武蔵転生記   作:masasoukoku

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第六十九話

地下闘技場。

 

昨日まで死闘が繰り広げられていた場所には、今日は穏やかな空気が流れていた。

 

武蔵は旅支度を整え、アインズと向かい合う。

 

その後ろには守護者たち。

 

さらにプレアデスも並んでいる。

 

「それでは。」

 

武蔵が軽く頭を下げる。

 

アインズも頷いた。

 

「短い間でしたが、楽しかったです。」

 

「また会いましょう。」

 

その時だった。

 

「武蔵殿ーーっ!」

 

奥から元気な声が響く。

 

どたどたどたどた。

 

巨大なハムスターが全力疾走してきた。

 

「ハムスケ。」

 

その背中には。

 

ちょこん。

 

恐怖公が乗っていた。

 

「武蔵殿!」

 

「それがしとも会ってほしかったでござる!」

 

武蔵は笑う。

 

「おお。」

 

「すまんかった。」

 

ハムスケは胸を張った。

 

「聞いてほしいでござる!」

 

「エルヤーとかいう侵入者!」

 

「それがし、三百数えるうちに倒したでござる!」

 

自慢げである。

 

武蔵は腕を組み、

 

少し考え、

 

首を横に振った。

 

「あの程度なら。」

 

「百数えるうちに倒さねばいかん。」

 

「まだ未熟じゃな。」

 

「……。」

 

ハムスケの耳がしゅんと垂れる。

 

「そうでござるか……。」

 

「しょんぼりでござる。」

 

武蔵は笑って肩を叩く。

 

「まあ。」

 

「これも修業じゃ。」

 

「いつか百より速くなる。」

 

「はい!」

 

「頑張るでござる!」

 

すぐに元気を取り戻すハムスケだった。

 

その背中から恐怖公が降りる。

 

「武蔵殿。」

 

小さな袋を差し出した。

 

「これを。」

 

武蔵が受け取る。

 

「おお。」

 

「これは?」

 

「虫糞茶であります。」

 

「選りすぐりの逸品であります。」

 

武蔵の顔がほころぶ。

 

「おお!」

 

「これはありがたい!」

 

大切そうに袋を懐へしまう。

 

その様子を見ていた守護者たちは複雑な表情だった。

 

(恐怖公が……。)

 

(贈り物を……。)

 

(しかも武蔵殿が喜んでいる……。)

 

(仲良くなってる……。)

 

誰も理解できなかった。

 

武蔵は今度はアインズへ向き直る。

 

「アインズ殿。」

 

「餞別といってはなんだが。」

 

一枚の紙を差し出す。

【挿絵表示】

 

 

「これは?」

 

アインズは丁寧に広げる。

 

そこには。

 

墨で描かれた一枚の絵。

 

中央にアインズ。

 

その周りを囲む守護者たち。

 

アルベド。

 

シャルティア。

 

コキュートス。

 

デミウルゴス。

 

アウラ。

 

マーレ。

 

セバス。

 

そしてプレアデス。

 

決して写実的ではない。

 

だが、一人ひとりの特徴が温かみのある筆致で描かれていた。

 

武蔵は少し照れくさそうに笑う。

 

「まあ。」

 

「拙い絵じゃが。」

 

「もらってくれい。」

 

アインズはしばらく言葉を失った。

 

ギルドメンバー以外から贈られた初めての肖像画。

 

そこにはナザリックという「家族」が描かれていた。

 

「……ありがとうございます。」

 

「大切にします。」

 

その声には、心からの感謝が込められていた。

 

武蔵は満足そうに頷く。

 

「それでは。」

 

転移魔法の光が足元に広がる。

 

武蔵はふと思う。

 

(そういえば。)

 

(ナーベがおらんかったな。)

 

洗濯場での慌てぶりを思い出し、小さく笑う。

 

(まあ。)

 

(仕方ない。)

 

光が武蔵を包む。

 

「また会いましょう、武蔵さん。」

 

アインズの言葉に、

 

武蔵は最後に手を挙げた。

 

「おう。」

 

「またな。」

 

その瞬間。

 

光が弾ける。

 

武蔵の姿は地上へと消えた。

 

しばらく誰も動かなかった。

 

やがてアインズは手にした絵を静かに見つめ、小さく呟く。

 

「また会いましょう。」

 

「宮本武蔵さん。」

 

その言葉には、友を見送る寂しさと、再会への期待が込められていた。

 

-------------------------------------------------------------

地上。

 

草原を渡る風が心地よく吹いていた。

 

転移の光が消え、武蔵は大きく伸びをする。

 

「さて。」

 

「帝国は所払い。」

 

「次はどこへ行くかの。」

 

空を見上げる。

 

旅の行き先など決めてはいない。

 

面白そうな方へ。

 

強者のいる方へ。

 

それが宮本武蔵の旅だった。

 

「待ちなさい。」

 

不意に声がする。

 

樹の陰から現れたのは、

 

ナーベラル・ガンマだった。

 

武蔵は目を丸くする。

 

「お主。」

 

「ここにいたのか。」

 

「またどこかで会うこともあろう。」

 

「それでは――」

 

「これ!」

 

話を遮るように、

 

ナーベは紙包みを武蔵の胸へ押し付けた。

 

武蔵は受け取る。

 

「なんじゃ?」

 

「毒入りの弁当。」

 

「この前より強力。」

 

武蔵の顔がぱっと明るくなる。

 

「おお!」

 

「それはありがたし!」

 

「……。」

 

ナーベは呆然とした。

 

「な、何で喜ぶのよ!」

 

「普通そこは嫌がるところでしょう!」

 

武蔵は笑う。

 

「毒も薬も修業じゃ。」

 

「面白そうではないか。」

 

「この変態!」

 

ナーベは頭を抱えた。

 

「それと。」

 

今度は小さな布袋を差し出す。

 

「これも。」

 

武蔵は受け取る。

 

「これはなんじゃ?」

 

「呪いの護符よ。」

 

「かなり強力なのを掛けてあるわ。」

 

「災難に遭うことね。」

 

武蔵は満面の笑みになる。

 

「つまり。」

 

「強者と出会えるのか。」

 

「感謝する。」

 

「~~~~~~!!」

 

ナーベは耳まで真っ赤になった。

 

(違う!)

 

(そういう意味じゃない!)

 

勢いのまま武蔵へ歩み寄る。

 

武蔵が首を傾げる。

 

「どうした?」

 

次の瞬間。

 

ナーベは武蔵の胸ぐらを掴み、

 

ぐいっと引き寄せた。

 

そして。

 

ちゅっ。

 

一瞬だけ。

 

唇を重ねた。

 

静寂。

 

武蔵は目をぱちぱちさせる。

 

「ほう。」

 

「これはこれは。」

 

「女子から口づけされたのは、生まれて初めてじゃ。」

 

ナーベは真っ赤になり、

 

ぷいっと横を向いた。

 

「べ、別に意味なんかないわ!」

 

「そうか。」

 

武蔵は深く考えもせず頷く。

 

「それではな。」

 

「またどこかで会おう。」

 

「さらば。」

 

片手をひらひらと振る。

 

そのまま歩き出す。

 

一度も振り返らない。

 

その背中が小さくなっていく。

 

ナーベはぽつりと呟いた。

 

「……なんで。」

 

「ついて来いって。」

 

「言わないのよ。」

 

風だけが吹く。

 

その時。

 

後ろから笑いをこらえる声。

 

「そりゃあ。」

 

「あの男が言うわけないっす。」

 

ルプスレギナだった。

 

「!?」

 

ナーベが飛び上がる。

 

「い、いつから!」

 

「最初から見てたっす。」

 

「いいもの見せてもらったっす。」

 

「うるさい!」

 

ルプスレギナは肩をすくめる。

 

「自分から付いていけばいいっす。」

 

「そんな馬鹿なこと!」

 

「できるわけないでしょ!」

 

「私はプレアデスなのよ!」

 

ルプスレギナはにやりと笑う。

 

「おや?」

 

「任務って言えばいいじゃないっすか。」

 

「現に――」

 

二人の視線の先。

 

武蔵の影が少し揺れる。

 

にゅるり。

 

シャドウデーモンが影へ潜り込んだ。

 

「ほら。」

 

「あいつ。」

 

「任務って言って付いていったっす。」

 

「…………。」

 

ナーベは固まった。

 

(その手が。)

 

(あった。)

 

数秒後。

 

「し、仕事が待ってるわ!」

 

顔を真っ赤にしたまま、

 

踵を返してナザリックへ戻っていく。

 

ルプスレギナはその背中を見送りながら苦笑した。

 

「素直じゃないっすねぇ。」

 

一方その頃。

 

遠くを歩く武蔵は、

 

懐の毒弁当と呪いの護符を嬉しそうに眺めていた。

 

「よい餞別をもろうた。」

 

「さて。」

 

「次はどんな強者と会えるかの。」

 

そんな武蔵の影の中では、

 

シャドウデーモンが小さく震えながら思った。

 

(今度こそ……。)

 

(ちゃんと報告しよう……。)

 

(デミウルゴス様に怒られるのはもう嫌だ……。)

 

しかし、その決意が守られるかどうかは、また別の話であった。

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