武蔵転生記   作:masasoukoku

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第四十三話

王都の夜を、

 

宮本武蔵が疾走する。

 

炎が舞う。

 

あがる悲鳴。

 

悪魔。

 

兵士。

 

冒険者。

 

だが武蔵には関係ない。

 

弱いものには興味がない。

 

求めるのはただ一つ。

 

強者。

 

「ん」

 

鼻を鳴らす。

 

「……あそこか」

 

気配を追う。

 

その先。

 

石畳の広場。

 

そこにいた。

 

ブレイン・アングラウス。

 

そして。

 

仮面をつけた女。

 

その正体は

シャルティア・ブラッドフォールン。

 

ブレインは剣に手をかける。

 

汗が流れる。

 

圧が違う。

 

(あのセバスさんと同じだ)

 

いや違う。

 

セバスは武。

 

純粋な武の圧。

 

だがこの女は。

 

禍々しい。

 

死そのもの。

 

以前なら逃げていた。

 

だが違う。

 

セバスとの出会い。

 

武蔵との言葉。

 

おれは変わった。

 

逃げない。

 

やれることをやる。

 

負けるなら、

 

その後だ。

 

ブレインが抜く。

 

居合。

 

閃光。

 

一瞬。

 

世界が止まる。

 

そして抜けた。

 

斬ったことを確信。

 

シャルティアはゆっくり爪を見る。

 

「あや?」

 

伸ばした爪の先が切れていた。

 

「おやおや」

 

「斬れてしまったでありんす」

 

ブレインの目が見開く。

 

できた。

 

武蔵に弾かれたあの日と違う。

 

今度は届いた。

 

だが。

 

シャルティアは笑う。

 

「けれど」

 

「もう終わりでありんすよ」

 

ブレインにもわかる。

 

二度はない。

 

今の一撃が限界。

 

ここまで。

 

だが不思議と悔いはない。

 

空を見上げる。

 

「武蔵さん……」

 

「おれ、林崎の域に達したかなぁ……」

 

その時。

 

背後から声。

 

「おう!」

 

風が裂ける。

 

土煙。

 

「達したぞ!」

 

ブレインが振り返る。

 

そこにいた。

 

武蔵。

 

にやりと笑う。

 

「この宮本武蔵」

 

「見届けさせてもらった」

 

ブレインの顔が崩れる。

 

笑った。

 

シャルティアは首をかしげる。

 

「また強いのが来たでありんすねぇ」

 

武蔵は笑う。

 

「ほお」

 

「女か」

 

「だが強い」

 

「よし」

 

その目が輝く。

 

シャルティアも笑う。

 

二つの怪物が、

 

向かい合った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

シャルティア・ブラッドフォールンと

宮本武蔵が向かい合う。

 

夜風が止まる。

 

炎の音さえ遠い。

 

武蔵は目を細めた。

 

じっと見る。

 

匂いを嗅ぐように鼻を鳴らす。

 

「おまえ」

 

「さっきのヤルダバオトと同じじゃな」

 

シャルティアの眉がぴくりと動く。

 

武蔵は続ける。

 

「アインズ殿の家臣か」

 

「!」

 

シャルティアの瞳が細くなる。

 

なぜわかる。

 

匂い?

 

気配?

 

魂?

 

理解不能。

 

だが確実に見抜かれている。

 

(アルベドが斬られた時は油断と思った)

 

(でも違う)

 

(この男……)

 

(本当に強い)

 

シャルティアは口元を吊り上げた。

 

「違うでありんすね」

 

「強者」

 

その声にわずかな興奮。

 

そして決意。

 

一度は洗脳され、

 

アインズ様に刃を向けた。

 

だが赦された。

 

復活させてもらった。

 

その御恩。

 

返さねばならない。

 

それが存在意義。

 

「ここであなたを殺すでありんす」

 

武蔵はちらりと後ろを見る。

 

ブレイン・アングラウスを。

 

「ブレイン」

 

「貸せ!」

 

「!」

 

ブレインは一瞬も迷わない。

 

「武蔵さん!」

 

「これを!」

 

剣を投げる。

 

武蔵は空中で掴む。

 

鞘ごと受け取り、

 

すらりと抜いた。

 

刃が月光を映す。

 

その瞬間。

 

空気が変わった。

 

「!?」

 

シャルティアの顔色が変わる。

 

さっきまでと違う。

 

別物。

 

今までは野生。

 

暴風。

 

獣。

 

だが今は。

 

静か。

 

深い。

 

底なし。

 

これは――

 

アインズ様と対峙した時の、

 

あの絶対的な死の圧に似ていた。

 

武蔵は静かに構える。

 

正眼。

 

微動だにしない。

 

ブレインが震える。

 

(これが……)

 

(武蔵さんの本気)

 

シャルティアも理解する。

 

(まずい)

 

(これは遊べない)

 

その本能が告げていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

宮本武蔵は剣を構えたまま、

 

静かに言った。

 

「武士とは――」

 

シャルティア・ブラッドフォールンが眉をひそめる。

 

「なにを言ってるでありんす」

 

武蔵の目は動かない。

 

ただ真っ直ぐ。

 

「兵法の道を確かに会得し」

 

「武芸によく励み」

 

「文武両道に精通し」

 

「心迷うことなく」

 

「常に怠ることなく」

 

「心・意、二つの心を磨き」

 

「観・見、二つの目を研ぎ」

 

「少しも曇りなく」

 

「迷いの雲の晴れ渡ったところ――」

 

武蔵の呼吸が消える。

 

「そこが実の『空』」(*1)

 

後ろで聞く

ブレイン・アングラウスの胸が震える。

 

まただ。

 

この男の言葉は、

 

剣より深く刺さる。

 

「武蔵さん……」

 

だがシャルティアは鼻で笑う。

 

「そんな迷い事で」

 

「わっちがたぶらかされるとでも?」

 

口元を吊り上げる。

 

「わっちは真祖」

 

「おまえごとき人間が敵うはずがないでありんす」

 

武蔵はただ頷いた。

 

「そうか」

 

静寂。

 

正眼。

 

微動だにしない。

 

シャルティアが消える。

 

「いくでありんす!」

 

爆速。

 

地面が抉れる。

 

一瞬で間合いを消す。

 

正面。

 

横。

 

背後。

 

武蔵は動かない。

 

シャルティアが後ろを取る。

 

「とった!」

 

首筋へ食らいつく。

 

牙をたてる。

 

吸血。

 

生命力を吸い尽くす。

 

「くく」

 

「このまま干物にしてやるでありんす」

 

武蔵の声は静か。

 

「やってみせい」

 

動揺はなし。

 

シャルティアが力を込める。

 

ぐぐぐ。

 

首筋へ牙を押し込む。

 

だが。

 

「……?」

 

入らない。

 

「こ、この!」

 

さらに押す。

 

入らない。

 

牙が止まる。

 

筋肉。

 

皮膚。

 

その層が異常に硬い。

 

まるで鋼。

 

「どうした」

 

武蔵が言う。

 

シャルティアの目が見開く。

 

「ぐ……!」

 

「こ、この!」

 

牙が立たない。

 

真祖の吸血牙が。

 

人間相手に。

 

通らない。

 

ブレインが震える。

 

「ありえない……」

 

武蔵はゆっくり笑った。

 

「歯が弱いのう」

 

 




(*1)草思社「文庫決定版五輪書現代語訳」より
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