武蔵転生記   作:masasoukoku

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政治劇ですので武蔵は登場しません


第百十一回 【政争】

リ・エスティーゼ王国、王城。

 

国王執務室。

 

「父上は間違っておられる!」

 

重い扉を乱暴に開け、第一王子バルブロが怒声を響かせた。

 

部屋にいた国王ランポッサ三世とザナックが顔を上げる。

 

「兄上……。」

 

久しぶりの帰城であった。

 

しかし、その第一声がこれである。

 

バルブロは机を叩く。

 

「このたびの魔導国との友好和約!」

 

「あのような異形種の国と手を結ぶなど、おぞましい!」

 

「それに領土の割譲ですと!」

 

「あそこは我が王家の直轄領!」

 

「私の領地も含まれておりますぞ!」

 

ランポッサは静かに答える。

 

「だからこそ苦渋の決断だった。」

 

「国を守るためには必要だったのだ。」

 

「必要?」

 

バルブロは鼻で笑う。

 

「弱腰と言うのです!」

 

ザナックはため息をついた。

 

「兄上。」

 

「反対されるなら、なぜ貴族会議へおいでにならなかったのです。」

 

「反対意見を述べる機会はありました。」

 

「その時に言うべきだったでしょう。」

 

「うるさい!」

 

バルブロは弟を睨みつける。

 

「お前には分からん!」

 

「兄上。」

 

「では聞きます。」

 

「どこでこの話を知ったのです?」

 

ザナックの問いに、一瞬だけ言葉が詰まる。

 

「そ、それは……。」

 

「貴族の者からだ。」

 

「なるほど。」

 

ザナックは冷静だった。

 

「つまり。」

 

「国の将来を決める会議には来ず。」

 

「決定した後で文句だけを言いに来た、と。」

 

「貴様!」

 

「ザナック!」

 

バルブロの顔が真っ赤になる。

 

「だいたい今度の案!」

 

「ラナーの腹案と聞いた!」

 

「恥ずかしくないのか!」

 

「王国の政策を、女一人に左右されるとは!」

 

「なぜ戦わぬ!」

 

「なぜ剣を取らぬ!」

 

部屋が静まり返る。

 

ランポッサは静かに立ち上がった。

 

「バルブロ。」

 

「お前は本当に戦えば勝てると思っているのか。」

 

「当然です!」

 

「王国にはガゼフがおります!」

 

「貴族軍もおります!」

 

「皆で立ち向かえば……。」

 

「兄上。」

 

ザナックが言葉を遮った。

 

「帝国をご存じでしょう。」

 

「魔導国は、その帝都へ地震を起こしました。」

 

「しかも皇帝は、それを見て戦うことを諦め、友好を望んだのです。」

 

「帝国より我が国の方が強い、と?」

 

バルブロは答えられない。

 

ランポッサはゆっくり続けた。

 

「さらに。」

 

「武蔵殿が魔導国へ赴き。」

 

「交渉すべきだと判断された。」

 

「ラナーも同じ結論だった。」

 

「レエブン侯も。」

 

「ガゼフも。」

 

「そしてザナックも。」

 

「……皆、国を思っての決断だ。」

 

バルブロは拳を握る。

 

「私は認めません!」

 

「異形種と手を結ぶなど!」

 

「断じて!」

 

ザナックは静かに兄を見つめた。

 

「兄上。」

 

「あなたは王国のために怒っておられる。」

 

「その気持ちは理解できます。」

 

「ですが。」

 

「怒りだけで国は守れません。」

 

「現実を見なければ。」

 

バルブロはしばらく黙っていた。

 

やがて踵を返す。

 

「……好きにするがいい。」

 

「私は認めぬ。」

 

「絶対にな。」

 

乱暴に扉を開け、そのまま部屋を去っていった。

 

静かになった執務室。

 

ランポッサは深いため息をつく。

 

「……あの子も。」

 

「国を思ってはいるのだ。」

 

ザナックは窓の外を見つめながら答えた。

 

「ええ。」

 

「ですが、その思いだけでは、今の時代は乗り越えられません。」

 

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ポウロロープ侯爵邸。

 

重厚な応接室。

 

「このままでいいのか、侯!」

 

バルブロは机を叩き、唾を飛ばしながら詰め寄った。

 

「父上もザナックも!」

 

「着々とエ・ランテルとカルネ村を、あの魔導国の連中と共同で治める準備を進めている!」

 

「我々が手をこまねいていては手遅れになるぞ!」

 

ポウロロープ侯は紅茶を一口飲み、ゆっくりとカップを置いた。

 

「まあまあ。」

 

「あせられますな。」

 

「これがあせらずにいられようか!」

 

バルブロは拳を握る。

 

「このままではザナックが次期国王となる!」

 

「それだけは絶対に認められん!」

 

侯爵は静かに頷いた。

 

「お気持ちはよく分かります。」

 

「しかし、今は時期が悪い。」

 

「王国は魔導国との友好締結で浮き足立っております。」

 

「ここで事を起こせば、貴族派が王国の敵と見なされかねません。」

 

「ならば何もしないのか!」

 

「いいえ。」

 

侯爵は静かに笑った。

 

「何もしない者は政治家ではありません。」

 

バルブロの表情が変わる。

 

「では……。」

 

「策があるのか。」

 

「ございますとも。」

 

侯爵は王国の地図を机へ広げた。

 

指先がエ・ランテルをなぞる。

 

「共同統治。」

 

「実に美しい言葉です。」

 

「ですが。」

 

「二つの国が一つの土地を治めれば、必ず摩擦が生じます。」

 

「税。」

 

「裁判。」

 

「治安。」

 

「商業。」

 

「兵の権限。」

 

「どちらが最終決定権を持つか。」

 

「小さな問題はいくらでも起きましょう。」

 

バルブロは身を乗り出した。

 

「つまり?」

 

「その混乱を利用するのです。」

 

侯爵は穏やかな笑みを浮かべる。

 

「民が不満を抱けば。」

 

「共同統治は失敗だった。」

 

「そういう空気になります。」

 

「その時こそ。」

 

「ザナック殿下の責任を問える。」

 

バルブロの口元に笑みが浮かぶ。

 

「なるほど。」

 

「失敗を待つわけか。」

 

「ええ。」

 

「それまでは耐えることです。」

 

侯爵はさらに声を落とした。

 

「それに。」

 

「王国には、まだ魔導国との友好を快く思わぬ者も少なくありません。」

 

「彼らを刺激せず、静かに味方へ引き入れる。」

 

「時間は我々の味方にもなります。」

 

バルブロは満足そうに頷いた。

 

「さすが侯。」

 

「やはり頼りになる。」

 

侯爵は微笑みながらも、心の中では別のことを考えていた。

 

(……王子は動かしやすい。)

 

(だが、相手はラナー姫、レエブン卿、そして魔導国。)

 

(少しでも読み違えれば、こちらが滅ぶ。)

 

(慎重に駒を進めねばならぬ。)

 

窓の外では夕日が王都を赤く染め始めていた。

 

王国の政争は、まだ終わる気配を見せてはいなかった

 

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