武蔵転生記   作:masasoukoku

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第百十六回 【攻防戦】

カルネ村南門。

 

重厚な門の前へ、エンリが静かに歩み出る。

 

その右にはユリ・アルファ。

 

背後にはゴブリン軍。

 

エンリは相手の軍勢を真っ直ぐ見据え、大きく息を吸った。

 

「ここはカルネ村。」

 

「魔導国とリ・エスティーゼ王国が共同で治める村です。」

 

「私は村長、エンリ。」

 

「お話があります。」

 

「あなた方の代表を出してください。」

 

しばしの静寂。

 

やがて敵軍が左右へ割れる。

 

豪奢な鎧をまとった青年が馬を進めた。

 

「俺はリ・エスティーゼ王国第一王子。」

 

「バルブロだ。」

 

馬上から村を見下ろすように言い放つ。

 

「このカルネ村は王国領。」

 

「つまり俺の領地だ。」

 

「今日ここへ来たのは、その過ちを正すため。」

 

エンリは冷静に答えた。

 

「この村の統治は、王国と魔導国の正式な取り決めで――」

 

「黙れ。」

 

バルブロは言葉を遮る。

 

「百姓風情が政治を語るな。」

 

その視線がエンリからユリへ移る。

 

「……ほう。」

 

「なかなか良い女たちだ。」

 

下卑た笑みを浮かべた。

 

「俺に降伏するなら。」

 

「お前たちは側室にしてやろう。」

 

「どうだ?」

 

王子の周囲から笑い声が上がる。

 

「ははは!」

 

「殿下のお気に入りだ!」

 

「光栄だぞ!」

 

一方。

 

カルネ村側は水を打ったように静まり返る。

 

そして次の瞬間。

 

「ふざけるな!」

 

「姉さんに何を言う!」

 

ゴブリンたちが一斉に怒声を上げた。

 

オーガが棍棒を握り締める。

 

狼たちも牙をむく。

 

ユリの表情はまったく変わらない。

 

しかしその瞳だけが冷たく細められた。

 

(……無礼ですね。)

 

エンリは怒りを押し殺しながら一歩前へ出る。

 

「私たちは。」

 

「最後まで、この村を守ります。」

 

それだけ言うと踵を返す。

 

「門を閉めて!」

 

ギギギギ……

 

巨大な門がゆっくりと閉じられる。

 

ドォン!!

 

頑丈な閂が落とされた。

 

城壁の上では弓兵ゴブリンが一斉に弓を構える。

 

バルブロは鼻で笑った。

 

「愚かな。」

 

「それ。」

 

「お前たち。」

 

「かかれ!」

 

「好きにしていいぞ!」

 

鬨の声が上がる。

 

「うおおおおっ!」

 

「突撃!」

 

「村を落とせ!」

 

傭兵たちが梯子を担ぎ、丸太を押しながら一斉に突撃を開始した。

 

その瞬間。

 

城壁の上でゴブリン隊長が静かに右手を上げる。

 

「……まだ。」

 

敵が射程に入る。

 

「……まだだ。」

 

さらに引きつける。

 

そして。

 

「放てぇぇぇっ!!」

 

ビュンッ!!

 

矢が一斉に空を覆った。

 

戦いの火蓋が、ついに切って落とされた。

 

-------------------------------------------------------------------------------------------------

「ひるむな!」

 

馬上のバルブロが剣を振り上げる。

 

「火をかけろ!」

 

「投石器を前へ!」

 

「破城槌を進めろ!」

 

号令とともに傭兵たちが動き出す。

 

ヒュンッ!

 

ヒュンッ!

 

無数の火矢が空を赤く染めた。

 

城壁。

 

家屋。

 

見張り台。

 

あらゆる場所へ降り注ぐ。

 

「火だ!」

 

「水を!」

 

村人たちが桶を持って走る。

 

しかし、数本の矢は防ぎきれない。

 

「ぐっ!」

 

矢を肩に受けるゴブリン。

 

村人も腕に傷を負う。

 

「医療班!」

 

エンリの指示が飛ぶ。

 

「負傷者を後ろへ!」

 

敵軍後方。

 

法国から密かに提供された攻城兵器が姿を現す。

 

巨大な破城槌。

 

投石器。

 

そして高い井楼。

 

傭兵隊長が笑う。

 

「所詮は村。」

 

「本格的な攻城戦など経験あるまい。」

 

「撃て!」

 

ゴォン!!

 

投石器から放たれた巨石が城壁へ激突する。

 

ドガァァン!!

 

木材が軋む。

 

さらにもう一発。

 

ドォォン!!

 

「まだだ!」

 

「もう一度!」

 

三発目。

 

メリメリメリ……

 

嫌な音が響いた。

 

「壁が!」

 

「割れる!」

 

バキィィン!!

 

南側城壁の一角が崩れ落ちた。

 

土煙が舞い上がる。

 

バルブロは笑う。

 

「よし!」

 

「突撃だ!」

 

「やってしまえ!」

 

傭兵たちが雄叫びを上げる。

 

「うおおおっ!」

 

「村へ!」

 

「突っ込め!」

 

崩れた城壁から雪崩れ込む。

 

「来る!」

 

エンリが叫ぶ。

 

「第二陣!」

 

「迎撃!」

 

その瞬間。

 

オーガたちが一斉に前へ出た。

 

「オオオオオ!!」

 

巨大な棍棒が振り下ろされる。

 

ドゴォッ!!

 

先頭の傭兵がまとめて吹き飛ぶ。

 

ゴブリン槍兵も突撃した。

 

「カルネ村を守れ!」

 

槍が何本も突き出される。

 

傭兵たちも応戦する。

 

剣と槍がぶつかる。

 

怒号。

 

悲鳴。

 

金属音。

 

一瞬で乱戦となった。

 

その中央。

 

ユリ・アルファが静かに歩いていた。

 

襲い掛かる傭兵。

 

「女だ!」

 

「捕まえろ!」

 

「殿下への手土産だ!」

 

ユリは表情一つ変えない。

 

「……愚かですね。」

 

一歩。

 

踏み込む。

 

拳が閃く。

 

ドゴッ!!

 

一人が吹き飛ぶ。

 

続けて回し蹴り。

 

バキィ!!

 

二人目が宙を舞う。

 

さらに腕を取る。

 

そのまま投げ飛ばす。

 

三人まとめて地面へ叩きつけられた。

 

「ば……化け物!」

 

「人間じゃない!」

 

誰かが叫ぶ。

 

だがユリは止まらない。

 

プレアデス戦闘メイドとして鍛えられた格闘術は、並の傭兵では相手にならなかった。

 

「ユリ姉ぇぇぇっ!!」

 

場違いなほど明るい声が、戦場に響き渡った。

 

「お待たせっす!」

 

土煙を巻き上げ、一人の少女が駆け込んでくる。

 

ルプスレギナ・ベータ。

 

彼女は崩れた城壁をひと目見ると、にっこりと笑った。

 

「あっちゃー。派手にやられたっすねえ。」

 

「ルプスレギナ。」

 

ユリが振り返る。

 

「遅かったですね。」

 

「いやー、ちょっと寄り道を……」

 

「あとで聞きます。」

 

「はいっす!」

 

ルプスレギナは笑顔のまま、敵軍を見渡した。

 

「で、こいつらが村を襲ってる連中っすか?」

 

「そうです。」

 

「了解っす!」

 

その笑顔が、すっと消えた。

 

「じゃあ……村の人たちに手を出した分、きっちり返してもらわないとね。」

 

彼女が一歩踏み出す。

 

それだけで、周囲の空気が変わった。

 

傭兵たちの何人かが、理由もわからぬまま後ずさる。

 

戦場を知る者の本能が、警告を発していた。

 

――こいつは、今まで相手にしていた連中とは違う。

 

ルプスレギナは手を振りながら言った。

 

「さーて、どこから片付けようかな?」

 

その頃、バルブロはまだ勝利を疑っていなかった。

 

城壁は崩れた。

 

敵の防衛線にも穴が開いた。

 

村の兵力は、いくら抵抗しようとも所詮は辺境の寄せ集め。

 

「見ろ! もう終わりだ!」

 

バルブロは高らかに笑った。

 

「カルネ村を落とせば、エ・ランテルも魔導国も思い知るだろう! この王国の真の支配者が誰なのかを!」

 

だが、彼の目には映っていなかった。

 

倒れた仲間を助けながら戦うゴブリンたち。

 

傷ついても持ち場を離れないオーガたち。

 

恐怖を押し殺し、村人を守るために指示を飛ばし続けるエンリ。

 

そして、自分たちの敵が、ただの村人やゴブリンだけではないという事実が。

 

エンリは崩れた城壁の向こうを見つめた。

 

敵はまだ押し寄せてくる。

 

戦いは終わっていない。

 

それでも、彼女は退かなかった。

 

「この村は……渡さない。」

 

小さな呟きは、轟音にかき消された。

 

だが、彼女の周囲にいる者たちには、確かに聞こえていた。

 

「カルネ村を守れ!」

 

誰かが叫んだ。

 

「姉さんを守れ!」

 

別の声が続く。

 

やがて、その声は一つになった。

 

「カルネ村を守れぇぇぇっ!!」

 

燃え盛る村に、守る者たちの叫びが響き渡る。

 

そして戦場の空に、再び火矢が放たれた。

 

カルネ村の運命を決める戦いは、まだ始まったばかりだった。

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