武蔵転生記   作:masasoukoku

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10/18 ご指摘がありましたので狼騎士の場面を追加しました


第百十八回 【ゴブリン軍団】

「……え?」

 

 エンリは角笛を口から離した。

 

 自分でも驚くほど、澄み切った音だった。

 

 そして――。

 

 何も起きない。

 

 一瞬、そう思った。

 

 やはり駄目だったのか。

 

ユリが目を見開く。

 

「……これは。」

 

ルプスも笑顔を消した。

 

「え?」

 

敵味方すべてが空を見上げる。

 

空間が揺らいでいた。

 

ビシッ……

 

ビシビシッ……

 

何もない空中に亀裂が走る。

 

しかも一つではない。

 

十。

 

二十。

 

三十。

 

村の周囲に次々と巨大な歪みが生まれていく。

 

バルブロが叫ぶ。

 

「な、何だ!」

 

法国の使者も初めて表情を変えた。

 

「空間転移……?」

 

「ばかな……。」

 

歪みはさらに広がる。

 

そして。

 

ドンッ。

 

最初の足音が響いた。

 

現れたのは一人の巨大なゴブリン。

 

全身を黒鉄の鎧で覆い。

 

身の丈ほどある大斧を肩に担いでいる。

 

「ゴブリン突撃兵!」

 

続いて。

 

ゴブリン重装歩兵。

 

ゴブリン騎兵。

 

狼騎兵。

 

弓兵。

 

魔法兵。

 

工兵。

 

旗手。

 

軍楽兵。

 

さらに。

 

オーガ部隊。

 

レッドキャップ。

 

巨狼隊。

 

空飛ぶ獣を操る斥候。

 

次から次へと現れる。

 

まるで終わりがない。

 

「な……。」

 

エンリも呆然と立ち尽くす。

 

「こんな……。」

 

「こんなに……。」

 

やがて最後の転移門が閉じる。

 

カルネ村の周囲を埋め尽くすゴブリン軍。

 

その数は、もはや数え切れない。

 

5千を超える軍勢が整然と隊列を組んでいた。

 

その中央。

 

黄金の兜を被った総大将が馬を進める。

 

馬から降りると、エンリの前で片膝をついた。

 

それに続き。

 

兵が一斉に跪く。

 

ドォォン!!

 

地面が震えた。

 

総大将は深く頭を下げる。

 

「我らゴブリン軍団。」

 

「召喚主エンリ・エモット殿。」

 

「ただいま参陣いたしました。」

 

「ご命令を。」

 

その瞬間。

 

カルネ村中に歓声が上がった。

 

「援軍だ!」

 

「助かった!」

 

「すごい!」

 

一方、敵陣。

 

バルブロの顔から血の気が引く。

 

「う……。」

 

「うそだ……。」

 

「村一つに……。」

 

「こんな軍勢がいるはずがない!」

 

法国の使者は冷や汗を流しながら呟いた。

 

「これは……。」

 

「ただの魔法道具ではない。」

 

「神話級の遺物か……。」

 

戦場の天秤は、角笛の一吹きによって、一気にカルネ村側へと傾いた

 

----------------------------------------------------------------------------

ナザリック。

 

執務室。

 

戦況を好転するためカルネ村へ出向こうと準備していたアインズは

 

ユリ・アルファからの魔法通信を受けて、一瞬固まった。

 

「……え?」

 

「ゴブリン軍団が出現した?」

 

(えええええ!?)

 

頭の中では盛大に驚いていた。

 

だが――

 

《感情抑制》

 

スゥッ……

 

いつもの威厳ある魔王の表情へ戻る。

 

(落ち着くんだ俺。)

 

(いや、落ち着けるか!)

 

(あの角笛、ハズレアイテムじゃなかったの!?)

 

机に肘をつきながら考える。

 

(たしか"ゴブリン将軍の角笛"。)

 

(一回使ったらゴブリン十九体。)

 

(だから完全にネタアイテムだと思ってたんだけど……。)

 

(発動条件が厳しすぎるだけだったのか。)

 

(運営……。)

 

(誰を対象にこんなアイテム配ったんだよ……。)

 

内心では頭を抱えていた。

 

しかし口から出る声は重々しい。

 

「……なるほど。」

 

「興味深い。」

 

デミウルゴスは感動したように頷く。

 

「さすがアインズ様。」

 

「エンリに渡したのはそこまで見越しておられたのですね。」

 

(いや違う違う違う!)

 

(俺も初めて知ったよ!)

 

カルネ村。

 

5千を超えるゴブリン軍が整列している。

 

総大将がエンリへ敬礼した。

 

「ご命令を。」

 

エンリは驚きながらも村長として胸を張る。

 

そして力強く命じた。

 

「命じます!」

 

「私たちの村を襲う軍勢を撃退してください!」

 

「村人を守って!」

 

総大将は深く頭を下げた。

 

「はっ!」

 

「エンリ閣下!」

 

その一言で全軍が動いた。

 

「前進!!」

 

地鳴りが起きる。

 

重装歩兵。

 

騎兵。

 

狼騎兵。

 

弓兵。

 

レッドキャップ。

 

一斉突撃。

 

「うおおおおおっ!!」

 

その勢いはまさに津波だった。

 

「な……。」

 

バルブロ軍は呆然とする。

 

「何だこの数は!」

 

「聞いてないぞ!」

 

「逃げろ!」

 

一方的だった。

 

ゴブリン騎兵が敵陣へ突入。

 

狼騎士が敵兵に襲い掛かる

 

重装歩兵が隊列を粉砕。

 

レッドキャップたちは人間離れした速度で傭兵を斬り伏せる。

 

投石器も。

 

井楼も。

 

破城槌も。

 

あっという間に破壊されていく。

 

村人たちはその光景を呆然と見つめていた。

 

ルプスは笑顔で拍手する。

 

「すごいっす!」

 

「私いらなかったっすね!」

 

ユリは静かに首を振る。

 

「油断は禁物です。」

 

「それに・・・後始末がまだです」

 

馬上のバルブロは震えていた。

 

「こ……。」

 

「これは……。」

 

「悪夢だ……。」

 

必死に周囲を見る。

 

「おい!」

 

「法国の使者!」

 

「まだいるんだろ!」

 

「何とかしろ!」

 

しかし。

 

誰も返事をしない。

 

使者が立っていた場所には誰もいなかった。

 

「……。」

 

「逃げた?」

 

「まさか……。」

 

完全に見捨てられた。

 

バルブロの顔が青ざめる。

 

「こ、これでは勝てん!」

 

「撤退だ!」

 

「撤退!」

 

そう叫ぶと真っ先に馬の向きを変えた。

 

王子は護衛だけを連れ、戦場から逃走を開始する。

 

その姿を見た傭兵たちの士気は完全に崩壊した。

 

「殿下が逃げた!」

 

「もう終わりだ!」

 

「助けてくれ!」

 

カルネ村を襲った軍勢は、総崩れとなって潰走を始めた

 

----------------------------------------------------------------------------

トブの大森林。

 

戦場から離れた獣道を、一人の男が必死に駆けていた。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

法国の使者。

 

正確には、六色聖典に属する工作員。

 

「早く……!」

 

「早く神官長たちへ報告せねば!」

 

枝を払い、木々の間を縫うように走る。

 

頭の中では報告内容を整理していた。

 

(カルネ村にはゴブリンの大軍団。)

 

(魔導国の影響は予想以上。)

 

(王国第一王子バルブロは……。)

 

思わず舌打ちする。

 

「チッ。」

 

「あそこまでの無能とはな。」

 

「こちらが資金も兵も用意したというのに。」

 

「自分から潰れてくれるとは。」

 

「次からは利用価値もない。」

 

その瞬間だった。

 

「――ふーん。」

 

静かな女の声。

 

使者の足が止まる。

 

「やっぱり。」

 

「法国は動いていたんだ。」

 

木陰から一人の女が姿を現した。

 

肩まで伸びた金髪。

 

口元に浮かぶ愉快そうな笑み。

 

使者は目を見開く。

 

「お、お前は……!」

 

「クレマンティーヌ!」

 

「生きていたのか!」

 

女はクスリと笑う。

 

「へぇ。」

 

「私の顔を知ってる。」

 

「ってことは。」

 

「六色聖典のメンバーね。」

 

使者はゆっくり後退する。

 

「貴様……。」

 

「裏切ったか。」

 

「いや。」

 

「死んだと聞いていたが……。」

 

クレマンティーヌは肩をすくめた。

 

「死んだことになってた方が都合よかったの。」

 

「今は先生なんてやってるけど。」

 

彼女は両手を軽く広げた。

 

その手には、何も握られていない。

 

使者はそれを見て、かすかに口元を緩めた。

 

「ふん。武器も持たずに私を止めるつもりか」

 

クレマンティーヌは首を傾げた。

 

「武器?」

 

「ああ。貴様の得物はスティレットだったはずだ。だが今は丸腰。いくら貴様がかつて名を馳せた暗殺者だろうと、武器もなしに私を倒せると思うな」

 

使者は腰の剣を抜いた。

 

「悪いが、ここで死んでもらう。貴様を始末して、私は法国へ帰る!」

 

「……あはっ」

 

クレマンティーヌの笑みが深くなった。

 

「そっか。そういうふうに考えるんだ」

 

「何がおかしい!」

 

「いやあ、久しぶりに見たなあ。武器を持ってない相手を見下す人」

 

彼女は自分の両手を見つめた。

 

「ねえ、知ってる?」

 

「何をだ!」

 

「武器って、必ずしも鉄で作らなきゃいけないわけじゃないんだって」

 

使者は眉をひそめた。

 

「……何を言っている?」

 

クレマンティーヌは答えず、ゆっくりと両手を胸の前に持ち上げた。

 

そして、静かに息を吐く。

 

「師匠はね、こう言ったの」

 

――武器は刀鍛冶が作ったものだけとは限らん。

 

――己の技と工夫次第では、気をもって武器を形作ることもできよう。

 

――まあ、わしは刀の方が性に合うがの。

 

宮本武蔵。

 

あの剣豪は、何気ない世間話のようにそう語った。

 

当時のクレマンティーヌは、半信半疑だった。

 

気を武器の形にする?

 

そんなことができるのなら、誰も武器を持ち歩く必要などないではないか。

 

だが、武蔵は笑っていた。

 

「できるかどうかは、やってみればわかる」

 

その言葉が、彼女の負けず嫌いに火をつけた。

 

それからというもの、クレマンティーヌは暇さえあれば練習を重ねた。

 

気を練り、集め、圧縮する。

 

指先に集めても、形を保てず霧散する。

 

刃を作ろうとしても、薄くすれば崩れ、硬くすれば気が乱れる。

 

何度も失敗した。

 

それでも、諦めなかった。

 

そして今日。

 

ようやく、実戦で使う時が来た。

 

「さあて……」

 

クレマンティーヌの両手が、淡い金色の光を帯び始めた。

 

「初披露といきますか」

 

光が手のひらから指先へと流れ込む。

 

集束する。

 

圧縮される。

 

細く、鋭く、形を整えていく。

 

シュウウウウ……。

 

まるで空気そのものが刃になっていくようだった。

 

やがて彼女の左右の手に、一本ずつの短剣が現れた。

 

細身の刀身。

 

鋭く尖った切っ先。

 

柄から刃先まで、透き通るような金色の光が脈打っている。

 

それは紛れもなく、クレマンティーヌが愛用していたスティレットの形だった。

 

ただし、鉄ではない。

 

魔法による単純な幻影でもない。

 

彼女自身の気を練り上げ、武器として固定したもの。

 

「な……っ!」

 

使者の目が見開かれた。

 

「武器を……作っただと!?」

 

クレマンティーヌは両手をくるりと回した。

 

光の短剣が、彼女の指先で軽やかに踊る。

 

「どう? 似合うでしょ?」

 

「ば、馬鹿な! そのような武技があるなど聞いたことがない!」

 

「でしょうね。私も、つい最近覚えたばかりだもの」

 

クレマンティーヌは片目を閉じた。

 

「武蔵師匠直伝。私なりに工夫して、ようやく形になったの」

 

「武蔵……? あの宮本武蔵か!」

 

「そうそう。あの変態剣豪」

 

彼女は楽しそうに笑った。

 

「でもね、師匠は刀を使うの。だから、これは私流」

 

左右のスティレットを構える。

 

右手を前へ。

 

左手を脇へ。

 

重心を落とし、爪先で地面を軽く蹴る。

 

その瞬間、彼女の表情から笑みが消えた。

 

先ほどまでの軽薄さが、嘘のように消え失せる。

 

そこにいるのは、子供たちに勉強を教える先生ではない

 

人を殺すことに一切のためらいを持たない、かつての暗殺者だった。

 

「――さあ」

 

クレマンティーヌの瞳が細くなる。

 

「先生の授業は終わり」

 

「ここからは、実技の時間よ」

 

使者が剣を構え直す。

 

「舐めるな! いくら奇妙な武技を使おうと、貴様一人――!」

 

言葉の途中だった。

 

クレマンティーヌの姿が消えた。

 

「なっ!?」

 

使者は反射的に剣を振る。

 

ガキィンッ!

 

金属音が森に響いた。

 

剣と、金色のスティレットが交差していた。

 

「ぐっ……!」

 

使者の腕が震える。

 

(重い!?)

 

光でできた短剣。

 

見た目からは想像できないほどの圧力だった。

 

しかも、刃が触れ合った瞬間、使者の剣に金色の火花が散った。

 

「へえ。受け止めるんだ」

 

クレマンティーヌが笑う。

 

「じゃあ、これはどう?」

 

左のスティレットが閃いた。

 

使者は身をひねり、どうにか避ける。

 

続いて右。

 

左。

 

右。

 

二本の光刃が、途切れることなく襲いかかる。

 

「くっ、この……!」

 

剣を振るう。

 

しかし、間合いが合わない。

 

クレマンティーヌの攻撃は、従来のスティレットを使う時と何も変わらなかった。

 

いや、むしろ厄介だった。

 

武器を落とさせることも、奪うこともできない。

 

両手に武器を持ちながら、彼女は木の幹を蹴り、身をひねり、低い姿勢から切っ先を突き出す。

 

「どうしたの?」

 

「さっきまでの威勢は?」

 

「武器がない相手なら勝てるんじゃなかったっけ?」

 

「黙れ!」

 

使者が渾身の力で剣を振り下ろす。

 

クレマンティーヌは半歩だけ横へ動いた。

 

剣が地面を砕く。

 

その隙を、彼女が見逃すはずもなかった。

 

左右の光刃が交差する。

 

「――はい、そこまで」

 

使者の喉元で、二本のスティレットがぴたりと止まった。

 

動けば、刃が触れる。

 

逃げようにも、彼女の動きに追いつけるとは思えない。

 

使者は全身から冷たい汗を流した。

 

「……貴様」

 

クレマンティーヌは、いつもの人懐っこい笑みを浮かべた。

 

「ねえ、教えてあげる」

 

「武器がないから弱いんじゃないの」

 

金色の光が、彼女の指先で揺らめく。

 

「武器がなければ、作ればいい」

 

「それだけの話よ」

 

そして、耳元で囁いた。

 

「さて。法国の使者さん」

 

「実技の時間はこれで終わり」

 

クレマンティーヌの笑みは、少しも深まらなかった。

 

だが、その目だけは――

 

かつて法国の暗部で恐れられた暗殺者、そのものだった。

 

 

 

 

 

 

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