アインズ・ウール・ゴウンは思考していた。
――この男をナザリックへ招くべきか。
危険だ。
だが同時に、計り知れぬ価値がある。
武という概念そのものを極めた異邦人。
もし敵対すれば厄介極まりない。
ならば、今のうちに関係を築くべきか。
そう考えた、その時。
「きゃあああっ!!」
村の奥から、二人の少女の悲鳴が響いた。
切迫した、生の恐怖。
武蔵の目が動く。
思考より先。
身体が先に反応した。
地を蹴る。
ドンッ!!
土が爆ぜた。
次の瞬間、宮本武蔵の姿が消えていた。
「――!」
アインズの眼窩の光が揺れる。
「速い!」
視界から完全に消えた。
ただ遠方で木々が裂ける音だけが連なっている。
アインズは即座に速度を測る。
(瞬間加速だけなら……コキュートス並みか)
それは異常だった。
純粋な身体能力でナザリック守護者級に迫る。
魔法も強化もなく。
アルベドもまた目を見開いていた。
「まさか……」
信じられない。
「人間風情が」
先ほどまで交戦していたからこそわかる。
あの男は本気をまだ見せていない。
剣を拾い、ようやく入口に立っただけ。
その事実がアルベドを苛立たせる。
一方、武蔵は森を駆ける。
風を裂く。
血の匂い。
怯えた呼吸。
すぐそこ。
木々を抜けた先――
二人の少女がいた。
エンリ・エモットと
ネム・エモット。
その前には、まだ生き残っていた騎士が剣を振り上げていた。
武蔵の目が細まる。
「まだいたか」
騎士が振り向く。
だが、見えない。
首が落ちる方が早かった。
血が噴き上がる。
エンリとネムは呆然と、その男を見上げる。
血に染まり、傷を負いながら笑う剣豪。
武蔵は二人を見て言った。
「もう大丈夫だ」
その背後から遅れて現れるアインズとアルベド。
デスナイトは残るよう命じてある
アインズは思う。
(……速さだけではない)
迷いがない。
人を救うことにも、斬ることにも。
その行動速度そのものが、武蔵の強さの根源。
倒れた騎士の陰で、
エンリ・エモットは肩を押さえて震えていた。
浅くない傷。
血が流れている。
アインズは無言で懐から赤い小瓶を取り出した。
「傷ついているな」
ポーション。
この世界では希少な高級品。
エンリの口へ流し込む。
淡い光が傷を包み、裂けた肉がみるみる塞がっていく。
「……え?」
エンリは呆然と自分の腕を見た。
痛みが消えている。
武蔵はそのポーションを興味をもって見た
(戦で使える)
隣で震えていたネム・エモットも目を丸くした。
エンリは必死にアインズへ縋る。
「お、おねがいします……村を……村を助けて……!」
涙声だった。
村のあちこちからまだ火の手が上がっている
だが武蔵は、その様子を一瞥しただけでそっぽを向いた。
興味がない。
戦う相手が弱すぎる。
助ける理由もない。
ただ、強者がいれば斬る。
それだけ。
アインズは横目で武蔵を見る。
(……カルマ値は中立か)
善でも悪でもない。
己の快・不快に従って動く。
ある意味、一番読みづらい類だ。
エンリは息を整えながら話す。
「村が……騎士たちに襲われて……!」
アインズは静かに答える。
「大丈夫だ」
骸骨の顔に表情はないが、その声は落ち着いていた。
「私の部下が、騎士たちを退治した」
そう言ってアルベドへ視線を送る。
アルベドも頷く。
エンリの表情にわずかに安堵が宿る。
(地元住民の心を掴むのも必要だからな)
アインズの思考は冷静だった。
情報収集。
信頼獲得。
この世界で基盤を築くための第一歩。
その隣で武蔵は空を見上げていた。
「……退屈だな」
村人の感謝も、助命も、興味はない。
だがアインズはその一言を聞き逃さない。
「ならば、武蔵さん」
武蔵が横目で見る。
「この先には、おそらくお前が退屈しない者たちもいます」
武蔵の目がわずかに細くなる。
「ほう?」
アインズの誘いは、少しずつ形を帯び始めていた。