街道に風が吹く。
盗賊たちの血の匂いがまだ残っていた。
宮本武蔵はじっと
セバス・チャンを見ていた。
「ん?」
「……んんん」
首をひねる。
「お主」
「アインズ・ウール・ゴウン殿を知っておるか」
セバスの心が一瞬止まる。
(やはりこの男が武蔵)
背後。
影に潜む
シャドウデーモンの存在も確認した。
(監視対象そのものか)
馬車の中。
ソリュシャン・イプシロンも目を細める。
この男が……)
(ナーベに口づけした例の)
ナザリック内では妙に広まっていた件。
張本人はシャドウデーモン。
「アインズ……?」
セバスはわずかに眉を上げる。
「さあ……存じませんな」
老執事らしい、とぼけた声音。
だが武蔵は笑った。
完全に見抜いている笑いだった。
「ほう」
そして後ろの影を見る。
「おい」
「お前、知っておるじゃろ。この男」
シャドウデーモンは震えた。
ぶんぶんと首を振る。
必死の否定。
(巻き込むな)
(絶対巻き込むな)
という必死の意思表示。
武蔵には見えない。
「まあいい」
武蔵はセバスを見る。
その目が獣になる。
「お前とは立ち合いたい」
「今でもいいぞ」
ソリュシャンが身を乗り出す。
セバスは静かに考える。
(強い)
(確実に私と同格以上)
(ここで戦えば街道ごと消える)
そして。
セバスは微笑した。
「魅力的なお誘いですが今は主命の最中です」
「それに――」
一歩出る。
空気が変わる。
武蔵の目が細くなる。
「本気でやれば」
「お互い無傷では済まないでしょう」
武蔵は嬉しそうに笑う。
「それよ」
「それが聞きたかった」
セバス。
この世界で初めて。
アインズ、アルベド、ガゼフ、ブレインとは違う。
“純粋な武”の頂点に近い存在。
武蔵の血が騒ぐ。
ソリュシャンが冷たく言う。
「セバス様」
「王都への任務が先です」
セバスは頷く。
「申し訳ない、いずれ必ず」
武蔵は道を空ける。
「よい、逃げるなよ」
セバスは笑う。
「その言葉、そのまま返します」
馬車が動き出す。
すれ違いざま。
ソリュシャンが武蔵を見て言う。
「次にナーベラルに口づけしたら溶かしますよ」
武蔵は大笑いした。
「わははは!」
「怒っとるのか?」
馬車は去る。
武蔵はその背を見ながら呟く。
「王都か」
「ますます楽しみじゃ」
そしてまた歩き出す。
その後ろで。
シャドウデーモンは、
(報告案件が増えた……)
と震えていた。
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王都リ・エスティーゼ。
王国最大の都。
高い城壁。
幾重にも連なる街区。
商人、貴族、兵士、奴隷、浮浪者。
あらゆるものが渦巻く巨大都市。
その門前に――
宮本武蔵は立っていた。
「ふむ~」
「これはなかなか」
エ・ランテルとは比べものにならぬ規模。
人の流れだけで力がある。
活気。
欲望。
殺気。
金の匂い。
全部が混ざっていた。
だが。
武蔵は鼻をひくつかせる。
「……くさい」
腐臭。
死体の匂いではない。
人の欲。
嫉妬。
傲慢。
裏切り。
心の腐った匂い。
「エ・ランテルのほうが、まだましじゃな」
この街は濃い。
淀んでいる。
強い者もいる。
だが同時に腐っている。
それが武蔵には肌でわかった。
しかし。
ふと笑う。
思い出すのは、あの老執事。
セバス・チャン。
あれは本物だった。
飾りではない。
積み上げた武。
磨き抜いた技。
「よい」
「あれと立ち合えれば十分じゃ」
勝てるか。
負けるか。
それすらわからぬ。
だからこそいい。
武蔵は列に並ぶ。
周囲の人間たちは妙に距離を取る。
理由は簡単。
ただ立っているだけで、
“斬られる”
そう本能が告げているからだ。
後ろ。
いつもの影。
シャドウデーモン。
武蔵は振り返らず言う。
「お前も入るのか?」
影がもぞもぞ動く。
「まあよい」
列が進む。
門兵が武蔵を見る。
腰のゴールドプレートを見る。
「冒険者か」
「通れ」
武蔵は王都へ足を踏み入れる。
瞬間。
さらに濃い腐臭。
笑う。
「よい」
「面白くなってきた」
王都の闇。
貴族。
八本指。
奴隷商。
裏社会。
そしてセバス。
まだ武蔵は知らない。
この街こそ、
今の自分にもっとも似合う“修羅場”だということを。