武蔵転生記   作:masasoukoku

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ラナー殿下登場回です


第五十五話

 ガゼフ・ストロノーフは剣を構えたまま、目の前の男を見据えていた。

 

(しかし……)

 

(あの時以上の圧だ)

 

 以前対峙した時とはまるで違う。

 

 目の前にいるのは同じ男のはず。

 

 だが、別物。

 

 武蔵は静かに刀を抜いた。

 

 鞘走りの音。

 

 キィ――ン

 

 その瞬間。

 

「ぐ!」

 

 ガゼフの背筋が凍る。

 

空気そのものが変質した。

 

 剣圧。

 

 いや。

 

 “死”。

 

 抜刀しただけでこれほどとは。

 

「こ、これは……!」

 

 理解した。

 

 半端では勝負にすらならない。

 

 全力。

 

 最初から。

 

 限界まで武技を重ねる。

 

「武技――可能性知覚」

 

 未来を読む。

 

「急所感知」

 

 致命点を視る。

 

「戦気梱封」

 

 力を圧縮する。

 

「即応反射」

 

 速度を極限まで高める。

 

「流水加速」

 

 身体能力を一気に引き上げる。

 

 そして。

 

 すべてを束ねて放つ。

 

「武技――六光連斬!!」

 

 六つの斬撃。

 

 閃光のような連撃。

 

 王国最強の奥義。

 

 それが武蔵を襲う。

 

だが。

 

 カン。

 

 軽い音だった。

 

 武蔵の刀が。

 

 ただそこにあるだけで。

 

 六連撃すべてを受け止めていた。

 

「な……!」

 

 ガゼフの目が見開く。

 

 武蔵はわずかに笑う。

 

「惜しいのお」

 

 次の瞬間。

 

「ぐはっ!」

 

 ガゼフが血を吐いた。

 

 膝をつき。

 

 地面に手をつく。

 

 限界を超えていた。

 

 一度に武技を重ねすぎた反動。

 

 武蔵は刀を肩に乗せた。

 

「この六光連斬」

 

「体力を使いすぎじゃな」

 

「もう少し鍛えんとな」

 

 ガゼフは苦笑した。

 

「し……しかし」

 

「さすがですね」

 

息を整えながら言う。

 

「アインズ・ウール・ゴウン殿といい」

 

「あなたといい」

 

「化け物すぎる」

 

 武蔵は鼻で笑った。

 

「まあ修行じゃ」

 

 そして少し楽しそうに目を細める。

 

「しかし」

 

「いいものを見せてもらった」

 

「今度使ってみようかの」

 

ガゼフの目が見開く。

 

(見ただけで覚える気か……!?)

 

 武蔵は刀を収めた。

 

 もう戦う気はない。

 

 そのまま王城へ歩き出す。

 

 ガゼフは止めなかった。

 

 止められないと知っていた。

 

 王城の門前。

 

 そこに一人。

 

 赤い鎧の青年騎士。

 

 クライム。

 

 剣を帯び。

 

真っ直ぐ立っていた。

 

 だが敵意はない。

 

 クライムは深く一礼する。

 

「武蔵殿」

 

「ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ殿下がお待ちです」

 

 武蔵は眉を上げた。

 

「ほう」

 

「話が早いのお」

 

 影の中でシャドウデーモンが震える。

 

(嫌な予感しかしない)

 

-------------------------------------------------------------

クライムに案内されながら、武蔵は王城の廊下を歩く。

 

 深夜の静寂。

 

 足音だけが響く。

 

 武蔵はふとクライムを見る。

 

「クライム」

 

「お主、修業に励んでおるな」

 

 クライムが目を瞬かせる。

 

「え?」

 

 武蔵は笑った。

 

「今なら多少の圧を受けても動けるじゃろ」

 

 クライムの顔が固まる。

 

(そ、そうだったのか……!)

 

 思い返す。

 

 背後から感じていた妙な重圧。

 

 あれは全部この男のものだった。

 

 知らぬ間に鍛えられていたらしい。

 

 後ろの影。

 

 シャドウデーモンが小さく震える。

 

(もう萎れそうだ……)

 

 やがて一室の前で止まる。

 

 クライムが扉を開いた。

 

「この部屋で殿下はお待ちです」

 

「そうか」

 

 武蔵は何の警戒もなく入る。

 

 室内。

 

 豪華な調度。

 

 月光の差し込む窓辺。

 

 そこに一人。

 

 ラナーが微笑んでいた。

 

 白いドレス。

 

 完璧な微笑。

 

「ようこそ」

 

「わたくしがラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフでございます」

 

 武蔵は黙って見つめる。

 

 じっと。

 

動かず。

 

 数秒。

 

 ラナーの笑みがほんの少しだけ揺れた。

 

 そして武蔵が言う。

 

「おぬし」

 

「人ではないな」

 

 空気が止まる。

 

 クライムが目を見開く。

 

「なっ!?」

 

 ラナーはころころと笑った。

 

「なにを言っておられるのか」

 

「わかりませんね」

 

だが心の内では。

 

(……わかるのね)

 

 冷たい汗が流れた。

 

 武蔵は続ける。

 

「それに」

 

「ヤルダバオトのにおいがする」

 

 ラナーの瞳が細まる。

 

 武蔵の目も鋭くなる。

 

「お前」

 

「何者だ」

 

 一瞬。

 

 部屋の空気が凍りついた。

 

 クライムだけが意味を理解できず戸惑う

 

「ラナー様……?」

 

 ラナーはまた笑った。

 

 いつもの天使の笑み。

 

「うふふ」

 

「御冗談がお好きなのですね」

 

 だがその頭の中は高速で回転していた。

 

(デミウルゴスとの接触も)

 

(私の本質も)

 

(この男には隠せない)

 

(危険……でも面白い)

 

 ラナーは静かに席を勧めた。

 

「お茶を用意しています」

 

「いかがですか?」

 

 武蔵はあっさり座る。

 

「いただこう」

 

 クライムはまだ混乱していた。

 

 だがラナーの笑顔を見ると落ち着きを取り戻す。

 

 シャドウデーモンは影の隅で震える。

 

(この部屋、化け物しかいない……)

 

-------------------------------------------------------------

湯気の立つ茶器。

 

 静かな部屋。

 

 深夜とは思えぬ穏やかな空気だった。

 

 ラナーが微笑みながら尋ねる。

 

「いかがです?」

 

 武蔵は一口飲み、目を細めた。

 

「うむ」

 

「この南蛮茶、うまいな」

 

「もう一杯」

 

 ラナーは楽しそうに笑う。

 

「まあ」

 

 自ら茶を注ぐ。

 

 クライムは横で微妙に緊張していた。

 

 こんな状況なのに妙に和やかだ。

 

 ラナーが問いかける。

 

「それで」

 

「こんな夜分に何の御用ですか?」

 

 武蔵は茶碗を置いた。

 

「すまぬ」

 

「用事というのはほかでもない」

 

「お主のことじゃ」

 

 ラナーが首をかしげる。

 

「わたしの?」

 

 武蔵は真っ直ぐ見た。

 

「お主をもらい受けたい」

 

 クライムが固まった。

 

「……は?」

 

 ラナーはころころ笑う。

 

「まあ!」

 

「わたくしを嫁にしたいと?」

 

 声は柔らかい。

 

 だが。

 

 目はまるで笑っていない。

 

 武蔵は首を振る。

 

「いや違う」

 

「お主の首をもらい受けに来た」

 

沈黙。

 

 クライムが真っ青になる。

 

「なっ――!?」

 

 ラナーは瞬き一つ。

 

「あら、まあ」

 

「わたくしを斬るとおっしゃるの?」

 

 武蔵は頷く。

 

「その通りと言いたいが」

 

「お主は弱い」

 

 その言葉にクライムが怒気を帯びる。

 

「武蔵殿!」

 

 だがラナーが手で制した。

 

 武蔵は続ける。

 

「弱いものを斬るのは嫌じゃ」

 

「刀も汚れる」

 

 影の中でシャドウデーモンが震える。

 

(その基準で人を判断するな……)

 

 ラナーは頬杖をつく。

 

「それで?」

 

 武蔵は腕を組んだ。

 

「うん」

 

「それで足りない頭を絞って考えた」

 

ラナーの瞳が細まる。

 

 武蔵が言う。

 

「お主」

 

「帝国に行かないか」

 

 クライムが止まった。

 

「……は?」

 

 ラナーも一瞬だけ思考が止まる。

 

「帝国……?」

 

 武蔵は頷く。

 

「うむ」

 

「お主が王国から消えればよいのじゃろ」

 

「なら生きたまま帝国に行けばよい」

 

あまりにも雑。

 

 だが筋は通っている。

 

 ラナーは口元を隠しながら笑った。

 

(この男……)

 

(本当に規格外ね)

 

 そして。

 

 その提案は。

 

 彼女にとって案外悪くなかった。




ガゼフは武技の重ねがけで家で療養します
そのまま 再起不能といううわさも流れています
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