焼け跡の中。
宮本武蔵の視線が、まっすぐにアインズ・ウール・ゴウンを射抜いていた。
「ならば次は――おぬしだ」
その言葉に、空気が張り詰める。
アルベドが殺気を強めるが、アインズは片手で制した。
そして静かに答える。
「いや……いまはまだ早い」
武蔵の眉がわずかに上がる。
断る。
それも恐れではなく、理をもって。
アインズは武蔵の脇腹へ視線を落とした。
「あなたも脇から血が出ている」
武蔵はそこで初めて自らの傷を見た。
ハルバードの刃が深く抉った跡。
血がじわりと流れている。
「……ふむ」
少しだけ指で触れる。
赤い。
生きている証。
「確かに」
そう言って、手にしていた、なまくらな剣を無造作に捨てた
「惜しいな。もう少しで面白くなった」
アルベドが歯を食いしばる。
「無礼な……!」
だがアインズは興味深そうに武蔵を見ていた。
戦いの最中でなお冷静。
傷を負っても動じず。
しかもアルベドを本気にさせた。
アインズは一歩前に出る。
「私はモモンガという流れの黒魔術師」
厳密には違う。
だが説明が長くなるので詳しく言うのは避けた。
今はまず、この男を知ることが先だ。
「あなたは?」
武蔵は目を細める。
骸骨の身でありながら、声には確かな“王”の重みがある。
そして強い。
底知れない。
武蔵は笑った。
「宮本武蔵」
短く名乗る。
それだけで十分だった。
「剣を振るう者」
その名を聞いたアインズは内心で反芻する。
(ミヤモト・ムサシ……この世界の英雄か? それとも異界の存在か)
武蔵はアインズを見ながら言う。
「黒魔術師、か」
「おぬし……斬れば、どうなる?」
アルベドの目が怒りで見開く。
(無礼者め!)。
だがアインズは笑った。
骨だけの顔では見えぬが、その声音には確かな愉悦があった。
「それを知るには、いずれ機会があるでしょう」
武蔵の口元が吊り上がる。
「よい」
「待つのもまた勝負だ」
血を流しながら笑う剣豪。
それを見つめる死の王。
二人の間には、すでに奇妙な理解が生まれ始めていた。
焼けた木材の匂いと血の臭気が混じる中、
アインズは足元に転がる騎士たちの死体へ視線を向けた。
どれも宮本武蔵が斬ったものだ。
「この者たちの死体、私が処分しても?」
武蔵は振り返る。
アインズが聞く
「構わんよ」
まるで道端の石でも譲るような気軽さだった。
アインズは右手をかざす。
「では……」
右手を掲げた。
「死よ、起き上がれ」
低い声。
瞬間――
地面に黒い霧が広がった。
死体の周囲にまとわりつく闇。
「……?」
武蔵の目が細くなる。
魔法というものを知らない武蔵にとって、それは初めて見る現象だった。
死んだはずの騎士の指が動く。
低く呪文を紡ぐ。
「グ……」
骨が軋む。
筋肉が腐肉ごと引き寄せられ、鎧がガチャリと音を立てる。
そして――
ゆっくりと立ち上がった。
「ほう」
黒い瘴気が死体へ流れ込み、大地がざわめく。
肉が膨れ、骨が軋み、闇をまとって立ち上がる。
死の騎士――デスナイト。
常人なら、その姿だけで絶望する。
立ち上がった黒き死の兵。
重い殺気。
並の兵士なら束になっても敵わぬ怪物。
武蔵が一歩近づく。
騎士だったものは、もはや人間ではない。
全身を黒い死の気配で包み、手には剣。
生前の騎士としての姿を残しながら、その眼には生命の光がない。
「これは……」
武蔵は興味深そうに眺める。
デスナイトは武蔵へ顔を向けた。
「……」
何も言わない。
ただ、剣を握っている。
武蔵はその場でしばらく動かなかった。
筋肉。
呼吸。
重心。
視線。
剣の握り。
あらゆるものを観察する。
「生きているようで、生きておらぬ」
アインズが反応する。
「ほう?」
武蔵はさらに近づく。
デスナイトは警戒するように剣を構えた。
武蔵は笑う。
「なるほど」
そして、突然デスナイトの横を通り過ぎた。
デスナイトが振り返る。
武蔵は背中を向けたまま言う。
「遅い」
「……」
「重い」
デスナイトが剣を振る。
武蔵は首だけを動かして避ける。
「そして――」
武蔵が振り返る。
「空っぽだ」
(……空っぽ?)
武蔵はデスナイトの顔を見つめている。
「強い力を持っている」
「だが、こやつ自身が戦っているわけではない」
武蔵の視線が、デスナイトの剣へ移る。
「剣を握っているだけだ」
そして武蔵はアルベドを見る。
先ほどまで死闘を繰り広げた相手。
「そこの女子とは、まるで違う」
アルベドが眉をひそめる。
「女子……」
しかしアインズは、そんなアルベドの反応を気にする余裕がなかった。
(どうして分かる?)
アインズには分かっている。
デスナイトの能力値。
そしてアルベドとの圧倒的な差。
だが、武蔵にはステータスを確認するような魔法を使った様子がない。
(《状態確認》のような魔法でもない……)
武蔵は魔法を使っていない。
ただ見ているだけだ。
いや――
見ているだけではない。
「おぬし」
武蔵がアインズを見る。
「こやつは強いのか?」
「……そうだな。一般的な戦士と比べれば、かなり強い」
アインズは慎重に答える。
すると武蔵は少し考え、
「ふむ」
デスナイトへ視線を戻した。
「そこの女子より、ずっと弱いな」
武蔵は平然と言った。
アインズの眼窩の赤い光が強く揺れる。
(やはり……)
武蔵は、能力値を見ているのではない。
戦士としての経験。
相手の動き。
身体から発せられる圧。
そして何より――
戦う者が持つ「気配」そのものを感じ取っている。
アインズは心の中で呟く。
(この男……)
(いったい、何者なんだ?)
武蔵はそんなアインズの疑念など知る由もなく、デスナイトを眺めながら笑った。
「面白い術だ」
そしてアルベドを見る。
「だが、やはり――」
口元がニヤリと吊り上がる。
「おぬしのほうが、よほど斬り甲斐がある」
アルベドの額に、先ほどの汗とは別のものが浮かんだ。
そしてアインズは確信する。
――この男を、もっと知る必要がある
この男は、魔法を知らない。
だが“強さ”の構造そのものを理解している。
その事実が、アインズに新たな警戒と興味を芽生えさせていた。
(……この男、ナザリックに招く価値があるかもしれない)