応接室には紅茶の香りが満ちていた。
フォーサイトは席に着き、ラナーの前で今回の出来事を包み隠さず話していた。
ヘッケランが口を開く。
「……というわけなんです」
「帝国に新発見の遺跡があるという依頼でした」
ロバーデイクが続ける。
「ですが、武蔵殿からあの遺跡がナザリックであると聞かされました」
イミーナが苦笑する。
「帝国とナザリックが仕組んだ罠だったのよ」
「私たち、あと少しで全滅してた」
アルシェは静かにうなずいた。
「武蔵さんが命を懸けて助けてくださらなければ……」
三人のエルフも頭を下げる。
「私たちも命を救われました」
「でも……」
ヘッケランは深いため息をつく。
「これからどうすればいいか分からなくて」
部屋は静かになった。
ラナーは紅茶を一口。
カップを静かに置く。
(なるほど)
(これはデミウルゴスの仕業ですわね)
口元は微笑んだまま。
頭の中が高速で回転する。
(帝国側は……フールーダ)
(皇帝は何も知らず踊らされている)
(ふふ)
(デミウルゴスらしいですこと)
さらに考える。
(さて)
(これをどう利用しましょう)
沈思黙考。
その間。
フォーサイトは小声で話していた。
「……なあ」
ヘッケランが囁く。
「ラナー殿下って黄金姫って呼ばれてたよな」
「そうよ」
イミーナもうなずく。
「もっと清楚で、おしとやかな感じだったと思うんだけど」
アルシェも困惑する。
「服装も……」
三人の視線がラナーへ向く。
以前の王国で見た純白のドレスではない。
肩を大胆に見せた艶やかな衣装。
胸元には豪華な刺繍。
身体の線を美しく見せる深紫の装束。
まるで高級娼館の売れっ子を思わせるような華美な姿だった。
実際には。
帝国へ来てから毎日のようにクライムと甘い時間を過ごしているうち、
ラナーの趣味がどんどんそちらへ傾いてしまっていたのである。
本人は大変ご満悦だった。
そして。
ラナーの思考がまとまる。
「うん!」
ぱん、と手を打った。
「こうしましょう!」
全員が顔を上げる。
「今から帝城へ参ります」
クライムがすぐ立ち上がる。
「は、はい!」
「馬車をご用意いたします」
「お願いね、クライム」
嬉しそうに微笑むラナー。
クライムは一礼して部屋を飛び出していった。
ラナーはフォーサイトへ向き直る。
「皆さま」
「どうか御安心ください」
「わたくしが悪いようにはいたしませんから」
にっこり。
あまりにも綺麗な笑顔。
だが。
その笑みを見た瞬間。
なぜかヘッケランの背中を冷たい汗が流れた。
「……なあ」
「なんだ」
「ほんとにラナー姫かな」
イミーナも小さくうなずく。
「同じこと思ってた」
「なんだか……」
「武蔵さんに少し似てきてない?」
アルシェも苦笑した。
「考えたらすぐ行動するところとか」
「あと、笑顔なのに何を考えてるか分からないところとか」
三人のエルフもこくこくとうなずく。
ラナーはそんな囁きなど聞こえていないかのように、
優雅に紅茶を飲み干した。
「さあ」
「皇帝陛下に少しお願いをしてまいりましょう」
その笑顔に、
なぜかフォーサイト全員が
(皇帝陛下……頑張ってください)
と心の中で祈っていた。
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帝城――謁見の間。
玉座には皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。
その前へ、一人の女性が優雅に歩み出る。
「お久しぶりです、皇帝陛下」
満面の笑み。
ラナーだった。
その笑顔を見た瞬間。
(この女が来る時は、ろくなことがない)
ジルクニフは心の中で頭を抱えた。
前回は、
「ラナーを王国から消せ」
という依頼を、
本当に本人を帝国まで連れて来るという形で実現された。
その結果。
帝国に住み着くことになったのである。
(頼む……今日は穏便に帰ってくれ)
内心を押し隠し、営業用の笑顔を浮かべる。
「どうかな」
「屋敷の方は」
ラナーは花が咲くように微笑んだ。
「ええ」
「クライムと二人、とても楽しく暮らしておりますわ」
「そ、それは上々」
ジルクニフは乾いた笑いを浮かべた。
「それで今日は何かな?」
「何か足りない物でも?」
ラナーは小さく首を傾げる。
「ええ、そうですの」
「やはり二人だけでは手が足りなくて」
「おお、そうか!」
ジルクニフは胸を撫で下ろした。
(なんだ、その程度か)
「早速、使用人を手配しよう」
ところが。
ラナーは首を横に振った。
「いいえ」
「陛下のお手を煩わせるわけにもまいりませんので」
「もう雇いましたの」
ジルクニフは笑顔のまま固まる。
「……何名ほどかな」
「七名ですわ」
「七名?」
(王国から連れてきた侍女か)
(あるいは護衛か)
そう思いながら尋ねる。
「それはどういう者たちかな」
ラナーは当然のように答えた。
「元ワーカーの方ですの」
「…………」
ジルクニフの眉がぴくりと動く。
「ワーカー?」
嫌な予感。
とてつもなく嫌な予感。
ラナーはにこやかに続けた。
「フォーサイトとおっしゃる方たちですのよ」
「え?」
ジルクニフは固まった。
数秒。
思考停止。
やっと口が動く。
「……フォーサイト?」
「はい」
「ヘッケラン様に」
「イミーナ様」
「アルシェ様」
「ロバーデイク様」
「それに三人のエルフの方々」
「皆様、とても働き者ですの」
頭の記憶を働かせるジルクニフ
ジルクニフの顔から血の気が引いていく。
(待て)
(待て待て待て)
(あいつらは)
(ナザリックの生贄として送り込んだワーカーだぞ!?)
(なんで生きてる!?)
(いや、生きているだけじゃない)
(ラナーの使用人になってる!?)
頭が混乱する。
横にいたフールーダーは無表情。
(……やはり武蔵殿ですか)
内心だけで納得していた。
ラナーはさらに追い打ちをかける。
「それで陛下」
「帝国で働く以上、身分証が必要ですわ」
「正式に雇用を認めていただけます?」
ジルクニフは遠い目をした。
(また……)
(また武蔵か)
(絶対武蔵だ)
(あいつ以外にこんな面倒なことになるわけがない)
こめかみを押さえる。
「……爺」
力なく呟く。
「どう思う」
フールーダーは静かに答えた。
「問題ありませんな」
「身元は私が保証いたしましょう」
「むしろ優秀な人材なら帝国に置くべきでしょう」
「…………」
ジルクニフは天井を見上げた。
(もう好きにしてくれ)
諦めにも似た境地で、
皇帝は静かに判を押した。
「……認める」
ラナーはぱっと笑顔になった。
「ありがとうございます、陛下♪」
その笑顔を見ながらジルクニフは心の中で呟いた。
(武蔵……)
(もう本当に帝国へ来ないでくれ……)
帝都編終了!