「うほほほほっ!」
ルプスレギナ・ベータは楽しそうな笑い声を上げながら戦場を駆け回る。
「もっと来るっす!」
「もっと遊ぶっす!」
振るわれたメイスが傭兵の盾ごと吹き飛ばした。
ドゴォッ!
「ぎゃあああ!」
さらに一歩踏み込む。
「えいっ!」
ゴシャッ!
二人目。
「まだまだっす!」
三人目。
人間離れした膂力に傭兵たちは恐怖した。
「なんだあいつ!」
「化け物だ!」
「逃げ――」
「逃がさないっす♪」
笑顔のままメイスが振り下ろされる。
ルプスの参戦で村人たちも勢いを取り戻した。
「押し返せ!」
「カルネ村を守れ!」
ゴブリン槍兵が隊列を組み直す。
オーガたちも咆哮を上げる。
エンリも指示を飛ばす。
「負傷者を下げて!」
「弓隊は左へ!」
「今よ!」
矢の雨が降り注ぐ。
一時は村内へ入り込んだ傭兵たちも押し返され始めた
その様子を見たバルブロは馬上で歯ぎしりした。
「くそっ!」
「違う!」
「こんなはずではない!」
「村など一時間で落ちると言ったではないか!」
怒りのまま隣にいた法国の使者へ掴みかかる。
「おい!」
「約束が違う!」
「どういうことだ!」
使者は表情一つ変えない。
「……そうですか。」
「ですが。」
「まだ手はあります。」
バルブロは息を荒げる。
「何だ!」
「あるなら早く出せ!」
使者は静かに答えた。
「よろしいのですか。」
「この貸しは、高くつきますよ。」
「構わん!」
「借りなど後でいくらでも返す!」
「村さえ落ちればいい!」
使者はゆっくりとうなずいた。
「承知しました。」
懐から一本の筒を取り出す。
空へ向ける。
パンッ!
赤紫色の煙が高く立ち昇った。
トブの大森林。
その煙を見た男が口元を歪める。
「合図だ。」
「出番だぞ。」
木々の奥。
今まで息を潜めていた別働隊が一斉に立ち上がる。
傭兵。
弓兵。
騎兵。
そして魔法詠唱者。
その数、およそ二千。
彼らは最初から伏兵として配置されていた法国の秘密兵力だった。
「進軍。」
隊長の一声で森が揺れる。
ザッ。
ザッ。
ザッ。
無数の足音。
木々の間から旗が現れる。
カルネ村とは反対方向。
守りの薄い西側へ向かって進み始めた。
見張り台。
ゴブリンの哨戒兵がその異変に気付く。
「あ……。」
「また軍勢だ……。」
「西からも来る!」
血相を変えて鐘を鳴らす。
ゴォォォン!
ゴォォォン!
再び村中へ警鐘が響く。
エンリは振り返った。
「……え?」
ユリも西の森を見る。
「伏兵。」
「最初から狙っていましたか。」
ルプスだけは嬉しそうだった。
「今日は大忙しっすねぇ♪」
しかしユリの表情は険しい。
「……数が多すぎます。」
「このままでは、村全体を守りきれません。」
カルネ村は新たな危機を迎えようとしていた。
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「西側も敵襲! 敵の数、まだ増えています!」
見張り台からの報告が響く。
カルネ村の城壁は一部が崩れ、そこから侵入した傭兵たちが村の内部へと押し寄せていた。火矢によって煙が立ち上り、ゴブリンたちの怒号と剣戟が村中に響き渡る。
エンリは歯を食いしばった。
「絶対に村を渡さない! みんな、踏ん張って!」
その声に応えるように、ゴブリンたちが盾を構え直す。
だが、敵は多い。
「どけえっ! 女もガキも容赦するな!」
傭兵の一人が剣を振り上げ、ゴブリンの槍兵へ襲いかかった。
その瞬間だった。
「――そこまでです」
静かな声。
傭兵が振り向くより早く、黒い影が懐へ滑り込んだ。
ユリ・アルファ。
彼女は構えを低くし、右拳を腰のあたりに引いた。
(武蔵様から教わった武技……)
脳裏によみがえるのは、カルネ村を訪れた剣豪の姿だった。
刀を振るうだけが武芸ではない。
力をどこから生み、どこへ通すか。
相手の動きを読み、わずかな隙にすべてを叩き込む。
武蔵はユリに、そんな武技の一端を教えていた。
「武技――剛拳!」
ドゴォンッ!!
拳が傭兵の胸当てを直撃した。
金属がひしゃげ、男の巨体が地面から浮き上がる。そのまま後方へ吹き飛び、背後の仲間を巻き込んで土煙の中に転がった。
一瞬、周囲の戦闘が止まった。
「な……なんだ、今のは!?」
ユリは拳を開いてこっちに来いと手招きする
「次の方、どうぞ」
その声には、怒りすら感じられなかった。
だからこそ、恐ろしかった。
「こ、この女を囲め! 一人で相手をするな!」
傭兵たちが左右に散り、ユリを取り囲む。
前方から剣。右から槍。背後からは斧。
だがユリは、わずかに足を動かしただけだった。
剣の軌道を半歩で外し、槍の柄を手の甲で弾く。斧を振り下ろした男の懐へ踏み込むと、腹部へ拳を叩き込んだ。
「ぐっ!」
そのまま身体を反転させ、後ろの敵へ肘を打ち込む。
「剛拳!」
二度目の武技が炸裂する。
吹き飛ぶ傭兵たち。
ユリは一歩も退かなかった。
「武蔵様……。教えていただいた技、きちんと使えているでしょうか」
誰に聞かせるでもない呟き。
その目の前で、さらに十数人の傭兵が武器を構えた。
ユリは小さく息を吐く。
「まだ、終わりではありませんね」
そして再び、敵陣へと踏み込んだ。
一方、その少し離れた場所では。
「いやぁ、今日は大盛況っすねぇ!」
ルプスレギナ・ベータが、楽しげな声を上げていた。
その周囲には、武器を手にした傭兵たちが取り囲んでいる。
「ふざけやがって! 数はこちらが上だ!」
「女一人に何ができる!」
ルプスは首をかしげた。
「んー、そうっすねぇ。じゃあ、ちょっと本気を出しますか」
彼女の身体から、ただならぬ気配が立ち上る。
能力向上。
肉体能力を引き上げ、敵の攻撃を受け止め、圧倒的な力でねじ伏せる。
ナザリックでひたすら走った先に会得した武技
ルプスはメイスを握り直した。
「さあ、いくっすよ!」
最初の傭兵が雄叫びとともに斬りかかる。
ルプスは避けなかった。
ガキィンッ!
剣が彼女の防御に弾かれ、男の腕が大きく流れる。
「えっ――」
「お返しっす!」
ドガァッ!!
メイスが盾を叩き、傭兵は盾ごと吹き飛ばされた。
続く二人が左右から迫る。
ルプスは身を沈め、片方の足を払う。体勢を崩した男の肩を踏み台にするように跳び上がると、空中で身体をひねり、もう一人の武器をメイスで弾き飛ばした。
カラン、カラン……。
武器が地面を転がる。
「なっ、速い!?」
「まだまだっすよ!」
着地と同時に突進。
メイスの一撃が地面を砕き、土塊が周囲へ飛び散った。
傭兵たちは悲鳴を上げて後ずさる。
「ば、化け物だ!」
「逃げろ!」
「えーっ、もう終わりっすか?」
ルプスは頬を膨らませた。
「せっかく能力向上まで使ったのに、ちょっと物足りないっすねぇ」
だが、彼女の笑顔の奥では、周囲の状況を冷静に見極めていた。
敵は正面だけではない。
崩れた城壁から次々と兵が流れ込み、村人たちを分断しようとしている。
「……あ、そっちを狙ってるんすね」
傭兵たちの背後で、弓兵が村人へ狙いを定めていた
ルプスの表情から笑みが消える。
「それは、ダメっすよ」
次の瞬間。
彼女は地を蹴った。
ドンッ!!
その身体が弾丸のように戦場を横切る。
弓兵たちが矢を放つよりも早く、ルプスは敵陣の真ん中へ飛び込んでいた
「はい、そこまで!」
メイスが横薙ぎに振るわれる。
弓兵たちは隊列ごと崩れ、村人へ向けられていた攻撃は未然に防がれた。
「村の人たちには手を出させないっすよ」
彼女はメイスを肩に担ぎ、にっこりと笑った。
その笑顔を見た傭兵たちは、誰一人として前へ出られなかった。
「西側の敵、押し返しています!」
ゴブリンの報告に、エンリは顔を上げた。
崩れた城壁では、オーガたちが巨体を生かして敵の進路を塞ぎ、ゴブリンの槍兵たちが隊列を組み直している。
ユリは剛拳で敵の指揮官を次々と無力化し、ルプスは能力向上による圧倒的な力で敵の増援を食い止めていた。
二人の戦いぶりは対照的だった。
無駄のない動きで、静かに敵を制圧するユリ。
豪快に戦場を駆け回り、敵の勢いを正面からへし折るルプス。
しかし、守るものは同じだった。
この村で暮らす人々。
ともに働き、ともに食卓を囲んできた仲間たち。
そして、アインズが守ろうとした場所。
「みんな、今よ!」
エンリの号令が響く。
「敵を村の外へ押し返すんだ!」
「……っ!」
ユリの眉がわずかに動いた。
敵が多すぎる。
一人倒せば、二人が前に出る。二人を押し返せば、その背後から新たな兵士が雪崩れ込んでくる。
敵は統制こそ乱れ始めていたが、数の優位は揺るがない。さらに後方からは弓矢が絶え間なく降り注ぎ、投石器によって崩された壁の破片が、村のあちこちに散乱していた。
「ユリさん! 東側持ちません!」
「こちらもです! 負傷者が増えています!」
報告が次々と飛び込んでくる。
ルプスがメイスを肩に担ぎ、敵の一団を睨んだ。
「こりゃ、ちょーっと面倒になってきたっすね」
軽い口調とは裏腹に、その目は鋭い。
いくら彼女たちが強くとも、守るべき村人は多い。敵を倒すことだけに集中するわけにはいかなかった。
ユリもまた、それを理解していた。
このままでは、いずれ押し切られる。
敵の勢いを止めるには、何かが必要だった。
その時。
「エンリさん!」
村の中央で負傷者を助けていたエンリ・エモットが、声に顔を上げた。
ユリは敵の攻撃を受け流しながら叫んだ。
「援軍を呼べる手段があるのなら、今しかありません!」
エンリの顔が強張る。
彼女の胸元には、一本の角笛があった。
かつてアインズから渡された角笛。
最初に吹いた時には、確かにゴブリンたちが現れた。十九人のゴブリンたちが、彼女を姉さんと呼び、村を守る力になってくれた。
しかし、それ以降はどうだったか。
何度吹いても、何の反応もなかった。
角笛は、ただの角笛のように沈黙していた。
それでもエンリは、捨てることができなかった。
何かあった時のために。
もう一度、村を守る力になってくれるかもしれないから。
だが、今まで反応がなかったものに、命運を託してよいのだろうか。
エンリの手が震える。
背後では、村人たちの悲鳴が上がっていた。
崩れた壁から敵兵がなだれ込み、ゴブリンたちが必死に食い止めている。ユリとルプスも、すでに別の敵を相手にしていた。
このまま迷っていれば、村は失われる。
「……お願い」
エンリは角笛を両手で握りしめた。
「お願い……みんなを、助けて!」
そして、息を吸い込む。
角笛を唇に当てた。
――吹いた。
プォォォォォォォォン!
澄んだ音色が、戦場を貫いた。
それは、今までの音とは違っていた。
力強く、どこまでも遠くへ届く音。
敵兵の怒号を突き抜け、村の壁を越え、森を抜け、谷間を渡り、広い野へと響き渡っていく。
まるで大地そのものが、その音に応えているかのようだった。