武蔵転生記   作:masasoukoku

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第七十四回 【燃えよ ナーベ】

ナザリック地下大墳墓・第九階層。

 

 プレアデスの居室。

 

 任務の合間ということもあり、戦闘メイドたちは思い思いにくつろいでいた。

 

 ユリ・アルファは本を読み。

 

 ルプスレギナはソファで寝転がり。

 

 ソリュシャンは紅茶を飲み。

 

 シズはゲーム機を操作している。

 

 ナーベラル・ガンマも静かに茶を口に運んでいた。

 

 そこへ――

 

 バーン!

 

 勢いよく扉が開く。

 

「ちょっとナーベ、いいでありんす!」

 

 入ってきたのはシャルティアだった。

 

 その顔には、いかにも面白いことを見つけたと言わんばかりの笑みが浮かんでいる。

 

 ナーベは嫌そうに眉をひそめる。

 

「……何ですか」

 

 シャルティアは口元を押さえながら笑う。

 

「武蔵でありんすよ」

 

 その一言で。

 

 ナーベの耳がぴくりと動いた。

 

「武蔵が?」

 

「そうでありんす」

 

「シャドウデーモンから連絡が来たでありんす」

 

「ほう……」

 

 平静を装うナーベ。

 

 だが、手に持っていたカップがわずかに揺れていた。

 

 シャルティアはそれを見逃さない。

 

「武蔵が人間の女を拾ったそうでありんす」

 

 ぴしっ。

 

 ナーベの動きが止まる。

 

「……」

 

「雨の中で裸の女を助けたそうでありんす」

 

「……そう」

 

 声は平静。

 

 しかし。

 

 カップの持ち手がミシミシと悲鳴を上げ始める。

 

 シャルティアは心の中で笑い転げていた。

 

(きたきたきたでありんす!)

 

「しかも」

 

 さらに追い打ちをかける。

 

「洞窟で二人きりで一夜を過ごしているそうでありんす」

 

 バキッ。

 

 ティーカップの取っ手が砕けた。

 

 紅茶がぽたぽたと床へ落ちる。

 

 ルプスレギナが吹き出す。

 

「ぷっ!」

 

「ナーちゃん、顔が怖いっす」

 

「うるさい」

 

 低い声だった。

 

ナーベの笑顔が完全に消えている。

 

「ありがとうございます」

 

 そう言ったものの。

 

 その声音はまるで礼になっていなかった。

 

 シャルティアはさらに愉悦を覚える。

 

(面白すぎるでありんす)

 

「さて」

 

 わざと腕を組む。

 

「どうするでありんすねぇ」

 

 ナーベは立ち上がった。

 

「どうもしません」

 

「任務中ですし」

 

武蔵が誰を助けようが私には関係ない

 

そう言って歩き出す。

 

 ルプスレギナがにやにやしながら言う。

 

「でも、その女が武蔵に惚れちゃうかもしれないっすよ?」

 

 ぴたり。

 

 ナーベの足が止まる。

 

「美人かもしれないっす」

 

「若いかもしれないっす」

 

「武蔵が『一緒に旅をしよう』なんて言ったら――」

 

 ゴゴゴゴゴ……

 

 部屋の空気が重くなる。

 

 ナーベは振り返った。

 

「……その女」

 

「どこにいるの?」

 

 静かな声だった。

 

 だが、目はまったく笑っていない。

 

 シャルティアは腹を抱えて笑う。

 

「聞く気満々じゃないでありんすか!」

 

「違う!」

 

 ナーベが真っ赤になる。

 

「敵かもしれないから確認するだけです!」

 

「そういうことにしておくっす」

 

ルプスレギナは肩を震わせる。

 

 シズが顔を上げる。

 

「判定。」

 

「嫉妬。」

 

「嫉妬じゃない!」

 

 ナーベが即座に否定した。

 

 ユリはため息をつき、本を閉じる。

 

「あなたたち……朝から騒がしいですね」

 

その頃。

 

 遥か遠くの洞窟では。

 

 武蔵が焚き火の前で、

 

「お主、腹は減っておらんか」

 

 と、クレマンティーヌに干し肉を差し出していた。

 

 ナザリックで起きている騒ぎなど、知る由もなかった。

 

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洞窟の外では、昨夜の嵐が嘘のように晴れていた。

 

 朝日が木々の間から差し込み、小鳥のさえずりが聞こえる。

 

 焚き火も消え、出発の準備を整えた武蔵は、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。

 

「おぬし」

 

 クレマンティーヌが振り向く。

 

「はい?」

 

「巡礼の尼僧なら地図は読めるじゃろ」

 

「え、ええ……」

 

(なんでそんなこと聞くの?)

 

 武蔵は羊皮紙を広げた。

 

「実はもらったのだが、わしは字が読めん。」

 

「よければ教えてくれ」

 

(――!!)

 

 クレマンティーヌの心の中で鐘が鳴る。

 

(チャンス!!)

 

(こいつ、文字が読めないの!?)

 

(だったら適当に嘘を教えて……)

 

 そう思った瞬間だった。

 

 広げられた地図を見て、思考が止まる。

 

「……」

 

「……え?」

 

 目を丸くする。

 

(な、何これ……)

 

 そこに描かれていたのは、彼女が今まで見たどんな地図よりも精密だった

 

街道。

 

 川。

 

 森。

 

 村。

 

 さらには山々の等高線まで、細密に描き込まれている。

 

「こ、細かい……」

 

 思わず声が漏れた。

 

 武蔵が首をかしげる。

 

「そうか?」

 

「はい……」

 

(こんなの王国でも見たことない……)

 

(聖典の最高機密レベルじゃない?)

 

 ナザリック製とは知らないクレマンティーヌだが、その異常さだけは理解できた。

 

 彼女は慎重に地図を眺める。

 

「ええと……」

 

「ここがエ・ランテルですね。」

 

 指で示す。

 

「私たちがいるのは……この辺り。」

 

「カルネ村の近くになります。」

 

「ほお」

 

 武蔵は満足そうに頷いた。

 

「そうか。」

 

「ではカルネ村へ行くか。」

 

「え?」

 

 思わず素の声が出る。

 

「どうして!?」

 

 武蔵は不思議そうに答える。

 

「お主の服も要るじゃろ。」

 

「裸のままで旅をする気か。」

 

「……」

 

 クレマンティーヌはようやく、自分が毛布一枚を巻いただけの姿であることを思い出した。

 

「そ、そうですねぇ……」

 

「あはは……」

 

 乾いた笑いしか出ない。

 

(そうだった……)

 

(この人、本当にそのためだけにカルネ村へ?)

 

 武蔵は立ち上がり、刀を腰に差す。

 

「では行くか。」

 

「あ、あの……()()さん。」

 

「ん?」

 

 クレマンティーヌは顔を赤くしながら、小さな声で言う。

 

「私……裸なんですけど。」

 

 武蔵はきょとんとした。

 

「知っておる。」

 

「…………」

 

「途中で獣を捕まえる。」

 

「毛皮を取るので、それまで我慢してくれ。」

 

「は、はぁ……」

 

あまりにも真面目な返答に、クレマンティーヌは思わず力が抜けた。

 

(いやいやいや!)

 

(普通そこで服を貸すとかでしょう!?)

 

(この人、自分の着物しか持ってないの!?)

 

 武蔵はすでに歩き始めている。

 

「急ぐぞ。」

 

「日が高くなる前に獣がおればよいが。」

 

「……はい。」

 

 クレマンティーヌは毛布を押さえながら、その後を追う。

 

(なんなの、この人。)

 

(女として全然見られてない……。)

 

暗殺者として数多くの男を手玉に取ってきた彼女だったが。

 

 宮本武蔵という男だけは、まるで勝手が違っていた。

 

 その頃。

 

 武蔵の影の中では、シャドウデーモンがせっせと報告を書いていた。

 

武蔵。

 

地図を読めない。

 

女性に読ませた。

 

女性。

 

まだ裸。

 

武蔵。

 

毛皮を取りに行く予定。

 

相変わらず、要点だけの報告だった

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