武蔵転生記   作:masasoukoku

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第四十六話

巨大な魔力の流れる方へ向かって、武蔵は歩を進めた。

 

 背後では、ヘッケランたち――ワーカー《フォーサイト》が不安げに見送っている。

 

「おれたちはここで待ってるよ!」

 

 リーダーのヘッケランが声を張る。

 

「ヤバいと思ったらここへ戻ってきてくれ!」

 

 武蔵は振り返らず、片手をひらひらと振った。

 

「わかった、わかった」

 

 言葉は軽い。

 

 だが戻る気など最初からない。

 

 強きものがいる。

 

 それだけで足が向く。

 

 霧はどんどん濃くなっていった。

 

白い。

 

 まるで世界そのものが消えていくような深い霧。

 

 だが奇妙だった。

 

「……うむ?」

 

 武蔵は眉をひそめる。

 

 先ほどまでうようよしていたアンデッドが、一体もいない。

 

 気配すらない。

 

 逃げた。

 

 いや、近寄れぬのだ。

 

もっと上位の存在を恐れて。

 

 武蔵の口元が歪む。

 

「これはよほどの強者じゃな」

 

 胸が躍る。

 

 自然と足が速くなる。

 

 ふと気づく。

 

「そういえば」

 

いつも影に潜んでついてくるシャドウデーモンがいない。

 

 武蔵は振り返る。

 

 当然見えぬ。

 

 だがいない気配だけはわかった。

 

「ほう」

 

 武蔵は笑った。

 

「おぬしが逃げるほどか」

 

ますます面白い。

 

 そして――

 

 霧の奥から、ぎぃ……と木が軋む音がした。

 

 前方。

 

 何もないはずの平原の中。

 

 そこに現れた。

 

「ほお」

 

船だった。

 

 巨大な帆船。

 

 だが海ではない。

 

 森の中を滑るように浮かんでいる。

 

 船体は黒ずみ、ところどころ腐っている。

 

 マストにはぼろぼろの帆。

 

 甲板には青白い火が灯り、誰もいないはずなのに気配だけが満ちていた。

 

 幽霊船。

 

 武蔵は腕を組んで見上げた。

 

「なかなか趣がある」

 

船は音もなく武蔵の前で止まる。

 

 そして――

 

 するすると縄梯子が垂れた。

 

 まるで招いているように。

 

「あがってこいということか」

 

 武蔵は笑った。

 

「よい」

 

 縄梯子に手をかける。

 

ぎしり。

 

 一段。

 

 二段。

 

 三段。

 

 登るたび、霧の中から無数の視線を感じる。

 

 見えない。

 

 だが確かにいる。

 

 死者たちだ。

 

それでも武蔵の心は静かだった。

 

 いや、静かに昂ぶっていた。

 

「さて――」

 

 甲板へ手をかける。

 

「どんな化け物がおるのやら」

 

-------------------------------------------------------------

甲板へ上がった瞬間だった。

 

 ガシャリ。

 

 ガシャガシャガシャ――!

 

 周囲を囲むように現れたのは、船員服を着たスケルトンたちだった。

 

 ぼろぼろの三角帽子。

 腐りかけた水兵服。

 腰には錆びたカトラス。

 

 眼窩には青白い炎が揺れている。

 

 十体。

 

 二十体。

 

 さらに奥からまだ現れる。

 

武蔵は肩を回した。

 

「ほお、大歓迎じゃな」

 

 一斉に襲いかかる。

 

 最初の一体。

 

 振り下ろされた剣を半身でかわし――

 

 ドゴッ!!

 

 拳で顔面を砕く。

 

 頭蓋が吹き飛ぶ。

 

二体目。

 

 横薙ぎ。

 

 武蔵は踏み込み――

 

 バキィ!!

 

 膝蹴りで胴骨を粉砕。

 

 三体目。

 

 背後から突き。

 

 振り返らずに――

 

 バチン!!

 

 手刀。

 

 首骨が飛ぶ。

 

四体目、五体目、六体目。

 

 蹴り。

 

 拳。

 

 肘。

 

 頭突き。

 

 ただそれだけ。

 

 剣すら抜かぬ。

 

 まるで踊るように。

 

 いや――舞うように。

 

 骨が砕ける音が、甲板に鳴り響く。

 

 バキ、ガシャ、ドゴン!

 

 わずか数息。

 

 甲板に残ったのは砕け散った骨だけだった。

 

武蔵は肩についた骨粉を払う。

 

「やれやれ」

 

 つまらなそうに言う。

 

「これでは舞じゃな」

 

 昔、愚地独歩に言ったのと同じ言葉。

 

 戦いではない。

 

 戯れだ。

 

その時だった。

 

 鼻を刺す腐臭。

 

 奥へ行くほど濃くなる。

 

 血でも腐肉でもない。

 

 もっと深い死の臭い。

 

 武蔵の目が細まる。

 

「主か」

 

 ぎし、ぎし。

 

 船板を踏みしめながら進む。

 

 奥の船長室。

 

 扉は半ば腐り落ちていた。

 

 その先。

 

 暗闇の中にひとつの巨影。

 

 椅子に腰掛けていた。

 

 全身に海藻をまとい、朽ちた軍帽を被る巨躯。

 

 片目は潰れ、もう片方だけが赤く燃えている。

 

 右腕には巨大な錨を加工した斧。

 

左腕には船の鎖が巻きついていた。

 

 足元には白骨が積み上がっている。

 

 船長グレルネ。

 

 この幽霊船を束ねる亡霊王。

 

 グレルネはゆっくり立ち上がった。

 

 その動きだけで船が揺れる。

 

「……生者」

 

 低く、海底から響くような声。

 

 武蔵は笑った。

 

「なかなかの匂いじゃ」

 

 グレルネが斧を肩に担ぐ。

 

「貴様……我が船に上がったこと、後悔するぞ」

 

 武蔵は腕を組んだ。

 

「後悔はせん」

 

 一歩前へ。

 

「期待はしとるがな」

 

 その瞬間。

 

 グレルネの赤い目が大きく燃え上がった。

 

 船内に黒い霧が噴き出す。

 

死者の呻きが響く。

 

 武蔵の頬がゆっくりとつり上がる。

 

 ようやく――

 

 戦える。

 

「さて」

 

「どこまで楽しませてくれる」

 

-------------------------------------------------------------

甲板の上。

 

 霧が渦巻き、幽霊船そのものが唸るように軋んでいた。

 

 向かい合う二人。

 

 亡霊船長グレルネ。

 

 剣鬼・宮本武蔵。

 

 グレルネは赤い片目で武蔵を見据える。

 

「お前の名は」

 

 低い声。

 

 武蔵は自然体のまま答えた。

 

「宮本武蔵」

 

「武蔵……むさしか」

 

グレルネは顎を鳴らし、不気味に笑う。

 

「いい名だ」

 

 腐った歯が覗く。

 

「俺と勝負しろ」

 

 海藻まみれの肩を揺らしながら言った。

 

「勝てばこの船を降りるがいい」

 

 その赤い眼が細まる。

 

「負ければ――俺のしもべだ」

 

武蔵は鼻を鳴らした。

 

「面白い」

 

 グレルネが腰のシミターを抜く。

 

 錆びている。

 

 だがそこに宿る魔力は尋常ではない。

 

「いくぞ!」

 

 瞬間――

 

 ブン!!

 

 シミターを投げた。

 

 一直線。

 

 武蔵の喉元へ。

 

 だが武蔵は首をわずかに傾ける。

 

 ヒュン!!

 

 刃は頬をかすめ、甲板へ突き刺さった。

 

 その瞬間。

 

 グレルネが地を蹴る。

 

 速い。

 

 そして叫ぶ。

 

「ばかめ!」

 

 両手を突き出す。

 

「俺は魔導士!」

 

 掌に赤い魔法陣。

 

「ファイヤーボール!!」

 

 轟音。

 

 爆炎。

 

 武蔵を飲み込み、甲板が爆ぜる。

 

火柱が夜空へ立ち上る。

 

 グレルネは高笑いした。

 

「ふははは!」

 

 腕を広げる。

 

「勝った! たわいもない!」

 

 霧の中に炎が揺れる。

 

 勝利を確信した。

 

 ――だが。

 

「そうか」

 

 その声。

 

 炎の中から。

 

 グレルネの笑みが止まる。

 

「バ、バカな」

 

 炎を割って、武蔵が歩いてくる。

 

 着物は少し焦げている。

 

 髪も焼けている。

 

 だが。

 

 傷ひとつない。

 

 武蔵は肩の煤を払った。

 

「まあ」

 

 静かに言う。

 

「投げた瞬間の動きでわかった」

 

 甲板に刺さったシミターを見る。

 

「おぬしが魔導士だとな」

 

 グレルネの顔が歪む。

 

「な……何故わかった!」

 

 武蔵は口元を上げた。

 

「剣士以外が剣を捨てるときはな」

 

 一歩踏み出す。

 

「剣に執着がない」

 

さらに一歩。

 

「つまり剣が本命ではない」

 

 武蔵の目が鋭くなる。

 

「次はわしの番じゃ」

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