武蔵とターニャは街道を南西へ進んでいた。
道中、とりとめもない話が続く。
「お主の帝国という国は強かったのか?」
「工業力では当時世界有数でした。」
「ですが、多数を相手にするには限界がありましたね。」
「ほう。」
「鉄砲ばかりの戦か。」
「ええ。」
「刀で斬り合う機会など、ほとんどありません。」
武蔵は少し残念そうな顔をした。
「それはつまらんな。」
「実に合理的でしたよ。」
「合理的すぎて、私は胃が痛くなることも多かったですが。」
そんな会話を続けながら歩いていたが――
武蔵が空を見上げる。
「ぬう。」
「町がないのう。」
一本道は続くものの、人の気配がまるでない。
ターニャは立ち止まった。
「それでは。」
「私が偵察してきます。」
「空から確認した方が早いでしょう。」
「町を見つけたら連絡します。」
「うむ。」
武蔵が頷く。
ターニャは演算宝珠を起動。
ふわり、と空へ舞い上がった。
高度を上げながら周囲を観察する。
「森。」
「丘。」
「街道。」
「……ん?」
遠方に広大な囲いが見えた。
「牧場らしきもの……。」
さらに高度を下げる。
「え?」
思わず息を呑む。
柵で囲まれた広い土地。
一見すると家畜牧場。
だが。
牛はいない。
馬もいない。
羊もいない。
放牧されているのは――
人間だった。
ぼろ布をまとった男女。
痩せ細った老人。
子供までいる。
全員が柵の中を力なく歩き回っている。
「……。」
ターニャの表情が凍りつく。
「なんだ……。」
「これは。」
前世の記憶がよみがえる。
「猿の惑星か……。」
子供の頃、テレビで見た古い映画。
立場が逆転した人類。
まさにそんな光景だった。
しかし。
これは映画ではない。
現実だ。
柵の外には、人型ではあるが異形の者たちが見張りについている。
「まずい。」
「関わるべきではない。」
「情報不足だ。」
軍人として即座に判断する。
ターニャはそのまま高度を上げ、武蔵の元へ戻った。
「どうだった。」
武蔵が尋ねる。
ターニャは真剣な表情で答える。
「この先に牧場があります。」
「ですが……。」
少し言葉を選ぶ。
「異様です。」
「牛や羊ではなく、人間を飼っています。」
武蔵の目が細くなる。
「ほう。」
「回避しましょう。」
「状況が分かりません。」
「敵の規模も戦力も不明。」
「情報がない状態で近づくのは愚策です。」
ターニャは軍人らしく冷静に分析した。
「別の道を探した方が安全です。」
武蔵はしばらく黙って牧場の方向を見つめる。
その眼差しは静かだったが、どこか険しさを帯び始めていた。
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アベリオン丘陵。
デミウルゴスが管理する牧場。
監視兼世話係の悪魔は大きく欠伸をした。
「ふぁぁ……。」
今日も変わらぬ一日。
柵の中では"羊"たちが黙々と動いている。
退屈だ。
その時だった。
「……ん?」
街道の向こうから小さな人影が近づいてくる。
「人間?」
目を凝らす。
まだ幼い少女だ。
悪魔は口元をゆがめた。
「向こうから来てくれるとは。」
「今日は運がいい。」
少女は柵の前まで来ると、不安そうな顔を浮かべて話しかけた。
「おじさん。」
「ここはどこですか?」
悪魔は優しい笑顔を作る。
「おや、お嬢ちゃん。」
「どうしたんだい?」
「ターニャ、道に迷ってしまって困ってるの。」
「町の行き方、教えてくれないかなぁ。」
「そうかそうか。」
悪魔は柵の扉を開く。
「ならこちらへお入り。」
「おじさんが親切に教えてあげよう。」
少女は少し俯き、小さく頷いた。
「そう……。」
「ありがとう。」
一歩。
また一歩。
悪魔との距離を詰める。
そして。
少女の表情から幼さが消えた。
冷たい軍人の眼。
「――目標確認。」
腰から短剣を抜く。
一閃。
悪魔は反射的に身を引くが、首元を浅く切り裂かれる。
「ぐっ!」
「貴様!」
悪魔は飛び退きながら怒鳴る。
「何をしやがる、このガキ!」
傷は致命傷ではない。
しかし、その一撃だけで相手がただの子供ではないと悟った。
「軍人か!」
ターニャは短剣を構え直す。
「正解。」
「敵性存在を確認。」
「排除する。」
悪魔が爪を振り上げた、その瞬間。
「遅い。」
低い声。
悪魔が振り向く。
そこには、いつの間にか宮本武蔵が立っていた。
刀が静かに抜かれる。
「ふん。」
銀色の軌跡が一筋。
悪魔は何が起きたのか理解する間もなく、その場に崩れ落ちた。
武蔵は刀を静かに納める。
「お主。」
「囮になるとは大した胆力じゃ。」
ターニャは肩をすくめた。
「相手が油断すると分かっていましたから。」
「合理的な戦法です。」
武蔵は豪快に笑う。
「はっはっは!」
「合理的か。」
「面白い考えをする。」
しかし、二人の視線はすぐに牧場の奥へ向いた。
柵の中の人々は、突然の出来事に呆然と立ち尽くしている。
そして牧場の建物の奥では、異変に気付いた別の監視役たちが慌ただしく動き始めていた