王都。
城壁の見える丘一帯を埋め尽くす軍勢。
貴族派の旗が風にはためく。
その総数、およそ八千。
中央には、苦渋の表情を浮かべるポウロロープ侯爵がいた。
侯爵は深くため息をつく。
(……ここまで来てしまった。)
(今さら私だけ軍を退けば、殿下は他の者に担がれ暴走する。)
(ならば私が側にいて、少しでも被害を抑えるしかない。)
諦めにも似た決意だった。
ポウロロープは剣を掲げる。
「諸君!」
「我らは王国を正すため立った!」
「暴君ではない!」
「ザナック王子の専横を止めるためだ!」
兵たちが歓声を上げる。
だが侯爵だけは、その歓声を重苦しく聞いていた。
(これは正義ではない。)
(ただの内乱だ。)
王城。
「何!」
国王ランポッサは立ち上がった。
「ポウロロープが兵を率いているだと!」
ザナックも顔色を変える。
伝令が叫ぶ。
「はい!」
「貴族派の兵、およそ八千!」
「現在、王都を包囲しております!」
その知らせはカルネ村にも届いた。
伝令の馬が村へ飛び込む。
「王都で反乱!」
「ポウロロープ挙兵!」
会議中だったガゼフは立ち上がった。
「戦士長として行かねばならぬ。」
ユリも冷静に頷く。
「当然です。」
「王都防衛はあなたの本来の任務。」
武蔵は嬉しそうに笑った。
「戦か。」
「久しぶりに大きな戦じゃ。」
クレマンが呆れる。
「うれしそうねぇ。」
「戦は命の取り合いよ?」
武蔵は笑う。
「だからこそじゃ。」
「剣が最も輝く。」
ユリが静かに言う。
「武蔵殿。」
「王都へ同行されるのですか。」
「もちろん。」
「ガゼフ殿一人では荷が重い。」
「わしも行こう。」
エンリは心配そうに二人を見る。
「気を付けてください。」
「村は私たちが守ります。」
武蔵は軽く笑った。
「うむ。」
「任せたぞ。」
こうして。
ガゼフと武蔵は王都へ向けて出発した。
その様子を。
誰かが見ていた。
トブの大森林。
深い木々の陰。
粗末な鎧を着た男が、木の上から街道を見下ろしている。
「行ったぞ。」
「武蔵。」
「ガゼフ。」
男は笛を吹いた。
短く二回。
森の奥から次々と人影が現れる。
傭兵。
盗賊。
ならず者。
総勢およそ千。
そして。
黒馬に乗る一人の男。
第一王子バルブロだった。
彼は王都へ向かったはずだった。
しかし密かに軍を分け、自らはこちらへ来ていたのである。
傍らには、例の法国の使者。
「殿下。」
「計画通りです。」
「共同執政は二人とも離れました。」
「村には女子供と少数の護衛しかおりません。」
バルブロは満足そうに笑う。
「見事だ。」
「侯には悪いが。」
「戦は正面からだけではない。」
「カルネ村を押さえれば。」
「魔導国との交渉も共同統治も終わる。」
使者は静かに頷く。
「その通り。」
「では。」
「始めましょう。」
バルブロは剣を抜いた。
「全軍!」
「カルネ村へ進め!」
「この村を占領する!」
「これよりカルネ村攻略戦を開始する!」
森の奥から千を超える傭兵たちが一斉に動き始める。
しかし彼らは知らない。
カルネ村にはまだ――
アインズ代理のユリ・アルファ。
武蔵代理のクレマンティーヌ。
ゴブリンたち。
そしてトブの大森林そのものが、村の味方であることを
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カルネ村。
見張り台。
望遠鏡代わりの筒を覗いていたゴブリン哨戒兵が目を見開いた。
「……ん?」
地平線の向こう。
土煙。
一本ではない。
何十本もの旗。
無数の人影。
「敵だ!」
「おい!」
「姉さんに知らせろ!」
部下のゴブリンが全力で村へ駆け下りる。
哨戒兵は鐘楼へ飛び乗った。
ゴォォォン!!
ゴォォォン!!
警鐘が村中へ響き渡る。
「軍勢が来るぞーーっ!!」
「総員戦闘配置!!」
畑。
鍬を振るっていたエンリが顔を上げた。
「え?」
鐘の音。
尋常ではない。
そこへゴブリンが駆け込んでくる。
「姉さん!」
「南から軍勢!」
「千……いやもっといる!」
エンリは一瞬だけ息を呑む。
だが次の瞬間には村長の顔になっていた。
「みんな聞いて!」
「動ける者は武器を持って門前へ!」
「女子供とお年寄りは地下倉庫へ避難!」
「食料も持って!」
村人たちは慌てながらも動き始める。
誰も混乱しない。
何度も訓練してきた成果だった。
学校。
クレマンティーヌは黒板へ文字を書いていた。
外から鐘が響く。
「……。」
生徒たちも顔を見合わせる。
クレマンは窓から外を見る。
土煙。
「へぇ。」
「来たか。」
振り返る。
「はい。」
「授業終了。」
「先生と一緒に避難するよ。」
「泣くな。」
「走る。」
「転ぶな。」
子供たちは頷く。
「はい!」
クレマンは満足そうに笑う。
(まず生き残る。)
(それが一番。)
執政館。
ユリ・アルファは窓から敵軍を確認していた。
「……予想より早い。」
通信鏡を取り出す。
「ルプス。」
しばらくして陽気な声が返る。
「はーい。」
「ユリ姉、どうしたっす?」
「カルネ村。」
「敵襲。」
「今から来られる?」
少しの沈黙。
そして。
「トラブルっすか?」
「ええ。」
「戦になりそう。」
ルプスレギナの声が弾んだ。
「楽しみっす!」
ユリはため息をつく。
「……楽しむのは構いません。」
「ですが。」
「村人の被害は最小限に。」
「了解っす!」
「十分以内には着くっす!」
通信が切れる。
ユリは静かに微笑んだ。
(頼もしい妹です。)
(少し方向性は違いますが。)
村の南門。
ゴブリン軍が整列する。
歩兵
弓兵。
槍兵。
オーガ。
総勢100余。
エンリは深呼吸した。
「みんな。」
「カルネ村を守るよ。」
「はい!」
ゴブリンたちの返事が響く。
その頃。
街道の向こうでは。
バルブロが馬上から村を見下ろしていた。
「思ったより立派だな。」
傭兵隊長が笑う。
「所詮は村です。」
「一時間もあれば落ちます。」
法国の使者も頷く。
「武蔵もガゼフもおりません。」
「共同執政は形だけ。」
「今こそ好機。」
バルブロは剣を高く掲げた。
「全軍!」
「前進!」
「カルネ村を制圧せよ!」
大地を揺らしながら傭兵たちが進軍を開始する。
それを迎え撃つように。
カルネ村の門がゆっくりと開いた。
最前列へ歩み出たのは――
エンリ。
その隣にはユリ・アルファ。
そして、まだ誰も知らない。
笑顔でこちらへ駆けてくる、一人のプレアデスの姿があった。