地下闘技場。
昨日まで死闘が繰り広げられていた場所には、今日は穏やかな空気が流れていた。
武蔵は旅支度を整え、アインズと向かい合う。
その後ろには守護者たち。
さらにプレアデスも並んでいる。
「それでは。」
武蔵が軽く頭を下げる。
アインズも頷いた。
「短い間でしたが、楽しかったです。」
「また会いましょう。」
その時だった。
「武蔵殿ーーっ!」
奥から元気な声が響く。
どたどたどたどた。
巨大なハムスターが全力疾走してきた。
「ハムスケ。」
その背中には。
ちょこん。
恐怖公が乗っていた。
「武蔵殿!」
「それがしとも会ってほしかったでござる!」
武蔵は笑う。
「おお。」
「すまんかった。」
ハムスケは胸を張った。
「聞いてほしいでござる!」
「エルヤーとかいう侵入者!」
「それがし、三百数えるうちに倒したでござる!」
自慢げである。
武蔵は腕を組み、
少し考え、
首を横に振った。
「あの程度なら。」
「百数えるうちに倒さねばいかん。」
「まだ未熟じゃな。」
「……。」
ハムスケの耳がしゅんと垂れる。
「そうでござるか……。」
「しょんぼりでござる。」
武蔵は笑って肩を叩く。
「まあ。」
「これも修業じゃ。」
「いつか百より速くなる。」
「はい!」
「頑張るでござる!」
すぐに元気を取り戻すハムスケだった。
その背中から恐怖公が降りる。
「武蔵殿。」
小さな袋を差し出した。
「これを。」
武蔵が受け取る。
「おお。」
「これは?」
「虫糞茶であります。」
「選りすぐりの逸品であります。」
武蔵の顔がほころぶ。
「おお!」
「これはありがたい!」
大切そうに袋を懐へしまう。
その様子を見ていた守護者たちは複雑な表情だった。
(恐怖公が……。)
(贈り物を……。)
(しかも武蔵殿が喜んでいる……。)
(仲良くなってる……。)
誰も理解できなかった。
武蔵は今度はアインズへ向き直る。
「アインズ殿。」
「餞別といってはなんだが。」
一枚の紙を差し出す。
「これは?」
アインズは丁寧に広げる。
そこには。
墨で描かれた一枚の絵。
中央にアインズ。
その周りを囲む守護者たち。
アルベド。
シャルティア。
コキュートス。
デミウルゴス。
アウラ。
マーレ。
セバス。
そしてプレアデス。
決して写実的ではない。
だが、一人ひとりの特徴が温かみのある筆致で描かれていた。
武蔵は少し照れくさそうに笑う。
「まあ。」
「拙い絵じゃが。」
「もらってくれい。」
アインズはしばらく言葉を失った。
ギルドメンバー以外から贈られた初めての肖像画。
そこにはナザリックという「家族」が描かれていた。
「……ありがとうございます。」
「大切にします。」
その声には、心からの感謝が込められていた。
武蔵は満足そうに頷く。
「それでは。」
転移魔法の光が足元に広がる。
武蔵はふと思う。
(そういえば。)
(ナーベがおらんかったな。)
洗濯場での慌てぶりを思い出し、小さく笑う。
(まあ。)
(仕方ない。)
光が武蔵を包む。
「また会いましょう、武蔵さん。」
アインズの言葉に、
武蔵は最後に手を挙げた。
「おう。」
「またな。」
その瞬間。
光が弾ける。
武蔵の姿は地上へと消えた。
しばらく誰も動かなかった。
やがてアインズは手にした絵を静かに見つめ、小さく呟く。
「また会いましょう。」
「宮本武蔵さん。」
その言葉には、友を見送る寂しさと、再会への期待が込められていた。
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地上。
草原を渡る風が心地よく吹いていた。
転移の光が消え、武蔵は大きく伸びをする。
「さて。」
「帝国は所払い。」
「次はどこへ行くかの。」
空を見上げる。
旅の行き先など決めてはいない。
面白そうな方へ。
強者のいる方へ。
それが宮本武蔵の旅だった。
「待ちなさい。」
不意に声がする。
樹の陰から現れたのは、
ナーベラル・ガンマだった。
武蔵は目を丸くする。
「お主。」
「ここにいたのか。」
「またどこかで会うこともあろう。」
「それでは――」
「これ!」
話を遮るように、
ナーベは紙包みを武蔵の胸へ押し付けた。
武蔵は受け取る。
「なんじゃ?」
「毒入りの弁当。」
「この前より強力。」
武蔵の顔がぱっと明るくなる。
「おお!」
「それはありがたし!」
「……。」
ナーベは呆然とした。
「な、何で喜ぶのよ!」
「普通そこは嫌がるところでしょう!」
武蔵は笑う。
「毒も薬も修業じゃ。」
「面白そうではないか。」
「この変態!」
ナーベは頭を抱えた。
「それと。」
今度は小さな布袋を差し出す。
「これも。」
武蔵は受け取る。
「これはなんじゃ?」
「呪いの護符よ。」
「かなり強力なのを掛けてあるわ。」
「災難に遭うことね。」
武蔵は満面の笑みになる。
「つまり。」
「強者と出会えるのか。」
「感謝する。」
「~~~~~~!!」
ナーベは耳まで真っ赤になった。
(違う!)
(そういう意味じゃない!)
勢いのまま武蔵へ歩み寄る。
武蔵が首を傾げる。
「どうした?」
次の瞬間。
ナーベは武蔵の胸ぐらを掴み、
ぐいっと引き寄せた。
そして。
ちゅっ。
一瞬だけ。
唇を重ねた。
静寂。
武蔵は目をぱちぱちさせる。
「ほう。」
「これはこれは。」
「女子から口づけされたのは、生まれて初めてじゃ。」
ナーベは真っ赤になり、
ぷいっと横を向いた。
「べ、別に意味なんかないわ!」
「そうか。」
武蔵は深く考えもせず頷く。
「それではな。」
「またどこかで会おう。」
「さらば。」
片手をひらひらと振る。
そのまま歩き出す。
一度も振り返らない。
その背中が小さくなっていく。
ナーベはぽつりと呟いた。
「……なんで。」
「ついて来いって。」
「言わないのよ。」
風だけが吹く。
その時。
後ろから笑いをこらえる声。
「そりゃあ。」
「あの男が言うわけないっす。」
ルプスレギナだった。
「!?」
ナーベが飛び上がる。
「い、いつから!」
「最初から見てたっす。」
「いいもの見せてもらったっす。」
「うるさい!」
ルプスレギナは肩をすくめる。
「自分から付いていけばいいっす。」
「そんな馬鹿なこと!」
「できるわけないでしょ!」
「私はプレアデスなのよ!」
ルプスレギナはにやりと笑う。
「おや?」
「任務って言えばいいじゃないっすか。」
「現に――」
二人の視線の先。
武蔵の影が少し揺れる。
にゅるり。
シャドウデーモンが影へ潜り込んだ。
「ほら。」
「あいつ。」
「任務って言って付いていったっす。」
「…………。」
ナーベは固まった。
(その手が。)
(あった。)
数秒後。
「し、仕事が待ってるわ!」
顔を真っ赤にしたまま、
踵を返してナザリックへ戻っていく。
ルプスレギナはその背中を見送りながら苦笑した。
「素直じゃないっすねぇ。」
一方その頃。
遠くを歩く武蔵は、
懐の毒弁当と呪いの護符を嬉しそうに眺めていた。
「よい餞別をもろうた。」
「さて。」
「次はどんな強者と会えるかの。」
そんな武蔵の影の中では、
シャドウデーモンが小さく震えながら思った。
(今度こそ……。)
(ちゃんと報告しよう……。)
(デミウルゴス様に怒られるのはもう嫌だ……。)
しかし、その決意が守られるかどうかは、また別の話であった。