霧は深かった。
街道を覆う白い靄は、木々の輪郭さえ曖昧に溶かし、昼だというのに薄暮のような気配を漂わせている。
宮本武蔵は、ナーベラルから渡された紙袋の中身を食い終えていた。
干し肉に焼き菓子。妙に手が込んでいる。
干し肉を噛みしめる。
塩気が強い。保存食らしい無骨な味だ。
焼き菓子は意外と甘い。
「うむ、これはなかなか」
「毒と言うておったが……うむ、うまい」
もぐもぐと食う。
最後の一欠片を口に放り込み、満足そうに頷く。
「これで酒でもあれば完璧じゃったが……まあよい」
背後の影に潜むシャドウ・デーモンが、ぶるりと震えた。
(毒なんか入ってるわけないだろ……)
「おぬしも食うか?」
当然返事はない。
「そうか。まあ、肉はやらん」
(なんで俺が旅のお供みたいになってるんだ……)
本人にしか聞こえない嘆きだった。
武蔵は笑い、再び歩き出した。
東へ。
行き先などない。
ただ強者を探して。
ただ剣を交えるためだけに。
そんな時だった。
「……うむ?」
霧の奥から、かすかに音が届いた。
カン――ッ!
鉄と鉄がぶつかる甲高い音。
続けて怒号。
悲鳴。
武蔵の目が細くなる。
「これは……面白そうな」
次の瞬間、地を蹴った。
霧を裂くように駆ける。
木々の間を抜け、斜面を飛び越え、数十秒で音源へ辿り着いた。
そこには四人組の冒険者がいた。
若い男の剣士。
鎧に傷が走り、息は荒い。
その後ろに神官の男。
必死に回復魔法を唱えている。
さらに女が二人。
一人は弓使い。
もう一人は魔法使い。
だが状況は最悪だった。
周囲を囲むアンデッドの群れ。
スケルトン十数体。
その奥にはゾンビ。
さらに黒いローブを着たレイスまでいる。
「くそっ!」
剣士が叫ぶ。
「数が多すぎる!」
弓使いの女が矢を放つが、骨の隙間を抜けて決定打にならない。
魔法使いも息切れしていた。
「もう魔力が……!」
神官が叫ぶ。
「退路がない!」
その時だった。
霧の中から、
ドゴッ!!
一体のスケルトンの頭が粉砕された。
拳だった。
「うははは!」
笑い声。
武蔵が現れた。
「な、なんだあんた!?」
剣士が目を見開く。
武蔵は答えない。
目の前のスケルトンの胸骨を掴み、
バキィ!!
引きちぎった。
さらにその骨を棍棒代わりに振るう。
ゴシャア!!
三体まとめて吹き飛ぶ。
「ふむ、軽いの」
ゾンビが飛びかかる。
武蔵は片手で顔面を掴み、そのまま地面に叩きつけた。
ズドン!!
頭が潰れる。
弓使いの女が呆然とする。
「な……素手で……?」
神官も震えていた。
「ば、化け物……」
武蔵はレイスを見る。
「ほう、こいつは触れぬか」
レイスが黒い腕を伸ばす。
武蔵は気で真っ二つにする
奥から重い足音。
ズシン。
ズシン。
霧の中から現れた。
三メートルを超える漆黒の甲冑。
巨大な剣。
兜の隙間から青白い炎。
デスナイト。
冒険者たちの顔色が変わる。
神官が震える。
「で、デスナイト……!」
剣士が青ざめる。
「終わった……」
だが武蔵だけが笑った。
「ほう」
目が輝く。
「こやつ、少しはやれそうじゃな」
空気が変わる。
デスナイトが武蔵を見る。
本能なきアンデッドですら警戒するほどの圧。
武蔵は構える。
「さて」
ニヤリと笑う。
「少し遊ぶか」
-------------------------------------------------------------
焚き火の火がぱちぱちと鳴る。
霧はまだ薄く漂い、倒したアンデッドの残骸が遠くに転がっていた。
ワーカー集団、フォーサイトの面々は、目の前の男を改めて見ていた。
デスナイトを骨一本で叩き潰した怪物。
その名は――宮本武蔵。
ヘッケランが顎をさすりながら言う。
「プレイヤーってのはな……昔この世界に現れたっていう、異界の英雄みたいなもんだ」
アルシェが続きを引き取る。
「六大神、八欲王、十三英雄……そういう伝説に名を残す者たちです。
強大な力を持ち、この世界の理を変えたとも」
武蔵は干し肉を噛みながら聞いていた。
「ほう」
イミーナがじっと武蔵を見る。
「あなた、ちょっと似てるのよ。そういう“外”の感じが」
「外か」
武蔵は空を見上げた。
異世界に来てからずっと感じていた違和感。
ここは自分の知る地ではない。
だが、それを深く考える性分でもない。
「つまり、そのぷれいやーとやらは強いのか」
その一言に、四人は苦笑した。
ヘッケランが笑う。
「あんたらしいな。そこしか興味ないのか」
「無論じゃ」
ロバーデイクが神妙に言う。
「ですが……今なお生きているプレイヤーがいるという話は聞きません」
その瞬間、武蔵の脳裏に浮かんだのはアインズ。
その奥に潜む底知れぬ死の気配。
アルシェが尋ねる。
「武蔵さんは、これからどこへ?」
「知らん」
「知らん?」
「強いやつがおるところへ行く。それだけじゃ」
ヘッケランが笑った。
「気に入ったよ、その生き方」
イミーナが呆れる。
「単純すぎるでしょ」
武蔵の背後で、影が震えた。
シャドウデーモンだ。
ぶるぶると、異様なほど激しく。
「ん?」
武蔵が振り返る。
「どうした」
街道の先――東方。
その先から、ぞわりと空気を裂くような巨大な魔力が流れてきていた。
アルシェが顔色を変える。
「こ、この魔力……!」
ロバーデイクも青ざめる。
「尋常ではありません」
武蔵は立ち上がる。
にやり、と笑った。
「なるほど。次が来たか」
ヘッケランが止める。
「待てよ! あっちはヤバいぞ!」
武蔵は振り返らない。
「ヤバいから行くんじゃ」
風が吹き、霧が流れる。
その向こうで、何か巨大な影が蠢いていた――。