独房の中は冷えていた。
石壁には湿気がこびりつき、鉄格子の隙間からわずかな灯りが差し込む。
その中心で、武蔵は正座していた。
まるで牢に入れられた囚人ではなく、茶席にでもいるかのような落ち着きぶり。
横には新たに得た無銘の刀。
帝国兵たちは没収しようとした。
だが――抜けない。持てない。
まるで刀そのものが拒絶したかのようだった。
仕方なく、そのまま武蔵の横に置かれている。
隅の影ではシャドウ・デーモンが小さく震えていた。
(また厄介なことに……)
そんな空気の中。
重い足音。
牢の前に現れたのは二人。
ひとりは武蔵を捕らえた男――バジウッド・ペシュメル。
そしてもうひとり。
豪奢な黒衣に黄金の刺繍。
鋭い眼光を持つ若き王。
「おまえが武蔵か」
武蔵は目を開く。
静かに言った。
「人に名を聞くときは、まず名を名乗られよ」
バジウッドが眉を吊り上げる。
「無礼な!」
だが隣の男は片手で制した。
「よい」
男は一歩前に出る。
「私はこのバハルス帝国を統べる者」
「ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ」
武蔵はうなずく。
「宮本武蔵と申す」
ジルクニフはじっと見た。
値踏みするように。
「武蔵……ミヤモトムサシ」
「その名」
「やはりそうか」
ジルクニフの口元が吊り上がる。
「おまえ――ぷれいやーだな?」
その場の空気が変わった。
バジウッドが目を見開く。
「なっ……陛下、それは……!」
武蔵は首を傾げた。
「またそれか」
「さっきから皆それを言う」
「ぷれいやーとは何じゃ?」
ジルクニフの目が細くなる。
(しらばっくれているのか……?)
八欲王。六大神。
この世界を揺るがした異邦の存在。
その名と似た響き。
異常な身体能力。
常識外れの剣技。
そしてあの刀。
偶然では片付かない。
「この世界の理を外れた者たちだ」
「強大な力を持ち、世界を書き換える者」
武蔵はふむ、と鼻を鳴らした。
「知らんな」
「わしはただの武芸者じゃ」
「強いやつと斬り合いたいだけよ」
ジルクニフは黙る。
その言葉に嘘がないことが分かった。
この男は本当に、それ以外考えていない。
バジウッドが腕を組む。
「陛下、こやつは隊長を斬りました。処刑を」
武蔵が口を挟む。
「あれは向こうが仕掛けた」
「わしの連れをハメた」
「礼を失したから斬っただけじゃ」
ジルクニフは笑った。
「はは……面白い」
バジウッドが驚く。
「陛下?」
「武蔵よ」
ジルクニフは鉄格子越しに言う。
「おまえに提案がある」
「処刑か、あるいは――」
「我が帝国の闘技場で戦え」
「武王とだ」
武王
武蔵の目が光った。
「ほう?」
初めて。
牢に入ってから初めて。
武蔵が笑った。
「それは面白い」
隅のシャドウ・デーモンが震える。
(また始まった……)
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「武王――今は八代目だ」
「その真名はゴ・ギン。種族はトロール」
「強いのか?」
「強い」
ジルクニフは即答した。
「だが強すぎる」
「最初はよかった。帝国最強として武威を示せた」
「だが今は違う」
「誰も勝てぬ。誰も挑まぬ」
「闘技場は武王一人の見世物になった」
「強すぎる存在は、時に邪魔になる
武蔵は苦笑した。
「つまり、わしは刺客か」
「そういうことだ」
バジウッドが腕を組む。
「だが奴は強い」
「これまで何人もぶつけたが、ことごとく返り討ちだ」
ジルクニフが続ける。
「だが、お前なら出来る」
「ブレインを一方的に叩きのめした」
「カッツェ平野の幽霊船も制した」
「そして兵を一瞬で無力化した」
「お前ならゴ・ギンを殺せる」
武蔵は笑った。
「ほお」
「そこまで調べたか」
「わが目と耳は一つではない」
ジルクニフの声は冷たい。
「忍びか」
「そう思ってくれて構わん」
武蔵は刀に手を置いた。
「で、報酬は?」
「フォーサイトの罪を取り消す」
「釈放し、今後一切不問とする」
武蔵は少し黙る。
ヘッケラン。
イミーナ。
ロバーデイク。
アルシェ。
酒を酌み交わした仲間たち。
「断れば?」
ジルクニフは薄く笑う。
「その場合、お前を処刑」
「フォーサイトも共犯として処刑」
武蔵は笑った。
「お前を斬った方が早いかもな」
バジウッドが剣に手をかける。
「貴様!」
だがジルクニフは表情を崩さない。
「私を斬って逃げてもいい」
「だが、その後どうする?」
「お前一人ならよかろう」
「だがフォーサイトは?」
「この世で永遠に逃げ続けるか?」
武蔵は沈黙した。
静かに目を閉じる。
しばしの後。
ふっと笑う。
「なるほど」
「よい策じゃ」
ジルクニフが口角を上げた。
「受けるか?」
武蔵は立ち上がる。
刀が嬉しそうに震えた。
「よかろう」
「その武王とやら」
「わしが斬る」
その瞬間。
牢の奥の影でシャドウデーモンがぶるっと震えた。
(また厄介なことになった……)
ジルクニフは満足げに頷く。
「明日、闘技場だ」
「帝国最強と異邦の剣鬼」
「面白い見世物になる」
武蔵は笑う。
「見世物か」
「まあよい」
「強ければ、それでいい」
ジルクニフの情報網はこの世界では各地に張られているという設定です
帝国の忍びクラスのもの 各地のものをスパイとして扱うことも
とはいってもナザリックには遠く及ばない能力ですが
その情報は直接 ジルクニフに集まります
ブレインとの一件は冒険者から カッツエ平野の件は巡回の忍びから得ています
尚その忍びは亡くなっています 死に際に情報を送りました