「それでは。」
武蔵は笑みを浮かべ、右手を差し出した。
「仲直りの握手じゃ。」
レメディオスは少し戸惑ったものの、小さく頷く。
「あ、ああ。」
「私も非があった。」
彼女も右手を差し出す。
二人の手が触れ合う。
周囲の兵士たちは安堵したように顔を見合わせた。
「よかった……。」
「これで収まる。」
誰からともなく拍手が起こる。
パチ、パチ、パチ――。
その瞬間。
「くん。」
武蔵の身体がわずかに動いた。
「え?」
レメディオスが目を丸くする。
武蔵は握手した手を支点に、ごく小さく体勢を崩した。
レメディオスの重心が前へ流れる。
「なっ――」
次の瞬間には、彼女の膝が自然と石畳についていた。
ドサッ。
「……!」
周囲の兵士がどよめく。
「団長が!」
「一瞬で!」
レメディオス自身も何が起こったのか理解できない。
(力負けした……違う。)
(身体が勝手に……。)
武蔵は手を離し、苦笑した。
「とはいえ。」
「事情も聞かず、いきなり剣を抜くのは感心せんな。」
レメディオスは呆然と武蔵を見上げる。
武蔵は彼女の額へ向かって、軽く拳骨を落とした。
ゴツン。
「いたっ!」
思わず額を押さえるレメディオス。
武蔵は腕を組んで言った。
「これは罰じゃ。」
「命を懸ける前に、まず相手の話を聞け。」
「それがお主ほどの立場なら、なおさらじゃ。」
兵士たちは緊張しながら団長を見る。
レメディオスは額を押さえたまま数秒黙り込み、
やがて小さく笑った。
「……痛いな。」
「だが、その通りだ。」
彼女は立ち上がり、武蔵へ深く一礼する。
「改めて謝罪する。」
「事情を説明してほしい。」
武蔵は満足そうに頷いた。
「うむ。」
「今度こそ、話をしよう。」
ターニャはそのやり取りを見ながら、小さく息を吐く。
(……拳骨一発で済ませたか。)
(この人なりの説教なんだろうな。)
長城の兵士たちもようやく武器を下ろし、救助された人々へ水や毛布を運び始めた。
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レメディオスは深呼吸を一つすると、改めて二人へ向き直った。
「では。」
「もう一度、名乗っていただけますか。」
武蔵は軽く頷く。
「改めて。」
「わしは宮本武蔵。」
「リ・エスティーゼ王国男爵じゃ。」
レメディオスは思わず聞き返した。
「……本当ですか?」
「本当のことじゃ。」
「疑うならリ・エスティーゼ王国へ問い合わせればよい。」
武蔵は平然としている。
レメディオスは今度はターニャを見る。
「あなたは?」
ターニャは背筋を伸ばした。
「帝国サラマンダー戦闘団副団長。」
「ターニャ・デグレチャフ中佐です。」
「て、帝国?」
レメディオスが表情を強張らせる。
「バハルス帝国の軍人なのですか?」
「違います。」
ターニャは即座に否定した。
「私の帝国は、あなた方の知る帝国とは別です。」
「……?」
レメディオスには意味が分からなかった。
だが今は追及しないことにした。
「私は。」
「ローブル聖王国聖騎士団長。」
「レメディオス・カストディオです。」
互いに名乗りを終えると、レメディオスは真剣な表情になった。
「それでは。」
「ここへ来るまでの経緯を教えてください。」
武蔵は腕を組み、話し始めた。
「わしはカルネ村を出て、風任せに南西へ歩いておった。」
「すると空からこの幼女が降ってきた。」
「……。」
「その言い方は誤解を招きます。」
ターニャが小さく訂正する。
「私は突然この世界へ来てしまい、途方に暮れていたところで武蔵さんと出会いました。」
「どうしてこの世界へ来たのかは……。」
一瞬だけ言葉を止める。
(存在Xの話をしても信じられない。)
(余計な混乱を招くだけだ。)
「……私にも分かりません。」
「気が付いたら、この世界にいました。」
レメディオスは静かに頷いた。
「続けてください。」
武蔵が話を引き継ぐ。
「その後、二人で歩いておると、丘陵に奇妙な牧場を見つけた。」
「人間が家畜のように飼われておった。」
レメディオスの顔色が変わる。
「……やはり。」
ターニャが続ける。
「悪魔が管理していました。」
「私は上空から攻撃を行い、牧場を壊滅させました。」
「武蔵さんは生存者を救出しました。」
武蔵は後ろにいる人々を指差す。
「この者たちじゃ。」
「連れて来たはよいが、入口まで歩かせるには遠すぎた。」
「皆、疲れ切っておったのでな。」
レメディオスは長城の穴を見る。
「だから……。」
武蔵はあっさり答えた。
「入口を作った。」
「壁を壊しただけじゃ。」
レメディオスは頭を押さえた。
「普通は……。」
「門を探します。」
武蔵は首を傾げる。
「探したぞ。」
「遠かった。」
「だから近道をした。」
そのあまりにも単純明快な理屈に、周囲の兵士たちは思わず苦笑した。
一方、救助された人々は震えながら前へ出る。
「聖騎士様……。」
「このお二人が本当に助けてくださったのです。」
「悪魔の牧場から救い出してくださいました。」
「嘘ではありません。」
次々と証言する彼らの姿を見て、レメディオスはようやく全てを理解した。
武蔵が壁を壊したことは問題だった。
しかし、それ以上に重大なのは――
目の前の二人が、アベリオン丘陵に存在する悪魔の牧場を一つ壊滅させ、多くの民を救い出したという事実だった
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レメディオスは救助された人々へ視線を向けた。
「この方々は。」
「我々聖王国が責任を持って保護し、それぞれの故郷へ送り届けます。」
救助された人々は安堵したように頭を下げた。
「ありがとうございます……。」
「ありがとうございます、団長様。」
レメディオスは改めて武蔵とターニャへ向き直る。
「武蔵殿。」
「ターニャ殿。」
「どうか私と共に王都へ来ていただけませんか。」
武蔵は腕を組み、珍しく返事に詰まった。
「それは構わぬが……。」
「……。」
「どうしたのです?」
レメディオスが尋ねる。
武蔵は苦笑した。
「わしは風の向くまま旅をする身じゃ。」
「一つ所に長居するのは性に合わぬ。」
ターニャも静かに口を開く。
「私としても。」
「元の世界へ帰る方法を探しています。」
「できるだけ情報を集めたいので、一か所に留まり続けるつもりはありません。」
レメディオスは二人の事情を聞き、しばらく黙った。
そして深々と頭を下げる。
「それでも。」
「お願いしたいのです。」
武蔵が少し驚く。
「騎士団長が頭を下げるとはの。」
レメディオスは顔を上げない。
「女王陛下には、大きな悩みがあります。」
「それは、この国の未来に関わる問題です。」
「私は剣を振るうことしかできません。」
「ですが、お二人なら……。」
「何か道を示してくださるかもしれない。」
ターニャは武蔵へ小声で囁いた。
「政治の相談でしょうか。」
「嫌な予感しかしません。」
武蔵も小声で返す。
「うむ。」
「わしもそう思う。」
「剣の話ならよいが、政は苦手じゃ。」
ターニャはため息をついた。
「私も軍人です。」
「内政や外交は専門外なんですが……。」
二人が顔を見合わせる。
その様子を見たレメディオスは続けた。
「無理にとは申しません。」
「ですが、お二人は我が国の民を救ってくださいました。」
「その恩に報いる機会をいただきたいのです。」
「せめて王都で歓待だけでも受けてください。」
武蔵はしばらく空を見上げた。
風がゆっくり南西から吹いてくる。
「……ふむ。」
「風も、もう少し先へ行けと言っておる。」
そう呟くと、武蔵は笑った。
「よかろう。」
「王都まで付き合おう。」
ターニャは肩をすくめる。
「武蔵さんが行くなら、私も同行します。」
「情報収集にもなりますし。」
レメディオスはようやく顔を上げ、安堵したように微笑んだ。
「ありがとうございます。」
「それでは聖王都へご案内いたします。」
こうして、宮本武蔵とターニャ・デグレチャフは、ローブル聖王国の王都へ向かうこととなった。
その頃、別の街道では――。
モモンとナーベを乗せた馬車もまた、同じ王都を目指して進んでいた。二組が再会するまで、あとわずかであった