武蔵転生記   作:masasoukoku

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第六十六話

転移の光が静かに広がる。

 

アインズは玉座から立ち上がり、フォーサイトへ視線を向けた。

 

「約束通りだ。」

 

「お前たちは地上へ返そう。」

 

魔法陣が床に展開される。

 

ヘッケランたちはようやく助かったのだと実感し、安堵の息を漏らした。

 

しかし、一人だけ。

 

アルシェだけは違った。

 

「嫌です!」

 

武蔵の腕を掴む。

 

「武蔵さんも一緒に帰りましょう!」

 

「きっと何か方法があります!」

 

武蔵は困ったように笑う。

 

「ない。」

 

「約束は約束じゃ。」

 

「武蔵さん!」

 

涙があふれる。

 

ヘッケランがそっとアルシェの肩に手を置いた。

 

「アルシェ。」

 

「でも!」

 

「これはアインズさんと武蔵さんの約束だ。」

 

「俺たちが口を挟んじゃいけない。」

 

ロバーデイクも静かに頷く。

 

「約束を違えぬからこそ、武蔵さんなのです。」

 

イミーナも寂しそうに笑った。

 

「また会えるわよ。」

 

「……たぶん。」

 

武蔵は四人を見る。

 

「短い付き合いじゃったが。」

 

「楽しかった。」

 

「達者でな。」

 

ヘッケランたちも深く頭を下げた。

 

「武蔵さん。」

 

「ありがとうございました!」

 

光が四人を包む。

 

そして。

 

フォーサイトの姿は地上へ消えた。

 

-------------------------------------------------------------

静かになった玉座の間。

 

アインズは武蔵へ歩み寄る。

 

「武蔵さん。」

 

「あなたは約束を守った。」

 

「こちらも約束を守ろう。」

 

武蔵は首を傾げる。

 

「家臣になるんじゃなかったのか。」

 

アインズは首を横に振った。

 

「いいえ。」

 

「あの戦いを見て、考えが変わりました。」

 

「あなたを家臣にはしません。」

 

武蔵が笑う。

 

「ほう。」

 

「友として。」

 

「ナザリックにいてください。」

 

玉座の間が静まり返る。

 

守護者たちも驚く。

 

アインズ自ら「友」と認めた者は、四十一人の仲間以外では初めてだった。

 

武蔵は少し考えた後、笑った。

 

「そうか。」

 

「なら世話になろう。」

 

アインズも嬉しそうに頷いた。

 

-------------------------------------------------------------

「それでは。」

 

シャルティアが前へ出る。

 

「今晩はここに泊まるといいでありんす。」

 

「楽しい部屋を用意したでありんすよ。」

 

その笑みを見たデミウルゴスは心の中で苦笑した。

 

(……嫌な予感しかしませんね。)

 

武蔵はシャルティアに案内されながらふと思い出す。

 

「そういえば。」

 

「牙はどうなった。」

 

シャルティアの額に青筋が浮かぶ。

 

「……。」

 

「おかげさまで。」

 

「新しいのがすぐ生えたでありんす。」

 

笑顔。

 

しかし目は笑っていない。

 

「折られた牙は。」

 

「思い出として大切に取ってあるでありんす。」

 

「そうか。」

 

武蔵は悪気なく頷く。

 

「丈夫じゃな。」

 

シャルティアのこめかみがぴくりと動いた。

 

(今すぐ噛み付きたい……。)

 

(でもアインズ様のお友達……。)

 

(我慢……我慢。)

 

長い廊下を歩き、一つの扉の前で止まる。

 

「こちらでありんす。」

 

武蔵は扉を開ける。

 

その瞬間。

 

ぞわっ。

 

無数の虫。

 

巨大な節足動物。

 

天井からぶら下がる繭。

 

床を這う黒い影。

 

部屋いっぱいに広がる、恐怖公の愛する虫たち。

 

普通の人間なら絶叫して卒倒する光景だった。

 

シャルティアは心の中でほくそ笑む。

 

(恐怖公の部屋でありんす。)

 

(さあ泣くがいいでありんす。)

 

ところが。

 

武蔵は部屋を見回して一言。

 

「ほう。」

 

「虫屋敷か。」

 

「これはこれで趣がある。」

 

「……。」

 

「……。」

 

シャルティアの笑顔が固まる。

 

武蔵はそのまま平然と部屋へ入っていく。

 

「で、では。」

 

「お休みでありんす。」

 

少し肩を落としながら扉を閉めた。

 

(なんで平気なんでありんすか……。)

 

-------------------------------------------------------------

廊下。

 

扉の前の影がゆらりと揺れる。

 

そこから、そっと顔を出したのはシャドウデーモンだった。

 

武蔵が無事に部屋へ入ったことを確認し、安心したように影へ戻ろうとする。

 

その瞬間。

 

「……おや。」

 

シャルティアがにっこり笑った。

 

「そういや。」

 

「お前には問いただしたいことが山ほどありんす。」

 

「……?」

 

首を傾げるシャドウデーモン。

 

次の瞬間。

 

むぎゅっ。

 

シャルティアに片手でつまみ上げられた。

 

「!?」

 

じたばた。

 

じたばた。

 

影へ逃げようとするが逃げられない。

 

「逃がさないでありんす。」

 

「さあ。」

 

「デミウルゴスのところへ行くでありんす。」

 

シャドウデーモンの顔色が青くなる。

 

(終わった。)

 

その心の叫びも虚しく。

 

ずるずると引きずられながら、ナザリック一怖い悪魔の執務室へ連行されていった。

 

廊下には、シャドウデーモンの小さな悲鳴だけがいつまでも響いていた。

 

-------------------------------------------------------------

第二階層。

 

虫たちの巣窟。

 

壁一面を甲虫が這い、天井には巨大な蜘蛛が巣を張り、床では無数の蟲がざわざわと蠢いている。

 

常人なら一歩足を踏み入れた瞬間に悲鳴を上げる光景だった。

 

その中央で、一匹の巨大な昆虫が待っていた。

 

「吾輩。」

 

「第二階層領域守護者。」

 

「恐怖公と申します。」

 

礼儀正しく一礼する。

 

武蔵も軽く頭を下げた。

 

「宮本武蔵と申す。」

 

挨拶が終わると、武蔵はゆっくりと歩き出した。

 

一歩。

 

また一歩。

 

その瞬間だった。

 

ズザザザザザッ――

 

床を埋め尽くしていた虫たちが、一斉に左右へ退く。

 

まるで見えない巨大な圧力に押しのけられるように。

 

一本の道ができる。

 

まるで海が割れるかのようだった。

 

恐怖公は思わず複眼を見開く。

 

(虫たちが……。)

 

(本能で避けている……?)

 

武蔵は恐怖公の前まで来ると、その姿をじっと見つめた。

 

沈黙。

 

恐怖公の背中を嫌な汗が流れる。

 

「武蔵殿……。」

 

「何か。」

 

武蔵は真顔のまま言った。

 

「お主。」

 

「でかいゴキ被りじゃの。」

 

「……。」

 

部屋中の虫が一瞬止まったような気がした。

 

恐怖公は引きつった笑みを浮かべる。

 

「そ、そのような言い方は……。」

 

武蔵はさらに近づく。

 

「1尺(三十センチ)はあるか。」

 

「立派じゃ。」

 

恐怖公はますます嫌な予感しかしない。

 

そして武蔵は顎に手を当て、昔を思い出すように言った。

 

「うまそうじゃ。」

 

「……え?」

 

「昔、山でお主のような虫を捕まえて食ったことがある。」

 

「!?」

 

恐怖公の触角がぴんと立つ。

 

「た、食べるのでありますか!?」

 

武蔵は平然としている。

 

「ああ。」

 

「頭と尻を抜いてな。」

 

「胴だけを食した。」

 

「香ばしくて酒に合う。」

 

「……。」

 

「……。」

 

恐怖公の六本の脚が小刻みに震え始めた。

 

「わ、吾輩。」

 

「うまくないであります!」

 

「絶対まずいであります!」

 

「食べても損であります!」

 

武蔵は真剣な顔で頷く。

 

「そうか?」

 

「見た目はうまそうなんじゃが。」

 

「いやいやいや!」

 

恐怖公は思わず後ずさる。

 

(な、なんだこの人間!)

 

(守護者と戦って勝っただけでも異常なのに!)

 

(吾輩を食料として見ている!?)

 

武蔵はその様子を見て、

 

ふっと口元を緩めた。

 

「まあ。」

 

「冗談じゃ。」

 

そう言って豪快に笑う。

 

「わっはっは!」

 

恐怖公はその笑い声を聞きながら、

 

がくりと膝をついた。

 

(ジョ、冗談ではないであります……。)

 

武蔵の目は。

 

ほんの一瞬だけ。

 

本気で食べ方を考えている猟師の目だったことを、恐怖公だけは見逃さなかった

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