ガゼフ・ストロノーフは剣を構えたまま、目の前の男を見据えていた。
(しかし……)
(あの時以上の圧だ)
以前対峙した時とはまるで違う。
目の前にいるのは同じ男のはず。
だが、別物。
武蔵は静かに刀を抜いた。
鞘走りの音。
キィ――ン
その瞬間。
「ぐ!」
ガゼフの背筋が凍る。
空気そのものが変質した。
剣圧。
いや。
“死”。
抜刀しただけでこれほどとは。
「こ、これは……!」
理解した。
半端では勝負にすらならない。
全力。
最初から。
限界まで武技を重ねる。
「武技――可能性知覚」
未来を読む。
「急所感知」
致命点を視る。
「戦気梱封」
力を圧縮する。
「即応反射」
速度を極限まで高める。
「流水加速」
身体能力を一気に引き上げる。
そして。
すべてを束ねて放つ。
「武技――六光連斬!!」
六つの斬撃。
閃光のような連撃。
王国最強の奥義。
それが武蔵を襲う。
だが。
カン。
軽い音だった。
武蔵の刀が。
ただそこにあるだけで。
六連撃すべてを受け止めていた。
「な……!」
ガゼフの目が見開く。
武蔵はわずかに笑う。
「惜しいのお」
次の瞬間。
「ぐはっ!」
ガゼフが血を吐いた。
膝をつき。
地面に手をつく。
限界を超えていた。
一度に武技を重ねすぎた反動。
武蔵は刀を肩に乗せた。
「この六光連斬」
「体力を使いすぎじゃな」
「もう少し鍛えんとな」
ガゼフは苦笑した。
「し……しかし」
「さすがですね」
息を整えながら言う。
「アインズ・ウール・ゴウン殿といい」
「あなたといい」
「化け物すぎる」
武蔵は鼻で笑った。
「まあ修行じゃ」
そして少し楽しそうに目を細める。
「しかし」
「いいものを見せてもらった」
「今度使ってみようかの」
ガゼフの目が見開く。
(見ただけで覚える気か……!?)
武蔵は刀を収めた。
もう戦う気はない。
そのまま王城へ歩き出す。
ガゼフは止めなかった。
止められないと知っていた。
王城の門前。
そこに一人。
赤い鎧の青年騎士。
クライム。
剣を帯び。
真っ直ぐ立っていた。
だが敵意はない。
クライムは深く一礼する。
「武蔵殿」
「ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ殿下がお待ちです」
武蔵は眉を上げた。
「ほう」
「話が早いのお」
影の中でシャドウデーモンが震える。
(嫌な予感しかしない)
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クライムに案内されながら、武蔵は王城の廊下を歩く。
深夜の静寂。
足音だけが響く。
武蔵はふとクライムを見る。
「クライム」
「お主、修業に励んでおるな」
クライムが目を瞬かせる。
「え?」
武蔵は笑った。
「今なら多少の圧を受けても動けるじゃろ」
クライムの顔が固まる。
(そ、そうだったのか……!)
思い返す。
背後から感じていた妙な重圧。
あれは全部この男のものだった。
知らぬ間に鍛えられていたらしい。
後ろの影。
シャドウデーモンが小さく震える。
(もう萎れそうだ……)
やがて一室の前で止まる。
クライムが扉を開いた。
「この部屋で殿下はお待ちです」
「そうか」
武蔵は何の警戒もなく入る。
室内。
豪華な調度。
月光の差し込む窓辺。
そこに一人。
ラナーが微笑んでいた。
白いドレス。
完璧な微笑。
「ようこそ」
「わたくしがラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフでございます」
武蔵は黙って見つめる。
じっと。
動かず。
数秒。
ラナーの笑みがほんの少しだけ揺れた。
そして武蔵が言う。
「おぬし」
「人ではないな」
空気が止まる。
クライムが目を見開く。
「なっ!?」
ラナーはころころと笑った。
「なにを言っておられるのか」
「わかりませんね」
だが心の内では。
(……わかるのね)
冷たい汗が流れた。
武蔵は続ける。
「それに」
「ヤルダバオトのにおいがする」
ラナーの瞳が細まる。
武蔵の目も鋭くなる。
「お前」
「何者だ」
一瞬。
部屋の空気が凍りついた。
クライムだけが意味を理解できず戸惑う
「ラナー様……?」
ラナーはまた笑った。
いつもの天使の笑み。
「うふふ」
「御冗談がお好きなのですね」
だがその頭の中は高速で回転していた。
(デミウルゴスとの接触も)
(私の本質も)
(この男には隠せない)
(危険……でも面白い)
ラナーは静かに席を勧めた。
「お茶を用意しています」
「いかがですか?」
武蔵はあっさり座る。
「いただこう」
クライムはまだ混乱していた。
だがラナーの笑顔を見ると落ち着きを取り戻す。
シャドウデーモンは影の隅で震える。
(この部屋、化け物しかいない……)
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湯気の立つ茶器。
静かな部屋。
深夜とは思えぬ穏やかな空気だった。
ラナーが微笑みながら尋ねる。
「いかがです?」
武蔵は一口飲み、目を細めた。
「うむ」
「この南蛮茶、うまいな」
「もう一杯」
ラナーは楽しそうに笑う。
「まあ」
自ら茶を注ぐ。
クライムは横で微妙に緊張していた。
こんな状況なのに妙に和やかだ。
ラナーが問いかける。
「それで」
「こんな夜分に何の御用ですか?」
武蔵は茶碗を置いた。
「すまぬ」
「用事というのはほかでもない」
「お主のことじゃ」
ラナーが首をかしげる。
「わたしの?」
武蔵は真っ直ぐ見た。
「お主をもらい受けたい」
クライムが固まった。
「……は?」
ラナーはころころ笑う。
「まあ!」
「わたくしを嫁にしたいと?」
声は柔らかい。
だが。
目はまるで笑っていない。
武蔵は首を振る。
「いや違う」
「お主の首をもらい受けに来た」
沈黙。
クライムが真っ青になる。
「なっ――!?」
ラナーは瞬き一つ。
「あら、まあ」
「わたくしを斬るとおっしゃるの?」
武蔵は頷く。
「その通りと言いたいが」
「お主は弱い」
その言葉にクライムが怒気を帯びる。
「武蔵殿!」
だがラナーが手で制した。
武蔵は続ける。
「弱いものを斬るのは嫌じゃ」
「刀も汚れる」
影の中でシャドウデーモンが震える。
(その基準で人を判断するな……)
ラナーは頬杖をつく。
「それで?」
武蔵は腕を組んだ。
「うん」
「それで足りない頭を絞って考えた」
ラナーの瞳が細まる。
武蔵が言う。
「お主」
「帝国に行かないか」
クライムが止まった。
「……は?」
ラナーも一瞬だけ思考が止まる。
「帝国……?」
武蔵は頷く。
「うむ」
「お主が王国から消えればよいのじゃろ」
「なら生きたまま帝国に行けばよい」
あまりにも雑。
だが筋は通っている。
ラナーは口元を隠しながら笑った。
(この男……)
(本当に規格外ね)
そして。
その提案は。
彼女にとって案外悪くなかった。
ガゼフは武技の重ねがけで家で療養します
そのまま 再起不能といううわさも流れています