武蔵転生記   作:masasoukoku

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第百十二回 【暗躍】

ポウロロープ侯爵邸。

 

応接室に沈黙が流れる。

 

バルブロは地図の上に拳を置いた。

【挿絵表示】

 

 

「だがな。」

 

「このまま見ているだけでよいのだろうか。」

 

侯爵は静かに視線を向ける。

 

「殿下。」

 

「我々の威を示すべきではないか。」

 

「殿下は、どうなさりたいと。」

 

ポウロロープが落ち着いた口調で問い返す。

 

バルブロはカルネ村を指差した。

 

「このカルネ村。」

 

「ここを我々が占拠する。」

 

侯爵の眉がわずかに動く。

 

「ほう。」

 

「そうすれば。」

 

「魔導国との友好など終わりだ。」

 

「奴らは怒って攻めてくる。」

 

「ならば我々は正義の戦いとして迎え撃つ!」

 

「そしてエ・ランテルも奪い返す!」

 

「父上もザナックも、戦わざるを得なくなる!」

 

まるで英雄譚を語るような勢いだった。

 

ポウロロープは表情を変えない。

 

(……甘い。)

 

(カルネ村には武蔵がいる。)

 

(魔道国の連中も赴任する。)

 

(下手をすれば軍勢など一瞬で壊滅する。)

 

侯爵が返答しようとした、その時だった。

 

コンコン。

 

扉が静かに叩かれる。

 

執事が一礼する。

 

「侯爵様。」

 

「お客様がお見えです。」

 

「名は。」

 

「名乗られてはおりません。」

 

「ただ……。」

 

「王国の将来についてお話がある、と。」

 

侯爵が頷く。

 

「通しなさい。」

 

扉がゆっくり開く。

 

黒い外套をまとった二人の男が入室した。

 

どちらも旅人のような格好だが、立ち居振る舞いには隙がない。

 

男たちは深々と一礼した。

 

「突然のご無礼、お許しください。」

 

「我々は怪しい者ではございません。」

 

一人が穏やかに微笑む。

 

「法国より参りました使者でございます。」

 

「法国?」

 

バルブロが身を乗り出す。

 

ポウロロープは目を細めた。

 

「……スレイン法国。」

 

「左様。」

 

「我々もまた、魔導国の急速な勢力拡大を憂いております。」

 

男は静かに続ける。

 

「王国にも、まだ志ある貴族がおられると聞き及びました。」

 

「そのため、こうして参上した次第。」

 

バルブロは思わず口元を緩める。

 

「ほう。」

 

「つまり我らに協力する、と。」

 

使者は笑みを崩さない。

 

「利害が一致するならば。」

 

「互いに手を取り合うこともありましょう。」

 

ポウロロープは一言も発しない。

 

(……危険だ。)

 

(外国勢力が国内へ介入する。)

 

(これは一歩間違えば反逆である。)

 

しかし表情には出さず、穏やかに問いかける。

 

「それで。」

 

「法国は我々に何を望まれる。」

 

使者は意味深に微笑んだ。

 

「まずは、お話し合いから。」

 

「お互いに利益となる未来について、ゆっくりと。」

 

応接室の空気は、一気に張り詰めた。

 

----------------------------------------------------------------------------

ポウロロープ侯爵は静かに紅茶のカップを置いた。

 

「法国の方々。」

 

「これは王国内部の問題です。」

 

「余計な手出しは控えていただきたい。」

 

使者は穏やかに頭を下げる。

 

「もちろん。」

 

「その点は十分承知しております。」

 

「ですが――」

 

男の目が細くなる。

 

「カルネ村は我が国境にも近い。」

 

「その村が魔導国の強い影響下に置かれることは、我々としても看過できませぬ。」

 

バルブロは腕を組んだ。

 

「それで。」

 

「我らに何を望む。」

 

使者は一歩だけ前へ出る。

 

「簡単なことです。」

 

「バルブロ殿下に立っていただきたい。」

 

「そして、カルネ村を討っていただく。」

 

部屋の空気が重くなる。

 

ポウロロープは無言で聞いている。

 

「カルネ村は今こそ小村。」

 

「しかし放置すれば。」

 

「やがて王国にとっても獅子身中の虫となりましょう。」

 

「……ほう。」

 

侯爵が静かに促す。

 

「カルネ村は王国から見捨てられながら、自らの力だけで繁栄しました。」

 

「しかも今や。」

 

「魔導国と共同統治。」

 

「その成功を見た他の辺境領や村、町が。」

 

『我々もカルネ村のように自治を。』

 

『王都に頼らず生きたい。』

 

「そう言い始めたら、どうなりますかな。」

 

バルブロの目が見開かれる。

 

「地方領主は王命より村人の要求に振り回され。」

 

「王家の求心力は失われる。」

 

「これは王国にとっても危険ではありませんか。」

 

侯爵は初めて口を開いた。

 

「……なるほど。」

 

「確かに一理ありますな。」

 

使者は微笑む。

 

「無理にとは申しません。」

 

「これはあくまで一つの考え。」

 

「ですが。」

 

「もし決断されるなら。」

 

「我々スレイン法国は、いつでも皆様に協力させていただきます。」

 

深々と一礼する。

 

「それでは。」

 

「本日はこれにて失礼。」

 

二人の使者は静かに部屋を後にした。

 

扉が閉まる。

 

しばらく沈黙が続いた。

 

やがてバルブロが口を開く。

 

「侯。」

 

「聞いたか。」

 

「法国も我々に味方する。」

 

「今こそ動く時ではないか。」

 

ポウロロープはすぐには答えなかった。

 

窓の外を眺めながら、ゆっくりと口を開く。

 

「殿下。」

 

「他国がここまで熱心に我が国を案じる。」

 

「そのような話を、素直に信じられますかな。」

 

「どういう意味だ。」

 

「彼らが欲しいのは。」

 

「王国の勝利ではない。」

 

「魔導国がこれ以上力を持たぬこと。」

 

「そのためなら。」

 

「王国が多少傷つこうと構わぬ。」

 

侯爵は静かに続ける。

 

「外国の助力とは。」

 

「時として毒酒にもなります。」

 

バルブロは黙り込む。

 

侯爵の胸中には別の懸念があった。

 

(……しかし。)

 

(もし殿下が独断で動けば。)

 

(法国は必ずそれを利用する。)

 

(そして王国は内からも外からも乱れる。)

 

(何としても、軽挙だけは止めねばならぬ。)

 

その一方で、何も知らぬカルネ村の人々が、いつもと変わらぬ一日を過ごしていた。

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