「それじゃあ――!」
ヘッケランがジョッキを掲げる。
「武蔵さんとの出会い!」
「アルシェの借金返済!」
「そして武蔵さんが新しい相棒を見つけたことを祝して!」
「乾杯!」
「乾杯!」
黄金の林檎亭に声が響く。
酒がぶつかる音。
笑い声。
肉の焼ける匂い。
実に良い夜だった。
武蔵も大きなジョッキを一気にあおる。
「うむ」
「悪くない酒じゃ」
いつもなら影に潜んでいるシャドウデーモンはいない。
理由は単純。
新しい刀が怖い。
あの剣呑な気配に近づけないのだ。
店の外で震えている。
酒が進む。
肉が減る。
笑い声が増える。
しばらくして。
ヘッケランが聞いた。
「それでこれからどうするんですか?」
武蔵は杯を置く。
「そうじゃのお」
「この帝都」
「強そうなやつがおりそうな気がする」
「そいつらと立ち合いたい」
ヘッケランが笑った。
「それなら四騎士と武王ですね」
「そいつらは?」
武蔵が興味を示す。
「四騎士は皇帝直属の騎士です」
「帝国最強クラス」
「そして武王は闘技場最強」
「今は八代目です」
武蔵の目が細くなる。
「ほお」
「それは楽しみじゃ」
その目。
獣が獲物を見つけた目だった。
ヘッケランが少し緊張しながら口を開く。
「あの……それとですね」
「よければ俺たちのメンバーになりませんか」
「い、いや無理にとは言いません!」
イミーナがすかさず肘を入れる。
「ヘッケラン」
「あなた急すぎ」
だが武蔵は笑った。
「仲間か」
「うむー」
酒を飲む。
少し考える。
「そいつらと戦う間の短い付き合いじゃが」
「それでもよければ入ってもいい」
一瞬。
場が止まる。
「え!?」
ヘッケランが立ち上がった。
「やった!」
アルシェも顔を輝かせる。
「本当ですか!?」
ロバーデイクも笑う。
「これは心強い」
イミーナは肩をすくめる。
「ま、断られると思ってた」
ヘッケランがジョッキを持ち上げる。
「それじゃあ!」
「新メンバー武蔵さんを祝して!」
「カンパーイ!」
「乾杯!」
その時だった。
バァン!!
店の扉が乱暴に開く。
帝国兵たちがどやどやと入ってくる。
客たちがざわつく。
そのまま一直線にヘッケランたちの机へ。
先頭の隊長格の男が睨みつけた。
「おまえがフォーサイトのリーダー、ヘッケランだな」
「な、なんですか」
隊長は懐から書状を出した。
「お前たちには盗品売買の疑いがかかっている」
「逮捕する」
「なっ!?」
ヘッケランが立ち上がる。
イミーナも弓に手をかける。
「ちょっと待ってよ!」
「盗品ってなんのこと!?」
アルシェも青ざめる。
「そんなはずありません!」
隊長は冷たく言う。
「今日、持ち込んだ品だ」
「あれらは帝国登録品に存在しない」
「違法遺物の疑いあり」
ロバーデイクが眉をひそめる。
「そんな無茶な」
ヘッケランが叫ぶ。
「合法の依頼で手に入れたものだ!」
「証拠は?」
隊長が返す。
言葉に詰まる。
幽霊船。
正規の依頼書などない。
そこで。
武蔵が酒を飲みながら口を開いた。
「それはわしが拾ったものじゃ」
隊長が見る。
「貴様か」
武蔵は頷く。
「うむ」
「船ごと貰った」
「……意味がわからん」
隊長の額に汗が浮かぶ。
部下たちもざわつく。
「ふざけるな!」
「全員連行――」
その瞬間。
武蔵の腰の刀が。
ぶるり、と鳴った。
カタカタカタ。
鞘の中で震える。
兵たちが一斉に凍りついた。
ただの殺気ではない。
刀そのものが怒っている。
武蔵は刀を軽く押さえた。
「待て待て」
「まだ抜くでない」
隊長の顔色が真っ白になる。
(な、なんだこいつ……)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
黄金の林檎亭の空気は一変していた。
先ほどまでの祝宴の熱気は消え失せ、帝国兵たちに囲まれたフォーサイトはそのまま店外へ連れ出される。
道には夜風。
兵たちの鎧が鳴る。
周囲を十数人の兵が取り囲んでいた。
ヘッケランが苦い顔をする。
「参ったな……」
イミーナも低く呟く。
「完全に嵌められたね」
アルシェが悔しそうに唇を噛む。
「アイテム屋……最初から通報するつもりだったんだ」
ロバーデイクは冷静に辺りを見ていた。
「ここで抵抗すれば罪が確定します」
その中で。
武蔵だけはのんびりしていた。
酒の酔いもまだ少し残っている。
刀を腰に差し。
隊長の横を歩きながら聞く。
「おぬし」
隊長が睨む。
「なんだ」
「一人身か」
「……は?」
「悲しむ者はおるか」
隊長は眉をひそめた。
「父母は死んだ」
「故郷にも誰もおらん」
「それがどうした」
武蔵は。
「ほお」
にやりと笑った。
次の瞬間。
ギン――
刀が抜かれる。
誰も見えなかった。
風が鳴っただけだった。
「え?」
隊長が声を漏らす。
そして。
ずるり。
身体が上下にずれて地面へ崩れ落ちた。
真っ二つ。
兵たちが凍りつく。
「た、隊長ォ!?」
武蔵は刀身を見る。
「うん」
「血脂もついておらん」
「流石じゃな」
刀を褒めた。
刃には一滴の血もない。
斬ったことすら感じさせぬ。
あまりにも鋭すぎた。
ヘッケランたちも絶句。
「え……」
「ええええ!?」
アルシェが叫ぶ。
「やっちゃった!?」
イミーナが頭を抱える。
「もう完全に犯罪者!」
ロバーデイクが青ざめる。
「いや、もはやそういう問題では……」
兵たちは震えた。
「こ、殺せ!」
「囲め!」
一斉に槍を向ける。
武蔵は笑った。
「よい」
「ちょうどいい」
「試し斬りじゃ」
刀が嬉しそうに震える。
次の瞬間。
風が走る。
いや。
武蔵が走った。
一閃。
二閃。
三閃。
兵たちの武器だけが斬れて宙を舞う。
「なっ!?」
槍の穂先。
剣の刃。
盾。
全部が断たれていた。
人間は無傷。
武蔵は止まる。
「ふむ」
「人は斬らんでもよいか」
兵たちは腰を抜かした。
誰も動けない。
帝都の夜風が冷たく吹いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
隊長の死体が転がり、折れた武器が散乱している。
兵たちは誰一人として武蔵に近づけずにいた。
そのときだった。
奥から――圧が来た。
重い。
ただ歩いてくるだけで、兵たちの背筋が伸びる。
「バジウッド様!」
兵たちが一斉に道を開けた。
現れたのは巨躯の男。
全身を覆う重装甲。
帝国四騎士が一人――バジウッド・ペシュメル。
バジウッドは無惨に両断された隊長の死体を見下ろした。
「……斬ったのはお主か」
低い声だった。
怒りではない。
ただ事実を確認する声。
武蔵は刀を肩に担いで笑う。
「不愉快なことをされたのでな」
「こやつ、悲しむ者がおらんと言うた」
「ならよかろう」
バジウッドは一瞬だけ武蔵を見る。
(理解はできぬが 強い)
その一目で理解した。
この男。
ただの剣士ではない。
いや――化物だ。
だが。
正面からぶつかる必要はない。
「そうか」
バジウッドは静かに手を上げた。
「それ」
兵たちが一斉に動く。
だが向かったのは武蔵ではない。
「なっ!?」
イミーナとアルシェだった。
両腕をねじ上げられ、喉元に刃が突きつけられる。
「くっ!」
「放してください!」
ヘッケランが飛び出そうとするが、槍が首に向けられる。
「動くな」
ロバーデイクも青ざめた。
「まずい……」
バジウッドは武蔵を見据える。
「おとなしくしないと、この女たちはどうなってもしらん」
武蔵は目を細めた。
なるほど。
人質。
正面からでは勝てぬと見ての策。
「ほう」
武蔵は感心したように笑った。
「頭は回るようじゃな」
ヘッケランが叫ぶ。
「武蔵さん! 俺たちはいい!」
イミーナも睨む。
「こんな連中、斬っちゃって!」
だが武蔵は首を振った。
「いや」
「仲間を巻き込むのは性に合わん」
すっと刀を鞘へ納める。
カチリ、と音がした。
「なるほど、人質か」
「しかたなし」
武蔵は両手を上げた。
兵たちが一斉に飛びかかり、拘束具をかける。
だが誰も武蔵に触れるのを怖がっていた。
まるで猛獣を縛るように。
バジウッドはその様子を見ながら思う。
(この男……本当にこれで収まるのか?)
不安がよぎる。
武蔵は笑っていた。
まるで遊びの続きを待つ子供のように。
「城の牢へ連れて行け」
バジウッドが命じる。
兵たちがフォーサイトと武蔵を囲み、帝城へ向かう。
夜の帝都。
その石畳を歩きながら。
ヘッケランは小声で言った。
「……最悪だ」
武蔵は笑う。
「いや」
「おもしろくなってきた」