バルブロの乱が終結してから、しばらくの時が流れた。
王都は、ようやく平穏を取り戻しつつあった。
しかし、戦乱が残した傷跡は深い。戦死した兵士たち、荒廃した村々、そして王国の政治を長年にわたって蝕んできた貴族派の問題。ランポッサ三世には、まだまだ片づけなければならないことが山ほどあった。
なかでも大きな変化は、貴族派の没落だった。
その中心人物であったポウロロープと、その一派は、バルブロを担ぎ上げて王家に反旗を翻した。その結果、彼らは王国に対する影響力を大きく失うことになった。
反乱に関与した者たちの領地は没収・再編され、王家および王家派の貴族たちに分割されることとなった
これにより、王家の直轄領は拡大し、王家派の勢力も大きく増した。
そして、王国にとって重要な意味を持つ変化がもうひとつあった。
魔導国へ割譲することになっていた領土の一部を、反乱貴族から取り戻した土地で補うことができたのである。
王家は領土を失う一方ではなく、国内の権力基盤を強化することにも成功した。
これまで貴族たちの顔色をうかがい、思うように政策を進められなかった王家にとって、これは大きな転機だった。
だが――。
王城の一室で、ランポッサ三世はひとり、窓の外を眺めていた。
(……これでよかったのだろうか)
反乱は鎮圧された。
王家の権威は回復し、ザナックを中心とした王家派は、これまで以上に政治を動かせるようになった。
しかし、ランポッサの胸には、晴れない思いが残っていた。
そもそも、なぜこのような戦乱が起きたのか。
貴族派が力を持ちすぎたからか。バルブロが愚かな選択をしたからか。あるいは、王国を取り巻く情勢があまりにも厳しかったからか。
どれも間違いではないだろう。
だが、ランポッサは知っていた。
自分自身にも、責任がある。
貴族派の横暴を知りながら、強く出られなかったこと。
ザナックの提案を受け入れるべき場面で、決断を先送りにしたこと。
王として、誰かを傷つけることを恐れ、すべての者に理解を求めようとしたこと。
その優柔不断が、結果として王国を弱らせ、ついには国内で血を流す事態を招いたのではないか。
(……私は、王として決断すべきときに決断できなかった)
ランポッサは目を閉じた。
王として過ごした年月は長い。
だが、長く王座に座っていたことと、よき王であったことは、必ずしも同じではない。
「……潮時か」
彼は静かに呟いた。
自分にできることは、もう多くない。
ならば、せめて次の王には、自分と同じ過ちを繰り返させないことだ。
ランポッサは侍従に命じ、第2王子ザナックを呼び出した。
しばらくして、ザナックが部屋に入ってくる。
「父上、お呼びでしょうか?」
「うむ。座りなさい」
「は、はぁ……」
ザナックは少々戸惑いながら椅子に腰を下ろした。
父が、自分を呼び出す。
それ自体は珍しいことではない。しかし、最近のランポッサは、ザナックが主導する政策を以前ほど妨げなくなっていた。むしろ、王家の権威を回復するために動く息子を、静かに見守っているようにさえ感じられた。
そんな父が、あらためて自分を呼び出したのだ。
何か重大な話があるに違いない。
「父上、何か問題でも?」
「いや。今日は、お前に伝えておきたいことがある」
ランポッサは息子をまっすぐに見た。
「私は退位することに決めた」
「な、なんですと!?」
ザナックは思わず椅子から腰を浮かせた。
「父上、それは……!」
「驚くのも無理はない。だが、決めたことだ」
ランポッサは穏やかに続けた。
「もちろん、明日すぐにというわけではない。王位の継承には準備も必要だ。今年中には、そのめどをつけたいと思っている」
「そ、それでは……次期王位は?」
ザナックの声には、隠しきれない緊張があった。
ランポッサは小さく頷いた。
「うむ。ザナック、お前に頼みたい」
「……!」
「レエブン卿を宰相とする。そして、お前は摂政として政治を取り仕切るのだ。退位までの間に、王として必要なことを学び、実際に国を動かしてみなさい」
「わ、わかりました!」
ザナックの頬が、みるみる紅潮していく。
ついに、この時が来たのだ。
これまで兄バルブロとの確執、貴族派との対立、父の優柔不断に苦しめられながらも、彼は王国の未来を考えてきた。
自分が王になれば、変えられることは多い。
無駄な支出を削り、軍を再編し、外交を見直す。魔導国との関係も、帝国との関係も、これまで以上に現実的な判断が必要になるだろう。
課題は山積みだ。
だが、今度は自分が決める側になる。
(ようやく……ようやく、私の腕を振るう時が来たのだ!)
ザナックは、胸の高鳴りを抑えきれなかった。
そんな息子の姿を見て、ランポッサはわずかに目を細めた。
頼もしい。
だが、同時に危うくもある。
政治に熱意を持つことは大切だ。しかし、熱意だけでは国は治められない。ザナックには、これからそのことを学んでもらわねばならない。
「ところで」
「はっ!」
「王には、王妃が必要だな」
「…………は?」
ザナックの顔から、喜びがすっと消えた。
ランポッサは何でもないことのように尋ねる。
「お前、相手はいるのか?」
「え、いえ……まだ、そこまでは考えておりませんでした」
「そうか」
ランポッサは頷いた。
「私も考えておこう。お前も考えておきなさい」
「は、はい……」
ザナックは、かろうじて返事をした。
摂政として国を動かす。
宰相レエブン卿と協力し、国内の制度を整える。
魔導国との外交を安定させ、国力を回復する。
どれも難しい課題だが、ザナックには考えがあった。経験を積み、優秀な人材を活用すれば、必ず道は開けるはずだ。
だが、王妃となる相手を選ぶとなると話は別だった。
王族の婚姻は、個人の好みだけで決められるものではない。家柄、領地、政治的な影響力、他国との関係……考慮すべきことはいくらでもある。
かといって、政略だけで相手を決めれば、後々の問題にもなりかねない。
(……これは、難題だぞ)
ザナックは内心で頭を抱えた。
政治ならば、まだよい。
数字を調べ、利害を整理し、必要ならば妥協点を探せばいい。
しかし、結婚相手となると、そう簡単にはいかない。
「父上……王妃の件は、少々時間をいただきたく」
「うむ。急ぐ必要はない。だが、忘れるなよ」
「……承知しました」
ザナックは神妙に頷いた。
その姿を見て、ランポッサは小さく笑った。
「ははは。国のことばかり考えていては、よい王にはなれんぞ」
「肝に銘じます」
そう答えたザナックだったが、胸中では別の問題が大きく膨らんでいた。
(王国の再建に、魔導国との交渉……それに王妃探しまで加わるのか!)
彼はまだ知らなかった。
これから待ち受ける政治的な難題の数々よりも、王妃選びのほうが、はるかに頭を悩ませることになるかもしれないということを。
こうして、ランポッサ三世は退位への道を歩み始めた。
そしてザナックは、次代の王としての責務を担う第一歩を踏み出したのである。
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摂政となったザナックは、休む間もなく新たな政策を進めていた。
バルブロの乱によって貴族派は大きく力を失い、王家の権威はかつてないほど強まっている。今こそ、これまで手をつけられなかった改革を実行する好機だった。
「まずは軍の再編だ。これまでのように、各貴族の私兵・徴兵に頼る体制ではいずれ限界が来る」
ザナックは執務机に広げられた資料を指で叩いた。
「常備軍を拡張する。王国騎士団をその中核とし、ガゼフ殿が築いてきた戦力と経験を生かすのだ」
「しかし、摂政殿下。常備軍を拡張すれば、当然ながら維持費も増大します」
財務官の指摘に、ザナックは頷いた。
「承知している。だからこそ、税制の改革も同時に進める」
王国の税制は複雑だった。地域ごとに異なる徴税方法、領主ごとの慣習、古くから続く特権。税を集める側ですら全容を把握しきれず、徴税にかかる費用も決して小さくなかった。
「徴税制度を簡素化する。何に対して、どれだけの税を納めるのかを明確にするのだ。徴税の無駄を減らし、領民の負担も見直す。税収を増やすことだけが目的ではない。民が安心して商売や農業を営めるようにするのだ」
「なるほど……」
官僚たちが資料を見直す。
ザナックは、さらに別の書類を取り出した。
「それから、輸出振興策だ」
王国には、まだ十分に活用されていない資源がある。
豊かな鉱山から産出される鉱物。広大な農地から収穫される穀物。地域ごとに生産される食料品や加工品。
それらを国内で消費するだけではなく、周辺諸国へ積極的に売り込む。
「鉱物資源は加工品として輸出できるよう、職人たちへの支援を検討する。食料についても、余剰分を安定して国外へ売れる仕組みを整えたい。街道の整備や商人への融資も必要になるだろう」
「魔導国との取引も視野に入れるのでしょうか?」
「当然だ。相手がどの国であろうと、王国に利益があるなら検討する。もっとも、特定の国だけに依存することは避けねばならんがな」
ザナックはそう答え、次の資料に目を通した。
魔導国との国境問題は、ひとまず落ち着きを見せている。エ・ランテルは両国の共同統治となり、カルネ村もアインズ、武蔵、ガゼフの三者を中心とした統治体制に移行した。
だが、外交上の問題が解決したからといって、国力まで回復したわけではない。
王国が弱いままでは、どれほど有利な協定を結んでも、いずれ相手の都合に振り回されることになる。
だからこそ、国内の基盤を立て直さなければならないのだ。
エ・ランテルについても、新たな人事が決まっていた。
これまで王国側の調整役を務めていたレエブン卿に代わり、ザナックの姉の夫であるペスペア卿が赴任することになったのである。
レエブン卿には、王国全体の再建に専念してもらう必要があった。貴族派の没落によって生じた領地の再編、税制改革、軍制改革。いずれも、経験豊富な彼の力が必要となる仕事だった
一方、ペスペア卿には、魔導国との共同統治という難しい職務を担ってもらうことになる。
「……よし。これで当面の方針は決まったな」
ザナックは椅子の背もたれに身体を預けた。
疲労はある。山のような書類を前にすれば、頭痛さえ覚える。
しかし、不思議と嫌ではなかった。
自分が考えた政策が、少しずつ現実になっていく。
それまで王国の政治を阻んできた障害も、ようやく取り除かれつつある。
(父上が退位されるまでに、できる限りのことを進めておかねば)
ザナックは再び机に向かった。
そして、夢中になって新たな政策を進めていた、ある日のことだった。
「殿下。お客様がお見えです」
執務室に入ってきた側近が、申し訳なさそうに告げた。
「客?」
ザナックは書類から顔を上げた。
「私は誰かと会う約束をしていたか?」
「いえ……それが、事前のお約束はございません」
側近は言いにくそうに言葉を濁した。
「ただ、どうしても殿下にお会いしたいと。かなり強引に面会を求められておりまして……」
ザナックは、心の中で舌打ちした。
(まったく。こちらがどれだけ忙しいと思っているのだ)
摂政に就任してからというもの、面会を求めてくる者は後を絶たない。
自分の領地を守りたい貴族。新たな制度で利益を得たい商人。軍の再編に不満を持つ者。さらには、没落した貴族派の旧縁を頼りに、何とか自分の立場を取り戻そうとする者までいる。
彼らの話をすべて聞いていては、改革など一歩も進まない。
とはいえ、無下に追い返せば、それが新たな政治問題になりかねなかった。
「……仕方ない。通せ」
「かしこまりました」
側近は一礼して退出した。
ザナックは手元の書類をまとめ、気持ちを切り替える。
(さて、今度は何を要求されるのやら)
やがて扉が開いた。
「失礼いたします」
入ってきたのは、一人の女性だった。
身なりは整っており、歩き方にも気品がある。かといって、貴族の令嬢にありがちな、周囲を見下すような雰囲気はなかった。
彼女はザナックの前まで進み、優雅に一礼した。
「突然の訪問をお許しくださいませ、殿下」
「いや、構わん。まずは名乗っていただこう」
ザナックは、相手を注意深く観察した。
女性は顔を上げる。
その瞳には、緊張こそあったものの、怯えはなかった。
「私は――」
彼女が名乗る。
ザナックは、その名を聞いてわずかに眉を動かした。
(ほう……)
どうやら、ただの面会希望者ではないらしい。
彼女には彼女なりの目的があり、わざわざ強引に面会を取りつけてまで、摂政である自分に会いに来たのだ。
「それで、私に何の用だろうか?」
ザナックは、落ち着いた声で尋ねた。
女性は一瞬だけ息を整え、まっすぐに彼を見つめる。
こうして、王国の再建に没頭するザナックの前に、一人の女性が現れた。
後に彼の妻となり、王国の歴史にも名を残すことになる女性である。
だが、このときのザナックは、まだ知らなかった。
目の前の来客が、これから自分の人生にどれほど大きな変化をもたらすことになるのかを
----------------------------------------------------------------------------「わたしの名はエミリア。エミリア・ドウ・ラ・ヴァレ・ドール・ポウロロープでございます」
女性は静かに名乗った。
「分かれた夫は、バルブロでございます」
「……ほう」
ザナックの眉がわずかに動いた。
ポウロロープ。
その名を聞いて、彼が思い浮かべないはずがなかった。
先の反乱で没落した貴族派の中心人物。王家に敵対し、バルブロを担ぎ上げた男。そして、反乱の終結とともに命を落とした男である。
目の前の女性は、その娘であり、バルブロの妻でもあったという
「なるほど。それで、私に何用だろうか?」
ザナックは表情を変えずに尋ねた。
エミリアは一度、目を伏せた。
「あの戦いで父は亡くなり、夫は庶人に落とされ、修道院へ送られました。そして、わが家の旧領は細かく分割され……今では、屋敷の周囲に残されたわずかな土地しかございません」
「ふむ」
ザナックは頷いた。
(……なるほどな)
話の筋は分かった。
父を失い、夫とも別れ、領地を奪われた旧貴族の娘。残された財産も少なく、これまでの暮らしを維持できなくなった。
そして今、王国の実権を握りつつある自分のもとへやって来た。
(さて、領地を返せという話か)
反乱に関与した貴族の一族が、没収された領地の返還を求めてくる。珍しい話ではない。
父の行為と娘は別だと訴え、家名を守るためだと主張する。中には、亡くなった当主の功績を持ち出す者もいるだろう。
しかし、ポウロロープ家の場合は話が違う。
彼らの反乱は、王国を大きく揺るがした。領地の再編は王家の権威を回復するためにも必要な措置であり、今さら簡単に覆すことなどできない。
「それで、減った領地を返してほしいというのなら、できん相談だぞ」
ザナックは先回りして告げた。
エミリアは、すぐに首を横に振った。
「いいえ。そのようなお願いをするために参ったのではございません」
「……何?」
ザナックは目を細めた。
エミリアは背筋を伸ばし、彼を見つめた。
「どうか、あなたにお仕えさせてくださいませ」
「は?」
今度こそ、ザナックは間の抜けた声を出した。
予想していた話とは、まるで違う。
「……私に仕える、と?」
「はい」
エミリアは迷いなく答えた。
「旧来の家臣たちは、皆、散り散りになりました。残された屋敷を維持することも、いずれ難しくなると考え、処分することにいたしました」
「ほお……」
ザナックは、椅子の背もたれから身を起こした。
少しばかり興味が湧いてきた。
エミリアは続ける。
「今は王都の片隅で、一人で暮らしております」
「それで?」
ザナックは話の続きを促した。
「たまたま、ザナック殿下の屋敷で使用人を募集しているという張り紙を、ギルドで見かけました。それで、取るものも取りあえず、こちらへ参った次第でございます」
「……なるほど」
ザナックは、改めて目の前の女性を見た。
美人、というわけではない。
少なくとも、王侯貴族の社交の場で、誰もが振り返るような容姿ではなかった。顔立ちは十人並み。華やかさも、貴婦人特有の優雅さも、それほど感じられない。
だが――。
その表情には、強い意志があった。
身の上を語るときも、彼女は涙を見せなかった。父を失い、夫と別れ、領地も家臣も失った。その境遇を嘆き、情けを求めることもできただろう。
しかし、彼女はそうしなかった。
今の自分に何が残されているのかを見極め、生活を立て直すために、自ら働き口を探してここまで来たのだ。
(さすが、ポウロロープの娘か)
ザナックは心の中で呟いた。
父親は政治家として、最後には致命的な判断を下した。
だが、ポウロロープが長年にわたって貴族派の中心に君臨していたのも事実である。単なる無能な男であれば、あれほどの勢力をまとめ上げることなどできなかっただろう。
その血を引く娘が、没落したからといって、ただ泣いて暮らすだけの人間とは限らない。
「それで、本当に私の使用人になりたいと?」
「はい」
エミリアは深々と頭を下げた。
「女性一人で、これから生活していかねばなりませんから」
その言葉には、飾り気がなかった。
同情を誘うような口調でもなければ、旧貴族としての誇りを振りかざす様子もない。
ただ、現実を受け入れ、その中で生きていこうとしている。
ザナックはしばらく黙っていた。
(……面白い)
彼女は王家に恨み言を述べなかった。
父の名誉回復も、夫の待遇改善も、没収された領地の返還も求めなかった。
自分の家が敗れた以上、その結果を受け入れる。
そのうえで、敵対していた王家の王子に仕えようというのだ。
もちろん、何か別の思惑がある可能性も否定できない。没落した貴族の娘が、摂政の屋敷に入り込もうとする。政治家としては警戒すべき行動だ。
だが、もし彼女が父親譲りの政治的な才覚を持っているなら、使用人という立場からでも何かを成し遂げる可能性はある。
それに――。
(この女、思った以上に肝が据わっているな)
ザナックは口元にわずかな笑みを浮かべた。
「エミリア殿」
「はい」
「あなたは、かつて王家に敵対したポウロロープ家の人間だ。それでも構わないのだな?」
「はい。父の行いは父の行いでございます。わたくしは、わたくし自身の力で生きていくつもりです」
即答だった。
ザナックは、今度は少しだけ感心した。
「……そうか」
彼は机の上に置かれた書類へ視線を落とした。
「ならば、まずは面接ということにしよう。使用人として雇う以上、屋敷の仕事をこなせるかどうか、確認する必要がある」
「承知いたしました」
「それから、ひとつ聞いておきたい」
ザナックは顔を上げた。
「あなたは、なぜ私の屋敷を選んだ? 王家派の貴族なら、ほかにも使用人を募集しているところはあるだろう」
エミリアは一瞬だけ考え、それから答えた。
「殿下が、これから王国を変えようとしておられると聞いたからでございます」
「……ほう?」
「税制を見直し、軍を整え、王国の産物を国外へ売り出す。そうした政策を進めておられると伺いました。わたくしには、政治を動かす力はございません。しかし、そのような方のおそばで働くことができれば、少なくとも、これからの王国がどう変わっていくのかを見届けることができると思いました」
ザナックは、しばし彼女を見つめた。
これは、単なる生活のためだけではないのかもしれない。
父が築いたものは失われた。家名も領地も、かつての地位も戻らない。
それでも、彼女は王国の未来に目を向けている。
「……分かった。採用するかどうかは、屋敷の者とも相談して決めよう」
「ありがとうございます、殿下」
エミリアは深く頭を下げた。
その礼儀作法には、かつて貴族の娘として育った名残があった。だが、それを鼻にかける様子はない。
ザナックは、彼女の姿を見送りながら考えた。
(ポウロロープ家の娘、か……)
父親は敵だった。
その娘を屋敷に迎え入れることが、周囲からどのように見られるかも分かっている。
それでも、彼女が本当に働く意思を持っているのなら、出自だけを理由に拒絶する必要はないだろう。
むしろ、旧貴族の家で培われた知識や経験が役に立つ場面もあるかもしれない。
「……人を見るというのは、なかなか難しいものだな」
ザナックは苦笑し、再び書類へと手を伸ばした。
このとき彼は、目の前の女性が、いずれ自分の妻となるなどとは夢にも思っていなかった。
そしてエミリアのほうもまた、摂政の屋敷で働くことになるのかどうかさえ、まだ分からない。
ただ一つ確かなことがある。
没落した貴族の娘と、王国を立て直そうとする王子。
本来ならば交わるはずのなかった二人の道が、この日、静かに交差したのである
ポウロロープ家の娘については
原作ではバルブロと政略結婚したというだけで
名前や年齢も出てきませんでした 子供もいるかわかりません
ですのでオリジナル設定で進めさせていただきました
10/24 エミリアのイメージ挿入しました