好きなだけ刀を振るえる。
強者と立ち会える。
誰に遠慮することもない。
「この世界は、実に面白い。」
武蔵は歩みを止めた。
そして振り返ることなく、背後へ声をかける。
「そう思わんか。」
「……お前。」
街道脇の影が、ぴくりと揺れる。
そこに潜んでいたシャドウデーモンは、全身を小刻みに震わせた。
(ば、ばれている……。)
気配は完全に消していたはずだった。
ナザリックでも一、二を争う隠密能力。
それを、振り返りもせず見抜かれている。
(こ、こいつ……。)
(やっぱり化け物だ。)
シャドウデーモンは思わずごくりと息をのんだ。
武蔵はそんな様子を知ってか知らずか、小さく笑う。
「安心せい。」
「斬るつもりはない。」
「お主は、わしの後ろを歩くのが好きなんじゃろう。」
その一言に、シャドウデーモンはさらに震え上がる。
(ぜ、全部わかっている……。)
この男には、気配を消すという概念そのものが通じない。
シャドウデーモンは改めて確信した。
(アインズ様が特別扱いされる理由が、少し分かった気がする……。)
武蔵は何事もなかったかのように歩き出す。
その背を見つめながら、シャドウデーモンは今日も無言であとをついていった
このストーリーの武蔵は元々「魔界転生」の世界の宮本武蔵です
小説版 映画版 マンガ版がごっちゃになっています
魔界転生した武蔵は鬼の肉体にドラゴン召喚もするトンデモ武蔵でした
その後 刃牙世界へ転生し オーバーロード世界へ転生しました
ですので肉体は人間ですが本性は鬼です 召喚術も心得ていますが わざと使っていません