外伝ですが結構スムーズに出来ましたので
週一くらいのテンポでアップしたいと思います
「本当に、あの娘を雇われるおつもりですか?」
ザナックの決定を聞いた家臣の一人が、慎重な面持ちで尋ねた。
「そうだ。何か問題でもあるか?」
「いえ……しかし、ポウロロープ家の娘です。父親は陛下に反旗を翻し、最後まで王家に敵対した人物。その娘が、殿下のお側に仕えるとなれば……」
家臣は言葉を濁した。
彼が懸念していることは、ザナックにもわかっていた。
エミリア・ポウロロープ。
かつて王国の有力貴族だったポウロロープ家の娘であり、反乱を起こしたバルブロの元妻でもある。
父は死に、夫は貴族の身分を剥奪されて修道院へ送られた。家の領地も没収され、彼女の手元に残ったのは屋敷の周辺にわずかに残された土地だけだったという。
そんな境遇に追い込まれた女性が、よりにもよってザナックの屋敷に仕えたいと申し出てきたのだ。
警戒するなというほうが無理な話だった。
「父親を死に追いやった王家への恨みを、殿下に向ける可能性もございます。あるいは、屋敷に入り込んで何かを企んでいるのかもしれません」
「復讐のための潜入、というわけか」
ザナックは椅子の背に身体を預けた。
「あり得ない話ではありません」
「ならば、監視をつければいい」
あまりにもあっさりとした返答だった。
家臣たちは顔を見合わせた。
「メイド長に命じておけ。エミリアの一挙手一投足を見張らせる。誰と話し、どこへ行き、何をしようとしているのか。怪しい動きがあれば、すぐに私へ報告させろ」
「かしこまりました」
「ただし、証拠もないのに嫌がらせをすることは許さん。彼女は我が屋敷の使用人として雇うことになったのだ。ならば、ほかの使用人と同じように扱え」
ザナックはそこで言葉を切った。
「それとも、お前たちは、敵かもしれない者を遠ざけることしか考えられないのか?」
家臣は返答に窮した。
「敵意があるかどうかは、本人を見て判断すればよい。最初から敵と決めつけていては、こちらが得られるものまで失うことになる」
ザナックはそう言って、書類へ視線を戻した。
エミリアを雇うことにしたのは、単なる同情からではない。
彼女は、没落した貴族の娘である。それも、あのポウロロープの血を引く女性だ。
先日の面会で見せた目つきは、父親譲りなのか、それとも彼女自身が生き抜くために身につけたものなのか。
どちらにせよ、ただ泣いて助けを求めるような女性ではなかった。
(あの状況で、土地を返せとも、財産を寄越せとも言わなかった。それどころか、私のやろうとしていることを見たいと言った)
ザナックはペンを動かしながら考える。
(本心かどうかは、これから確かめればよい)
こうして、エミリア・ポウロロープをザナックの屋敷で雇うための手はずが整えられた。
そして数日後。
エミリアは、屋敷の門をくぐった。
彼女が持ってきた荷物は、実に少なかった。
着替えを数着。それに、身の回りの品を入れた小さな鞄がひとつ。
かつて有力貴族の娘として暮らしていた女性の持ち物とは、とても思えないほどだった。
長年仕えていた家臣たちは散り散りになり、広い屋敷を維持することもできなくなった。残った品々も、生活費を捻出するために少しずつ手放してきたのだ。
彼女は、過去を振り返るように荷物を見下ろした。
(これだけ、か……)
だが、感傷に浸る時間は短かった。
エミリアは顔を上げる。
今の自分には、この先の生活を築く必要がある。
過去の身分にすがっていても、明日の食事は用意されない。
彼女は鞄を持ち直し、屋敷の使用人たちに案内されて主人のもとへ向かった。
執務室では、ザナックが書類に目を通していた。
「殿下、エミリアを連れてきました」
「入れ」
扉が開く。
エミリアは室内へ進み、ザナックの前で静かに一礼した。
「ご主人様。エミリア・ポウロロープでございます。どうぞ、エミリアとお呼びください」
貴族の娘らしい、整った挨拶だった。
しかし、その声には家柄を誇る響きはない。かといって、卑屈にへりくだっているわけでもなかった。
ザナックは彼女の姿を一通り眺め、うなずいた。
「うむ。では、エミリア。ひとつ聞きたいことがある」
「はい」
「これは、お前をどの仕事に就かせるか判断するための質問だ。正直に答えてくれればよい」
「承知いたしました」
ザナックはペンを置いた。
「確か、貴族の家には、それぞれ代々伝わる家業や、得意とする分野があるのだったな。武門の家もあれば、商業に通じた家もある。領地の経営や鉱山の管理に長けた家もあるだろう」
そこで彼は、エミリアの目をまっすぐに見た。
「ポウロロープ家では、代々どのような仕事をしてきた? 家として受け継いできた知識や技術があるなら、教えてほしい」
エミリアは、わずかに目を伏せた。
ポウロロープ家。
その名を口にすれば、父の姿が思い浮かぶ。
栄華を誇った屋敷。父の周囲に集まっていた貴族たち。王家に対する強硬な態度。そして、すべてを失った末の結末。
だが、ザナックが尋ねているのは、父の罪でも、家の没落でもない。
ポウロロープ家が何をしてきたのか。
自分が何を受け継いでいるのか。
エミリアは顔を上げた。
「はい。ポウロロープ家は、代々……」
彼女は言葉を選びながら、静かに話し始めた。
それは、かつての家名を飾るための話ではなかった。
自分がこれから、この屋敷で何を成せるのか。
その答えを示すための話だった
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リ・エステリーゼ王国には、建国以来、各貴族の家で代々受け継がれてきたものがあった。
それは、単なる財産でも、領地でも、家名でもない。
各家が長い年月をかけて磨き上げ、秘伝として伝えてきた技術や芸である。
たとえば、王家であるヴァイセルフ家には、代々伝えられてきた音楽があった。
王族にしか伝えられない旋律。演奏の技法。そして、その曲にまつわる作法。
レエブン侯爵家では弓術が受け継がれていた。弓を引く姿勢から、風を読み、獲物を射抜く技術まで、代々の当主が磨いてきたものである。
そのほかにも、剣術、馬術、薬学、鉱山、商取引など、家によって伝承されるものは異なっていた。
それらは各家の誇りであり、財産でもあった。
ゆえに、他家の者にその秘伝を披露することは滅多にない。
ましてや、家の外に技術を持ち出すなど、よほどの事情がなければ考えられないことだった。
ザナックは、エミリアの返答を待っていた。
「はい。ポウロロープ家に代々伝わるものは……料理でございます」
「……ほお」
ザナックは、思わず相づちを打った。
料理。
予想していた答えとは、ずいぶん違った。
「料理か」
「はい」
エミリアは真面目な顔でうなずいた。
「亡き父が申しておりました。わがポウロロープ家の祖は、かつて戦場で生き残るために、その技を会得したのだと」
「戦場で生き残るため……?」
ザナックは眉を上げた。
「はい。限られた食材を無駄なく使い、兵士たちが食べられるものを作り、厳しい環境でも食事を確保する。その工夫を重ねたことが、ポウロロープ家の料理の始まりであると聞いております」
「なるほど……」
ザナックは一応、納得した。
戦場では食料の確保が重要だ。
兵士たちが食事を取れなければ、戦うことも、行軍することもできない。限られた材料から栄養のある料理を作り、食材を長持ちさせる技術があれば、確かに役に立つだろう。
しかし。
「すると、亡きポウロロープ侯も料理を?」
「はい。父も一通りの技を身につけておりました」
エミリアは、少しも迷わず答えた。
その瞬間。
ザナックの脳裏に、ひとつの光景が浮かんだ。
あのポウロロープ侯爵が。
あの、王家に対して強硬な態度を崩さず、貴族たちを束ね、権謀術数を巡らせていた男が。
屋敷の台所に立っている。
袖をまくり、前掛けを身につけ、まな板の前で包丁を握る。
そして――。
トントントントン。
無言で野菜を刻むポウロロープ侯。
「……」
ザナックは、想像の中でさらに場面を進めてしまった。
鍋をかき混ぜ、味見をし、塩が足りないと判断すれば、ひとつまみ加える。
「ふむ……あと少し、胡椒が必要か」
などと、あの威圧的な顔でつぶやくポウロロープ侯。
「……っ」
ザナックは口元を押さえた。
いかん。
何かがおかしい。
いや、料理をすること自体は、何もおかしくはない。貴族が料理を学ぶことも、家に伝わる技を継承することも、十分にあり得る。
問題は、想像の中の人物だった。
よりにもよって、あの男が。
あのポウロロープ侯が。
厨房で包丁を握り、野菜を刻んでいる。
どうしても、頭の中でうまく結びつかなかった。
「ご主人様……?」
エミリアが不思議そうに声をかけた。
「いや、すまん。少し考え事をしていた」
ザナックは咳払いをして、どうにか表情を取り繕った。
「つまり、ポウロロープ家では、料理の技術を代々受け継いできたということだな」
「はい。食材の選び方、下ごしらえ、火加減、保存の方法。それに、限られた材料で味を引き出す工夫などもございます」
「ふむ……」
今度は、ザナックも真面目に聞いた。
単に美味しい料理を作るだけではないらしい。
食材を無駄なく使い、保存し、限られた材料から最大限の成果を引き出す。
それは料理という枠を越え、領地経営や軍の補給にも応用できる知識ではないか。
(待てよ……)
ザナックの頭の中で、別の考えが動き始めた。
(食料の保存。輸送中の腐敗を防ぐ工夫。安価な食材を使った兵士の食事。これらを体系化できれば、軍の維持費を抑えられるかもしれん)
彼が進めている改革のひとつは、王国軍の再編である。
兵士の数を増やすだけでは意味がない。兵站が整わなければ、軍は動かせないのだ。
エミリアが持つ技術が本当に実用的なものなら、思いがけない収穫となるかもしれなかった。
「エミリア」
「はい」、
「料理人として働く場合にしか使えないものなのか?」
エミリアは少し考えてから答えた。
「いいえ。食料を長持ちさせる方法や、少ない材料で多くの者が食べられるよう工夫することも、家で学んでまいりました。父は、料理とは単に美味しいものを作ることではない、と申しておりましたので」
「ほう。それは興味深いな」
ザナックはうなずいた。
先ほどから自分は、エミリアの父親が台所で野菜を刻む姿を想像しては、笑いをこらえていたのだ。
だが、よく考えてみれば、あの男がどれほどの政治的野心を抱いていようと、家に伝わる技術を身につけていたこと自体は不思議ではない。
むしろ、家の秘伝を軽んじず、娘にまで伝えていたのなら、それはそれで評価すべきことなのだろう。
(……いや、しかしな)
ザナックは、もう一度だけ想像してしまった。
厨房で包丁を握り、野菜を刻むポウロロープ侯。
「この人参の切り方が甘い!」
などと、料理人に厳しい声を浴びせるポウロロープ侯。
「……ふっ」
「ご主人様?」
「いや、何でもない」
ザナックは今度こそ表情を引き締めた。
「よし。お前の技術については、実際に見せてもらうことにしよう。料理そのものだけでなく、食材の保存や調理の工夫についても、詳しく聞かせてほしい」
「かしこまりました」
エミリアは深々と頭を下げた。
その表情には、安堵がわずかに浮かんでいた。
彼女は、自分がポウロロープ家の娘であることを隠すつもりはなかった
家名は失われた。
領地も財産も、かつての暮らしも戻らない。
それでも、家に伝わる技術だけは、自分の中に残っている。
それを役立てられる場所があるのなら、彼女にとっては十分だった。
一方のザナックは、さっそく彼女をどの部署で働かせるべきか考え始めていた。
食事を担当させるべきか。それとも、厨房を離れて軍の食料事情について意見を聞くべきか。
あるいは、食材の保存方法を研究させるのもよいかもしれない。
考えれば考えるほど、使い道が出てくる。
そして、そのたびに、頭の片隅であの光景がちらつく。
包丁を握ったポウロロープ侯。
(……いかん。あの男の料理姿だけは、どうしても想像できん)
ザナックは、内心で深いため息をついた。
どうやらエミリアの採用は、彼にとって思いがけない人材を得る機会になりそうだった。
ただし。
彼女の父親が台所に立つ姿を、自然に想像できる日が来るかどうかは――また別の問題であった。
家業についてはこのストーリーを進めるためのオリジナル設定です