ラナーを修繕した新居に押し込み 武蔵を厄介払いしてしばらくたったある日
帝城――皇帝執務室。
重厚な机の上には、一枚の報告書が置かれていた。
それを読み終えたジルクニフが顔を上げる。
「……爺」
「本当か」
向かいに立つフールーダ・パラダインは静かに頷いた。
「はい」
「カルネ村で起きた一件」
「陽光聖典を壊滅させた者は武蔵とは別に、もう一人おります」
机に地図を広げる。
カッツェ平野近郊。
問題の遺跡。
「この男が」
「このたび発見された遺跡へ何度も出入りしていることが確認されました」
ジルクニフは腕を組んだ。
「うむ……」
本来なら。
武蔵がラナーの首を持ち帰れば。
この調査も武蔵へ任せるつもりだった。
あの規格外の男なら。
何を見つけても生きて帰るだろう。
そう思っていた。
だが。
(まさか本人を連れて帰ってくる……しかも、こちらに押し付けるとは)
思い出すだけで胃が痛い。
結果。
武蔵は帝国を追放処分。
完全に予定が狂った。
「やはり」
「ワーカーを使うしかないな」
フールーダが淡々と答える。
「それがよろしいかと」
ジルクニフは少し考える。
やがて口元を歪めた。
「フェメールがおったろう」
「あの」
「無能なくせに金にがめつい愚か者が」
フールーダが頷く。
「おりますな」
「奴へ流せ」
「高額報酬なら飛びつく」
「そこから腕の立つワーカーを集めさせればよい」
「御意」
フールーダは一礼した。
その目の奥には。
誰にも気づかれない微かな笑み。
ジルクニフは窓の外を眺める。
(遺跡へ出入りする謎の男)
(接触できれば)
(帝国にとって大きな切り札になる)
(場合によっては王国にも、法国にも先んじられる)
皇帝はそう信じていた。
だが。
その遺跡とは。
ナザリック地下大墳墓。
すべてはデミウルゴスが張り巡らせた罠。
そして。
目の前で恭しく頭を下げるフールーダもまた。
すでにアインズ・ウール・ゴウンへ忠誠を誓った身だった。
皇帝だけが。
何も知らない。
自ら盤面を動かしているつもりで。
実際には。
盤上の駒として動かされていた。
やがてこの一手が。
帝国のみならず。
多くのワーカーたちの運命を狂わせる。
そして。
帝国にとっても。
決して小さくはない厄災の幕開けとなるのだった。
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ナザリック地下大墳墓。
第七階層――。
執務室に一通の魔法通信が届く。
送り主は、フールーダ・パラダイン。
内容を読み終えたデミウルゴスは、ゆっくりと口元を吊り上げた。
「……ふむ」
「予定通りです」
帝国は遺跡探索のためにワーカーを動かす。
その先にはナザリック。
そして侵入者への裁き。帝国への制裁
皇帝も帝国も、より深くナザリックの掌の上へ落ちていく。
「これで帝国も取り込める」
「アインズ様が世界の覇者となられる日が、また一歩近づきました」
満足げに頷く。
だが。
その笑みは次の瞬間、消えた。
「……武蔵」
低い声。
執務室の空気が冷える。
「奴のせいで」
「ラナーが勝手に動き」
「計画の修正を余儀なくされた」
本来なら。
ラナーは王国内部で暗躍し、王国崩壊の一手を担う重要な駒。
それが。
今は帝国で「クライムとの新居生活」に胸を躍らせている。
予想外にも程がある。
デミウルゴスは眼鏡を外した。
布で静かに磨く。
「アインズ様は」
「いまは武蔵には手を出すなと仰せだ」
もちろん従う。
絶対の命令。
しかし。
「それにしても」
「あのシャドウデーモン……!」
机を指で叩く。
監視役として配置したシャドウデーモン。
まともに報告さえしていれば。
武蔵がラナーを連れ出す前に。
もっと早く対処できた。
「無能にも程があります」
イライラ。
イライラ。
眼鏡を磨く手に力が入る。
パキッ。
「……あ」
沈黙。
デミウルゴスは割れた眼鏡を見つめた。
綺麗にレンズへ一本、亀裂が入っている。
「私としたことが」
「眼鏡を……」
数秒。
静寂。
そして。
「武蔵だ」
ぼそり。
「武蔵が悪い」
誰もいない執務室で呟く。
「全部」
「武蔵が悪い」
割れた眼鏡を見つめながら。
静かに責任転嫁するデミウルゴスだった。
その頃――。
影の中では、シャドウデーモンが嫌な予感に身を縮こまらせて震えていた。
(また俺のせい!?)
(いや、今回は本当に知らなかったって!)
しかし。
そんな心の叫びがデミウルゴスに届くことはない。
シャドウデーモンは今日もまた、
「報告が遅い」
「連絡不足」
「相談しない無能」
という三拍子を背負わされる運命なのであった
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帝都――黄金の林檎亭。
夕暮れの店内は、仕事帰りの冒険者や兵士で賑わっていた。
扉が開く。
からん、と鈴が鳴る。
入ってきた大柄な男を見て、一人の少女が立ち上がる。
「武蔵さん!」
アルシェが真っ先に駆け寄った。
その後ろからヘッケラン、イミーナ、ロバーデイクも立ち上がる。
武蔵は笑った。
「おう、お主たち」
「壮健じゃな」
ヘッケランが椅子を引く。
「どうぞ武蔵さん」
武蔵は腰を下ろした。
「聞きましたよ」
「ラナー姫の件」
ヘッケランが苦笑する。
イミーナも肩をすくめた。
「まあ、いつも通りの武蔵さんよね」
武蔵は頭をかいた。
「その件でな」
「皇帝から所払いを食ろうてしもうたわ」
「二度と来るなと言われてしもうた」
店内が静まり返る。
ヘッケランたちは顔を見合わせた。
そして同時に苦笑した。
「……でしょうね」
アルシェは寂しそうだった。
「それで」
武蔵はゆっくり四人を見る。
「お主たちと別れをするため、ここへ来た」
「いてくれてよかった」
一瞬、沈黙。
ヘッケランが笑顔を作る。
「そうですか……」
「寂しくなりますね」
イミーナも頷く。
「短い付き合いだったけどね」
ロバーデイクは静かに祈りの印を切った。
武蔵がふとテーブルを見る。
紙。
地図。
羊皮紙。
いくつも広げられていた。
「ところで」
「お主たち、何をしておった?」
当然ながら文字は読めない。
ヘッケランが一枚の依頼書を見せる。
「聞いてください」
「俺たち、この仕事を最後にフォーサイトを解散しようと思ってます」
「解散?」
武蔵が首を傾げる。
イミーナが苦笑する。
「武蔵さんからもらったアイテムや金貨」
「帝国に没収されちゃった」
武蔵は「ああ」と納得したように頷く。
ロバーデイクが静かに言う。
「ですが、アルシェが高利貸しへ返済した分は没収されませんでした」
「それだけは神に感謝しております」
アルシェもほっと笑う。
「妹たちだけは守れました」
ヘッケランが依頼書を叩いた。
「それで困っていたところへ、これですよ!」
武蔵に紙を見せる。
「なんと!」
「新発見の遺跡探索依頼!」
「報酬は通常の五倍!」
イミーナも期待に満ちた表情を浮かべる。
「この仕事が終われば」
「しばらくは遊んで暮らせそうだし」
「そのまま解散でもいいかなって」
アルシェもうなずく。
「妹たちと静かに暮らしたいです」
ロバーデイクは微笑む。
「孤児院でも開ければと思っています」
四人の未来。
穏やかな夢。
誰もが笑っていた。
ただ一人。
武蔵だけは依頼書を見て首を傾げる。
「遺跡か」
「強い者はおるのかの?」
ヘッケランは笑う。
「さあ?」
「アンデッドくらいはいるかもしれませんね」
武蔵は嬉しそうだった。
「それは楽しみじゃ」
――だが。
この場の誰も知らない。
その"新発見の遺跡"が。
ナザリック地下大墳墓そのものであることを。
そして。
この依頼そのものが。
デミウルゴスによって仕組まれた、ワーカーたちを誘い込むための罠であることを。
運命の歯車は。
誰にも知られぬまま。
静かに回り始めていた。
フォーサイトにとって運命の日が始まります