武蔵転生記   作:masasoukoku

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第三十六話

屋敷の応接間。

 

昼下がり。

 

ベッドの上で休んでいた

ツアレも、ようやく起き上がれるまで回復していた。

 

その矢先だった。

 

来客。

 

扉の前に立つ二人。

 

豚のように肥えた男。

 

スタッファン。

 

その横に痩せぎすの男。

 

サキュロット。

 

二人は娼館の使者を名乗り、

 

ツアレの返還を要求してきた。

 

セバス・チャンが静かに応対する。

 

「白金貨十枚、渡したはずですが」

 

スタッファンは脂ぎった顔で笑う。

 

「いやいや」

 

「あれじゃ足りませんなぁ」

 

目がいやらしく細まる。

 

「あいつには金がかかっておりまして」

 

「あと二十枚、頂きたい」

 

白金貨二十枚。

 

任務外の支出だ

 

セバスは沈黙する。

 

その隙を突くように、

 

スタッファンがさらに口を開く。

 

「払えなければ――」

 

視線を横へ。

 

ソリュシャン・イプシロンへ。

 

「そのお嬢様をお借りしてもいいですぞ」

 

ニヤニヤ。

 

サキュロットも下卑た笑い。

 

ソリュシャンの目が冷たくなる。

 

(食うか)

 

(今ここで溶かしてしまうか)

 

人間特有の脂。

 

まずそう。

 

だが腹立たしい。

 

セバスはまだ考えていた。

 

任務中であり正体は秘匿せねば。

 

ここで騒ぎは避けたい。

 

その時。

 

バン!

 

扉が開く。

 

入ってきたのは――

 

宮本武蔵。

 

寝起きのように髪をかきながら、

 

状況を一瞥。

 

だが気にしない。

 

ズカズカ歩き、

 

ソリュシャンの隣へ。

 

ドカッ。

 

腰を下ろす。

 

腕組み。

 

空気が変わる。

 

圧。

 

それだけで部屋の温度が下がったように感じる。

 

スタッファンの顔が引きつる。

 

「あ、あの……あなたは?」

 

武蔵はちらりとも見ない。

 

「わしか?」

 

鼻を鳴らす。

 

「わしはこの家の居候じゃ」

 

それだけ。

 

だがその一言に。

 

妙な説得力。

 

妙な威圧。

 

スタッファンの脂汗が噴き出る。

 

サキュロットも後ずさる。

 

生き物として理解していた。

 

これはまずい。

 

理屈ではない。

 

本能。

 

スタッファンが無理に笑う。

 

「ま、また来ますから!」

 

捨て台詞。

 

二人は転がるように屋敷を出ていった。

 

扉が閉まる。

 

静寂。

 

ソリュシャンが武蔵を見る。

 

「……助けたつもり?」

 

武蔵は欠伸をする。

 

「うるさくて寝れんかった」

 

セバスは小さく笑った。

 

(やはりこの方は面白い)

 

-------------------------------------------------------------

王都の路地裏。

 

屋敷を出た

セバス・チャンは静かに歩いていた。

 

だが心は決まっていた。

 

「とはいえ……」

 

「ツアレの件は、なんとかしないと」

 

ツアレを守るには、

 

金では終わらない。

 

あの手合いは際限なくむしり取る。

 

ならば。

 

元を絶つ。

 

娼館そのものを潰す。

 

セバスは覚悟を決めた。

 

任務外の独断行為。

 

だが必要なこと。

 

足早に裏町へ向かう。

 

その途中。

 

悲鳴。

 

「やめろ!」

 

細い子供の声。

 

路地の奥。

 

数人のごろつきが少年を殴っていた。

 

金を巻き上げるためか、

 

ただの鬱憤晴らしか。

 

どちらでも同じ。

 

セバスの足が止まる。

 

創造主――タッチ・ミーの教え。

 

困っている者を見捨てるな。

 

セバスは迷わない。

 

一歩。

 

次の瞬間、

 

ごろつきの一人が壁に叩きつけられる。

 

ドゴン。

 

「がっ!?」

 

残りも一瞬。

 

手刀。

 

蹴り。

 

急所。

 

三秒とかからない。

 

全員沈黙。

 

少年は震えながら見上げた。

 

「だ、大丈夫ですか」

 

セバスが手を差し伸べる。

 

その様子を、

 

少し離れた場所から見ていた二人がいた。

 

クライム。

 

そして

ブレイン・アングラウス。

 

クライムが目を見開く。

 

「速い……!」

 

ブレインは目を細める。

 

(やはり強い)

 

昨日の立ち合い。

 

奇襲とは言え武蔵に完敗した男。

 

だが。

 

その底が見えない。

 

クライムが問う。

 

「お知り合いですか?」

 

ブレインは頷く。

 

「強者だ」

 

セバスは少年を立たせると、

 

何事もなかったように歩き出す。

 

その歩みは裏町へ。

 

ブレインが言う。

 

「追うぞ」

 

クライムも頷く。

 

二人はセバスの後を追った。

 

そして知らない。

 

その少し後ろ。

 

屋根の上。

 

宮本武蔵もまた、

 

欠伸をしながらついてきていた。

 

「面白くなってきたの」

 

-------------------------------------------------------------

王都の裏路地。

 

薄暗い娼館街の裏口。

 

セバス・チャンは静かに建物を見据えていた。

 

人の出入り。

 

護衛の配置。

 

逃げ道。

 

すべてを確認する。

 

(やはり一人では足りないかもしれませんね)

 

正面から潰すのは容易い。

 

だがツアレに繋がる証拠、

 

関係者、

 

裏の繋がりまで断つなら慎重さが要る。

 

その時。

 

「あの」

 

背後から声。

 

振り返る。

 

そこにいたのは若い騎士。

 

クライム。

 

その隣に

ブレイン・アングラウス。

 

セバスは少し目を細めた。

 

「なんです?」

 

クライムは一歩前へ出る。

 

真っ直ぐな目。

 

「先ほど少年を助けた技」

 

「素晴らしかったです」

 

拳を握る。

 

「お願いです」

 

「教えてください!」

 

深く頭を下げる。

 

「クライムといいます」

 

「騎士として未熟ですが」

 

「あなたの教えを乞えば、技量が上がるのではと思い……お願いします!」

 

真剣だった。

 

セバスはしばらく見つめる。

 

その純粋さに、

 

どこか懐かしさを感じた。

 

「私は教えるような技能はありません」

 

クライムの肩が落ちる。

 

だが。

 

「ただ」

 

顔を上げる。

 

「ただ?」

 

セバスの目が鋭くなる。

 

「これだけはお教えします」

 

次の瞬間。

 

圧。

 

ドン――。

 

空気が変わる。

 

生物としての格。

 

圧倒的な強者の威圧。

 

「!?」

 

クライムは思わず尻もちをついた。

 

息が止まる。

 

身体が言うことを聞かない。

 

隣のブレインは歯を食いしばる。

 

膝が震える。

 

だが。

 

倒れない。

 

セバスは圧を引く。

 

静かに言った。

 

「尻もちをつかないように」

 

クライムは呆然。

 

ブレインは目を見開く。

 

セバスは再び娼館の裏口へ視線を戻す。

 

「戦いとは」

 

「まず己を保つことです」

 

その一言。

 

ブレインは武蔵の言葉を思い出す。

 

勝つこと。

 

立つこと。

 

崩れないこと。

 

違う道で、

 

同じところへ向かう教え。

 

その時。

 

屋根の上。

 

宮本武蔵が寝転がりながら見ていた。

 

「ふむ」

 

「なかなかよい師匠じゃな」

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