武蔵転生記   作:masasoukoku

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第六十八回

「ふう……。」

 

武蔵は大きく息を吐いた。

 

ナザリックの大浴場。

 

白い湯気が立ち上り、岩風呂ほどもある巨大な湯船には透き通った湯が満ちている。

 

「いい湯じゃな。」

 

昨日。

 

コキュートスとの死闘。

 

全身を裂かれ、血まみれとなった身体は回復魔法と高級回復アイテムで傷こそ塞がったものの、服はぼろぼろのままだった。

 

そのまま恐怖公の部屋で一夜を明かしたのである。

 

「さすがにあの格好でアインズ殿と朝餉というのも失礼じゃ。」

 

そう思い、朝一番で風呂へ入っていた。

 

広い湯船をゆっくり泳ぐ。

 

「うむ。」

 

「これは極楽じゃ。」

 

昔の川や滝とは違う。

 

温かい湯に身を任せるという贅沢を、武蔵は存分に楽しんでいた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

一方その頃。

 

浴場の隣にある洗濯場では。

 

ごし、ごし、ごし……

 

一人の戦闘メイドが黙々と洗濯板を動かしていた。

 

ナーベラル・ガンマ。

 

その手には、血と泥で汚れた武蔵の着物。

 

「……。」

 

「なんで。」

 

「戦闘メイドたるこの私が。」

 

「人間の洗濯なんて……。」

 

ぶつぶつと文句を言いながらも、手は止まらない。

 

隣で見ていたルプスレギナが、にやにや笑う。

 

「そりゃあ。」

 

「ナーちゃんが武蔵の奥さんだからっす。」

 

「ぶっ!」

 

ナーベが振り向く。

 

「な、何言ってるの!」

 

ルプスレギナはさらに畳みかける。

 

「昨日の試合っすよ。」

 

『武蔵!』

 

「あの叫び。」

 

「いやー、見ものだったっす。」

 

「変態とかクソ虫とか言ってた人が、あんな顔するとは思わなかったっす。」

 

「ルプス!」

 

「違うってば!」

 

顔が真っ赤になる。

 

「つ、妻だなんて……!」

 

バキッ!

 

力が入りすぎて。

 

洗濯板が真っ二つに割れた。

 

「あ。」

 

ルプスレギナは腹を抱えて笑う。

 

「壊したっす!」

 

「図星だったっす!」

 

「違うって言ってるでしょう!」

 

ナーベは真っ赤な顔で怒鳴った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

やがて洗濯が終わる。

 

乾燥魔法 復元魔法をかけ、きれいになった衣服を抱えて浴場の入口へ向かった。

 

「武蔵。」

 

「服、洗ったわ。」

 

「ここに置いておくから。」

 

中から武蔵の声が返る。

 

「おう。」

 

「すまぬ。」

 

ガラッ。

 

「!」

 

武蔵が何気なく扉を開けた。

 

まだ着替える前だった。

 

ナーベは思わず視線を向け――

 

「な、な、な……!」

 

慌てて顔を背ける。

 

「なによ!」

 

「女性の前で!」

 

「は、早く着なさい!」

 

耳まで真っ赤だった。

 

武蔵は首をかしげる。

 

「おお。」

 

「すまなんだ。」

 

悪びれた様子もなく扉を閉める。

 

静かになる廊下。

 

ナーベは胸を押さえ、小さく深呼吸した。

 

(わ、私ったら……。)

 

(人間の裸を見て……。)

 

(何を恥ずかしがっているのよ。)

 

(しっかりしなさい。)

 

(ナーベラル・ガンマ。)

 

何度も自分に言い聞かせる。

 

その横でルプスレギナが肩を震わせていた。

 

「いやぁ。」

 

「朝から甘酸っぱいっすねぇ。」

 

「ル・プ・ス!」

 

ナーベの怒声が、洗濯場いっぱいに響き渡った

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

朝のナザリック。

 

王の食卓。

 

長い卓の上には、豪華な料理が所狭しと並んでいた。

 

焼きたてのパン。

 

香ばしい肉料理。

 

色鮮やかな野菜。

 

湯気の立つスープ。

 

そして果物や甘味まで用意されている。

 

その席に座るのは二人。

 

アインズ・ウール・ゴウン。

 

そして宮本武蔵。

 

ただし。

 

料理に手を付けているのは武蔵だけだった。

 

「いただく。」

 

そう言って肉を一切れ口へ運ぶ。

 

「うむ。」

 

「うまい。」

 

満足そうに頷く。

 

向かいではアインズが静かにその様子を見ていた。

 

アンデッドである彼には、食事は必要ない。

 

味覚も存在しない。

 

だからこそ。

 

美味しそうに食べる武蔵を眺めることが、一種の楽しみでもあった。

 

武蔵は酒を一口飲むと、ふと尋ねる。

 

「お主。」

 

「永遠の命があるようじゃが。」

 

「何が楽しみかの。」

 

アインズは少し考えた。

 

昔ならゲーム。

 

ギルド。

 

仲間との時間。

 

だが今は違う。

 

「そうですね。」

 

「今は……支配者プレイですかね。」

 

武蔵が首を傾げる。

 

「しはいしゃぷれい?」

 

「王様ごっこと言えばいいでしょうか。」

 

「ナザリックの支配者として振る舞うことです。」

 

武蔵は「ほう」と頷く。

 

「あと。」

 

アインズは少し笑った。

 

「たまの冒険者プレイですね。」

 

「モモンとして外へ出て、人々と接する。」

 

「あれは良い息抜きになります。」

 

武蔵は感心したように笑う。

 

「なるほど。」

 

「主君は大変じゃ。」

 

「わしも昔、各地の大名に会うたことがある。」

 

「どいつもこいつも忙しそうでな。」

 

「のんびりする暇などなかった。」

 

アインズは苦笑した。

 

「ええ。」

 

「だからこそ。」

 

「たまの冒険者プレイが余暇になるんです。」

 

二人は小さく笑い合う。

 

アインズは焼き魚をほぐしている武蔵に尋ねた。

 

「それで。」

 

「これから武蔵さんはどうされるのですか。」

 

武蔵は箸を止める。

 

少しだけ考え。

 

笑った。

 

「わしか。」

 

「いつもどおりじゃ。」

 

「風任せ。」

 

「強者と会う旅だな。」

 

「面白そうな者がおれば立ち会い。」

 

「旨い飯があれば食う。」

 

「寝たくなれば寝る。」

 

「それだけじゃ。」

 

あまりにも自然な答えだった。

 

アインズは静かに聞いていた。

 

「それは……。」

 

「いいですね。」

 

その声には、少しだけ羨望が混じっていた。

 

ナザリックの王。

 

四十一人の仲間の名を背負う支配者。

 

その立場では、気の向くまま旅に出ることなどできない。

 

武蔵はそんなアインズの様子を見て笑う。

 

「なんじゃ。」

 

「お主も来るか。」

 

「二人旅じゃ。」

 

アインズは思わず笑ってしまう。

 

「はは……。」

 

「さすがに、それは難しいですね。」

 

「アルベドたちが卒倒します。」

 

武蔵も豪快に笑った。

 

「それもそうじゃ!」

 

食堂には二人の笑い声が響く。

 

その光景を、少し離れた場所で控えていたセバスやプレアデスたちは静かに見守っていた。

 

支配者と客人ではない。

 

王と家臣でもない。

 

ただ、互いを認め合った武人と男が、穏やかな朝食の時間を過ごしていた

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