武蔵転生記   作:masasoukoku

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第十七話

エ・ランテル冒険者訓練所。

 

何度目かの打ち合い。

 

カツン。

 

カツン。

 

カツン。

 

乾いた木剣の音が響く。

 

そして最後。

 

ブレインの木剣がまた弾かれた。

 

ブレイン・アングラウスは膝をつく。

 

右手首は赤黒く腫れ上がっていた。

 

握るだけでも痛い。

 

呼吸も荒い。

 

汗が床へ落ちる。

 

だが目だけは死んでいない。

 

武蔵は木剣を肩に乗せたまま、少し考えていた。

 

遠い記憶。

 

武者修行時代の頃。

 

出会った一人の老人。

 

林崎甚助。

 

その時はただの奇妙な剣士と思った。

 

だが後に知る。

 

あれこそ居合の祖。

 

抜くためだけに生きた男。

 

武蔵はブレインを見る。

 

「う~む」

 

「惜しいな、おぬし」

 

ブレインが顔を上げる。

 

「……何がだ」

 

武蔵は笑う。

 

「もう少し捨てれば」

 

「林崎甚助に届くものを」

 

その名をブレインは知らない。

 

だが、その言葉の重さはわかった。

 

自分の剣が、まだ未完成だと。

 

ブレインは問う。

 

「捨てる?」

 

「何を」

 

武蔵は振り返りもせず歩き出した。

 

「それを考えるのが修行よ」

 

カカカ、と笑う。

 

答えは与えない。

 

掴むもの。

 

捨てるもの。

 

それを自分で見つけねば意味がない。

 

ブレインはその背を見つめる。

 

手首の痛みよりも、胸の中の問いの方が熱かった。

 

(捨てるもの……)

 

誇りか。

 

執着か。

 

恐れか。

 

訓練所の冒険者たちも誰も声をかけられない。

 

ただ圧倒されていた。

 

ブレインを一方的に叩き伏せ、教えを残して去る男。

 

何者なのか。

 

影の中のシャドウ・デーモンは震えていた。

 

(危険だ)

 

戦闘力だけではない。

 

人を変える。

 

導く。

 

それがまた厄介だった。

 

武蔵は街路へ出る。

 

腹をさする。

 

ぐう、と鳴る。

 

「さて」「飯を食うか」

 

問題は――

 

やはり文字。

 

看板。

 

全部読めない。

 

だが武蔵は腹をくくった。

 

「まあ」

 

「絵でも見ればわかるだろう」

 

実に雑だった。

 

-------------------------------------------------------------------

翌日。

 

宮本武蔵は、昨日ようやく見つけた安宿で目を覚ました。

 

そこの酒場で情報を集め、知った。

 

この街には

冒険者ギルドなるものがある。

 

依頼を受け、金を得る。

 

魔物を斬る。

 

護衛をする。

 

実に都合がいい。

 

「ほう」

 

武蔵にとって悪くない仕組みだった。

 

強い相手と出会えるかもしれぬ。

 

金にも困らぬ。

 

だが問題は。

 

場所がわからぬ。

 

文字が読めぬ。

 

宿屋の親父に場所を聞き、なんとか向かったが――

 

迷った。

 

路地に入る。

 

違う。

 

市場に出る。

 

違う。

 

気づけば昼。

 

「……むう」

 

さすがの武蔵も少し疲れた。

 

だがついに。

 

大きな剣と盾の看板。

 

ここだ。

 

冒険者ギルド・エ・ランテル支部。

 

武蔵は扉を開けた。

 

ギィ――。

 

中は酒場のような喧騒。

 

冒険者たちの笑い声。

 

依頼の相談。

 

武器の手入れ。

 

だが。

 

武蔵が入った瞬間。

 

ぴたりと止まる。

 

全員が見る。

 

新顔。

 

しかも妙な風体。

 

無造作な髪。

 

腰に剣。

 

異様な気配。

 

武蔵は気にしない。

 

真っ直ぐ受付へ向かう。

 

受付嬢が営業用の笑みを浮かべた

 

「初めまして」

 

「ご用は?」

 

武蔵は即答。

 

「冒険者になりたい」

 

受付嬢は慣れた手つきで一枚の紙を差し出す。

 

「ではこちらへ」

 

「名前と職歴を書いてください」

 

武蔵は紙を受け取る。

 

じっと見る。

 

文字。

 

読めぬ。

 

じっと見る。

 

受付嬢が待つ。

 

武蔵、動かない。

 

さらにじっと見る。

 

周囲もなんとなく見守る

 

受付嬢が少し困る。

 

「あ、あの……?」

 

沈黙の後。

 

武蔵はぽつりと言った。

 

「文字が書けぬ」

 

一瞬の静寂。

 

そして。

 

後ろから爆笑。

 

「ぶはははは!」

 

「今どき字が書けねえのかよ!」

 

「田舎者か!」

 

「子供でも書けるぞ!」

 

酒を吹く冒険者までいる。

 

受付嬢も困った顔。

 

だが武蔵はまったく気にしない。

 

恥とも思っていない。

 

事実だからだ。

 

その時。

 

奥の席から低い声。

 

「笑うな」

 

ぴたりと笑いが止まる。

 

武蔵が振り向く。

 

そこにいたのは。

 

黒い全身鎧。

 

双剣を背負う戦士。

 

武蔵の目が細まる。

 

気配でわかる。

 

「……ほう」

 

この男強い。

 

いや。

 

底が見えない。

 

鎧の男は

 

(面白い)

 

まさか、こんなに早く再会するとは。

 

ギルド内の空気が変わる。

 

また新たな縁が結ばれようとしていた。




 
林崎 甚助(はやしざき じんすけ、天文11年(1542年)? - 元和3年(1621年))は、戦国時代から江戸時代前期にかけての剣客、武芸者。居合(抜刀術)の始祖
『武術太白成伝』によると70代にして諸国へ再度廻国修行に出て、その後の行方は知れないという(wikipedia)

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