宮本武蔵は足元に転がる騎士の剣を拾い上げた。
刃を軽く振る。
「……またなまくらか」
だが構わない。
相手が良ければ、それで十分。
視線の先には
ガゼフ・ストロノーフ。
王国最強と呼ばれる男。
立ち姿だけでわかる。
今までの雑兵とは違う。
積み重ねた死線の数が違う。
ガゼフもまた腰の剣へ手をかける。
村長の言葉で油断はしていない。
だが目の前の剣士。
この男の放つ圧が尋常ではない。
(強い)
理屈ではない。
戦士としての本能がそう告げていた。
武蔵が笑う。
「抜け」
短い一言。
ガゼフの親指が鍔を押す。
鋼が鳴る。
次の瞬間。
「お待ちください!!」
村長が二人の間へ飛び込んだ。
顔面蒼白。
震えながら両手を広げる。
「ここでは……ここではなんですから!」
武蔵とガゼフの目が村長へ向く。
村長は必死に続けた。
「ど、どうか私の家へ!」
「まず状況を整理し、お礼もきちんと……!」
沈黙。
武蔵は剣を肩に担ぐ。
「ふむ」
ガゼフも剣を鞘へ戻した。
「……いいだろう」
今は村の安全確認も先だ。
アインズもこの流れを歓迎した。
無用な戦闘を避けられる。
そして情報も得られる。
村長はほっと息をつく。
「こちらです!」
先頭を歩く村長。
その後ろに
アインズ・ウール・ゴウン、アルベド。
そして最後尾。
武蔵とガゼフ。
並んで歩く。
だが空気は剣呑そのもの。
視線は前を向いていても、互いの気配を一瞬たりとも外していない。
武蔵は笑っていた。
「よい目だ」
ガゼフは低く返す。
「お前こそ」
村長の家へ向かう細道が、まるで決闘場へ続く道のように重く感じられた。
アインズは内心で思う。
(……この二人、同じ部屋に入れて大丈夫か?)
その不安は、かなり現実的なものだった。
村長の家の中。
粗末な木の机を囲み、
ガゼフ・ストロノーフ、アインズ・ウール・ゴウン、アルベド、そして宮本武蔵が座っていた。
村長は震える声で、ここまでの経緯を語った。
帝国騎士らしき一団によって村が襲われたこと。
武蔵が現れ、騎士たちを斬ったこと。
その後、アインズとアルベドが現れ村を救ったこと。
ガゼフは黙って聞いていた。
腕を組み、目を閉じる。
沈思黙考。
そして低く言った。
「……これは罠だ」
アインズが仮面越しに問う。
「罠?」
ガゼフは頷く。
「そう。私をおびき寄せるための罠だ」
部屋の空気が少し重くなる。
ガゼフは続ける。
「近頃、辺境の村を襲う一連の事件が相次いでいる」
「それを解決するのは王国騎士団……つまり私だ」
アインズは内心で整理する。
(なるほど。英雄を誘き寄せ、始末する算段か)
合理的だ。
王国の象徴を失わせれば、戦力だけでなく士気も削れる。
アインズは問う。
「ガゼフ殿。黒幕に思い当たる節は?」
ガゼフは苦笑しながら首を振った。
「……心当たりが多すぎてわからない」
政敵。
貴族派。
帝国。
国外勢力。
敵が多すぎる。
アインズは呆れたように肩をすくめた。
「ガゼフ殿、よっぽどうらまれておるんですな」
ガゼフも苦笑する。
「ほんと、そうです」
その横で武蔵が口を挟む。
「つまりおぬし、強いから狙われるのか」
ガゼフが見る。
「……そういうことになるな」
武蔵はにやりと笑った。
「よい」
「わかりやすい」
アルベドが冷たく言う。
「何がです?」
武蔵は即答した。
「強ければ面倒が寄ってくる」
「なら、強い証だ」
ガゼフは思わず笑った。
この男の理屈は乱暴だが、妙に筋が通っている。
アインズはその二人を見て思う。
(相性が悪いようで、妙に噛み合うな)
戦士同士の価値観。
武の頂点を目指す者同士。
だがその時。
外から慌ただしい足音。
「村長! 村長!」
村人が飛び込んでくる。
「森の方角から、また何か来ます!」
ガゼフが立ち上がる。
武蔵も立つ。
二人の目が光る。
戦いの匂い。
アインズもまた静かに席を立った。
「さて……次の罠か」
村長の家に漂っていた束の間の静けさは、再び破られた。