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到達記念として武蔵とは別にこの世界に来たキャラのストーリーです
――銃声。
乾いた音が夜の街に響いた。
逃がし屋の放った銃弾は、グレーテルの頭部を貫いた。
「……あ」
身体から力が抜ける。
グレーテルはその場に崩れ落ちた。
視界が急速にぼやけていく。
それでも、最後に彼女が見上げたものは――空だった。
雲ひとつない、青い空。
「あんな……青い空……」
グレーテルの口元に、ほんの少し笑みが浮かぶ。
「ヘンゼルと……一緒に見たかったなぁ……」
身体から、急速に何かが失われていく。
命の灯火が消えようとしている。
それを、グレーテル自身が理解していた。
「まあ……これもいいかな……」
視線を動かす。
そこにはロックの姿があった。
最後に見た彼の顔を、グレーテルは静かに心へ刻み込む。
「生まれ変われるなら……」
声が小さくなる。
「ヘンゼルと……一緒がいいな……」
そして――
グレーテルの意識は途切れた。
――はずだった。
グレーテルが目を開ける。
「……?」
そこは暗闇だった。
何もない。
ただ中央に、一台の机が置かれている。
机の上にはスポットライトが当たり、その周囲だけがぼんやりと照らされていた。
「……ここ、どこかしら?」
グレーテルが身体を起こす。
「さあ」
聞き慣れた声。
「僕にも分からない」
「……!」
振り返る。
そこには――
ヘンゼルが立っていた。
「あら……兄さま」
「やあ、グレーテル」
いつものように。
まるで何事もなかったかのように。
二人は互いの姿を確認する。
「死んだのかしら、私たち」
「たぶんね」
「そう」
グレーテルは意外なほど落ち着いていた。
ヘンゼルがいる。
それだけで十分だった。
「それより、あれ」
ヘンゼルが机を指差す。
そこには三枚のカードが伏せられていた。
「……カード?」
「どうも引けってことかな」
「ずいぶん簡単な説明ね」
「他に説明がないからね」
ヘンゼルは躊躇しなかった。
三枚のうち、真ん中のカードを手に取る。
「兄さま、勝手に引いていいの?」
「待っていても仕方ないだろ」
カードを裏返す。
「……」
そこに描かれていたのは――
一体の骸骨。
そして、その前に立つ一人の武士。
「何の意味かしら?」
グレーテルが首を傾げる。
「さあ」
ヘンゼルも分からない。
だが――
カードを引いた瞬間だった。
――ギィィィ……。
暗闇の向こうから、巨大な扉が姿を現した。
「……」
「……」
二人は顔を見合わせる。
そして、いつの間にか机も消えていた。
「どうも……」
ヘンゼルが扉を見る。
「この扉の先に進むしかないようだね」
「そうね」
グレーテルは微笑んだ。
「でも、ヘンゼルがいれば寂しくないわ」
「僕もだよ、グレーテル」
二人は互いを見つめる。
死ぬときも一緒。
死んだあとも一緒。
ならば、次に何が待っていようとも――
二人なら怖くない。
グレーテルがヘンゼルに近づく。
そして、二人は静かに唇を重ねた。
「行きましょう、兄さま」
「ああ」
ヘンゼルが扉に手をかける。
――ギィィィィ……。
扉が開く。
その向こうから、森の匂いが流れ込んできた。
鳥の声。
風に揺れる木々。
そして――
遠くから聞こえる、獣の咆哮。
「……随分と静かな場所ね」
「うん」
二人は扉の向こうへ踏み込む。
背後で扉が消える。
もう戻る道はない。
グレーテルは周囲を見回す。
「ここが……次の世界?」
「どうやら、そのようだね」
ヘンゼルが森の奥を見る。
そこには見たこともない植物。
見たこともない動物の足跡。
そして――
遠くの空に、巨大な魔法陣のような光が一瞬だけ浮かんだ。
「……兄さま」
「何?」
「なんだか……」
グレーテルは嬉しそうに笑った。
「面白そうじゃない?」
「そうだね」
ヘンゼルも笑う。
「行ってみようか」
こうして――
ヘンゼルとグレーテル。
死んだはずの二人の殺し屋は、未知の異世界へと足を踏み入れた。
その世界には――
宮本武蔵。
アインズ・ウール・ゴウン。
そして、彼ら自身もまだ知らない数多くの怪物たちが存在していた
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ヘンゼルとグレーテル。
かつてロアナプラを震撼させた、双子の殺し屋。
二人は今、オーバーロードの世界へと転生していた。
――だが、本人たちにとっては「転生した」という感覚すら、さほど重要ではなかった。
ただ歩く。
目的地はない。
行き先も決めていない。
深い森の中を、二人は並んで歩いていた。
「ねえ、兄さま」
「なんだい?」
「ここって、ずいぶん変なところね」
グレーテルが周囲を見回す。
見たことのない植物。
見たことのない鳥。
そして、遠くから聞こえる獣の声。
「そうだね」
「でも、ロアナプラよりは静かだ」
「ふふっ」
グレーテルが笑う。
「それはそうね」
そのときだった。
「ギャギャギャ!」
茂みが揺れる。
「……?」
二人が足を止める。
前方から、醜悪な小鬼たちが姿を現した。
一匹。
二匹。
十匹。
さらにその後ろからも次々と現れる。
ゴブリンの集団だった。
手には粗末な棍棒や錆びた短剣。
中には弓を構えている者もいる。
彼らは二人を取り囲む。
「ギギ……」
ゴブリンたちは笑っていた。
獲物を見つけた。
そう思っている。
相手は二人の子供。
しかも周囲に護衛はいない。
逃げ場もない。
――絶好の獲物。
ゴブリンたちにとっては、そう見えていた。
「兄さま」
「うん」
ヘンゼルがグレーテルを見る。
「囲まれちゃったね」
「そうみたい」
グレーテルは嬉しそうに笑った。
「遊べるかな?」
「たぶん」
ゴブリンたちが一斉に襲いかかる。
「ギャアアアッ!」
「死ネェ!」
棍棒が振り下ろされる。
だが――
ガンッ!
グレーテルのパンチが炸裂し
一匹のゴブリンが吹き飛ぶ。
「ギャッ!?」
木に叩きつけられ、そのまま動かなくなる。
「……」
ゴブリンたちの動きが止まる。
だが、まだ理解していない。
目の前にいる二人が何者なのか。
この世界の常識に照らして考えれば、ただの子供。
二人はこの世界の住人ではない。
かつて異世界の裏社会で生きていた殺し屋。
そして、二人にとって殺しとは――
遊びとほとんど変わらない。
「ふふ」
グレーテルが笑う。
「逃げちゃ駄目よ?」
ゴブリンが一歩後ずさる。
「……ギ?」
「だって――」
「せっかく遊べる相手が来たんだもの」
ヘンゼルも笑った。
「そうだね、グレーテル」
次の瞬間。
鳥たちが一斉に飛び立つ。
ゴブリンたちはようやく理解した。
自分たちは狩る側ではなかった。
狩られる側だったのだ。
「ギ……」
震えるゴブリン。
その目の前で、二人の子供が笑っている。
まるで――
新しい玩具を見つけた子供のように。
「さあ、兄さま」
「うん」
「どっちから遊ぶ?」
「グレーテルからでいいよ」
「わかった♪」
二人にとってゴブリンたちは、恐ろしい怪物などではない。
ただの――
いい遊び道具だった。
そしてこの日。
森のゴブリンたちは、まだ知らなかった。
自分たちが遭遇した二人の「子供」が、この世界のどんな怪物よりも異質な存在であることを
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双子は、素手だった。
武器らしい武器は持っていない。
だが――そんなことは、二人にとって何のハンデにもならなかった。
「ギャアアッ!」
ゴブリンの一匹が棍棒を振り上げる。
グレーテルはそれを軽くかわした。
「遅いわ」
「ギッ――」
足元に転がっていた石を拾う。
何気ない動作だった。
そして――
ヒュッ!
投げた。
石は一直線に飛び、ゴブリンの頭部を打ち抜いた。
「ギャ……」
そのまま倒れる。
「……」
残ったゴブリンたちが凍りついた。
石ころ。
ただの石ころだった。
それを投げただけ。
なのに、一撃だった。
「ねえ、兄さま」
グレーテルが楽しそうに振り返る。
「どっちが多く倒せるか、競争しない?」
「いいね」
ヘンゼルは楽しそうに頷いた。
「じゃあ、僕は右」
「私は左ね」
その会話を聞いたゴブリンたちは、ようやく理解した。
自分たちは――
餌。
「ギ……」
一匹が震える。
そして別のゴブリンが叫んだ。
「逃ゲロォ!」
一斉に背を向ける。
走る。
森の奥へ。
少しでも遠くへ。
だが――
「待ってよ」
グレーテルの声が響いた。
ゴブリンが振り返る。
そこには、先ほど倒した仲間のそばにしゃがみ込むグレーテルの姿。
彼女は、そのゴブリンが落とした棍棒を拾っていた。
「これ、使えるわね」
ヘンゼルも別のゴブリンから短剣を拾い上げる。
「僕も見つけた」
「じゃあ、武器を使ってみようか」
「うん」
二人が笑う。
次の瞬間――
森の中を、二人の影が駆けた。
「ギャアッ!」
「ギィィ!」
逃げるゴブリンの背後に追いつく。
振り向いた瞬間には、もう遅い。
棍棒が振り下ろされる。
短剣が閃く。
また一匹。
そしてまた一匹。
ゴブリンたちは必死に逃げる。
しかし、二人の足音は離れない。
むしろ――
楽しそうな笑い声が近づいてくる。
「兄さま、三匹!」
「僕は四匹」
「えー、ずるい!」
「競争だからね」
ゴブリンたちには、その会話すら恐ろしく聞こえた。
自分たちの命が――
双子にとっては、ただの遊びの点数になっている。
やがて森が静かになった。
残ったのは、折れた棍棒と短剣。
そして、逃げることのできなかったゴブリンたちの姿だった。
ヘンゼルが周囲を見回す。
「僕の勝ちかな?」
「まだ数えてないわ」
グレーテルが不満そうに言う。
「じゃあ、一緒に数えようか」
「そうね」
二人は顔を見合わせ、笑った。
異世界に来て、最初に出会った敵。
それは二人にとって、敵ですらなかった。
ただの――
新しい世界での、最初の遊び相手だった。
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ゴブリンたちは――全滅した。
森に静寂が戻る。
先ほどまで響いていた怒号も、足音も、断末魔もない。
残されたのは、倒れ伏したゴブリンたち。
そして――
全身を返り血で染めた二人の子供だった。
「……」
グレーテルは手についた血を眺める。
そして、楽しそうに笑った。
「ねえ、兄さま」
「なんだい?」
「結構楽しかったね」
「うん」
二人とも笑っている。
その姿を――
木々の陰から見つめる男がいた。
「……あ、あいつら……」
男の顔から血の気が引いていく。
彼はスレイン法国、風花聖典の一員だった。
エルフの王国――エイヴァーシャー大森林。
その偵察任務のため、つい先ほど森へ入ったばかりだった。
本来ならばエルフたちの動向、周辺の脅威を確認する。
その程度の任務だった。
ところが――
「……なんだ、あれは」
二人の子供。
武器らしい武器も持たずにゴブリンの群れへ突っ込み――
あっという間に全滅させた。
しかも。
「……あの動き……」
男は目を凝らす。
速い。
異常なほど速い。
そして、迷いがない。
ゴブリンを殺すことに、何の躊躇もない。
「こ、これは……」
男の脳裏に、ある存在が浮かんだ。
「ぷれいやー……?」
あり得ない。
そう思いたい。
だが、目の前の光景を説明するには、それが一番しっくりくる。
「……報告しなければ」
男はゆっくりと後退する。
すぐに報告する。
未知の存在。
恐らくぷれいやー。
しかも――
子供の姿をしている。
そう考えながら、背を向けた。
一歩。
二歩。
三歩。
「……」
足音を殺して離れていく。
よし。
気づかれていない。
そう思った瞬間――
「ねえ、おじさん」
「――ッ!」
背後から声がした。
男の身体が凍りつく。
ゆっくりと後ろを見る。
そこには――
一人の少女。
グレーテルが立っていた。
「あら?」
少女は首を傾げる。
「こんなところに誰かいるわ」
男の喉が鳴る。
「……」
先ほどまで、二人いた。
ならば――
もう一人は?
考えたくない。
男はゆっくりと振り返る。
そこには――
「……!」
木の陰から、ヘンゼルが姿を現していた。
ニヤニヤと笑っている。
「……」
男は一歩後ずさる。
ヘンゼルが楽しそうに口を開いた。
「のぞき見なんて――」
少年の笑顔が、妙に無邪気だった。
「趣味が悪いなぁ」
その瞬間。
男は理解した。
――最初から気づかれていた。
ゴブリンとの戦闘を見ていたことも。
自分がここにいることも。
そして――
逃げようとしていたことも。
「……ッ」
風花聖典の男は、腰の武器へ手を伸ばす。
だが。
手が震えている。
目の前にいるのは、子供だ。
なのに――
目の前の二人が、先ほど殺したゴブリンたちと同じように自分を見る。
獲物を見る目で。
グレーテルが笑う。
「兄さま」
「うん?」
「この人も――」
ヘンゼルが答える。
「遊んでいいんじゃない?」
二人の笑顔を見て――
悟った
俺は偵察してたんじゃない
偵察される側だった
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森の奥。
一本の大木に、男が縛りつけられていた。
ベルタン。
スレイン法国・風花聖典に所属する偵察兵だった。
両手は背中側で縛られ、身体は木の幹に固定されている。
そして――逃げられないよう、片方のアキレス腱はすでに斬られていた。
「う……」
ベルタンは脂汗を流しながら、目の前の二人を見る。
ヘンゼルとグレーテル。
二人とも血まみれだった。
それなのに、表情は楽しそうだった。
「ねえ、おじさん」
グレーテルが首を傾げる。
「ここはどこ?」
「こ、ここは……」
ベルタンは唇を震わせる。
「ス、スレイン法国と……エルフたちの国……その境だ……」
「へえ」
グレーテルは興味深そうに頷いた。
「エルフの国?」
「そう……エイヴァーシャー大森林だ……」
「ふーん」
グレーテルは森を見回す。
そして、何でもないことのように尋ねた。
「ところで、おじさんの名前は?」
「ベ、ベルタン……」
「ベルタンね」
「なあ……もういいだろう……」
ベルタンの声が震える。
「俺には……妻や子供がいるんだ……」
「……」
グレーテルはベルタンを見つめる。
だが――
「ふーん」
さほど興味を示さなかった。
「おじさんの家族なんか、どうでもいいよ」
「……え?」
グレーテルはベルタンの指を取る。
「それより、答えてよ」
「な、何を……」
「おじさんの組織」
ベキ
「――ッ!」
ベルタンの顔が強張る。
しばらく黙っていたが――
「お、俺は……」
恐怖に耐えきれず、とうとう口を開いた。
「スレイン法国……風花聖典所属の偵察兵だ……」
「風花聖典?」
ヘンゼルが口を挟む。
「そうだ……」
「何をしてるの?」
「エ、エルフの王国を偵察している……」
「なるほど」
ヘンゼルは納得したように頷く。
ベルタンはその反応を見て、ほんの少しだけ安堵した。
話せばいい。
情報を渡せば助かる。
そう思った。
「だから……頼む……」
ベルタンの目から涙がこぼれる。
「もう全部話した……俺を助けてくれ……」
グレーテルはベルタンの顔を見る。
「……」
「頼む……」
「……」
グレーテルは何も言わない。
その沈黙が、ベルタンには何より恐ろしかった。
「お願いだ……」
声が震える。
「殺さないでくれ……」
グレーテルは首を傾げた。
「どうして?」
「え……?」
「どうして殺さないでほしいの?」
「そ、それは……」
「おじさん、さっき自分に妻と子供がいるって言ったよね」
「そ、そうだ……だから――」
「だったら、もっといろいろ教えてよ」
にっこりと笑う。
その笑顔に、ベルタンは背筋が凍る。
「スレイン法国には、ほかにどんな人がいるの?」
「……!」
「どこに住んでるの?」
「……」
「強い人は?」
質問が続いていく。
ベルタンは震えながら答える。
国のこと。
聖典のこと。
偵察任務のこと。
知っている限りの情報を、必死に話していく。
しかし――
話せば話すほど、目の前の双子が何を考えているのか分からなくなる。
そしてベルタンは、ようやく気づいた。
この二人は――
自分を「尋問」しているのではない。
ただ、面白そうだから質問している。
まるで、新しい玩具の使い方を試している子供のように。
「ねえ、兄さま」
「なんだい?」
「この世界、面白そうね」
「ああ」
ヘンゼルは笑った。
「まだ知らないことがいっぱいある」
ベルタンはその言葉を聞き――
震えながら目を閉じた。
自分が見つけてしまったのは、未知のプレイヤーなどではない。
もっと厄介な何かだったのではないか。
そんな考えが、頭から離れなかった。
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森の中。ベルタンは、もう何度目か分からない命乞いをしていた。
「頼む……もう、全部話した……」
声は掠れていた。
「妻がいる……子供もいるんだ……帰らなきゃならない……」
グレーテルは、じっと彼を見ていた。
「……そう」
それだけ言うと、興味を失ったように視線を逸らす。
ベルタンはその瞬間、悟った。
――自分の言葉は、この子には届いていない。
「待って……!」
必死に呼び止める。
「お願いだ……!」
しかし、ヘンゼルはグレーテルの手を取った。
「もう行こう、グレーテル」
「ええ、兄さま」
二人が背を向ける。
「ま、待ってくれ……!」
ベルタンの声が森に響く。
だが、二人は振り返らない。
やがて足音が遠ざかっていく。
「……待って……」
最後には、声すら出なくなった。
ベルタンは木にもたれかかったまま、二人の消えた森の奥を見つめる。
恐怖よりも――
理解できないものへの困惑があった。
自分は確かに殺される。
なのに、あの二人にはそれが「別れ」にすらなっていない。
まるで――
道端の石を蹴って、そのまま忘れてしまったかのようだった。
ベルタンの瞳から力が消える。
そして静かに首が落ちた。
森は、何事もなかったように静まり返る。
少し離れた場所。
「ねえ、ヘンゼル」
「なに?」
「さっきのおじさん、最後まで何か言ってたね」
「うん」
「何だったのかしら?」
「さあ?」
二人は顔を見合わせる。
「まあ、いいか」
「うん」
そしてまた、手をつないで歩き始めた。
ベルタンの死は――
彼らの旅にとって、ほんの一瞬の出来事だった。
「ねえ、兄さま」
「なに?」
「お腹すいたわ」
「僕も」
「何か食べるものあるかしら?」
「探そうか」
「うん」
二人は楽しそうに笑った。
まるで、遊び場から帰る子供のようだった。
つい先ほどまで、一人の男が命乞いをしていたことなど――
もう二人の頭には残っていない。
グレーテルが森を見渡す。
「スレイン法国に行けば、面白そうね」
「そうだね」
「お菓子とかあるかしら」
「あるんじゃない?」
「じゃあ、行ってみましょう」
「うん」
二人は手をつないだまま歩き始める。
しばらく歩いたところで、グレーテルがふと振り返った。
「ねえ、ヘンゼル」
「なに?」
「あのおじさん、怒ってないかしら?」
「どうして?」
「だって、最後まで泣いてたもの」
ヘンゼルは少し考える。
「……泣いてたね」
「かわいそうだった?」
「さあ?」
そして二人は顔を見合わせる。
「ふふっ」
「あははっ」
笑う。
それだけだった。
罪悪感もない。
後悔もない。
恐怖もない。
二人にとって人の死とは――
雨が降ること。
鳥が飛ぶこと。
お腹が空くこと。
その程度の、当たり前の出来事だった。
「ねえ、兄さま」
「うん?」
「次はどんな人に会えるかな?」
「強い人だといいね」
「そうね」
グレーテルが嬉しそうに笑う。
「強い人なら――もっと楽しいもの」
二人は手をつないだまま、森の奥へ消えていく。
その後ろには、誰もいない。
まるで――
**最初から何も起こらなかったかのように。**
やがて二人は、スレイン法国の法都へ向かう。
そこには多くの人間がいる。
聖職者。
兵士。
冒険者。
そして――
この世界で「強者」と呼ばれる者たち。
双子はまだ知らない。
自分たちがこれから向かう場所が、どれほど大きな国なのか。
そして法国の側も、まだ知らない。
森から歩いてくる二人の子供が――
国そのものを震撼させる存在になることを。
「ねえ、ヘンゼル」
「なに?」
「早く行きましょう」
「うん」
二人は笑った。
「遊びに行こう」
――その言葉だけが、森の中に無邪気に響いた。
。