武蔵転生記   作:masasoukoku

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新章本編始まります


第百二十八回 【統一歴一九二六年十一月】

統一歴一九二六年十一月。

 

雪が絶え間なく降り続く連邦前線。

 

白銀に覆われた空を、一人の魔導師が必死に飛んでいた。

 

帝国軍サラマンダー戦闘団(副)団長。

 

ターニャ・デグレチャフ中佐。

 

「くそっ!」

 

「偵察なんぞ、自分でやるべきじゃなかった!」

 

猛烈な速度で雪雲を突き抜けながら舌打ちする。

 

本来なら部下に任せる任務。

 

しかし、経験不足の新兵では信用できず、自ら前線の確認へ出たのが間違いだった。

 

その結果――。

 

「見つけた!」

 

背後から響く女の声。

 

振り返るまでもない。

 

あの魔力。

 

あの狂気。

 

「メアリー・スー!」

 

合州国義勇兵として連邦軍に参加した少女。

 

父アンソン・スーの仇として、ターニャだけを狙い続ける執念の化身だった。

 

「逃がさない!」

 

魔導弾が雪原を裂く。

 

ドォン!!

 

爆風がターニャのすぐ横をかすめる。

 

「ちぃ!」

 

ぎりぎりで回避。

 

しかし距離は縮まるばかりだった。

 

「くそくそくそぉ!」

 

「ヴィーシャを連れて来ればよかった!」

 

「いや、そもそもこんな偵察、一人で来るんじゃなかった!」

 

悪態をつきながら飛び続ける。

 

さらに背後から光弾。

 

「まだだ!」

 

「まだ逃げるの!?」

 

「当然だ!」

 

ターニャは振り返りもせず叫ぶ

 

「貴様のような人間兵器と正面から殴り合うほど私は愚かではない!」

 

メアリーはさらに速度を上げる。

 

「神があなたを裁く!」

 

その言葉を聞いた瞬間。

 

ターニャの額に青筋が浮かんだ。

 

「神だと!?」

 

「くそ存在Xめぇ!」

 

「なんであいつにまで加護を与えた!」

 

「人選がおかしいだろ!」

 

雪空にターニャの怒号が響く

 

「ちくしょう!」

 

「毎度毎度、私ばかり!」

 

魔導演算宝珠の出力をあげる。

 

速度はさらに増す。

 

しかし。

 

メアリーも同じように食らいついてくる。

 

その距離、わずか数十メートル。

 

逃げ切れる保証は、どこにもなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

吹雪の空。

 

ターニャ・デグレチャフとメアリー・スーが激突しようとした、その瞬間だった。

 

――ピタリ。

 

世界が止まる。

 

舞い落ちる雪。

 

風も。

 

爆炎も。

 

魔導弾さえ空中で静止した。

 

「……!」

 

ターニャだけが動ける。

 

いや、正確には動くことを許されている。

 

「またか。」

 

深いため息をついた。

 

聞き慣れた、あの声がメアリー・スーから響く。

 

「どうかね。」

 

「神の偉大さは認識できたかね。」

 

どこまでも穏やかで、どこまでも癇に障る声。

 

メアリーの体を借りた存在Xだった。

 

ターニャは口元だけで笑う。

 

「ええ。」

 

「認識させていただきましたよ。」

 

「実に偉大です。」

 

その言葉に存在Xは満足げになる。

 

「そうか。」

 

「ようやく理解した――」

 

「ええ。」

 

ターニャはその言葉を遮った。

 

「あなたの愚かさを。」

 

「……。」

 

「加護なんてものを、あんな小娘に与えた。」

 

「そのせいで何人の無関係な市民が死んだことか。」

 

「信仰する者を守るどころか、加護を受けた者に殺される人間の気持ちはどうなんです?」

 

ゆっくりと見上げる。

 

「ねえ。」

 

「カ・ミ・サ・マ。」

 

存在Xの沈黙が続く。

 

やがて静かな声が返ってきた。

 

「……ふむ。」

 

「どうやら。」

 

「お前はまだ神の偉大さを理解していないようだ。」

 

ターニャは鼻で笑う。

 

「理解したくもありません。」

 

「ならば。」

 

存在Xの声が重く響いた。

 

「一度、さらに過酷な世界へ行くがいい。」

 

「そこで学ぶのだ。」

 

「ここが、どれほど神の恩寵に満ちた世界であったかを。」

 

「……はぁ?」

 

ターニャの眉がぴくりと動く。

 

「再認識?」

 

「ふざけるな!」

 

「ここより酷い場所なんてあるわけないだろ!」

 

「この存在X!」

 

空間に巨大な魔法陣が浮かび上がる。

 

黄金色の光が幾重にも重なり、雪空を覆った。

 

「では行くがいい。」

 

「神の偉大さを理解する、その日まで。」

 

「戻る必要はない。」

 

「お、おい!」

 

「待て!」

 

「話はまだ――」

 

魔法陣から光の柱が降り注ぐ。

 

「くっ!」

 

ターニャの身体が宙へ浮く。

 

「ふざけるな!」

 

「この!」

 

「存在Xのバカ野郎ぉぉぉっ!!」

 

最後の罵声だけが雪空に響き渡る。

 

そして。

 

ターニャ・デグレチャフの姿は光とともに消えた。

 

世界が再び動き出す。

 

雪が降る。

 

風が吹く。

 

爆炎が広がる。

 

メアリー・スーは目を見開いた。

 

「……え?」

 

目の前にいたはずの宿敵が消えている。

 

「どこ?」

 

周囲を見回す。

 

「どこへ行ったの?」

 

返事はない。

 

吹雪だけが静かに雪原を包み込み、ターニャ・デグレチャフは誰にも知られることなく、この世界から姿を消したのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ちくしょおおおおおっ!」

 

怒声とともに巨大な魔法陣が空中に現れる。

 

次の瞬間。

 

眩い光の柱が地面へ降り注ぎ、一人の少女が放り出されるように着地した。

 

ドサッ!

 

「いてて……。」

 

土煙を払いながら立ち上がる。

 

帝国軍第二〇三航空魔導大隊。

 

サラマンダー戦闘副団長。

 

ターニャ・デグレチャフ中佐。

 

「くそ……。」

 

「ここはどこだ。」

 

周囲を見回す。

 

青い空。

 

遠くに連なる山々。

 

深い森。

 

広大な草原。

 

戦場とは思えないほど静かな景色だった。

 

「存在Xの奴……。」

 

「確か"過酷な世界"と言っていたな。」

 

眉をひそめる。

 

「どこが過酷なんだ。」

 

「平和そのものじゃないか。」

 

すぐに懐から簡易通信機を取り出す。

 

「ヴィーシャ。」

 

「応答しろ。」

 

ザー……

 

雑音だけ。

 

「ヴァイス。」

 

「ケーニッヒ。」

 

「グランツ。」

 

何度呼び掛けても返事はない。

 

「……。」

 

「ちっ。」

 

「やはり。」

 

「存在Xの言う通り、別世界か。」

 

通信機をしまい、小さく息を吐く。

 

「さて。」

 

「どうする。」

 

こういう時こそ状況把握が最優先。

 

携帯していた双眼鏡を取り出す。

 

周囲をゆっくり観察する。

 

「山。」

 

「森。」

 

「平野。」

 

「村らしきものは見えない。」

 

「道路は……一本。」

 

「軍隊の気配もなし。」

 

分析を終えたその時。

 

「ん?」

 

街道を一人の人物が歩いているのを見つけた。

 

「人間……か。」

 

「いや、少なくとも人型。」

 

双眼鏡を下ろす。

 

「情報収集だ。」

 

「まずは言葉が通じるか確認する。」

 

ターニャは演算宝珠を起動した。

 

魔力が身体を包む。

 

ふわり、と浮き上がる。

 

「あ。」

 

少しだけ目を丸くする。

 

「飛べる。」

 

「ということは……。」

 

手を見つめる。

 

「魔法も問題なく使える。」

 

思わず安堵の息をついた。

 

「存在Xめ。」

 

「余計なことだけはしなかったらしい。」

 

そう言うと高度を上げる。

 

そして街道を歩く人物の前方へ回り込み、静かに降下した

 

「まずは接触。」

 

「この世界がどんな場所なのか。」

 

「そこから始めるとしよう。」

 

雪原の戦場から放り出された帝国の悪魔は、未知の世界で最初の邂逅を迎えようとしていた

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