アルベドは、反射だけで身体を捻った。
刹那。
斬撃が鼻先を掠める。
「ぐうっ……!」
ほんの紙一重。
あと指一本でも遅れていれば、首が飛んでいた。
着地したアルベドは目を見開く。
(この私が……避けた?)
守るのではない。
受けるのでもない。
“避けねば死ぬ”と、本能が判断した。
そんな経験は、ナザリックに来てから一度もない。
一筋、汗が伝う。
(汗 ですって!)
それは恐怖でも疲労でもない。
純粋な緊張。
自分より下等な存在と見なしていた“人間”に対して。
「……ありえぬ」
指先が震える。
武蔵は剣を肩に担ぎ、愉快そうに笑った。
宮本武蔵の目は、飢えた獣そのものだった。
「よい」「それだ」
武蔵は剣先をアルベドへ向ける。
「さあ――本気を見せてくれ」
その声音に挑発はない。
純粋な期待。
強者が強者に向ける、ただそれだけの願い。
アルベドの瞳が怒りで燃える。
「……侮るな」
黒い瘴気が溢れ始める。
大気が軋む。
地面が沈む。
守護者統括としての真の威圧。
村の周囲の木々が悲鳴のように軋んだ。
森の奥で見守るアインズも、その出力上昇を感じ取る。
(アルベドがここまで本気を……)
アルベドはハルバードを構え直す。
「貴様はここで終わる」
武蔵の口元が裂けるように笑う。
「そうか」
剣を正眼に戻す。
「ならば斬ろう」
次の瞬間。
黒き守護者と、剣豪。
二つの怪物が、真正面から激突した。
黒き稲妻のように激突した瞬間だった。
アルベドのハルバードが唸りを上げ、
宮本武蔵の剣が閃光のように走る。
互いの一撃は、確実に届いていた。
武蔵の刃はアルベドの肩口へ深々と喰い込み――
アルベドのハルバードもまた、武蔵の脇腹へめり込んでいた。
止まらぬはずの致命の交換。
その刹那。
「――そこまで!」
低く、絶対の命令が空間を貫いた。
時間が止まったかのようだった。
空気が凍る。
二人の間へ、漆黒の法衣をまとった存在が現れる。
アインズ・ウール・ゴウン。
その声には、戦場そのものを支配する重みがあった。
アルベドの瞳が揺れる。
「し、しかし……モモンガ様!」
怒りと焦り。
あと一押しで、この無礼者を討てる。
だが、主命は絶対。
武蔵もまた動きを止めた。
ハルバードが脇腹に喰い込み、血が滴る。
それでも眉一つ動かさない。
代わりに、目の前に現れた骸骨の王を見て笑った。
「おぬしか」
その声には納得があった。
先ほどから森の影で感じていた、底知れぬ気配。
それがこの男。
アインズは静かに二人を見る。
アルベドのハルバードは武蔵を捉え、
武蔵のなまくら剣はアルベドの肉に届いている。
あと一瞬遅ければ、どちらか、あるいは両方が深手だった。
(……危険だ)
アインズは理解していた。
この男、ただの異邦人ではない。
レベルという尺度で測れるかすら怪しい。
武蔵は剣を抜き、肩に担ぐ。
「止めるとは惜しい」
「ようやく熱くなってきたところだ」
アルベドもハルバードを引き抜きながら、なお殺気を消さない。
「モモンガ様、お許しを。今すぐ首を――」
「よい、アルベド」
一言で止まる。
武蔵はアインズを見据えた。
「お前が一番強いな」
その言葉に、アインズの眼窩の光が揺れた。
武蔵の笑みが深まる。
「ならば次は――おぬしだ」
カルネ村の焼け跡で。
ついに、“死の支配者”と“剣の怪物”が真正面から向き合った。