武蔵転生記   作:masasoukoku

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第六十二回

朝靄の中、一行は静かに街道を進んでいた。

 

今日一日進み、野営をすれば――。

 

次はいよいよ目的地。

 

「新発見の遺跡」と呼ばれる場所。

 

その正体がナザリック地下大墳墓であることを知る者は、ごくわずかだった。

 

武蔵は一人、列の先頭近くを歩いている。

 

今日は珍しく、一言も口を利かなかった。

 

「武蔵さん?」

 

ヘッケランが声を掛ける。

 

「……。」

 

返事がない。

 

「具合でも悪いの?」

 

イミーナも心配そうに覗き込む。

 

「あ、ああ。」

 

「いや。」

 

「少し考え事じゃ。」

 

それだけ言うと、また前を向く。

 

アルシェが小声で呟いた。

 

「珍しいですね。」

 

「武蔵さんが黙ってるなんて。」

 

ロバーデイクも頷く。

 

「何か大きな悩みがおありなのでしょう。」

 

武蔵の耳には届いていた。

 

だが答える余裕はなかった。

 

昨夜。

 

アインズに言った言葉。

 

『次の野営地で、わしがどうするか告げる。』

 

その約束が、重く胸にのしかかっている。

 

(どうする。)

 

武蔵は歩きながら考える。

 

(ラナーのときは。)

 

(思いつくまま動いた。)

 

(それがうまくいった。)

 

思い返せば、あれは幸運だったのかもしれない。

 

だが今回は違う。

 

一歩間違えれば。

 

フォーサイトは死ぬ。

 

ナザリックとも敵対する。

 

その両方を避ける道があるのか。

 

武蔵は前を歩くヘッケランの背中を見る。

 

その隣ではイミーナが地図を広げ。

 

アルシェは三人の元奴隷エルフと笑いながら話し。

 

ロバーデイクは静かに祈りを捧げている。

 

短い付き合いだった。

 

それでも。

 

もう仲間だった。

 

(昔のわしなら。)

 

(そのまま見捨てて逃げた。)

 

思考は自然と過去へ向かう。

 

一乗寺下り松 吉岡一門との対決。

 

あの日。

 

大将である幼子を斬り伏せ。

 

そのまま逃げた。

 

彦島。

 

佐々木某との決闘。

 

勝ったあとも。

 

そこに留まらず去った。

 

戦。

 

敗れれば逃げた。

 

勝っても逃げた。

 

名が広まれば土地を変えた。

 

女からも。

 

縁からも。

 

すべてから距離を置いてきた。

 

(思えば。)

 

(わしの人生。)

 

(逃げてばかりだった。)

 

誰にも縛られない。

 

それが宮本武蔵だった。

 

だが。

 

武蔵は後ろを振り返る。

 

楽しそうに話すフォーサイト。

 

命を救われ、ようやく笑顔を取り戻した三人のエルフ。

 

少し離れた場所を歩くモモン。

 

そして、不機嫌そうにその隣を歩くナーベ。

 

この世界へ来てから。

 

気付けば多くの者と縁を結んでいた。

 

(逃げれば。)

 

(楽じゃ。)

 

(フォーサイトは死ぬ。)

 

(残れば。)

 

(アインズと約束したことに背く。)

 

武蔵はゆっくり空を見上げた。

 

青い空。

 

雲がゆっくり流れていく。

 

(どうする。)

 

(宮本武蔵。)

 

初めてだった。

 

剣の勝ち負けではない。

 

己の生き方そのものを問われる戦いは。

 

その日、武蔵は誰とも立ち合わなかった。

 

しかし胸の内では、生涯で最も難しい一戦が静かに始まっていた

 

-------------------------------------------------------------

夜明け前。

 

空はまだ群青色に染まり、冷たい風が野営地を吹き抜けていた。

 

今日、この街道を進めば――。

 

目的地。

 

「未知の遺跡」が姿を現す。

 

ワーカーたちの表情は明るかった。

 

「どんな秘宝が眠ってるんだろうな。」

 

「報酬だけでも十分だが、遺跡のアイテムも楽しみだ。」

 

「帰ったらしばらく遊んで暮らせるぜ!」

 

龍狩りの面々は笑い合い、ヘビーマッシャーも地図を囲んで話している。

 

フォーサイトも同じだった。

 

ヘッケランは肩を回しながら笑う。

 

「これが終わったら、本当に引退だ。」

 

イミーナも頷く。

 

「久しぶりにゆっくり眠れそう。」

 

アルシェは三人のエルフに微笑みかける。

 

「みんなも、もう安心だからね。」

 

ロバーデイクは静かに神へ感謝の祈りを捧げていた。

 

誰もが未来を信じていた。

 

ただ一人を除いて。

 

武蔵は静かにモモンへ歩み寄る。

 

「モモン殿。」

 

アインズはその声だけで察した。

 

「……分かりました。」

 

「こちらへ。」

 

二人は隊列から外れ、木立の奥へ入る。

 

誰の目にも届かない場所。

 

アインズは静かに兜を脱いだ。

 

現れる骸骨の素顔。

 

完全に二人きりだった。

 

アインズは静かに尋ねる。

 

「で?」

 

「返事を聞かせてください。」

 

武蔵は少し目を閉じた。

 

そしてゆっくりと言う。

 

「アインズ殿。」

 

「わしは逃げん。」

 

その一言に、アインズは目を伏せた。

 

武蔵は続ける。

 

「フォーサイトは短い間じゃ。」

 

「じゃが。」

 

「縁で繋がった。」

 

「今では家族同然。」

 

「見捨てるわけにはいかん。」

 

静かな声だった。

 

しかし、その決意は揺るがない。

 

アインズは静かに問い返す。

 

「……それでは。」

 

「私と敵対するということですか。」

 

武蔵は首を横へ振る。

 

「違う。」

 

「お主とは。」

 

「いつか立ち会いたい。」

 

「じゃが、それは武芸者としてじゃ。」

 

「剣を交えるなら。」

 

「互いの生き様を懸けた勝負がしたい。」

 

「お主の生き方そのものを否定するためではない。」

 

アインズは黙って聞いていた。

 

武蔵はさらに続ける。

 

「しかし。」

 

「だからといって。」

 

「フォーサイトを許してくれなどと。」

 

「虫のいい願いは言わん。」

 

その言葉にアインズはわずかに目を見開く。

 

武蔵は刀へ手を掛けた。

 

「一つ。」

 

「提案がある。」

 

「言ってください。」

 

「お主が指名する者。」

 

「誰でもよい。」

 

「そやつと立ち会う。」

 

「わしが勝てば。」

 

「フォーサイトを許してやってくれ。」

 

アインズは静かに尋ねた。

 

「……負ければ?」

 

武蔵は迷いなく刀を抜く。

 

すぅ――。

 

音もなく刃が現れる。

 

朝日も昇らぬ薄闇の中。

 

それでも刀身は淡く銀色に輝いていた。

 

まるで自ら光を放っているかのように。

 

その瞬間。

 

アインズの思考が止まる。

 

(!!)

 

(この気配は……。)

 

(まさか。)

 

(ギルド武器級……いや。)

 

(それに匹敵する存在だと!?)

 

彼の魔法職としての感覚が警鐘を鳴らす。

 

これは単なる名刀ではない。

 

武器そのものが意思を持っている。

 

ナザリックでも極めて希少な代物。

 

武蔵は静かに刃を見つめた。

 

「おぬしにも分かるか。」

 

「この刀は生きておる。」

 

「わしを主と認めた。」

 

「そして。」

 

武蔵は刀を両手で持ち、アインズへ向ける。

 

「勝とうが負けようが」

 

「この刀を差し出そう。」

 

アインズの瞳に宿る赤い光が揺れる。

 

武蔵は静かに続けた。

 

「それがしがお主に仕える証として。」

 

「受け取ってくれ。」

 

「そして。」

 

「わしは宮本武蔵を捨て。」

 

「お主の家臣となろう。」

 

「お主の野望。」

 

「世界を治めるというなら。」

 

「そのためにこの身、この剣を振るう。」

 

森は静まり返っていた。

 

風さえ止まったようだった。

 

アインズは武蔵を見つめる。

 

その言葉に打算はない。

 

命惜しさでもない。

 

ただ、仲間を守るために、自分の自由も誇りも差し出そうとしている。

 

その覚悟だけが、そこにあった。

 

 

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