カルネ村、共同会議場。
いつものように、村の執行に関する会議が始まろうとしていた。
議長席にはエンリ・エモット。その隣には、魔導国から派遣されたユリ・アルファが控えている。王国側の代表であるガゼフ・ストロノーフも、いつもどおり厳しい顔つきで席についていた。
そして、会議に参加する村の関係者たち。
顔ぶれだけを見れば、いつもと何ら変わりはない。
ただし――ひとりを除いて。
「……あれ?」
エンリは、出席者の顔を順番に確かめてから、もう一度その人物を見た
「ンフィー?」
「はい。お邪魔しています」
少し申し訳なさそうに頭を下げたのは、ンフィーレア・バレアレだった。
彼はエ・ランテルでも名の知られた薬師であり、この村でも魔導薬の製造や研究に携わっている。普段なら、会議の時間は薬の調合や材料の選別に費やしているはずだった。
そもそも、彼がこうした執行会議に出席すること自体、ほとんどない。
「珍しいわね。今日は薬の仕事、いいの?」
エンリが尋ねると、ンフィーレアは困ったように笑った。
「ええ、まあ……今日は少し、皆さんに相談したいことがありまして」
「相談?」
エンリの表情が、わずかに引き締まった。
カルネ村は、かつての襲撃事件を乗り越え、現在は魔導国、王国、そして村の代表者たちによる共同統治のもとで運営されている。
村の防衛、交易、税の取り扱い、住民の暮らしに関わる問題。会議で扱う議題は多い。
だが、ンフィーレアがわざわざ薬師としての仕事を中断してまで出席したとなれば、単なる薬の在庫や材料の調達についての話ではないのかもしれない。
「何か問題でも起きたのかしら?」
ユリが静かに問いかけた。
その声に、ンフィーレアは首を横に振る。
「いえ、問題というほどではありません。ただ……僕ひとりで判断するより、村の皆さんや、ここにいる方々の意見を聞いておきたいと思ったんです」
「ふむ」
ガゼフが腕を組む。
「薬に関することか?」
「はい。薬に関することではありますが、村全体にも関わってくる可能性があると思いまして」
その言葉に、会議場の空気が少し変わった。
エンリはユリと顔を見合わせる。
薬に関することが、村全体に関わる。
それは一体、どういう意味なのだろうか。
「わかったわ。じゃあ、今日の最初の議題はンフィーの相談にしましょう」
エンリはそう言って、会議の進行用に置かれた書類を脇へ寄せた。
「それで、ンフィー。何を相談したいの?」
全員の視線が、ンフィーレアへ集まる。
彼は一度、深く息を吸った。
どうやら、今日の会議はいつもとは少し違うものになりそうだった
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「実は、トブの森についてです」
ンフィーレアが口を開いた。
その言葉に、エンリは思わず首を傾げた。
「トブの森?」
カルネ村のすぐそばに広がる、広大な森林。村人たちにとっては、薪や木材を得られる場所である一方、容易には踏み込めない危険地帯でもあった。
森の奥には凶暴なモンスターが跋扈し、どれほど腕の立つ者であっても、無事に帰ってこられる保証はない。だからこそ、これまで森の大部分は手つかずのまま残されてきた。
もっとも、現在では事情が少し変わっている。
かつて森の主として恐れられていた森の賢王――巨大なハムスターの姿をしたハムスケは、宮本武蔵とアインズによってナザリック側に迎えられ、今ではその家臣のひとりとなっていた。
とはいえ、森そのものが安全になったわけではない。ハムスケが従うようになったからといって、森に生息するすべてのモンスターが大人しくなったわけではなかった。
「ここの開発です」
ンフィーレアは、会議の出席者たちを見回した。
「森の入り口付近については、村の人たちもある程度利用しています。でも、奥地はほとんど手つかずです。薬師として調べてみたい場所もありますし、まだ発見されていない薬草が生えている可能性もあります」
「薬草か……」
ガゼフが呟いた。
「はい。薬草だけではありません。森をきちんと調査して開発すれば、鉱物や木材、それ以外の資源も発見できるかもしれません。村にとっても、大きな利益になると思います」
ンフィーレアの声には、研究者らしい熱意がこもっていた。
彼にとって、未知の森は危険な場所であると同時に、宝の山でもあるのだろう。
「なるほどねえ……」
エンリは腕を組んだ。
確かに、森を開発できれば村の収入は増える。薬草が安定して手に入るようになれば、薬の製造も盛んになるだろう。木材などの資源を活用できれば、村の発展にもつながる。
しかし、エンリはすぐに賛成する気にはなれなかった。
「でも、危なくない? 森にはモンスターがいるんでしょ?」
「それは、もちろんです」
ンフィーレアも、簡単に考えているわけではなかった。
「だからこそ、まずは調査から始めたいんです。いきなり森を切り開くのではなく、どこに何があるのか、どんな危険があるのかを確認する。そのうえで、利用できる場所を少しずつ広げていくべきだと思います」
「調査隊を組織する、ということか」
ガゼフが確認する。
「はい。ただ、普通の冒険者や村人だけでは難しいでしょう。森のモンスターに対処できる戦力と、薬草や資源を見分けられる専門家が必要です」
「ふむ……」
ユリ・アルファは、静かに考え込んでいた。
「開発による利益は理解できます。しかし、調査隊が被害を受けた場合、その責任は誰が負うのでしょうか。また、発見された資源の所有権についても、あらかじめ定めておく必要があります」
「そうね……」
エンリは頷いた。
カルネ村は現在、エンリを村の代表として、魔導国からユリ、王国からガゼフが参加する共同統治の形を取っている。
トブの森の開発となれば、村だけで勝手に決めてよい問題ではない。魔導国や王国との調整も必要になるだろう
「資源が見つかったとして、それを全部村のものにできるのか。それとも、共同統治している三者で分けるのか……」
エンリが呟くと、ガゼフが頷いた。
「それに、森を開発することで周辺の魔物が村へ押し寄せる可能性もある。防衛体制も考えなければならん」
「はい。その点も含めて、皆さんに相談したかったんです」
ンフィーレアは、真剣な顔で答えた。
「僕は薬師ですから、薬草のことならある程度わかります。でも、森全体をどう扱うべきかまでは判断できません。村の皆さんにとっても、魔導国や王国にとっても、関わりのある話だと思います」
会議場に沈黙が落ちた。
これまでのカルネ村は、襲撃から身を守り、暮らしを立て直し、共同統治の仕組みを整えることで精いっぱいだった。
だが、今は違う。
村を守るだけではなく、村を発展させることを考える段階に来ている
そのための新たな一歩が、すぐそばに広がる大森林――トブの森にあるのかもしれなかった。
「……わかったわ」
やがて、エンリが顔を上げた。
「まずは、森の開発について、みんなで考えてみましょう。ただし、危険があることを忘れないで。村の人たちを無理に森へ入れるようなことは、絶対にしない」
「もちろんです」
ンフィーレアは、ほっとしたように頷いた。
ユリも静かに口を開く。
「魔導国側としても、検討する価値はあるでしょう。森の賢王――ハムスケにも、現在の森の状況を確認する必要がありますね」
「そうだな。あの森のことなら、本人に聞くのが一番確実だろう」
ガゼフも同意した。
エンリは議事録を取る者に目を向け、最初の議題を記録するよう指示した。
議題――トブの森の調査および開発計画について。
その一行が、会議の記録に書き加えられた。
まだ、何ひとつ決まってはいない。
だが、カルネ村に隣接する広大な森は、これから村の未来を左右する重要な場所になろうとしていた