転移した闘技場は、水を打ったような静寂に包まれていた。
ヘッケランたちは武蔵の後ろで固唾をのんで見守る。
その時――
闘技場の最上段。
巨大な玉座が淡い魔法の光とともに姿を現した。
その玉座へ、ゆっくりと腰を下ろす一人の王。
漆黒の法衣。
赤い宝玉が散りばめられた杖。
骸骨の王。
「……。」
フォーサイトの誰もが言葉を失う。
圧倒的な威圧感。
存在しているだけで空気が変わる。
アインズ・ウール・ゴウン。
その右と左には、ナザリック地下大墳墓を支配する守護者たちが静かに並んでいた。
漆黒の翼を持つ悪魔――デミウルゴス。
黄金の瞳を持つ吸血鬼――シャルティア。
純白の鎧をまとった守護者――アルベド。
小柄なエルフの双子ーーアウラとマーレ。
そして執事姿のセバス。
さらに一段下には、戦闘メイドたち《プレアデス》が整列している。
ナーベラルは武蔵を見つめ、何とも言えない複雑そうな表情を浮かべていた
セバスの隣には、ツアレの姿もある。
彼女は武蔵を見て、小さく頭を下げた。
闘技場の隅。
誰にも気付かれぬ影の中。
シャドウデーモンが小さく震えていた。
(こ、怖い……。)
武蔵は守護者たちをゆっくり見渡す。
(ほう。)
(あれがシャルティア。)
(そして……。)
(ヤルダバオト。)
仮面を外したデミウルゴスを見て、武蔵は静かに目を細める。
「ようこそ。」
玉座からアインズの声が響いた。
「我がナザリックへ。」
「私は。」
「アインズ・ウール・ゴウン。」
武蔵は軽く会釈する。
「宮本武蔵。」
短い名乗り。
それだけで十分だった。
守護者たちの間に、わずかなざわめきが走る。
「……。」
シャルティアは武蔵を睨みつける。
「あの人間が……武蔵め。」
デミウルゴスも眼鏡の奥で静かに目を細める。
(ようやく。)
(叩き潰せる。)
しかしアインズが何も言わない以上、誰も動かない。
アインズはゆっくりと立ち上がった。
「では。」
「約束通り。」
「我がナザリック代表と立ち会ってもらおう。」
その言葉と同時に。
闘技場奥の巨大な門が開く。
ゴゴゴゴ……
重厚な音を響かせながら現れたのは、一体の巨躯。
青白い甲殻。
四本の腕。
巨大なハルバートを携えた異形。
見る者すべてに武人の風格を感じさせる存在だった。
武蔵の口元が自然と緩む。
「ほう。」
「これは……。」
「強い。」
コキュートスは静かに中央まで歩くと、ハルバートを立てた。
「第五階層守護者。」
「コキュートス。」
低く、威厳ある声が闘技場へ響く。
武蔵も前へ出る。
腰の刀へ静かに手を添えた。
「宮本武蔵。」
スッ――。
鞘から刀が抜かれる。
澄み切った刃が光を受けて輝いた。
その瞬間。
コキュートスの四つの眼がわずかに見開かれる。
(ヨイ……刀ダ。)
武人として、その一振りがただ者ではないことを本能で悟った。
玉座の上からアインズが右手を上げる。
「それでは。」
「双方。」
「立ち会ってもらおう。」
一瞬の静寂。
「――始め!」
アインズの合図が響いた瞬間。
武蔵とコキュートスの姿が、同時に掻き消えた
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闘技場に鋼がぶつかる音が連続して響く。
キン!
キン!
キィィン!
火花が散る。
常人の目では追えない。
互いの姿は幾重にも残像を描き、ようやく三合ほど打ち合ったところで、二人は同時に距離を取った。
静寂。
武蔵の頬を、一筋の赤い線が伝う。
ぽたり、と血が石畳へ落ちた。
「……。」
観客席がどよめく。
ナーベラルは思わず一歩前へ出る。
(武蔵……!)
いつものように「変態」と呼ぶ余裕はない。
ただ、その一太刀を受けた武蔵を心配する視線だけがあった。
一方――
コキュートスはわずかに身体を傾ける。
脇腹の甲殻に、細い亀裂が走っていた。
そこから白い体液が滲み出る。
「……!」
守護者たちにも動揺が広がる。
「あのコキュートスが……。」
「斬られた……?」
プレアデスたちも息を呑む。
デミウルゴスだけが眼鏡の奥で静かに武蔵を観察していた。
武蔵は頬の血を親指でぬぐうと、楽しそうに笑った。
「はは。」
「もう少しで頭を斬られるところじゃった。」
コキュートスも静かに答える。
「私モ。」
「真ッ二ツダッタ。」
その口から白い冷気が漏れ、闘技場の石畳が薄く凍りついていく。
武蔵は刀を正眼に構えた。
「では。」
コキュートスは四本の腕をゆっくり広げる。
「参ル。」
次の瞬間。
二人の姿が再び消えた。
コキュートスの四本の腕が、それぞれ異なる軌道を描く。
巨大なハルバードが頭上から振り下ろされる。
その陰から斬神刀皇が稲妻のように走る。
さらにブロードソードが胴を薙ぎ、
メイスが足元を砕こうと迫る。
四つの武器。
四つの意思。
四つの殺意。
まさしく四刀流。
だが武蔵の目は、そのすべてを捉えていた。
「そこ。」
紙一重で身をひねる。
ハルバードが空を裂く。
斬神刀皇を刀で流し、
ブロードソードの腹を軽く叩いて軌道を逸らす。
最後に迫るメイスを飛び越えた。
着地と同時に、
刃が閃く。
「!」
コキュートスはわずかに身を引く。
しかし完全には避け切れない。
左の腕の関節に細い傷が刻まれた。
「見事。」
低く唸るような声が漏れる。
だが、その瞬間。
四本目の武器が武蔵の死角から迫っていた。
ヒュンッ!
武蔵は完全には避け切れず、
右腕の袖が裂ける。
赤い血が飛び散った。
「ほう。」
武蔵は傷を見ても笑みを崩さない。
「ようやく当ててきたか。」
コキュートスの四つの眼が細くなる。
(人間デ、ココマデ……。)
互いに傷を負いながらも、一歩も引かない。
一合。
二合。
十合。
二十合。
剣戟はさらに激しさを増していく。
武蔵は四本の武器の癖を少しずつ見抜き始め、
コキュートスもまた、武蔵のわずかな重心移動から次の一手を読み始めていた。
武と武が互いを学び、互いを高め合う。
その戦いを見つめるアインズは、静かに呟く。
「……これが、純粋な武の極致か。」