王都の夜道。
セバス・チャンが静かに言った。
「武蔵殿。よければ屋敷へ」
宮本武蔵は少し目を細める。
先ほど不意打ちで一本取った手前、
妙に断りづらい。
「うむ、行こう」
珍しく素直だった。
後ろでは
ブレイン・アングラウスが立ち尽くしている。
武蔵は振り返る。
「ブレイン」
「また会おう」
ブレインが顔を上げる。
武蔵は笑う。
「その時は、立ち会ってもらうぞ」
ブレインは深く頭を下げた。
「必ず」
二人を見送る。
その背中を。
今度こそ追いつくために。
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王都の一角。
人気のない路地を抜け、
古びた屋敷へ。
歩きながらセバスが言う。
「今、当屋敷にはソリュシャン・イプシロンと二人……いえ、もう一人おります」
武蔵が眉を上げる。
「ほう、それで」
「まもなく任務も終わります」
「それまでは御逗留ください」
武蔵は頷く。
「そうか」
(飯が出るなら悪くない)
屋敷に到着。
セバスが扉を開ける。
「只今戻りました」
奥から足音。
ソリュシャンが現れる。
「遅かったのですね、セバス――」
視線が止まる。
武蔵を見た。
目を見開く。
「なぜ、この人間を」
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別室。
三人で向かい合う。
ソリュシャンの目は露骨に警戒している。
「私は反対です」
「このような人間をもう一人入れるなど」
武蔵が反応する。
「ほお、もうひとりおるのか」
セバスが一瞬固まる。
「あ、いえ」
「その娘は……可哀想な娘なのです」
武蔵はじっと見る。
(ふむ)
(惚れておるな)
ニヤリとする。
ソリュシャンが言い返そうとした時。
「ソリュシャン」
セバスの目が光る。
鋭い 圧。
「この件は私の責任です」
「いいですね」
有無を言わせぬ声。
ソリュシャンは押し黙る。
「……わかりました」
席を立つ。
部屋を出る。
だが内心では別だった。
(これは報告案件です)
(アインズ様へ)
廊下を歩く。
その時。
「あら」
影の隅。
震えている存在。
シャドウデーモン。
武蔵の監視役。
だが今、
ガタガタ震えている。
尋常じゃない。
ソリュシャンが眉をひそめる。
「なにしてるの、お前」
シャドウデーモンは答えない。
ただ震える。
さっき見たのだ。
武蔵がセバスを素手で落とした光景を。
(報告しなきゃ)
(でも近づきたくない)
そんな感情が透けて見える。
次の瞬間。
スゥ、と闇に溶けて消えた。
ソリュシャンは呆れる。
「なんなの……」
その背後。
屋敷の奥で。
武蔵はすでにくつろいでいた。
「飯はまだかの」
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屋敷の一室。
薄暗い灯りの中。
ベッドには一人の少女が眠っていた。
やせ細り、
まだ顔色も悪い。
その姿を見ながら
セバス・チャンが静かに語る。
「この娘は」
「裏町の淫売窟で亡くなるところだったのです」
宮本武蔵は腕を組む。
黙って聞く。
「私がたまたま裏通りを通りかかった時」
「この娘は袋に入れられ、捨てられるところでした」
セバスの拳がわずかに握られる。
「私は手下どもに白銀貨十枚を渡して引き取りました」
武蔵は少女を見る。
かすかな呼吸。
生きている。
セバスは続ける。
「この子は梅毒を患っておりました」
武蔵の目が細くなる。
「梅毒……」
江戸の世。
武蔵の時代でも珍しくない病。
花柳病。
宿業とも呼ばれた。
罹れば身体は崩れ、
心も削られる。
武蔵は少女の肌を見る。
昔知る症状――
皮膚の肉腫。
鼻の崩れ。
そうした痕跡はない。
「それで」
セバスは答える。
「はい」
「なんとか治しました」
ナザリックの技術。
薬。
魔法。
この世界では奇跡に等しい。
武蔵はふむ、と鼻を鳴らす。
「セバス殿」
「この子をどうしたい」
セバスは少し黙る。
迷い。
覚悟。
そして答える。
「私は……」
目を伏せたまま。
「お許し願えるなら」
「ナザリックへ連れて行きたいと思います」
武蔵はその顔を見る。
真剣。
嘘がない。
武蔵は内心で笑う。
(ふむう)
(惚れた弱みか)
武の強者でも。
女には弱い。
よくあることだ。
だが武蔵は知らない。
この執事、
すでに側室が五人いる。
しかも全員健在。
そんな情報があれば、
この評価も少し変わっただろう。
武蔵は少女をちらりと見る。
「名は」
セバスは答える。
ツアレ・ニーニャ・ベイロン。
「ツアレと言います」
武蔵は頷いた。
「助けたなら最後まで面倒を見る」
「それも武か」
セバスは静かに頭を下げる。
「ありがとうございます」
武蔵は笑う。
「礼はいらん」
「ただ」
目を細める。
「その娘のために武を鈍らせるなよ」
セバスの目が揺れる。
その言葉。
重かった。
武と情。
両立できるか。
それこそが今、
セバスに問われているものだった。