武蔵転生記   作:masasoukoku

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トブの森開発秘話


第百三十九回 【外伝 トブの森探検隊2】

夜。カルネ村、エンリの寝室。

 

窓の外では虫の声が響いていた。昼間の会議の喧騒もすっかり遠のき、家の中は静まり返っている。

 

エンリはンフィーレアの胸に頬を寄せ、彼の腕の中で幸せそうに息をついた。

 

隣の部屋ではレムが眠っている。起こしてしまわないよう、二人は声をひそめていた。

 

「ねえ、ンフィー……」

 

「ん? どうしたの、エンリ」

 

「昼間の会議。トブの森のこと、どうしてあんなに熱心だったの?」

 

エンリは彼の胸元に顔をうずめたまま尋ねた。

 

ンフィーレアは少し考えてから、彼女の髪を優しく撫でた。

 

「もちろん、村を発展させたいからだよ。まだ見つかっていない薬草があるかもしれないし、新しい薬剤を開発できる可能性だってある。そうなれば、村の人たちの役にも立てるだろう?」

 

「うん……それはわかるわ」

 

「それに……」

 

そこで、ンフィーレアの声が少し小さくなった。

 

「それに?」

 

エンリが顔を上げる。

 

ンフィーレアは照れくさそうに視線をそらした。

 

「君にふさわしい男になりたいんだ」

 

「え……?」

 

「君は村長だ。それだけじゃない。今では男爵の地位まで得ている。村のみんなから頼りにされているし、これからだって、きっと大変な仕事がたくさんあると思う」

 

彼は、エンリの手をそっと握った。

 

「僕は一介の薬師だ。薬を作ることなら自信はあるけれど、君の隣に立つ人間として、それだけでいいのかなって……時々、考えるんだ」

 

「ンフィー……」

 

「僕は君と結婚したい。君と一緒に暮らして、君を支えていきたい。だから、薬師としてもっと腕を磨いて、村のためにも、君のためにも、できることを増やしたいんだ」

 

その言葉を聞いたエンリは、しばらく何も言えなかった。

 

自分が村長として認められるまで、どれほど苦労したことだろう。襲撃に怯え、村を守るために必死になり、時には自分の力不足を思い知らされることもあった。

 

それでも、いつもそばにいてくれる人がいた。

 

そして今、その人は自分と同じように、未来のことを考えてくれている。

 

「……ばかね、ンフィー」

 

「えっ?」

 

「そんなこと、気にしなくてもいいのに」

 

エンリは彼の胸に再び顔を寄せ、ぎゅっと抱きしめた。

 

「私は、薬師のンフィーが好きなんだから。偉い人になってほしいとか、私より立派になってほしいとか、そんなこと思ってないわ」

 

「エンリ……」

 

「でも……私のことを、そんなに大切に思ってくれていたなんて……嬉しい」

 

彼女の声は、最後にはほとんど囁きになっていた。

 

ンフィーレアは、愛おしそうに彼女を抱きしめ返す。

 

「大切に決まっているよ」

 

その言葉に、エンリは顔を上げた。二人は見つめ合い、そっと唇を重ねる。

 

しばらくして、エンリは彼の胸元に頬を寄せたまま、いたずらっぽく微笑んだ。

 

「ねえ、ンフィー……」

 

「なに?」

 

「……もう一回、こうしてぎゅっとして?」

 

ンフィーレアは一瞬きょとんとしたあと、顔を赤くしながら笑った。

 

「うん。もちろん」

 

彼は彼女を優しく抱き寄せた。

 

隣室のレムを起こさないよう、二人は小さな声で言葉を交わしながら、夜の静けさの中で寄り添い続けた

 

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魔導国・玉座の間

「カルネ村からの報告でございます」

 

アルベドが差し出した報告を、アインズは玉座に座ったまま聞く。

 

「ユリ・アルファからか。読み上げてくれ」

 

「はい。カルネ村の共同会議において、トブの森の開発計画が議題に上がったとのことです。提案者はンフィーレア・バレアレ。森の奥地に未発見の薬草や有用な資源が存在する可能性があり、段階的な調査を実施したいと考えているようです」

 

「ほう……トブの森か」

 

アインズは骸骨の指で肘掛けを軽く叩いた。

 

(そういえば、しばらく放置していたなぁ)

 

帝国との外交、王国との条約、カルネ村とエ・ランテルの共同統治。さらにはバルブロの反乱騒ぎまで起きた。

 

ここしばらくは、次から次へと問題が舞い込んできたのだ。

 

トブの森については、森の賢王ハムスケを配下に加えたことで、一応の決着がついたような気になっていた。

 

だが、よく考えてみれば――森そのものをどうするかについては、ほとんど何も決めていない。

 

(いや、待て。そもそも私は、あの森の全容をどれほど把握している?)

 

答えは明白だった。

 

ほとんど知らない。

 

(まずいな。支配下に置いた地域について、最低限の情報くらいは把握しておくべきだった。……いや、私はアンデッドの王。知らないことがあっても、それを表に出さなければいいのだ!)

 

内心の動揺を押し隠し、アインズは重々しく頷いた。

 

「なるほど。森の開発か。資源の確保という観点からも、検討する価値はある」

 

「おっしゃるとおりでございます」

 

アルベドが恭しく頭を下げた。

 

「ただし、森の奥地には未確認の魔物も多く存在すると思われます。無計画な開発は、カルネ村の安全を損なう恐れがございます」

 

「うむ。その点も含め、まずは現状を把握せねばならんな」

 

アインズは玉座から立ち上がった。

 

「コキュートスとハムスケを呼べ」

 

「かしこまりました」

 

アルベドは一礼し、配下に指示を出した。

 

しばらくして、玉座の間に二つの影が現れた。

 

ひとりは、鎧をまとった巨大な昆虫型の戦士――守護者コキュートス。

 

もうひとりは、丸々とした体躯に立派な前歯を持つ巨大なハムスター、ハムスケである。

 

「アインズ様。オヨビト伺イ、参上イタシマシタ」

 

コキュートスが片膝をつく。

 

「お呼びでしょうか、アインズ様!」

 

ハムスケも慌てて頭を下げた。かつて森の賢王と呼ばれた威厳ある姿は、今ではナザリックの主に仕える忠実な家臣のそれである。

 

「うむ。今日はトブの森について聞きたいことがある」

 

「トブノ森、デゴザイマスカ」

 

コキュートスが頭部を傾けた。

 

「そうだ。カルネ村から、森の開発を検討したいという報告があった。薬草や木材、その他の資源を探すため、奥地の調査を行いたいそうだ」

 

「ナルホド」

 

コキュートスは静かに頷いた。

 

「そこで、まずは森の現状を知りたい。ハムスケ、お前はあの森を長く支配していたな。森の中には、どのような勢力が存在する?」

 

「はっ!」

 

ハムスケは一歩前に出た。

 

「森の入り口付近と、わたくしがかつて縄張りとしていた一帯については、ある程度把握しております。しかし、森のすべてを完全に掌握していたわけではございませぬ」

 

「……ほう?」

 

アインズの意識が、わずかに引き締まる。

 

「つまり、お前の縄張りの外にも勢力が存在するということか?」

 

「その可能性は十分にございます。森は広大であり、奥地にはわたくしも立ち入らなかった場所がございますゆえ」

 

(おいおい……森の賢王なのに、森の全部を把握していたわけじゃないのか)

 

アインズは心の中で突っ込んだ。

 

(いや、考えてみれば当然か。現実世界でも、自分の縄張りの外まで把握している動物などいない。そもそもハムスケは動物なのか? 魔獣か? ……今はそこじゃない)

 

「では、具体的にどのような魔物がいた?」

 

「森の周縁にはゴブリンやオーガ、その他の獣型の魔物が生息しております。奥地には、より強力な魔物が存在している可能性もございますが、詳細は不明でございます」

 

「ふむ……」

 

アインズは腕を組んだ。

 

「コキュートス。お前はリザードマンたちの支配と統治を任されているが、彼らの住む地域でも、周辺の勢力を把握することは重要だったな?」

 

「ハッ。支配地域ノ安定ニハ、周辺勢力ノ把握ガ不可欠デゴザイマス。未知ノ勢力ヲ放置スレバ、後ニ予期セヌ問題ガ生ジル可能性ガアリマス」

 

「そうだ。ならばトブの森についても、開発を始める前に調査する必要がある」

 

アインズはハムスケに視線を向けた。

 

「ハムスケ。お前には、まず森の地理と生息する魔物について、わかる範囲で調査の上報告をまとめてもらいたい。以前の縄張りだけでなく、その周辺についてもだ」

 

「承知いたしました!」

 

「ただし、無理をする必要はない。未知の強敵がいた場合は、無用な戦闘を避けて報告せよ」

 

「はっ。アインズ様のご命令、必ずや守りまする!」

 

ハムスケは深々と頭を下げた。

 

アインズは続いてコキュートスを見る。

 

「コキュートス。調査計画について、お前の意見も聞きたい。森の開発が始まった場合、周辺の魔物がカルネ村へ流れ込む可能性がある。その対策も考えておく必要があるだろう」

 

「御意。調査隊ノ護衛、危険区域ノ指定、魔物ノ生息域ノ把握。順序ヲ定メ、慎重ニ進メルベキデショウ」

 

「うむ。いきなり森を切り開くような真似はさせるな。まずは調査。それから、利用できる場所を選定する」

 

アインズは満足げに頷いた。

 

(よし。これで、とりあえず方針は決まった。あとは二人に調査を進めてもらえばいい。私はその報告を受けて判断する……うん、王らしい仕事だ)

 

もちろん、その内心は誰にも明かさない。

 

「ハムスケ」

 

「はっ!」

 

「お前は、かつて森の賢王と呼ばれていた。その知識と経験を、今こそ役立てるときだ。期待しているぞ」

 

「おお……! このハムスケ、アインズ様のご期待に応えるべく、粉骨砕身いたしまする!」

 

ハムスケの目が輝いた。

 

かつては森の賢王として君臨していた彼が、今度は森の未来を調べる役目を与えられたのだ。本人にとっても、誇るべき任務だった。

 

コキュートスも静かに頭を下げる。

 

「アインズ様。調査ノ結果ガ揃イ次第、開発可能ナ区域ト危険区域ヲ整理シ、計画案ヲ提出イタシマス」

 

「頼んだぞ」

 

二人が退室したあと、アインズは玉座に深く腰を下ろした。

 

(トブの森の開発か……。うまくいけば、カルネ村の発展にもナザリックの利益にもつながる。薬草が豊富なら、ンフィーレアの研究にも役立つだろう)

 

だが、ふと別のことが頭をよぎった。

 

(……そういえば、武蔵さんは今どこにいる?)

 

そのころ、南西へ向かう街道では――。

 

宮本武蔵が、何か面白いものでも見つけたように、遠くの森を眺めていた。

 

彼がトブの森の開発計画を知るのは、まだ少し先のことである

 

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