カルネ村南門。
重厚な門の前へ、エンリが静かに歩み出る。
その右にはユリ・アルファ。
背後にはゴブリン軍。
エンリは相手の軍勢を真っ直ぐ見据え、大きく息を吸った。
「ここはカルネ村。」
「魔導国とリ・エスティーゼ王国が共同で治める村です。」
「私は村長、エンリ。」
「お話があります。」
「あなた方の代表を出してください。」
しばしの静寂。
やがて敵軍が左右へ割れる。
豪奢な鎧をまとった青年が馬を進めた。
「俺はリ・エスティーゼ王国第一王子。」
「バルブロだ。」
馬上から村を見下ろすように言い放つ。
「このカルネ村は王国領。」
「つまり俺の領地だ。」
「今日ここへ来たのは、その過ちを正すため。」
エンリは冷静に答えた。
「この村の統治は、王国と魔導国の正式な取り決めで――」
「黙れ。」
バルブロは言葉を遮る。
「百姓風情が政治を語るな。」
その視線がエンリからユリへ移る。
「……ほう。」
「なかなか良い女たちだ。」
下卑た笑みを浮かべた。
「俺に降伏するなら。」
「お前たちは側室にしてやろう。」
「どうだ?」
王子の周囲から笑い声が上がる。
「ははは!」
「殿下のお気に入りだ!」
「光栄だぞ!」
一方。
カルネ村側は水を打ったように静まり返る。
そして次の瞬間。
「ふざけるな!」
「姉さんに何を言う!」
ゴブリンたちが一斉に怒声を上げた。
オーガが棍棒を握り締める。
狼たちも牙をむく。
ユリの表情はまったく変わらない。
しかしその瞳だけが冷たく細められた。
(……無礼ですね。)
エンリは怒りを押し殺しながら一歩前へ出る。
「私たちは。」
「最後まで、この村を守ります。」
それだけ言うと踵を返す。
「門を閉めて!」
ギギギギ……
巨大な門がゆっくりと閉じられる。
ドォン!!
頑丈な閂が落とされた。
城壁の上では弓兵ゴブリンが一斉に弓を構える。
バルブロは鼻で笑った。
「愚かな。」
「それ。」
「お前たち。」
「かかれ!」
「好きにしていいぞ!」
鬨の声が上がる。
「うおおおおっ!」
「突撃!」
「村を落とせ!」
傭兵たちが梯子を担ぎ、丸太を押しながら一斉に突撃を開始した。
その瞬間。
城壁の上でゴブリン隊長が静かに右手を上げる。
「……まだ。」
敵が射程に入る。
「……まだだ。」
さらに引きつける。
そして。
「放てぇぇぇっ!!」
ビュンッ!!
矢が一斉に空を覆った。
戦いの火蓋が、ついに切って落とされた。
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「ひるむな!」
馬上のバルブロが剣を振り上げる。
「火をかけろ!」
「投石器を前へ!」
「破城槌を進めろ!」
号令とともに傭兵たちが動き出す。
ヒュンッ!
ヒュンッ!
無数の火矢が空を赤く染めた。
城壁。
家屋。
見張り台。
あらゆる場所へ降り注ぐ。
「火だ!」
「水を!」
村人たちが桶を持って走る。
しかし、数本の矢は防ぎきれない。
「ぐっ!」
矢を肩に受けるゴブリン。
村人も腕に傷を負う。
「医療班!」
エンリの指示が飛ぶ。
「負傷者を後ろへ!」
敵軍後方。
法国から密かに提供された攻城兵器が姿を現す。
巨大な破城槌。
投石器。
そして高い井楼。
傭兵隊長が笑う。
「所詮は村。」
「本格的な攻城戦など経験あるまい。」
「撃て!」
ゴォン!!
投石器から放たれた巨石が城壁へ激突する。
ドガァァン!!
木材が軋む。
さらにもう一発。
ドォォン!!
「まだだ!」
「もう一度!」
三発目。
メリメリメリ……
嫌な音が響いた。
「壁が!」
「割れる!」
バキィィン!!
南側城壁の一角が崩れ落ちた。
土煙が舞い上がる。
バルブロは笑う。
「よし!」
「突撃だ!」
「やってしまえ!」
傭兵たちが雄叫びを上げる。
「うおおおっ!」
「村へ!」
「突っ込め!」
崩れた城壁から雪崩れ込む。
「来る!」
エンリが叫ぶ。
「第二陣!」
「迎撃!」
その瞬間。
オーガたちが一斉に前へ出た。
「オオオオオ!!」
巨大な棍棒が振り下ろされる。
ドゴォッ!!
先頭の傭兵がまとめて吹き飛ぶ。
ゴブリン槍兵も突撃した。
「カルネ村を守れ!」
槍が何本も突き出される。
傭兵たちも応戦する。
剣と槍がぶつかる。
怒号。
悲鳴。
金属音。
一瞬で乱戦となった。
その中央。
ユリ・アルファが静かに歩いていた。
襲い掛かる傭兵。
「女だ!」
「捕まえろ!」
「殿下への手土産だ!」
ユリは表情一つ変えない。
「……愚かですね。」
一歩。
踏み込む。
拳が閃く。
ドゴッ!!
一人が吹き飛ぶ。
続けて回し蹴り。
バキィ!!
二人目が宙を舞う。
さらに腕を取る。
そのまま投げ飛ばす。
三人まとめて地面へ叩きつけられた。
「ば……化け物!」
「人間じゃない!」
誰かが叫ぶ。
だがユリは止まらない。
プレアデス戦闘メイドとして鍛えられた格闘術は、並の傭兵では相手にならなかった。
「ユリ姉ぇぇぇっ!!」
場違いなほど明るい声が、戦場に響き渡った。
「お待たせっす!」
土煙を巻き上げ、一人の少女が駆け込んでくる。
ルプスレギナ・ベータ。
彼女は崩れた城壁をひと目見ると、にっこりと笑った。
「あっちゃー。派手にやられたっすねえ。」
「ルプスレギナ。」
ユリが振り返る。
「遅かったですね。」
「いやー、ちょっと寄り道を……」
「あとで聞きます。」
「はいっす!」
ルプスレギナは笑顔のまま、敵軍を見渡した。
「で、こいつらが村を襲ってる連中っすか?」
「そうです。」
「了解っす!」
その笑顔が、すっと消えた。
「じゃあ……村の人たちに手を出した分、きっちり返してもらわないとね。」
彼女が一歩踏み出す。
それだけで、周囲の空気が変わった。
傭兵たちの何人かが、理由もわからぬまま後ずさる。
戦場を知る者の本能が、警告を発していた。
――こいつは、今まで相手にしていた連中とは違う。
ルプスレギナは手を振りながら言った。
「さーて、どこから片付けようかな?」
その頃、バルブロはまだ勝利を疑っていなかった。
城壁は崩れた。
敵の防衛線にも穴が開いた。
村の兵力は、いくら抵抗しようとも所詮は辺境の寄せ集め。
「見ろ! もう終わりだ!」
バルブロは高らかに笑った。
「カルネ村を落とせば、エ・ランテルも魔導国も思い知るだろう! この王国の真の支配者が誰なのかを!」
だが、彼の目には映っていなかった。
倒れた仲間を助けながら戦うゴブリンたち。
傷ついても持ち場を離れないオーガたち。
恐怖を押し殺し、村人を守るために指示を飛ばし続けるエンリ。
そして、自分たちの敵が、ただの村人やゴブリンだけではないという事実が。
エンリは崩れた城壁の向こうを見つめた。
敵はまだ押し寄せてくる。
戦いは終わっていない。
それでも、彼女は退かなかった。
「この村は……渡さない。」
小さな呟きは、轟音にかき消された。
だが、彼女の周囲にいる者たちには、確かに聞こえていた。
「カルネ村を守れ!」
誰かが叫んだ。
「姉さんを守れ!」
別の声が続く。
やがて、その声は一つになった。
「カルネ村を守れぇぇぇっ!!」
燃え盛る村に、守る者たちの叫びが響き渡る。
そして戦場の空に、再び火矢が放たれた。
カルネ村の運命を決める戦いは、まだ始まったばかりだった。