街道に用意された豪華な馬車を見て、レメディオスは言った。
「武蔵殿、ターニャ殿。」
「王都までは距離があります。」
「馬車をご用意いたしますが。」
武蔵は首を横に振る。
「いや、いらん。」
「馬車は苦手じゃ。」
「揺られるより、自分の足で歩くほうが性に合う。」
ターニャも軽く敬礼して答えた。
「私も不要です。」
「行軍訓練だと思えば、楽なものです。」
「……楽?」
レメディオスは思わず聞き返した。
「はい。」
「帝国軍では、これより過酷な行軍は珍しくありません」
「そういうものです。」
レメディオスは半信半疑だった。
しかし。
歩き始めて一時間。
二時間。
三時間。
武蔵は息一つ乱さず歩き続ける。
ターニャも一定の歩幅を崩さず、淡々と進む。
聖騎士たちは途中で何度も休憩を挟むが、二人は平然としていた。
しかも速度が異常だった。
騎兵がゆっくり進む速度とほとんど変わらない。
「……。」
「なんだ、この二人は。」
レメディオスは思わず呟く。
(武蔵殿は人間離れしている。)
(だが、あの幼女も普通ではない。)
(歩き方に一切の無駄がない。)
(まるで長年訓練を積んだ歴戦の兵士……。)
数日後。
一行は聖王国の王都――ホバンスへ到着した。
巨大な城壁。
白亜の神殿。
無数の尖塔。
街中には神官や巡礼者が行き交い、至る所に神を讃える彫像が建っている。
ターニャは街並みを観察しながら呟いた。
「……どちらかと言えば。」
「宗教都市ですね。」
「軍事都市というより、信仰が街の中心になっている。」
視線は自然と人々へ向く。
人々の服装は質素。
市場は開いているが、商人たちの声にはどこか勢いがない。
武蔵も周囲を見渡した。
「ふむ。」
「活気は低いな。」
「皆、何かを恐れておるような顔じゃ。」
ターニャも同意する。
「ええ。」
「景気が悪いというより、社会全体に緊張感があります。」
「国境問題でしょうか。」
「それとも亜人との戦い。」
レメディオスは二人の観察眼に少し驚きながら答えた。
「その両方です。」
「アベリオン丘陵では亜人たちの活動が活発になっています。」
「国民も不安を抱えています。」
ターニャは心の中で考える。
(丘陵では悪魔が人間牧場を運営していた。)
(それを聖王国が把握していなかった。)
(つまり敵は相当深く潜り込んでいる。)
(……状況は想像以上に悪い。)
武蔵は王都を眺めながら静かに言った。
「町は立派じゃ。」
「じゃが、人の気が沈んでおる。」
「戦が近い町の空気じゃな。」
レメディオスはその言葉を否定できなかった。
彼女自身もまた、この国へ迫りつつある大きな災厄を感じ取っていたのである
----------------------------------------------------------------------------
モモンとナーベは聖王都ホバンスへ到着した。
城門をくぐり、街並みを見渡す。
「ここが聖王国の王都か。」
モモンは静かに周囲を観察する。
白亜の神殿。
巡礼者。
整備された石畳。
活気はある。
しかし、その裏にはどこか重苦しい空気が漂っていた。
(……平和に見える。)
(だが、デミウルゴスが動けば容易く崩れる。)
アインズは内心でそう分析する。
その時。
ギギギ……
「?」
妙な音が聞こえた。
横を見る。
「…………」
ナーベがモモンの鎧を握り締めていた。
鋼鉄製の籠手に、指がめり込まんばかりの勢いである。
(なんだ?)
(敵か?)
モモンが視線の先を追う。
王宮へ向かう聖騎士の一団。
その中央に。
見慣れた侍姿。
(武蔵さん。)
そして、その隣には金髪碧眼の幼い少女。
「…………。」
ナーベの声が低くなる。
「幼女……。」
さらに低く。
「よりによって幼女……。」
その瞳には、妙な対抗心が宿っていた。
(武蔵の隣にいる。)
(しかも自然に歩いている。)
(許さない。)
一方のモモンは冷静に少女を観察していた。
(あれが。)
(デミウルゴスの牧場を消滅させた幼女か。)
魔力を探る。
(……大きい。)
(相当な魔力を持っている。)
(しかも武蔵さんと普通に行動している。)
(要注意人物だな。)
その頃。
武蔵たちは王宮へ向かって歩いていた。
突然。
ターニャの肩が小さく震える。
「……。」
「どうした、ターニャ殿。」
武蔵が尋ねる。
ターニャは後ろを振り返る。
「……。」
「誰かに見られています。」
「それも。」
「かなり感情のこもった視線です。」
武蔵も振り返るが、人混みしか見えない。
「敵か?」
「分かりません。」
「ですが。」
ターニャは苦笑した。
「誰かの恨みを買ってそうで。」
武蔵は豪快に笑う。
「はっはっは!」
「お主なら、それくらい普通じゃろ。」
「私、そんなに恨まれるようなことしましたかね。」
ターニャは首を傾げる。
(……いや。)
(前世も含めれば心当たりが多すぎる。)
(存在X、メアリー・スー、共和国、連邦……。)
(敵しかいない気もする。)
一方、ナーベは武蔵たちの後ろ姿をじっと見つめていた。
「モモン様。」
「どうしました、ナーベ。」
「……あの幼女。」
「気に入りません。」
モモンは思わず心の中でため息をつく。
(そこなのか……。)
(警戒する相手は武蔵さんの方だと思うんだが。)
しかし口には出さず、
「今は任務を優先する。」
とだけ静かに告げるのだった。