武蔵転生記   作:masasoukoku

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第百三十五回 【聖騎士団】

「どうした!」

 

鋭い女性の声が長城の上に響いた。

 

兵士たちが一斉に道を開ける。

 

白銀の甲冑をまとい、長剣を腰に下げた女性騎士が馬から降り立った。

 

「おお!」

 

「レメディオス聖騎士団長様!」

 

レメディオス・カストディオ。

【挿絵表示】

 

 

聖王国最強と名高い聖騎士団長である。

 

彼女は周囲を見回し、眉をひそめた。

 

「うむ。」

 

「たまたまこの近くに用件があって寄ったら、壁が破られたと大騒ぎになっていてな。」

 

「それで来てみた。」

 

隊長が武蔵を指差す。

 

「この男が……。」

 

「壁を破ったようです。」

 

レメディオスは武蔵を上から下まで眺める。

 

ぼさぼさの髪。

 

旅装束。

 

腰の刀。

 

どう見ても貴族には見えない。

 

「……なんだと?」

 

目が鋭くなる。

 

「どこかに亜人どもが潜んでいるに違いない!」

 

「周囲を探せ!」

 

「はっ!」

 

兵士たちが散っていく。

 

隊長が付け加えた。

 

「本人はリ・エスティーゼ王国の男爵と名乗っています。」

 

「男爵だぁ?」

 

レメディオスは鼻で笑った。

 

「こんな汚い身なりの男爵がいるものか!」

 

「おおかた亜人どもの間者だろう!」

 

「捕縛しろ!」

 

兵士たちが一斉に槍を構える。

 

ターニャは小さくため息をついた。

 

(最悪だ。)

 

(典型的な先入観で動くタイプか。)

 

武蔵は肩を竦めるだけだった。

 

「困った。」

 

「話をしようと思っただけなんじゃが。」

 

レメディオスは剣を抜く。

 

「黙れ!」

 

「抵抗するなら斬る!」

 

武蔵は苦笑する。

 

「最近の若い者は気が短い。」

 

その言葉にレメディオスの額へ青筋が浮かぶ。

 

「誰が若い者だ!」

 

「貴様!」

 

「聖騎士団長たる私を愚弄するか!」

 

武蔵は本当に不思議そうな顔をした。

 

「いや。」

 

「見たところ三十にも届いておらぬじゃろ。」

 

「わしから見れば十分若い。」

 

その一言で、周囲の兵士たちは思わず顔を見合わせた。

 

(団長にそんなことを言った奴は初めてだ……。)

 

ターニャは小声で呟く。

 

「武蔵さん。」

 

「今は挑発しない方がいいと思います。」

 

「挑発?」

 

武蔵は首を傾げる。

 

「本当のことを言っただけなんじゃが。」

 

レメディオスは剣先を武蔵へ向けた。

 

「ならば力づくで口を割らせる!」

 

その場の空気が一気に張り詰めた。

 

------------------------------------------------------------------------------------

「つまり――。」

 

武蔵は口元を緩めた。

 

「わしと立ち会いたいということか。」

 

「それならそう言えばよいものを。」

 

その笑みに、レメディオスの額へさらに青筋が浮かぶ。

 

ターニャは二人を交互に見て、小さく頭を抱えた。

 

(最悪の組み合わせだ。)

 

(こっちは口より手が出るタイプ。)

 

(あっちは戦いとなると嬉々として乗るタイプ。)

 

(誰か止めてください……。)

 

レメディオスは剣を正眼に構える。

 

「どうした!」

 

「早く剣を抜け!」

 

武蔵は腰の刀へ軽く触れた。

 

だが、そのまま手を離す。

 

「……。」

 

「わしの刀が嫌だと言っておる。」

 

「抜くに値せん、と。」

 

その一言で兵士たちは息を呑んだ。

 

レメディオスの瞳に怒りが宿る。

 

「なんだと!」

 

「私が弱いというのか!」

 

武蔵は悪びれる様子もなく頷いた。

 

「まあ。」

 

「そういうことじゃな。」

 

その瞬間。

 

レメディオスの堪忍袋の緒が切れた。

 

「おのれぇぇぇ!」

 

「私を侮辱しおって!」

 

地面を蹴る。

 

一気に間合いを詰め、聖剣が一直線に武蔵へ振り下ろされる。

 

「はぁぁっ!」

 

鋭い一撃。

 

だが――

 

武蔵は半歩だけ身体をずらした。

 

風を切る剣先が鼻先を通り過ぎる。

 

「ほう。」

 

「速さはある。」

 

レメディオスは返す刃で横薙ぎに払う。

 

武蔵は今度は身を沈めるだけで避けた。

 

さらに突き。

 

袈裟斬り。

 

逆袈裟。

 

連続攻撃が続く。

 

しかし武蔵は刀を抜かない。

 

最小限の動きだけで、すべてを見切ってかわしていく。

 

兵士たちは目を疑った。

 

「団長の剣が……。」

 

「当たらない……。」

 

「一度も……。」

 

ターニャは腕を組みながら分析する。

 

(すごい。)

 

(避けているんじゃない。)

 

(攻撃が来る場所へ、最初から立っていない。)

 

(予測している……。)

 

(これが宮本武蔵。)

 

十数合打ち込んだレメディオスは、一旦距離を取る。

 

息は乱れていない。

 

だが焦りが表情に現れていた。

 

武蔵は相変わらず自然体のまま立っている。

 

「もう終わりか。」

 

「……。」

 

「今度は、わしから一つ聞こう。」

 

武蔵は静かに問いかけた。

 

「お主。」

 

「何を守るために剣を振っておる?」

 

怒りに任せて剣を振るっていたレメディオスは、その問いに一瞬だけ言葉を失った

 

------------------------------------------------------------------------------------

武蔵は静かにレメディオスを見つめた。

 

刀は抜かない。

 

ただ、まっすぐ相手の目を見る。

 

「お主は国の騎士団長と聞く。」

 

「その剣は、誰のためにある。」

 

レメディオスは息を整えながら睨み返す。

 

武蔵は続けた。

 

「怒りに任せて振るう剣。」

 

「それがお主の騎士道か。」

 

その言葉は、剣よりも鋭く胸に刺さった。

 

「ち……違う!」

 

思わず叫ぶ。

 

「私は……。」

 

「では。」

 

武蔵は一歩だけ近づいた。

 

「自分の姿を顧みるがいい。」

 

レメディオスははっとした。

 

荒い呼吸。

 

怒りで強張った顔。

 

無意識に力の入り過ぎた手。

 

そして、周囲には不安そうに見つめる部下たち。

 

(私は……。)

 

(何をしている。)

 

壁を破った男を見た瞬間、事情も聞かず敵と決めつけた。

 

救助された人々の存在も十分に確かめなかった。

 

「違う……。」

 

「私は……。」

 

「姫様のために……。」

 

聖王女カルカの笑顔が脳裏に浮かぶ。

 

『レメディオス。剣は民を守るためにあるのですよ。』

 

その言葉を思い出した瞬間、胸が締め付けられた。

 

怒りのまま剣を振るった自分は、その教えとは正反対ではないか。

 

手から力が抜ける。

 

カラン――。

 

長剣が石畳へ落ちた。

 

兵士たちが驚いて声を上げる。

 

「団長!」

 

レメディオスは俯いたまま呟く。

 

「私は……。」

 

「取り乱していた。」

 

「事情も聞かず、あなた方を敵と決めつけた。」

 

武蔵は小さく頷く。

 

「人は誰しも怒る。」

 

「それ自体は悪いことではない。」

 

「だが。」

 

「怒りがお主を振り回してはならん。」

 

「剣は己の心で振るうものじゃ。」

 

「心が剣に振られては、真の剣士でも騎士でもない。」

 

しばらく沈黙が流れる。

 

やがてレメディオスは深く頭を下げた。

 

「……すまなかった。」

 

「まずは事情を聞かせてほしい。」

 

武蔵はようやく笑みを浮かべる。

 

「うむ。」

 

「その一言が聞きたかった。」

 

その様子を見ていたターニャは、心の中で静かに感心していた。

 

(力で勝ったんじゃない。)

 

(相手の剣じゃなく、心を止めた。)

 

(……これが宮本武蔵か。)

 

張り詰めていた長城の空気は、ようやく少しだけ和らいだ

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