武蔵転生記   作:masasoukoku

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第1回執政会議の巻です

10/13 挿絵を差し替えました


第百十三回 【カルネ村共同執政会議】

カルネ村集会所。

 

新たに設けられた長机を囲み、村の代表者たちが席に着く。

 

中央には村長エンリ。

 

その左右には共同執政の三名。

 

武蔵。

 

ガゼフ。

 

そしてアインズの代理として派遣されたユリ・アルファ。

【挿絵表示】

 

 

後方にはクレマン、ルプスレギナ、ゴブリン隊長たちも控えていた。

 

エンリは深呼吸すると、木槌を軽く打つ。

 

「それでは。」

 

「第一回カルネ村執政会議を始めます。」

 

一同が頷く。

 

「まずは今年の決算と、来年の予算についてです。」

 

武蔵は腕を組みながら首をかしげる。

 

(……予算とは何じゃ。)

 

小声で隣のガゼフへ尋ねた。

 

「ガゼフ殿。」

 

「予算とは何じゃ。」

 

ガゼフも声を潜める。

 

「来年得られる収入を見込み、その範囲で村の仕事や建物などに金を使う計画です。」

 

「例えば橋を直す。」

 

「畑を増やす。」

 

「兵を養う。」

 

「その順番を決めることになります。」

 

武蔵は感心したように頷く。

 

「なるほどのお。」

 

「剣だけでは国は回らぬということか。」

 

「その通りです。」

 

ガゼフは苦笑した。

 

エンリが資料をめくる。

 

「まずは畑の拡張計画です。」

 

「今年は収穫も良かったので、南側の森を少し開拓して……」

 

そこへ。

 

「失礼。」

 

静かな声が会議を止めた。

 

全員の視線がユリへ集まる。

 

「この事業。」

 

「本当に村にとって緊急でしょうか。」

 

淡々とした口調だった。

 

「え?」

 

エンリが資料を見返す。

 

ユリは続ける。

 

「開拓には人員も費用も必要です。」

 

「しかし現在、カルネ村は国境の村となりました。」

 

「今必要なのは、防備の見直しではありませんか。」

 

ガゼフも腕を組む。

 

「……確かに。」

 

「国境となった以上、盗賊や密輸も増える可能性がある。」

 

「柵や見張り台の整備は急務かもしれん。」

 

ゴブリン隊長もうなずく。

 

「見張り台が増えれば巡回もしやすくなる。」

 

クレマンが肘をつきながら笑う。

 

「さすがユリさん。」

 

「堅実ねぇ。」

 

ユリは表情一つ変えない。

 

「堅実ではありません。」

 

「優先順位です。」

 

「予算には限りがあります。」

 

「全てを同時にはできません。」

 

エンリは真剣な顔で資料へ目を落とす。

 

「そうですね……。」

 

「まず安全。」

 

「その後で発展。」

 

「その方が安心できます。」

 

武蔵は腕を組んだまま静かに頷いた。

 

「うむ。」

 

「戦でも同じじゃ。」

 

「腹が減っては戦えぬ。」

 

「じゃが守りがおろそかでは、その飯を食う前に討たれる。」

 

「まず守り。」

 

「その後で攻め。」

 

ガゼフは思わず笑った。

 

「武蔵殿らしい説明ですな。」

 

エンリも笑顔になる。

 

「では。」

 

「畑の拡張は来年度後半へ回します。」

 

「代わりに、見張り台二か所の新設と柵の補修を優先します。」

 

全員が異議なく頷いた。

 

カルネ村最初の執政会議は、少しずつではあるが、それぞれの経験を持ち寄りながら、新しい村づくりへの第一歩を踏み出していた。

 

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カルネ村の集会所。

 

見張り台の建設や柵の補修について議論が進んでいた、そのときだった。

 

「すみません。ひとつ、緊急動議があります」

 

村長エンリが手を挙げた。

 

「緊急動議?」

 

ユリ・アルファが顔を上げる。

 

「はい。カルネ村の特産品についてです」

 

「特産品ですか?」

 

ガゼフが聞き返す。

 

エンリは一度うなずき、机の上に二つの品を置いた。

 

ひとつは茶葉の入った小袋。

 

もうひとつは、きれいに包装された菓子の箱だった。

 

「こちらが、虫糞茶。そしてこちらが、恐怖公が開発された幼虫のお菓子です」

 

「…………」

 

会議室が静まり返った。

 

ガゼフは茶袋を見た。

 

ユリは菓子箱を見た。

 

武蔵は、どちらにも興味深そうな視線を向けている。

 

「ほほう。あの茶と菓子か」

 

「武蔵殿、召し上がったことが?」

 

「うむ。なかなか乙な味であったぞ」

 

武蔵は平然と答えた。

 

ガゼフは、聞かなかったことにしたいという顔をした。

 

「……それで、エンリ殿。緊急動議というのは?」

 

「はい。この二つを、村の正式な特産品として生産し、販売したいのです」

 

「ちょっと待ってください」

 

ユリが即座に口を挟んだ。

 

「虫糞茶というのは、あの恐怖公が製造しているお茶ですよね?」

 

「はい。虫の排泄物を加工して作るお茶です」

 

「幼虫のお菓子は?」

 

「カブトムシの幼虫を加工し、味付けしたものです。恐怖公様が新製品として開発されました」

 

「…………」

 

ユリの表情が、わずかに険しくなった。

 

「エンリさん。村の予算を決める会議だということは理解されていますよね?」

 

「もちろんです」

 

「では、なぜその二つが緊急動議なのですか?」

 

エンリは真剣な顔で答えた。

 

「お金になるからです」

 

「……はい?」

 

「村の収入を増やせるからです」

 

エンリは机の上の品々を指差した。

 

「カルネ村はこれから、国境の村としてやっていかなければなりません。柵も見張り台も必要ですし、村の人たちの暮らしも守らなければなりません」

 

「そのためには、安定した収入が必要です」

 

ガゼフがゆっくりとうなずいた。

 

「確かに、税収以外の収入源を確保するのは重要ですな」

 

「そうなんです!」

 

エンリは少し勢いづいた。

 

「しかも、この二つには大きな利点があります」

 

「利点?」

 

ユリが促す。

 

「まず、虫糞茶は原料を確保できれば継続して生産できます。幼虫のお菓子も、恐怖公の協力を得られれば製法を教えていただけるかもしれません」

 

「そして、どちらも珍しい商品です。ほかの村では簡単に真似できません」

 

「なるほど……」

 

ガゼフは考え込んだ。

 

「確かに、独自性という点では強みになるかもしれませんな」

 

「うむ。珍しいものには人が寄ってくる」

 

武蔵も腕を組んだ。

 

「わしも、あの菓子はなかなか気に入ったぞ」

 

「武蔵殿は黙っていてください!」

 

ユリの鋭い一言が飛んだ。

 

「なぜじゃ!」

 

「あなたの味覚を基準に商品開発を進めるわけにはいかないからです!」

 

「むう……」

 

武蔵は不満そうに唸った。

 

その様子を見ながら、クレマンティーヌが吹き出した。

 

「ちょっと、ユリさん。武蔵さんが食べられるなら、別にいいんじゃない?」

 

「よくありません」

 

ユリは即答した。

 

「食品として販売するなら、衛生管理、加工方法、保存性、品質の均一化。確認しなければならないことが山ほどあります」

 

「それに、虫の排泄物や幼虫を使った食品だと聞いて、買いたいと思う人がどれだけいるでしょうか」

 

「うっ……」

 

エンリもそこは考えていたらしい。

 

少し困った顔になった。

 

「ですから、まずは小規模に始めたいと思っています。試作品を作って、村の人たちに食べてもらい、問題がないか確かめてから販売するんです」

 

「名前も工夫してみてはどうでしょう」

 

ガゼフが提案した。

 

「虫糞茶という名前では、味を知る前に敬遠されるかもしれません」

 

「たとえば、カルネ茶……でしょうか」

 

「それでは、普通のお茶と区別がつかぬではないか」

 

武蔵が口を挟む。

 

「武蔵殿!」

 

「なんじゃ、またわしが悪いのか」

 

会議室に小さな笑いが起きた。

 

ユリは額に手を当てたが、やがて息をついて口を開いた。

 

「……わかりました。動議そのものは却下しません」

 

エンリの顔が明るくなる。

 

「本当ですか?」

 

「ただし、条件があります」

 

ユリは指を一本立てた。

 

「第一に、恐怖公と正式に生産契約を結ぶこと。原料の供給量と価格、製法の取り扱いを明確にしてください」

 

二本目。

 

「第二に、衛生面と安全性を確認すること。特に幼虫のお菓子は、加工方法や保存方法をきちんと調べる必要があります」

 

三本目。

 

「第三に、最初から大量生産しないこと。小規模な試験販売を行い、売れ行きを確認してから生産量を増やしてください」

 

「わかりました!」

 

エンリは力強く答えた。

 

「それと、もうひとつ」

 

ユリは菓子箱を見た。

 

「販売する際には、原材料を偽らないこと。珍しいからこそ、きちんと説明して売るべきです」

 

「はい!」

 

「……ところで」

 

ユリは武蔵を見た。

 

「武蔵殿。恐怖公に、試作品を大量に作るよう頼んだりしていませんよね?」

 

「…………」

 

武蔵は黙った。

 

「武蔵殿?」

 

「いや、なに。村の名物になれば、恐怖公も喜ぶと思うてな」

 

「もう頼んだのですか!」

 

「少しばかりじゃ」

 

「どれくらいです?」

 

「樽で三つほど……」

 

ユリは目を閉じた。

 

ガゼフは天井を仰いだ。

 

クレマンティーヌは机に突っ伏して笑いをこらえている。

 

エンリだけが、目を輝かせていた。

 

「樽三つ! それなら、試験販売の分も確保できますね!」

 

「エンリさん、喜ぶところではありません!」

 

こうして、カルネ村の最初の執政会議において、虫糞茶と幼虫のお菓子の生産計画は、条件付きで審議を進めることになった。

 

ただし、会議録にはユリ・アルファの手によって、次の一文が太字で記されることとなる。

 

『今後、武蔵殿が独断で特産品の大量生産を発注することを禁ずる。』

 

「なんじゃ、わしだけ名指しか」

 

武蔵のぼやきは、誰にも取り合ってもらえなかった。

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