第七十回 『ラナーにお任せ』
夕暮れ。
赤く染まった街道を、七つの影がゆっくりと歩いていた。
ヘッケラン。
イミーナ。
ロバーデイク。
アルシェ。
そして新たに加わった三人のエルフたち。
誰も口数が少ない。
ナザリックから生きて帰れた。
それは奇跡だった。
だが、その奇跡と引き換えに武蔵は残った。
その背中を思い出すたび、胸が重くなる。
帝国への街道を歩きながら、ヘッケランは何度も拳を握った。
(これから……。)
(俺たちはどうすればいい。)
ワーカーは続けられない。
あの遺跡探索で多くの仲間が帰らなかったことはいずれ知れ渡る。
さらに帝国からは一度罪人として扱われた身。
もう以前のようには戻れない。
せっかく武蔵が命を懸けて助けてくれた。
その命を無駄にするわけにもいかなかった。
その夜。
一行は街道脇で野営する。
焚き火の火だけが静かに揺れていた。
ヘッケランは地図を広げたまま考え込んでいる。
「はあ……。」
思わずため息が漏れる。
その時だった。
「あの……。」
アルシェが遠慮がちに声を掛ける。
全員が彼女を見る。
「武蔵さんが……。」
「お別れの時。」
「耳打ちしてくれたことがあるんです。」
「耳打ち?」
ヘッケランが顔を上げる。
アルシェは頷いた。
「困ったら。」
「ラナー姫を頼りなさい。」
「そう言っていました。」
一同は顔を見合わせた。
「ラナー姫?」
イミーナが驚く。
「王国の第三王女?」
「でも今は帝国にいるって噂の……。」
アルシェはさらに懐から何かを取り出した。
焚き火の光を受けて金色に輝く。
「それと。」
「これを預かっています。」
ヘッケランが受け取る。
「これは……。」
黄金のタグ。
武蔵が腰に付けていた見慣れた札だった。
裏には【ミヤモトムサシ】 この世界の言語で書いてある
ヘッケランはしばらくその文字を見つめる。
「武蔵さんが……。」
「俺たちに?」
アルシェは頷いた。
「『見せれば分かる』って。」
「それだけ言っていました。」
ロバーデイクが考え込む。
「つまり。」
「この札が紹介状のようなものなのでしょうか。」
「ラナー姫なら武蔵さんと親しいようでしたし。」
イミーナも小さく笑った。
「ほんと。」
「最後まで何を考えてるのかわからない人ね。」
「でも。」
「ちゃんと私たちの行き先まで考えてくれてたんだ。」
ヘッケランはゆっくり立ち上がる。
迷いは消えていた。
「少し。」
「希望が見えてきたかもしれない。」
皆の顔を見回す。
「よし。」
「帝国へ戻ろう。」
「ラナー姫を訪ねる。」
アルシェが力強く頷く。
「はい!」
エルフたちも顔を見合わせ、小さく笑った。
焚き火の炎がぱちりと弾ける。
暗かった表情に、久しぶりに希望の光が宿っていた。
遠く離れた街道では、その頃――
武蔵が夜空を見上げながら一人歩いている。
「さて。」
「うまくいくかの。」
誰に聞かせるでもなく呟く。
風が吹き、草原を渡っていった。
武蔵が残した一本の縁は、今度はフォーサイトたちの新しい道を静かに照らし始めていた
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帝都の貴族街。
かつて取り潰された貴族の屋敷は、今では新しい主を迎え、美しく手入れされていた。
白い石造りの館。
色鮮やかな花壇。
王国の王女が住んでいるとは思えぬほど、穏やかな空気が流れている。
その門の前に。
フォーサイト七人は立っていた。
ヘッケラン。
イミーナ。
ロバーデイク。
アルシェ。
そして三人のエルフ。
誰もが緊張した面持ちだった。
「……本当にここでいいんだよな」
ヘッケランが深呼吸する。
アルシェは武蔵から預かった金色のタグを握り締めた。
「信じるしかないわね」
イミーナがベルを鳴らす。
チリン――。
しばらくして扉が開いた。
現れたのは一人の若者。
金髪。
真面目そうな顔。
しかし。
(……この子)
イミーナは眉をひそめた。
(やつれてる)
目の下には濃い隈。
どこか魂が半分抜けたような表情。
若者――クライムは一礼した。
「ご用件を」
ヘッケランが前へ出る。
「フォーサイトと申します。ラナー殿下へお取り次ぎ願えますか」
クライムは首を横に振った。
「申し訳ありません。
ラナー様は現在、どなたにもお会いになりません」
そう言って扉を閉めようとする。
その時。
「待ってください!」
アルシェが叫ぶ。
「私たち、武蔵さんから困ったらラナー殿下を訪ねるように言われています」
そして。
胸元から金色のタグを取り出した。
「これを」
クライムは受け取る。
タグを見た瞬間。
表情が変わった。
「……これは」
クライムは姿勢を正した。
「……少々、お待ちください」
扉が閉まる。
数分後。
再び開いた。
今度は深々と頭を下げる。
「お入りください。
ラナー殿下がお会いになります」
「えっ」
ヘッケランたちは顔を見合わせた。
先ほどとはまるで対応が違う。
館へ案内される。
豪華だがどこか温かい廊下。
奥の応接室。
扉が開く。
「どうぞ」
部屋の中央では。
紅茶を楽しむ金髪の姫が優雅に微笑んでいた。
「ようこそ皆さま」
ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。
まるで親しい友人を迎えるような笑顔だった。
「武蔵様のお客様でしたら、大歓迎ですわ」
「まずはお茶でもいかがです?
皆さま、お疲れでしょう?」
その声だけ聞けば。
慈愛に満ちた聖女。
誰もがそう思う。
だが。
クライムだけは知っていた。
(……武蔵殿)
(また、とんでもないものを殿下へ持って来ましたね……)
ラナーはにこやかに紅茶を注ぎながら、
内心では別のことを考えていた。
(武蔵様のお頼みですもの)
(この方々は全力で守らなくてはいけませんわね)
(……帝国で暮らせるよう仕事も住まいも用意して)
(できればクライムのお友達にもなっていただいて……)
(うふふ)
その笑みを見たクライムは、
そっと天井を仰いだ。
(殿下が楽しそうで何よりです……)
(ですが、その笑顔の時ほど周囲は大変になるのですよね……)
フォーサイトはまだ知らない。
自分たちが今、
帝国で最も頼ってはいけない人物に保護を求めてしまったことを