翌朝。
カルネ村の外れ。
朝霧がまだ薄く残る道端で、
宮本武蔵は立っていた。
腰には村で新たに手に入れた剣。
なまくら。
だが当面は十分。
ガゼフ達とは夜が明ける前に分かれた 「あなたとの約束 また今度」
そう言って 生き残った部下たちと共に王都へ戻っていった。
そして アインズとの別れ
アインズは昨夜、改めて武蔵を誘っていた。
ナザリックへ来ないか、と。
強者。
未知。
価値ある存在。
だが武蔵の答えは簡単だった。
「行かん」
あっさり。
理由も単純。
「まだこの辺りを見ておらん」
「強い奴がどこにおるかわからんからな」
それだけだった。
自由に歩く。
斬る相手を探す。
それが武蔵の生き方。
アルベドの眉がぴくりと吊り上がる。
「至尊のお誘いを断るとは……!」
声に怒気が混じる。
今にも斬りかかりそうな勢い。
だがアインズが片手を上げて制した。
「まあ、いい」
静かな一言。
アルベドは即座に頭を下げる。
「……失礼いたしました」
アインズは武蔵を見る。
「あなたを縛る気はありません」
「ですが」
「今度会う時には、ぜひもう少し語り合いたいものです」
武蔵は笑った。
「よい」
「次に会うときは、斬り合うかもしれんぞ」
アインズも少しだけ愉快そうだった。
「それも悪くない」
そして右手を上げる。
黒い裂け目が空間に開く。
転移門。
ナザリックへの門。
アルベドが先に入る。
ニグンはその黒い穴を見て顔色を失った。
部下たちは昨夜のうちに先に連れて行かれていた。
自分だけが最後。
これから何が待っているのか。
想像したくもない。
(終わった……)
汗が止まらない。
心臓が痛い。
ふと武蔵を見る。
あの男なら、一瞬で終わらせてくれた。
痛みも恐怖もなく。
ニグンは心の底から後悔した。
(これなら……)
(あの武蔵に斬られたほうが、まだよかったかもしれん……)
絶望だった。
アインズが軽く肩を叩く。
「さあ、行きましょう」
その声が逆に恐ろしい。
ニグンは泣きそうな顔で転移門へ引きずられていく。
武蔵はその背を見送りながら鼻を鳴らした。
「情けない」
そして一人、逆の道へ歩き出す。
新たな強者を探して。
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一人で街道へ歩き出した
宮本武蔵の背に、明るい声が飛んだ。
「武蔵さーん!」
振り向く。
そこには
エンリ・エモットと
ネム・エモットの姉妹。
二人とも息を切らして駆け寄ってくる。
エンリがぺこりと頭を下げた。
「助けてもらってありがとうございました!」
ネムも続く。
「ございました!」
武蔵はしばらく二人を見つめた。
親を失ったばかり。
これから二人きり。
生きるだけでも骨が折れる。
武蔵は情は薄い。
だが、そういう境遇はわかる。
戦国もまた、そういう世だった。
エンリがおずおずと袋を差し出した。
「あ、あの……これ、どうぞ」
武蔵が受け取る。
中には村で採れた野菜。
芋、根菜、葉物。
わずかだが精一杯の礼。
「これ、村で採れたものです」
「よければ……」
武蔵は袋を見て、小さく頷いた。
「すまんな」
礼を言う。
それだけでエンリは少し嬉しそうだった。
ふと。
武蔵の目が止まる。
エンリの胸元。
二つの角笛。
昨日はなかった。
「昨日はなかったな、それ」
エンリは角笛を持ち上げた。
「あ、これですか?」
「アインズ・ウール・ゴウン様が」
「困った時は吹きなさいって、くださったんです」
武蔵は目を細める。
「ほお」
「笛か」
その言葉に、ふと脳裏をよぎる。
結ばれることなく終わった女。
その女が吹いていた横笛の音。
遠い。
ひどく遠い記憶。
武蔵は少し黙ったあと言う。
「よければ吹いてみてくれんか」
エンリがきょとんとする。
「え?」
「わ、私あんまりうまくないですよ?」
照れながら角笛を口に当てる。
ぷぉ~~~~。
間の抜けた音。
野原に響く。
武蔵はしばらく黙った。
そして。
「……確かにそうじゃな」
エンリの顔が真っ赤になる。
「す、すいません!」
ネムが笑いをこらえている。
武蔵も珍しく少し口元を緩めた。
だが――
その時。
空間が歪んだ。
空気がねじれる。
景色そのものが軋む。
武蔵の表情が変わる。
戦士の顔。
エンリとネムも凍りつく。
空間の裂け目の向こうから、何かが来る。
武蔵の目が笑う。
「……ほう」
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歪んだ空間の裂け目から――
一匹。
二匹。
三匹。
次々と小柄な影が飛び出してくる。
緑色の肌。
尖った耳。
粗末な武具。
ゴブリンだった。
四匹。
五匹。
十匹。
十五匹。
そして十九匹目が現れたところで、空間の裂け目は閉じた。
静寂。
朝の村外れに、十九匹のゴブリンが整列する。
武蔵は目を細める。
「ほお」
昨日の主天使よりは弱い。
だが、この“笛”にこんな仕掛けがあったかと感心する。
一方で
エンリ・エモットと
ネム・エモットは真っ青だった。
「え……?」
「ゴ、ゴブリン!?」
武器を持つ異形が十九。
普通なら悲鳴を上げて逃げる場面。
だがゴブリンたちはしばらく武蔵たちを見つめたあと――
一匹が前へ出る。
隊長格らしい。
そして丁寧にエンリへ頭を下げた。
「あなたが俺たちを召喚したんですね」
エンリは完全に混乱していた。
「……え?」
「え?」
意味がわからない。
ゴブリンは胸を張る。
「俺たちはこの角笛を吹いた者に召喚され、従う」
角笛を指さす。
「あんたが吹いたんだろ?」
「なら、あんたが俺たちの主だ」
エンリの顔が固まる。
「わ、私の……部下?」
ネムの目が輝く。
「お姉ちゃんすごい!」
エンリはますます混乱した。
武蔵はそのやり取りを見ていた。
十九匹のゴブリン。
新たに出来た“家臣”。
親を失い、何もなかった娘に突然与えられた力。
武蔵はしばらく見回し――
突然。
「わはははは!!」
豪快に笑った。
エンリがびくっとする。
武蔵は笑いながら言った。
「よかったのう」
エンリがきょとんとする。
「家臣ができて」
その言葉に、エンリはようやく少しだけ実感した。
失ったものばかりではない。
何かが始まっている。
武蔵は背を向ける。
袋に入った野菜を肩に担ぎ、道を歩き出す。
「ではな」
ネムが慌てて手を振る。
「武蔵さん、元気でー!」
エンリも叫ぶ。
「ありがとうございましたー!」
十九匹のゴブリンたちも整列して手を振る。
「お達者でー!」
「また会いましょう!」
武蔵は振り返らない。
ただ片手を軽く上げるだけ。
朝日を背に、その背中は小さくなっていく。
新たな家臣を得た少女。
そして旅立つ剣豪。
この世界の歯車は、また一つ動き始めた。
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