武蔵転生記   作:masasoukoku

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第四十四話

「この……!」

 

シャルティア・ブラッドフォールンが吼える。

 

「このシャルティア様が――!」

 

渾身。

 

全力。

 

首筋へ牙をねじ込む。

 

ギリギリギリ――

 

そして。

 

『バキ!』

 

乾いた大音。

 

地面に白いものが落ちた。

 

一本。

 

二本。

 

折れた犬歯。

 

シャルティアの顔から血の気が引く。

 

「な……」

 

「ななな……」

 

信じられない。

 

自分の牙が。

 

折れた。

 

宮本武蔵は微動だにせず、

 

首をぽりぽり掻く。

 

「弱いの」

 

さらりと言う。

 

「もっと歯を磨け」

 

その一言。

 

シャルティアの理性が吹き飛んだ。

 

「おのれ……!」

 

「おのれ!」

 

「おのれぇぇぇ!!」

 

殺気が爆発する。

 

魔力が噴き出す。

 

真祖として生まれて以来、

 

これほどの怒りはない。

 

「このシャルティア様を侮辱するなど!」

 

「許さない!」

 

「殺す!」

 

「殺してやる!!」

 

大気が震える。

 

ブレインは膝をつく。

 

圧だけで呼吸ができない。

 

武蔵だけが笑っていた。

 

「よい」

 

「そうでなくては」

 

その時。

 

伝言(メッセージ)。

 

デミウルゴスの声。

 

「シャルティア」

 

「作戦は成功しました」

 

「引きますよ」

 

シャルティアが怒鳴る。

 

「はぁ!?」

 

「何を言ってる!」

 

「私はこの武蔵を殺す!」

 

「でないと私は――」

 

声が遮られる。

 

低く。

 

絶対の声。

 

アインズ・ウール・ゴウン。

 

「シャルティア」

 

その一声で空気が変わる。

 

シャルティアが凍りつく。

 

「アインズ様……!」

 

アインズの声は静かだった。

 

「お前の忠誠」

 

「しかと見せてもらった」

 

「今回の作戦」

 

「お前の働き、大なること認める」

 

「だから引け」

 

絶対命令。

 

シャルティアの肩が震える。

 

悔しい。

 

殺したい。

 

今すぐ噛み砕きたい。

 

だが。

 

主命は絶対。

 

「……うぐぐ」

 

涙すら滲む。

 

そして武蔵を睨む。

 

「武蔵!」

 

「次はないと知れ!」

 

空間が歪む。

 

転移。

 

その姿が消える。

 

静寂。

 

武蔵は首を回す。

 

「ほう」

 

「逃げたか」

 

つまらなそう。

 

後ろでブレインが呆然。

 

今の怪物。

 

あれを。

 

追い返した。

 

武蔵は剣を肩に乗せ、

 

振り返る。

 

「ブレイン」

 

剣を返す。

 

「よい剣じゃ」

 

ブレインは震える手で受け取った。

 

そして思った。

 

(この人……)

 

(人間じゃない)

 

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王都の夜は終わった。

 

ヤルダバオトは炎の向こうで笑い、

 

「また来ますよ」

 

そう言い残して去った。

 

ゲヘナ作戦は成功。

 

王都の損害は甚大だった。

 

倉庫は焼け、

 

物資は奪われ、

 

多くの住民が攫われた。

 

それでも――

 

王国の人々が見たのは、

 

悪魔を退けた英雄。

 

モモンだった。

 

その功績により、

 

レエブン侯を通じて、

 

ランポッサ三世より

 

「ランポッサの短剣」を授与される。

 

名声はさらに高まり、

 

王国最強の冒険者としての地位を固めた。

 

セバス・チャンは、

 

ツアレ・ニーニャ・ベイロンを連れてナザリックへ帰還。

 

彼女は新たな庇護を得た。

 

ブレイン・アングラウスとクライムも、

 

この戦いで確かな成長を得た。

 

剣士として。

 

騎士として。

 

生き方として。

 

蒼の薔薇もまた変わった。

 

ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラは、

 

強者に恋をした。

 

そして一瞬で失恋した。

 

史上最速記録だった。

 

仲間たちは慣れていた。

 

イビルアイは、

 

完全にモモンに恋をした。

 

彼の背中を思い出しては赤面する日々。

 

一方ナザリック。

 

デミウルゴスとシャルティア・ブラッドフォールンは、

 

アインズ・ウール・ゴウンより褒美を授かり、

 

その忠誠をさらに深めた。

 

同時に。

 

武蔵への復讐心も燃え上がる。

 

デミウルゴスは顔の傷を撫で、

 

シャルティアは折れた犬歯を見つめる。

 

「次こそ……」

 

その怨念は深かった。

 

そして――

 

ナーベラル・ガンマは。

 

部屋で一人。

 

鏡の前に立っていた。

 

エントマの言葉を思い出す。

 

「食べたいって言われた」

 

武蔵の顔が浮かぶ。

 

エントマを見る目。

 

自分を見る目。

 

違いを思い出す。

 

沈黙。

 

そして。

 

「……私は」

 

「当て馬じゃない」

 

拳を握る。

 

耳まで赤い。

 

その夜、

 

ナーベは珍しく眠れなかった。

 

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王都を東へ――。

 

 宮本武蔵は、夕暮れに染まる街道をひとり歩いていた。

 

 行き先は決めていない。ただ、強者の匂いを追うだけの旅。

 

 風が吹く。草が鳴る。遠くで鳥が鳴く。

 

 その背後、いつものように影に潜む気配があった。

 

「おい」

 

 武蔵が声をかける。

 

「いつまでついてくる」

 

 返事はない。

 

 当然だ。シャドウ・デーモンは喋らない。

 

 ただ、ぶるぶると震える気配だけが伝わる。

 

 武蔵は笑った。

 

「話し相手がおるのはよいな」

 

 昔の武者修行は孤独だった。

 

山を越え、川を越え、ただ斬って、ただ生きた。

 

 誰も隣にはいなかった。

 

 今は違う。

 

 見えぬ影でも、後ろに気配があるだけで妙に気が紛れる。

 

「ところでお主、なんぞ寂しそうじゃな」

 

 ぶるぶるぶる。

 

(あんたのせいだよ!)

 

 シャドウ・デーモンは心の中で絶叫した。

 

 ナザリックに帰れば、守護者たちから何を言われるかわからない。

 

しばらく武蔵についていくしかない。

 

 そう決意した、その時だった。

 

 街道脇。

 

 一人の女が腕を組んで立っていた。

 

黒髪、白い肌、切れ長の冷たい目。

 

 だが耳だけ赤く染まっている。

 

 ナーベラル・ガンマ――ナーベだった。

 

「ん?」

 

武蔵が足を止める。

 

「ナーベではないか。どうした」

 

 ナーベはそっぽを向いたまま、小さな紙袋を投げる。

 

「変態。これをあげるわ」

 

 武蔵は受け取る。

 

 中を開くと干し肉と焼き菓子が入っていた。

 

「その中に毒が入ってるわ。食べて途中で野垂れ死にすることね」

 

「おお、ありがたい」

 

素直に礼を言う武蔵。

 

 ナーベのこめかみに青筋が浮く。

 

「……なんで礼を言うのよ」

 

「食い物はありがたい」

 

「そういう意味じゃない!」

 

武蔵は首をかしげた。

 

「ところで、なんでわしが変態じゃ?」

 

 ナーベの顔が一気に赤くなる。

 

「胸に手を当てて、よーく考えなさい!」

 

「うーむ」

 

 本当に胸に手を当てて考える武蔵。

 

 数秒。

 

「……わからん」

 

「このっ……!」

 

ナーベは拳を震わせた。

 

 だが殴らない。

 

 殴れば多分、また変な顔で笑われる。

 

 それが腹立たしい。

 

 武蔵は紙袋を腰に下げる。

 

「ではな」

 

 ひらりと手を振り、東へ歩き出す。

 

「どこ行くのよ、変態!」

 

背を向けたまま武蔵が答える。

 

「さあな。風に聞いてくれ。それとも後ろのやつにでも」

 

 カカカ、と笑いながら去っていく。

 

 ナーベはその場に残り、影の中を睨みつけた。

 

 シャドウ・デーモンがぶるぶる震える。

 

「……あんた、余計なこと喋ったでしょ」

 

 ぶんぶんぶん!

 

 必死に否定するデーモン。

 

 ナーベは小さく舌打ちした。

 

 そして遠ざかる武蔵の背を見る。

 

 夕陽の中、小さくなっていく。

 

「なによ……」

 

 小さく呟く。

 

「ついてこい、くらい言いなさいよ……」

 

 その声は風に消えた。

 

 武蔵は聞こえない。

 

 だがシャドウ・デーモンだけは聞いていた。

 

(……これは面倒なことになった)

 

 そう思いながら、今日もまた震えながら武蔵の影へと潜り込むのだった

 

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